『鉄腕アトム』とリミテッドアニメの発明 第1話:週一放送という無謀
作者のかつをです。
本日より、第五章「1秒8コマの革命 ~『鉄腕アトム』とリミテッドアニメの発明~」の連載を開始します。
第四章で始まった無謀な挑戦。今回はその具体的な「戦術」に深く切り込んでいきます。日本のアニメの宿命を決定づけた大発明の物語です。
※この物語は史実を基にしたフィクションです。登場する人物、団体、事件などの描写は、物語を構成するための創作であり、事実と異なる場合があります。
2025年、東京。
一人のアニメファンがSNSに投稿された、ある人気アニメーターの「原画」の動画を感嘆のため息と共に眺めている。キャラクターが滑らかに振り向き髪が風に流れる。そのわずか数秒のカットのために何十枚もの緻密な絵が描かれている。その職人技の結晶に、人々は「神作画」という最大の賛辞を贈る。
私たちは、アニメーションとは「絵をたくさん描いて動かすもの」だと直感的に、そして当たり前に理解している。
しかし、その「たくさん描く」という絶対的な常識、その信仰そのものを根底から覆すコペルニクス的転回が、かつてこの国で起きたことを知る者は少ない。
それは絶望的な状況の中から生まれた苦肉の策であり、そして偉大な発明の物語だった。
1962年冬。
富士見台のオンボロの砦「虫プロダクション」。
伝説の始まりを夢見て集った若きスタッフたちの熱狂は、放送開始日が刻一刻と現実的に迫ってくるにつれて、次第に青ざめた絶望へとその色を変え始めていた。
彼らがこれから挑む前人未到のプロジェクト。
『鉄腕アトム』、毎週30分間のテレビアニメシリーズ。
その言葉の持つ本当の重さを、彼らはまだ本当の意味では理解していなかった。
スタジオの片隅には彼らが研究用に借りてきた東映動画の長編アニメのフィルムが山積みになっていた。
彼らがアニメーションの「手本」として、そして絶対的な「神」として崇めてきたあのディズニーに匹敵する滑らかな動き。
それは「フルアニメーション」と呼ばれ、一秒間に24枚の全て違う絵を描くことで成り立っていた。
30分のアニメ番組。
CMなどを除いた本編の時間は約22分。
22分は1320秒。
もしこれを東映動画と同じフルアニメーションで作るとしたら、単純計算で一週間に3万1680枚の動画が必要になる。
3万枚。
その天文学的な数字を前に誰もが言葉を失った。
東映動画では数百人の日本最高のエリートアニメーターたちが、一年以上かけてようやく数万枚の絵を描き上げるのだ。
それをたった数十人の素人も混じった寄せ集めの集団で、一週間でやり遂げる。
不可能だ。
それはもはや根性や情熱でどうにかなるレベルの問題ではなかった。
物理法則に逆らうような絶対的な不可能性だった。
スタジオの空気は日に日に重くなっていった。
徹夜で作業を続けても原画は遅々として進まない。
このままでは放送開始日までに第一話すら完成しないかもしれない。
いや確実に間に合わない。
「僕たちは神様と一緒に無謀な夢を見てしまったのだろうか」
若いスタッフたちの心に初めて後悔と諦めの念がよぎり始めたその時だった。
スタジオの張り詰めた空気の中に、神様ののんびりとしたしかし力強い声が響き渡った。
「君たち、そんなに思い詰めることはないよ。何も3万枚も描く必要はないんだから」
その言葉の意味をまだ誰も理解することはできなかった。
彼らはまだ知らない。
これから自分たちがアニメーションというものの概念そのものを、自分たちの手で発明し直すことになるのだということを。
絶望の淵から歴史は動き出そうとしていた。
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
第五章、第一話いかがでしたでしょうか。
一週間で3万枚。改めて数字にしてみるとその無謀さがよく分かります。当時のスタッフたちがどれほどの絶望感を味わったか想像に難くありません。
さて、絶望的な状況の中、手塚治虫は謎めいた言葉を口にしました。
彼の頭の中には一体どんな秘策があったのでしょうか。
次回、「眠らないスタジオ」。
まずはその秘策の前に、当時の壮絶な制作現場の日常を描きます。
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