宮崎駿とスタジオジブリの船出 第7話:あなたが映画館で見る夢(終)
作者のかつをです。
第十八章の最終話です。
スタジオジブリという奇跡のようなスタジオが、いかにして生まれ、そして私たちの文化の一部となったのか。
その情熱と信念の物語を描き切りました。
※この物語は史実を基にしたフィクションです。登場する人物、団体、事件などの描写は、物語を構成するための創作であり、事実と異なる場合があります。
2025年、東京。
映画館のロビー。新作アニメ映画の上映を待つ人々で溢れかえっている。
親子連れ、カップル、老夫婦。
世代を超えた人々が、同じスクリーンを見つめるために集まっている。
その映画の冒頭、スクリーンに映し出されるのは、青い背景にトトロの横顔が描かれた、あの馴染み深いロゴマークだ。
「スタジオジブリ」
その文字が出た瞬間、観客は安心する。
「ああ、これから素晴らしい物語が始まるんだ」と。
その絶対的な信頼。
それは、一朝一夕に築かれたものではない。
かつて、テレビアニメの粗製乱造に絶望し、それでもアニメーションの可能性を信じた男たちがいた。
宮崎駿、高畑勲、鈴木敏夫。
彼らは、安易な商業主義に背を向け、自分たちが本当に良いと思うものだけを作り続けた。
一本一本の映画に、魂を削り、寿命を削り、すべての情熱を注ぎ込んだ。
風の谷の風、ラピュタの雲、トトロの森、湯屋の湯気。
彼らが描いた世界は、今も私たちの心の中で生き続けている。
彼らは単に映画を作ったのではない。
「アニメーションは子供騙しではない。大人の鑑賞にも堪えうる芸術であり、文化だ」
そのことを、作品の力だけで証明し続けたのだ。
客席の暗闇の中で、一人の少年がスクリーンを見つめている。
彼の目はキラキラと輝き、物語の世界に没入している。
彼は知らない。
この美しい映像が、かつて吉祥寺の狭い煙たい部屋で、明日をも知れぬ不安の中で戦った職人たちの手によって生み出された伝統の上にあることを。
彼らが「妥協」という言葉と戦い続け、守り抜いた「質」へのこだわりが、今この瞬間の感動を支えていることを。
しかし、知らなくてもいいのだ。
彼が感じている「面白い」「すごい」という純粋な感情。
それこそが、宮崎駿たちが何よりも大切にし、届けたかったものなのだから。
映画が終わり、明かりがつく。
観客たちは満足げな表情で席を立つ。
「やっぱり、ジブリはいいね」
その一言が、職人たちへの最高の賛辞だ。
風の谷から始まった船出は、長い長い航海を経て、日本人の心の中に「ジブリ」という消えない港を作った。
その港から、また新しい夢が、次の世代へと漕ぎ出していく。
(第十八章:風の谷の職人たち ~宮崎駿とスタジオジブリの船出~ 了)
第十八章「風の谷の職人たち」を最後までお読みいただき、本当にありがとうございました!
宮崎駿監督は引退と復帰を繰り返しながら、今なお現役で制作を続けています。その尽きることのない創作意欲には、ただただ頭が下がる思いです。
さて、国内のアニメ制作が極まる一方で、現場では人手不足という深刻な問題が起きていました。
次なる物語は、海を越えた制作の舞台裏です。
次回から、新章が始まります。
**第十九章:韓国からの援軍 ~作画崩壊と戦った制作デスク~**
バブル期の制作本数急増。描く人が足りない。
そんな日本のピンチを救ったのは、海を越えた韓国のアニメーターたちでした。
言葉も文化も違う現場で、いかにしてクオリティを維持したのか。知られざるグローバル化の第一歩を描きます。
引き続き、この壮大な旅にお付き合いいただけると嬉しいです。
ブックマークや評価で応援していただけると、第十九章の執筆も頑張れます!
それでは、また新たな物語でお会いしましょう。
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▼作者「かつを」の創作の舞台裏
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