戦時下、国策アニメの光と影 第6話:焼け跡に残されたフィルム(終)
作者のかつをです。
第二章の最終話です。
一つの作品がいかにして次の時代のクリエイターにインスピレーションと勇気を与えていくのか。
今回はそんな文化の奇跡的な繋がりを描いて物語を締めくくりました。
※この物語は史実を基にしたフィクションです。登場する人物、団体、事件などの描写は、物語を構成するための創作であり、事実と異なる場合があります。
2025年、東京。
青年が自宅のパソコンで動画配信サービスを眺めている。そこには「アニメ史に残る傑作選」という特集が組まれていた。彼はその中の一本に興味を惹かれる。
『桃太郎 海の神兵』、1945年公開。
「ずいぶん古いアニメだな……」
彼は何気なく再生ボタンをクリックした。
今、私たちがこうして過去の作品にいつでも触れることができる。
その文化の裏には戦火の焼け跡から一本のフィルムを奇跡的に未来へと繋いだ、名もなき人々の物語があったことを知る者は少ない。
敗戦後、日本はGHQ(連合国軍総司令部)の占領下に置かれた。
彼らは日本の非軍事化政策の一環として、戦時中に作られたあらゆるプロパガンダ映画の捜索と処分を始めた。
『桃太郎 海の神兵』もまたその対象となった。
海軍省の全面的なバックアップの元で作られたこの映画は、「軍国主義的である」という烙印を押され、そのオリジナルネガは焼却処分される運命にあった。
瀬尾光世とアニメーターたちの血と汗の結晶。
日本のアニメーション技術の金字塔。
その全てが歴史から完全に抹消されようとしていた。
しかし奇跡は起きた。
一本の上映用ポジフィルムが松竹大船撮影所の倉庫で誰にも気づかれず、ひっそりと眠っていたのだ。
処分を命じられた会社の社員がその芸術的価値を惜しみ、密かに隠したという説もある。
真実は定かではない。
しかしその一本のフィルムは確かに戦後の混乱を生き延びた。
そして1946年。
焼け跡が残る大阪でそのフィルムを観て、全身に雷が落ちるような衝撃を受けた一人の若者がいた。
まだ医学生でありながら漫画家を志していた手塚治虫である。
彼は子供の頃に観たディズニーアニメの滑らかな動きに心を奪われていた。
しかし敗戦国である日本であのような豊かなアニメーションが作れるはずがないとどこかで諦めていた。
だがスクリーンに映し出された『桃太郎 海の神兵』は、その彼の常識を粉々に打ち砕いた。
「なんだ、これは……」
動物たちのあまりにも滑らかな動き。奥行きのある美しい背景。
そのクオリティは彼が敬愛するディズニーに決して引けを取らないものだった。
そして何よりこの作品があの絶望的な戦争の真っ只中に、日本人の手だけで作られたという事実に彼は激しく心を揺さぶられた。
「日本でもやればできるじゃないか!」
彼はこの映画を観て決意したという。
いつか自分もこんなに素晴らしいアニメーションをこの手で作ってみたい、と。
国威発揚の道具として生まれ時代の敗北と共に一度は歴史から消えかけた悲劇の傑作。
そのフィルムに込められた瀬尾光世たちの芸術への執念。
そのバトンは確かに、戦後の漫画界そしてアニメ界を一人で背負って立つことになる「神様」の手に固く握りしめられたのだ。
歴史は決して途切れてはいなかった。
(第二章:桃太郎、海を征く ~戦時下、国策アニメの光と影~ 了)
第二章「桃太郎、海を征く」を最後までお読みいただき、本当にありがとうございました!
手塚治虫がこの映画から受けた影響は計り知れないものがあったと言われています。特に動物や小さな生き物たちが健気に大きなドラマを繰り広げるという構図は、後の手塚作品にも色濃く受け継がれていきます。
さて、戦争の時代が終わり、アニメは、新たなステージへと向かいます。
次なる舞台は、「東洋のディズニー」を目指して設立された、巨大スタジオです。
次回から、新章が始まります。
第三章:白蛇の涙 ~東洋のディズニーを目指した者たち~
全国から、若き才能が集結し、日本初の、カラー長編アニメーションに挑む。
そこには、希望と、情熱と、そして、若者たちの、きらきらとした青春がありました。
引き続き、この壮大な旅にお付き合いいただけると嬉しいです。
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それでは、また新たな物語でお会いしましょう。
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▼作者「かつを」の創作の舞台裏
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