国産アニメーション、最初の一歩 第1話:白紙からの挑戦
はじめまして、作者のかつをです。
本日より、新シリーズ『国産アニメ創世記~絵を動かした開拓者たち~』の連載を開始します。
この物語は、私たちが当たり前に楽しんでいる「アニメ」の礎を築いた、知られざる開拓者たちの物語です。
記念すべき最初の章は国産アニメーションの「本当の始まり」。
まだアニメという言葉すらなかった時代に、「絵を動かす」という夢に挑んだ最初の開拓者たちに光を当てます。
アニメの知識は一切不要です。
ただ歴史の裏側で繰り広げられた人間ドラマとして楽しんでいただけたら幸いです。
※この物語は史実を基にしたフィクションです。登場する人物、団体、事件などの描写は、物語を構成するための創作であり、事実と異なる場合があります。
それでは、壮大な国産アニメ創世記の旅へようこそ。
2025年、東京。
深夜の静寂が満ちる部屋で一人の青年がベッドに寝転がり、スマートフォンの画面を食い入るように見つめている。ディスプレイに映し出されているのは最新のアニメ作品だ。緻密に描き込まれた背景の中をキャラクターが滑らかに、そして感情豊かに動き回る。息を呑むようなアクションシーン、瞳の揺れだけで心情を伝える繊細な演技。
彼は指先一つで無限に広がる物語の海を泳ぐ。月額数百円で過去の名作から最新の話題作まで全てが見放題。高画質で安定したストリーミング。途切れることのない快適なアニメ体験。
彼はその全てを呼吸をするかのように当たり前に受け入れている。
しかし、その「当たり前」がかつては存在しなかったという事実を知る者は少ない。
日本においてアニメーションという概念そのものがまだ存在しなかった時代。
映画館のスクリーンに「ただ絵を動かしたい」という途方もない夢を抱いた一人の男がいた。
物語の始まりは今から一世紀以上前の大正時代、1916年の日本。
まだ人々の娯楽の中心が活動写真、つまり映画だった頃。
漫画家としてすでに人気を博していた一人の男がいた。
彼の名は下川凹天。
当時の映画館では海外から輸入された数分程度の短いアニメーションが、実写映画の添え物として上映されることがあった。ウィンザー・マッケイの『恐竜ガーティ』のような生き生きと動くキャラクターたちは、観客を驚かせ魅了した。
しかしその作り方を知る者は日本では誰もいなかった。
それはまるで魔法のようだった。
凹天は自らが描く漫画のキャラクターたちが紙の上を飛び出し、スクリーンで自由に動き回る姿を想像していた。
「この絵を動かすことはできないだろうか」
それは純粋で子供のような、しかあまりにも無謀な衝動だった。
手本となる教本はない。教えてくれる師もいない。あるのは一枚の白紙とペン、そして胸に宿る熱い情熱だけ。
周囲の人間は彼の突飛なアイデアを鼻で笑った。
「漫画は漫画だろう。絵が動くわけがないじゃないか」
それでも彼の探求心は消えなかった。
彼は来る日も来る日も、どうすれば静止した絵に命の息吹を吹き込めるのか、その方法をたった一人で模索し始めた。
誰も歩んだことのない荒野への第一歩。
日本のアニメーションという壮大な物語の本当の始まり。
それは一人の漫画家の孤独な挑戦から静かに幕を開けたのだった。
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
新シリーズ「国産アニメ創世記」、第一話いかがでしたでしょうか。
すべての始まりは一人の漫画家の純粋な好奇心でした。下川凹天は幸内純一、北山清太郎と並び「日本初のアニメーター」とされる人物の一人です。しかしその道は想像を絶するほど困難なものでした。
さて、手本のない暗闇の中、彼はいかにして絵を動かす「魔法」を見つけ出したのでしょうか。
次回、「チョークと黒板とカメラ」。
彼の驚くべき創意工夫がついに形になります。
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それではまた次の更新でお会いしましょう。
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