東洋のディズニーを目指した者たち 第2話:集え、若き才能
作者のかつをです。
第三章の第2話をお届けします。
後の日本アニメ界を牽引することになるレジェンドアニメーターたちが、まだ何者でもない若者として同じ場所に集う。
今回はそんな歴史の奇跡的な瞬間の高揚感を描きました。
※この物語は史実を基にしたフィクションです。登場する人物、団体、事件などの描写は、物語を構成するための創作であり、事実と異なる場合があります。
2025年、東京。
有名アニメスタジオの採用試験会場は、全国から集まった若者たちの熱気で満ち溢れている。その倍率は時に数百倍にも達するという。アニメーターという職業は子供たちの「なりたい職業ランキング」の常に上位に名を連ねる人気の仕事となった。誰もがその過酷さを知りながら、それでも夢の世界の扉を開きたいと必死にペンを握る。
私たちは、その熱狂を当たり前の光景だと思っている。
しかし、かつてアニメーターという言葉すらほとんど知られていなかった時代、たった一枚の新聞広告を頼りに未来を賭けた若者たちがいたことを知る者は少ない。
1956年春。
大泉に白亜の城「東映動画スタジオ」がその威容を現すと、一枚の求人広告が全国の新聞に掲載された。
『新人アニメーター募集。経験不問。我々と共に、東洋のディズニーを目指さないか』
そのあまりにもロマンに満ちた言葉は、日本中の絵を描くことが好きな若者たちの心を鷲掴みにした。
彼らの多くはまだアニメーションがどうやって作られているのか、その具体的な方法すら知らなかった。
ただ子供の頃に観たディズニー映画のあの滑らかな動き、あの魔法のような世界。
その記憶だけが彼らを突き動かしていた。
試験会場には様々な経歴を持つ若者たちの顔があった。
すでにアニメーターとしての短いキャリアを持ち、その卓越した技術で周囲から一目置かれていた森康二。彼は手塚治虫の元で働いた経験もあったが、組織として本格的なアニメーションを作るという東映動画の理想に新たな可能性を感じていた。
そして全くの異業種からこの世界に飛び込んできた一人の青年もいた。
彼の名は大塚康生。
麻薬取締官というアニメとはおよそ縁のない仕事をしながらも独学で絵の勉強を続けていた。彼の心を捉えていたのはキャラクターの動きそのものへの異常なまでの探求心だった。彼は新聞広告の「経験不問」というその一言に自らの人生を賭けたのだ。
試験は過酷を極めた。
数日間に渡りデッサンや模写、そしてパラパラ漫画の作成といった様々な課題が彼らに与えられた。
審査員たちが何よりも重視したのは絵の上手さだけではなかった。
それはキャラクターに命を吹き込むことができるか。止まった絵の中に動きの予感や感情の機微を表現できるか。そのアニメーターとしての最も根源的な才能だった。
数週間後。
合格通知を手にした若者たちが、期待と少しの不安を胸に初めて大泉のスタジオの門をくぐった。
目の前に広がる白亜の殿堂。最新鋭の機材。そして同じ夢を持つ輝く瞳をした仲間たち。
「ここから何かが始まるんだ」
まだ誰も見たことのない日本のアニメーションの輝かしい未来。
その壮大な物語の最初のページをめくる主役たちが、ついに一堂に会した瞬間だった。
彼らの手によってこれから数々の伝説が生み出されていくことになる。
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
大塚康生さんは後年、宮崎駿や高畑勲の師匠とも呼べる存在になります。彼のリアルな動きへのこだわりがなければ、『ルパン三世 カリオストロの城』のあの伝説的なカーチェイスシーンも生まれなかったかもしれません。
さて、夢を抱いて集った若き才能たち。
彼らを待っていたのはディズニーというあまりにも巨大な壁でした。
次回、「フルアニメーションという理想」。
彼らが叩き込まれたアニメーションの絶対的な基準とは。
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