東洋のディズニーを目指した者たち 第4話:動かすことの喜びと苦しみ
作者のかつをです。
第三章の第4話をお届けします。
理想と現実のギャップ。それでもクリエイターを支える根源的な創作の喜び。
今回はいつの時代も変わらない「ものづくり」の普遍的なテーマを、若きアニメーターたちの姿から描きました。
※この物語は史実を基にしたフィクションです。登場する人物、団体、事件などの描写は、物語を構成するための創作であり、事実と異なる場合があります。
2025年、東京。
ある若手アニメーターがSNSに短い呟きを投稿する。「徹夜明け。指が動かない。でも担当したカットがOKになった時の達成感は何物にも代えがたい」。その投稿には同じ職業の仲間たちから「いいね」や共感のコメントが数多く寄せられる。
過酷な労働環境。低い賃金。それでも彼らはなぜ描き続けるのか。
その問いの答えはいつの時代も変わらないのかもしれない。
かつて白亜の城に集った最初の開拓者たちが感じた、あの根源的な感情の物語である。
1957年、東映動画スタジオ。
ついに記念すべき第一作目のカラー長編アニメーション映画の制作が正式にスタートした。
題材は中国の古い伝説『白蛇伝』。
監督にはベテランの藪下泰司が就任した。
スタジオ全体がこれまで体験したことのない異様な熱気に包まれた。
若きアニメーターたちにとってそれは初めての実戦だった。
基礎訓練で学んだフルアニメーションというあまりにも高い理想。
それを自分たちの手で一から作り上げるのだ。
森康二は物語に登場するパンダやレッサーパンダといった、愛らしい動物たちの作画を任された。彼はキャラクターに柔らかな生命感を与える天才的な才能を持っていた。彼のペン先から生み出される動物たちはただ可愛いだけでなく、どこか人間的な暖かさとユーモアを感じさせた。
一方大塚康生は、荒れ狂う嵐の海や巨大な洪水のシーンといった自然現象の作画に、その才能をいかんなく発揮した。彼は水の重さ、しぶきの形、波のうねりを執拗なまでにリアルに描き出した。彼の描く水はもはや単なる絵ではなく、スクリーンの中で確かな質量を持って暴れ回っているかのようだった。
彼らは互いの才能を認め合い、そして静かに嫉妬した。
「森さんの描くキャラクターの表情には敵わない」
「大塚さんのあのエフェクト作画はどうやったら描けるんだ」
同期としての温かい友情。そして同じ夢を追うライバルとしての熾烈な競争心。
その二つの感情が彼らの創造性をさらに高い次元へと押し上げていった。
しかし制作の現場は喜びだけではなかった。
むしろそのほとんどが苦しみに満ちていた。
フルアニメーションという理想は彼らの想像を遥かに超える、過酷な現実を突きつけた。
描いても描いても作画のノルマは終わらない。
机の上には描き直しの指示が書かれたリテイクの原画が山のように積まれていく。
誰もが家に帰る時間も惜しんでスタジオに泊まり込み、机にかじりついた。
指はペンだこで固くなり腰は悲鳴を上げた。
それでも彼らはペンを置かなかった。
なぜなら彼らは知ってしまったからだ。
自分たちが心血を注いで描いた何百枚ものただの紙の束。
それが撮影されスクリーンに映し出された瞬間。
静止していたはずのキャラクターがまるで魔法のように滑らかに歩き出し、笑い、そして泣く。
その神の領域に触れるかのような根源的な喜び。
そのエクスタシーにも似た創造の瞬間の感動。
そのたった数秒の輝きが、彼らに全ての苦しみを忘れさせたのだ。
動かすことの喜びと苦しみ。
その両輪が若き開拓者たちを乗せて前へ前へと突き進んでいった。
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
この『白蛇伝』の制作現場で培われた友情とライバル関係が、後の日本のアニメ界の人間関係の礎となっていきます。まさにすべてはここから始まりました。
さて、苦しみの果てに彼らは一つの奇跡的なシーンを生み出します。
次回、「白蛇はスクリーンで泣いた」。
日本のアニメ史に残る伝説のシーンの誕生秘話です。
ブックマークや評価、お待ちしております!
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