ビデオがアニメを救った日 第1話:テレビでは放送できない
作者のかつをです。
本日より、第五部「産業編 ~未来への布石~」の幕開けとなる、第十七章「ビデオがアニメを救った日 ~OVA、表現の自由区~」の連載を開始します。
今回の主役は、テレビの枠に収まりきらなかったクリエイターたちの情熱が生んだ発明品、「OVA」。
より過激に、よりマニアックに。日本のアニメが「オタク文化」として深化していく過程を描く物語です。
※この物語は史実を基にしたフィクションです。登場する人物、団体、事件などの描写は、物語を構成するための創作であり、事実と異なる場合があります。
2025年、東京。
週末の夜。一人の会社員が缶ビールを片手に、動画配信サービスのメニューをスクロールしている。そこには地上波では放送できないような過激なバイオレンスアクションや、マニアックなSF、あるいは少しエッチなコメディが並んでいる。「配信限定オリジナル」。その言葉には、視聴率やスポンサーの顔色を伺う必要のない、作り手の純粋な拘りが詰まっているような響きがある。
私たちは、テレビ以外の場所で、より自由で尖った作品が生まれることを当たり前のこととして知っている。
しかし、かつてアニメ作品を発表する場所が、テレビという「お茶の間」と、映画館という「劇場」しかなかった時代。そのどちらの枠にも収まりきらない情熱を持て余し、窒息寸前だったクリエイターたちがいたことを知る者は少ない。
物語の始まりは1980年代初頭。
『ガンダム』のブームを経て、アニメファンの年齢層は確実に上がっていた。中高生、大学生、そして社会人。彼らは子供だましの勧善懲悪ではなく、よりリアルで、より複雑で、そしてより刺激的な物語を求めていた。
しかし、その渇望に応える場所はテレビにはなかった。
テレビアニメはあくまで「子供のための時間」に放送されるものだった。
スポンサーである玩具メーカーや菓子メーカーの意向は絶対であり、PTAや放送倫理規定の目は厳しかった。
「人が死ぬシーンは残酷だからダメだ」
「ヒロインのシャワーシーンなんてもってのほかだ」
「ロボットが泥臭い戦争をするなんて、おもちゃが売れない」
クリエイターたちの机の上には、ボツになった企画書や、修正を命じられた絵コンテの山が築かれていた。
彼らは描きたかった。
ハードボイルドな刑事ドラマを、血湧き肉躍るバイオレンスを、甘く切ない大人のラブストーリーを。
しかし、それらは全て「テレビ的ではない」という理由で却下された。
映画という道もあったが、それはあまりにもリスクが高かった。
莫大な制作費と宣伝費がかかる劇場用アニメは、確実にヒットが見込めるメジャーな企画しか通らない。
「俺たちが本当に作りたいものは、どこで発表すればいいんだ」
アニメスタジオの喫煙所では、才能ある若手演出家やアニメーターたちが紫煙と共にため息を吐いていた。
彼らの頭の中には、既存の枠組みを破壊するような斬新なアイデアが渦巻いている。しかし、それを世に出すための出口が塞がれていたのだ。
そんな閉塞感漂う業界に、一つの技術革新が静かに、しかし確実に浸透し始めていた。
家庭用ビデオデッキの普及である。
「放送」でもなく「上映」でもない。
映像を「パッケージ」として個人の手元に届けるという、第三の道。
その黒くて四角いプラスチックの箱が、やがてアニメの歴史を救う救世主になるとは、まだ誰も気づいてはいなかった。
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
第十七章、第一話いかがでしたでしょうか。
当時のテレビの規制は、今とはまた違った意味で厳しいものでした。特にスポンサーの意向は絶対で、クリエイターの自由な発想は常に制限されていたのです。
さて、行き場を失った情熱。
それを救ったのは、当時急速に普及し始めていた「ビデオ」というハードウェアでした。
次回、「ビデオデッキという名の劇場」。
高価な家電製品が、若者たちの夢の受信機へと変わります。
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