デジタルアニメの夜明けと職人たちの選択 第6話:静かなる革命
作者のかつをです。
第二十章の第6話をお届けします。
『サザエさん』のデジタル化は、一つの時代の完全な終わりを象徴する出来事でした。
しかし、それは終わりではなく、新しい時代の「日常」の始まりでもありました。
※この物語は史実を基にしたフィクションです。登場する人物、団体、事件などの描写は、物語を構成するための創作であり、事実と異なる場合があります。
2013年。
国民的アニメ『サザエさん』が、ついにセル画制作を終了し、完全デジタル化へと移行した。
これが、日本のアニメ業界における「セル画時代」の、象徴的な終焉だった。
ニュースでは「セル画、消える」と報じられたが、現場の空気は意外なほど静かだった。
なぜなら、その革命はとっくの昔に終わっていたからだ。
すでにほとんどのスタジオはデジタル化を完了し、新しいワークフローの中で日々作品を生み出していた。
それは、誰かが号令をかけて一斉に変わったものではなかった。
現場の一人一人が、効率を求め、クオリティを求め、生き残りをかけて選択を積み重ねた結果の、静かなる革命だった。
スタジオから、物理的なフィルムの缶が消えた。
重いカット袋を持って走り回る制作進行の姿も減り、データの送受信で済むようになった。
韓国や中国のスタジオとの連携も、インターネットを通じてリアルタイムで行われるようになった。
しかし、変わらないものもあった。
デジタルになっても、アニメーターはペン(スタイラスペン)を握り、一枚一枚絵を描いている。
画面に向かう背中は、かつてライトテーブルに向かっていた頃と同じように丸まっている。
「いい絵を描きたい」
「観た人を驚かせたい」
その情熱の温度は、アナログだろうがデジタルだろうが、1度たりとも下がってはいない。
あるスタジオのデスクには、古びた鉛筆削りが置かれたままになっていた。
もう使うことはないかもしれない。
でも、それは「ここから始まった」という証として、大切に残されていた。
技術は変わる。道具も変わる。
しかし、職人の魂だけは、形を変えながらも確かに受け継がれている。
静かなる革命の果てに、アニメーションは「データ」という軽い身体を手に入れ、国境も時間も超えて、世界中の人々の元へと届くようになった。
かつて手塚治虫が夢見た「世界中の子供たちにアニメを」という願いは、デジタルの力によって、かつてない規模で実現されようとしていた。
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
デジタル化によって、アニメ制作の敷居は下がりましたが、同時に求められるクオリティのハードルは上がり続けています。道具が便利になっても、楽になったわけではない。それがクリエイターの業かもしれません。
いよいよ、この長い物語も最終回です。
100年以上にわたる開拓者たちの旅路、その行方を見届けてください。
次回、「その画面に、魂は宿るか(終)」。
『国産アニメ創世記』、完結。
ブックマークや評価、お待ちしております!
ーーーーーーーーーーーーーー
もし、この物語の「もっと深い話」に興味が湧いたら、ぜひnoteに遊びに来てください。IT、音楽、漫画、アニメ…全シリーズの創作秘話や、開発中の歴史散策アプリの話などを綴っています。
▼作者「かつを」の創作の舞台裏
https://note.com/katsuo_story




