ビデオがアニメを救った日 第5話:マニアたちの熱狂
作者のかつをです。
第十七章の第5話をお届けします。
1万円のビデオテープ。今の感覚では信じられない価格ですが、当時のファンにとってはそれだけの価値があったのです。
「所有欲」と「パトロン意識」。それがオタク文化の経済的な基盤でした。
※この物語は史実を基にしたフィクションです。登場する人物、団体、事件などの描写は、物語を構成するための創作であり、事実と異なる場合があります。
1980年代後半、東京・秋葉原。
電気街の一角にあるアニメショップのレジ前には、発売日を迎えた新作OVAを求める若者たちの列ができていた。
彼らの手には、1万円札が握りしめられている。
当時のOVAは高かった。
30分から60分程度の収録時間で、価格は1万円前後。現在のブルーレイディスクよりも遥かに高額だ。学生にとっては、数ヶ月分の小遣いを叩いてようやく手に入る、まさに「宝物」だった。
それでも、彼らは買った。
なぜか。
それは「所有する喜び」があったからだ。
豪華なイラストが描かれたパッケージ。
中に封入された設定資料集や、解説が書かれたライナーノーツ。
それらは単なる映像ソフトではなく、作品の世界観を凝縮したアイテムだった。
彼らは家に帰り、震える手でビデオデッキにテープをセットする。
再生ボタンを押すと、自分だけのために用意された特別な映像が流れ出す。
テレビの粗い画質とは違う、鮮明な映像とクリアな音響。
それを自室で独占できるという優越感。
「俺はこの作品を支えているんだ」
彼らは、自分が購入した一本のビデオが、次の作品を作るための資金になることを知っていた。
消費することが、すなわち応援すること。
その「パトロン」としての意識が、オタクたちの購買意欲をさらに掻き立てた。
アニメ雑誌『アニメージュ』や『ニュータイプ』も、この熱狂を煽った。
毎号掲載される新作OVAの情報。
監督やキャラクターデザイナーのインタビュー。
「今、このOVAを見逃すな!」という扇情的な見出し。
情報は渇望を生み、渇望は購買へと繋がった。
彼らの部屋の棚には、黒い背表紙のビデオテープがずらりと並んでいった。
そのコレクションは、彼らのアイデンティティそのものだった。
学校や職場では理解されないかもしれない。しかし、この棚の前では、自分は世界の真理を知る選ばれし者になれる。
この、少数精鋭の熱狂的なファン層に支えられた「高付加価値・高単価」のビジネスモデル。
これこそが、OVAという文化を経済的に成立させた最大の要因だった。
大衆に媚びる必要はない。
わかってくれる奴だけが買ってくれればいい。
その閉じた、しかし強固な経済圏の中で、日本のアニメはガラパゴス的な進化を遂げ、独自の「深さ」を獲得していったのだ。
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
この頃に培われた「パッケージを買って支える」という文化は、後のDVDやBlu-rayの時代、そして現在のクラウドファンディングやグッズ購入による応援文化へと脈々と受け継がれています。
さて、OVAブームは永遠には続きませんでした。
バブルの崩壊とともに、市場は変化していきます。
次回、「レンタルビデオ屋の棚に並ぶ夢(終)」。
第十七章、感動の最終話です。
物語は佳境です。ぜひ最後までお付き合いください。
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