戦時下、国策アニメの光と影 第5話:完成、そして敗戦
作者のかつをです。
第二章の第5話をお届けします。
努力が必ずしも報われるわけではない。
今回は作り手たちの思いとは裏腹に、時代の大きな波にその功績が飲み込まれてしまう歴史の無常さを描きました。
※この物語は史実を基にしたフィクションです。登場する人物、団体、事件などの描写は、物語を構成するための創作であり、事実と異なる場合があります。
2025年、東京。
話題のアニメ映画の公開初日。映画館には長蛇の列ができ舞台挨拶では監督や声優たちが万雷の拍手を浴びる。興行収入は週末ランキングのトップを飾り、SNSには絶賛のコメントが溢れかえる。作品の成功は作り手にとって最高の栄誉だ。
私たちは、その熱狂を当たり前の光景として見ている。
しかし、かつて日本のアニメ史に燦然と輝くはずだった傑作が、誰にも知られることなく時代の喧騒の中に静かに封印されていった物語があったことを知る者は少ない。
1945年4月12日。
空襲の傷跡が生々しく残る帝都・東京。
その日一軒の映画館で日本初の長編アニメーション映画『桃太郎 海の神兵』は静かに封切られた。
二年近くにも及んだ過酷な制作期間。
幾多の困難を乗り越え、瀬尾光世と若きアニメーターたちの魂が込められた74分間のフィルムはついに完成したのだ。
そのクオリティは圧倒的だった。
動物たちの滑らかな動き。壮大なオーケストラの音楽。光と影を巧みに使った芸術的な画面構成。
それは間違いなく当時の日本のアニメーション技術の最高到達点だった。
公開に先駆けて行われた海軍省の幹部たちを招いた試写会では、惜しみない賞賛の声が上がったという。
最高の船出になるはずだった。
彼らの血と汗の結晶が国民に大きな感動と勇気を与えるはずだった。
しかし時代は彼らに微笑まなかった。
映画が公開された1945年4月。
もはや日本の大都市に空襲警報が鳴らない日はなかった。
人々は日々の食料を確保するだけで精一杯だった。
映画館に足を運ぶ余裕のある者などほとんどいなかったのだ。
瀬尾やスタッフたちが、あれほど苦悩した「芸術かプロパガンダか」という問い。
その問いを気にかける者すらいなかった。
彼らの映画は国民の士気を高めることも芸術として評価されることもなく、ただ空っぽの客席に向かって上映され続けた。
そして公開からわずか四か月後の8月15日。
玉音放送が日本の敗戦を告げた。
スタジオでその放送を聞いた瀬尾とアニメーターたちは、ただ呆然と立ち尽くすしかなかった。
自分たちが信じていた大日本帝国は負けたのだ。
自分たちが国の勝利の一助となることを信じて作っていたあの映画は、一体何だったのか。
圧倒的な達成感。
そしてそれと同時に訪れたあまりにも巨大な虚無感。
彼らの長く過酷な戦いはこうして唐突に終わりを告げた。
歴史的な傑作は時代の敗北と共に歴史の闇へとその姿を消していくかに見えた。
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
もしあと一年戦争の開始が遅かったら、あるいは終結が早かったら。この作品の評価は全く違ったものになっていたかもしれません。まさに時代が生んだ悲劇の傑作でした。
さて、歴史の闇に消えるはずだった一本のフィルム。
しかしそれは奇跡的に未来へとバトンを繋ぐことになります。
次回、「焼け跡に残されたフィルム(終)」。
第二章、感動の最終話です。
物語は佳境です。ぜひ最後までお付き合いください。
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