国産アニメーション、最初の一歩 第2話:チョークと黒板とカメラ
作者のかつをです。
第一章の第2話をお届けします。
「ないなら作るしかない」。
今回は日本のアニメの原点にある、開拓者たちの驚くべき創意工夫の物語です。
どんな偉大な技術も始まりはこんなにも地道な一歩でした。
※この物語は史実を基にしたフィクションです。登場する人物、団体、事件などの描写は、物語を構成するための創作であり、事実と異なる場合があります。
「絵を動かす」という途方もない夢に挑み始めた下川凹天。しかし彼はすぐに巨大な壁にぶつかった。
当時の海外アニメは一枚一枚透明なセルロイドに絵を描き、それを背景画の上に重ねて撮影する「セル画」方式が主流になりつつあった。しかし日本ではそのセルロイド自体が非常に高価で、手に入れることすら困難だった。
ならば紙に描くしかない。
だがそれもまた現実的ではなかった。
アニメーションはパラパラ漫画の原理だ。一秒間の映像を作るのに何枚、いや何十枚もの絵が必要になる。数分の作品を作るとなれば必要な紙の枚数は数千枚に達するかもしれない。そんな膨大なコストは到底許されるものではなかった。
画材がない。予算もない。
暗中模索の日々が続いた。凹天は自室にこもり頭を抱えた。
「もっと安く効率的に絵を変化させる方法はないものか……」
その時彼の脳裏に一つのアイデアが閃いた。
それはあまりにも原始的でしかし画期的な方法だった。
彼は大きな黒板を用意した。
そしてチョークを手に取りそこに自らのキャラクターである芋川椋三の姿を描いた。
まず腕を上げたポーズを描く。
そして活動写真用の大きなカメラを固定しシャッターを一度切る。
次に彼は黒板に描いた腕の部分だけを丁寧に消す。
そして先ほどよりほんの少しだけ腕が下がった状態の絵を描き加えるのだ。
そしてまたシャッターを切る。
消しては描き、撮る。
また消しては描き、撮る。
それは狂気的とも言える途方もなく根気のいる作業だった。
チョークの粉にまみれ腰は痛み、指先の感覚は麻痺していく。たった数秒の動きを作るために何時間もの時間を費した。少しでも線を間違えれば前のコマと繋がらなくなる。失敗は許されない。
しかし彼の心は不思議な高揚感に包まれていた。
これはただの絵ではない。自分は今静止した線に「命」を吹き込んでいるのだ。
数日後。
彼は現像されたフィルムを震える手で映写機にかけた。
暗闇の中カタカタと音を立ててフィルムが回り始める。
そしてスクリーンに光が灯った瞬間、彼は息を呑んだ。
そこにいたのは紛れもなく彼が描いた芋川椋三だった。
ぎこちなくカクカクとはしているが、しかし確かにその腕を動かしている。
チョークで描かれたただの線が、まるで意志を持っているかのように踊っていた。
「……動いた」
彼の口からかすれた声が漏れた。
それは日本のアニメーションが産声を上げた歴史的な瞬間だった。
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
黒板にチョークで描いて撮影するというこの手法は、実際に下川凹天が試したとされる方法の一つです。この他にも紙に描いた絵の背景を白く塗りつぶして変化させるなど様々な方法を模索したと言われています。まさに試行錯誤の連続でした。
さて、ついに絵を動かす魔法を手に入れた凹天。
しかし彼の前にはさらに大きな現実的な壁が立ちはだかります。
次回、「フィルムという名の壁」。
それは技術ではなくお金との戦いでした。
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