ビデオがアニメを救った日 第2話:ビデオデッキという名の劇場
作者のかつをです。
第十七章の第2話をお届けします。
ビデオデッキの普及。それは単なる家電の進化ではなく、視聴スタイルの革命でした。
「時間を買う」「所有する」という概念が、アニメビジネスに新たな地平を切り拓いたのです。
※この物語は史実を基にしたフィクションです。登場する人物、団体、事件などの描写は、物語を構成するための創作であり、事実と異なる場合があります。
2025年、東京。
実家の押し入れを整理していた青年が、埃を被った黒くて重い機械を見つける。VHSビデオデッキだ。今や再生することさえ難しいその機械は、単なる産業廃棄物のように見えるかもしれない。しかし、かつてこの機械は、当時の若者たちにとって「未来への扉」であり、自室を映画館に変える魔法の箱だった。
私たちは、好きな映像を好きな時に見ることを当たり前の権利として持っている。
しかし、かつて映像とは「放送される時間にテレビの前で待つ」ものであり、それを見逃せば二度と見られない儚いものだった。
その時間の呪縛から人々を解放したのが、ビデオデッキだった。
1980年代初頭。
VHSとベータマックスという二つの規格が覇権を争っていた時代。
ビデオデッキは、当時の大卒初任給の数倍もする高価な家電製品だった。
しかし、それでも人々は熱狂的にこの機械を求めた。
「好きな番組を録画して、後で見る」
「好きな映画のソフトを買って、自分の物にする」
それは、映像に対する主導権が、放送局から個人の手に移った歴史的な瞬間だった。
特にアニメファンにとって、この機械の恩恵は計り知れなかった。
お気に入りのシーンを何度も巻き戻して見返す。コマ送りにして作画の技術を研究する。
ビデオデッキは、彼らにとって単なる再生機ではなく、アニメを解剖し、深く愛するための研究機器となった。
そんな中、この新しいハードウェアの可能性に目をつけた企業があった。
バンダイである。
彼らはガンプラの成功によって、アニメファンという層が持つ購買力の高さを誰よりも理解していた。
ファンは、気に入ったものには惜しみなく金を払う。
たとえそれが、高価なビデオソフトであってもだ。
「もし、テレビで放送されていない、ビデオでしか見られないオリジナルのアニメを作ったらどうなるだろうか?」
バンダイの企画担当者の脳裏に、あるアイデアが閃いた。
テレビの放送枠を取る必要はない。スポンサーの顔色を伺う必要もない。
買ってくれるファンさえいれば、それでビジネスは成立する。
それはつまり、ターゲットを「一般大衆」ではなく、「熱心なマニア」に絞ることができるということだ。
マニアが喜ぶような、クオリティの高い作画。
テレビでは流せないような、重厚でシリアスなストーリー。
あるいは、美少女キャラクターのサービスシーン。
「売れる。絶対に売れる」
彼らは確信した。
ビデオデッキという名の個人的な劇場。
そのスクリーンのために作られた、専用の映画。
Original Video Animation。略してOVA。
その新しいメディアの誕生前夜、業界の片隅で、静かな、しかし熱い胎動が始まっていた。
ターゲットは明確だった。
テレビの子供向けアニメを卒業し、より刺激的な映像を求めて彷徨っていた「オタク第一世代」たちである。
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
当時のビデオソフトは一本1万円以上することも珍しくありませんでした。それでもファンはアルバイトをして金を貯め、宝物のように買い求めたのです。
さて、舞台は整いました。
いよいよ世界初のOVAが、そのベールを脱ぎます。
次回、「ダロスの衝撃」。
押井守という若き才能が、アニメの常識を覆します。
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