手塚治虫、テレビの荒野へ 第6話:賽は投げられた(終)
作者のかつをです。
第四章の最終話です。
ついに日本のアニメの歴史を決定づける、「週一テレビアニメ」という壮大な挑戦の幕が上がります。
今回はその嵐の前の静けさと若者たちの危ういほどの高揚感を描いて物語を締めくくりました。
※この物語は史実を基にしたフィクションです。登場する人物、団体、事件などの描写は、物語を構成するための創作であり、事実と異なる場合があります。
2025年、東京。
「来週も楽しみだな」。
青年はお気に入りのアニメのエンディングテーマを聴きながら、SNSに期待のコメントを投稿する。一週間後には当たり前のように物語の続きが届けられる。その毎週の小さな楽しみが、彼の一週間を支えている。
私たちは、「毎週放送される」というアニメの幸福なサイクルを当たり前のものとして享受している。
しかし、その当たり前の一週間を作り出すために、日本のどこかのスタジオで今この瞬間も何百人ものクリエイターたちが眠らない夜を戦い続けている。
その過酷でしかし尊い戦いの全ての始まりとなった、あの日の物語である。
1962年秋。
富士見台の小さな砦「虫プロダクション」。
そこでは歴史上誰も成し遂げたことのない無謀な挑戦がいよいよ本格的に始まろうとしていた。
毎週30分間のテレビアニメシリーズを作り上げる。
スタジオはできた。
個性豊かなスタッフたちも集まった。
神様である手塚治虫はすぐそばにいる。
しかし彼らの前に立ちはだかる現実は、あまりにも巨大だった。
一週間に30分。
それは計算上、一週間に数千枚の動画を描き上げなければならないことを意味していた。
東映動画のエリートアニメーターたちが何百人がかりで一年かけて、ようやく90分の映画を一本作り上げるのだ。
それをたった数十人の素人も混じった寄せ集めの集団で毎週作り続ける。
冷静に考えればそれは物理的に不可能な挑戦だった。
機材も圧倒的に足りなかった。
高価な撮影台はたったの一台しかない。
全てのスタッフがその一台を交代で24時間フル稼働させなければ作業は間に合わない。
そして何よりも足りなかったのが「ノウハウ」だった。
週一のテレビアニメシリーズを効率的に作るための方法論など、世界のどこにも存在しなかった。
彼らは全てを手探りで一から発明していくしかなかったのだ。
スタジオの中は希望と、そして同じくらいの不安が入り混じった異様な空気で満ちていた。
本当に自分たちにできるのだろうか。
そんな若いスタッフたちの不安を吹き飛ばしたのは、やはり手塚治虫の太陽のような存在感だった。
彼はスタッフ全員を前にして言った。
「君たち、心配することはないよ。僕に考えがある」
「これから僕たちは今までのアニメの常識を全てひっくり返すような新しい作り方を発明するんだ」
「これは革命なんだよ」
その自信に満ちた力強い言葉。
神様のその一言は若者たちの不安をたちまち熱狂へと変えた。
そうだ、手塚先生がいるのだからきっと何とかなるはずだ。
彼らはまだ知らない。
その「新しい作り方」というのが後に「リミテッドアニメ」と呼ばれ、日本のアニメの表現とそして労働環境の宿命を決定づけることになる諸刃の剣だということを。
彼らがこれから足を踏み入れるのが、締め切りという名の終わりのない地獄の行軍だということを。
しかし今はそれでよかった。
賽は投げられた。
1963年1月1日、午後6時15分。
日本中のお茶の間のテレビのブラウン管に未来のヒーローが産声を上げるその運命の瞬間は、刻一刻と近づいていた。
歴史が大きく動き出そうとしていた。
(第四章:6万円の反乱 ~手塚治虫、テレビの荒野へ~ 了)
第四章「手塚治虫、テレビの荒野へ」を最後までお読みいただき、本当にありがとうございました!
この時手塚治虫が抱えていた漫画の連載は10本を超えていたと言われています。その超人的なスケジュールの合間を縫って彼はアニメ制作の全てを監督していました。まさに神業です。
さて、ついにテレビという荒野に砦は築かれました。
次なる物語は、その無謀な戦いを技術と発明でいかにして乗り越えていったのか。その具体的な戦術の物語です。
次回から、新章が始まります。
**第五章:1秒8コマの革命 ~『鉄腕アトム』とリミテッドアニメの発明~**
週一放送という絶望的なスケジュール。それを可能にした日本独自のアニメ制作術「リミテッドアニメ」。
それは苦肉の策か、それとも大発明か。アニメの宿命を決定づけた革命の中身に迫ります。
引き続き、この壮大な旅にお付き合いいただけると嬉しいです。
ブックマークや評価で応援していただけると、第五章の執筆も頑張れます!
それでは、また新たな物語でお会いしましょう。
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