悪役令嬢(ヒロイン)になりたかった。
「君は完璧すぎる……」
自分の婚約者である王太子の言葉に違和感があった。
……………………。
私は悪役令嬢に生まれた。
生まれた時から悪役令嬢だった。
題名は忘れたけれど、オーソドックスな剣と魔法の世界の乙女ゲームの悪役令嬢だった。
イケメンの王太子や騎士団長の息子、学園の教師や大商人の息子、若くしての大魔術師等々、イケメンたちとの恋愛を楽しむ普通の乙女ゲームだった。
私は勝った、と思った。
だって、前世では悪役令嬢がヒロインに打ち勝つウェブ小説ばかり見ていたから。
侯爵令嬢である地位も美貌も頭脳も魔力も、優しい両親だって何もかもを兼ね備えている悪役令嬢に勝つヒロインなんてほとんどいなかった。
………………。
なのに。
「君は完璧すぎる……」
といつからか婚約者の王子に言われる言葉に違和感を感じるようになった。
なぜ、この人は自分の婚約者の能力が高いことに不満を抱いているのだろう。
完璧な悪役令嬢。
素晴らしいじゃない。
私に任せていればすべてはうまくいくのに。
いくら能力が高いからって、私だって悪役令嬢でいるために日々何もかもを頑張っているのに。
頑張らないと、悪役令嬢になれないから。
あなたにふさわしいのは私なんだから。
---
貴族学校に入ってから、ゲームの通りにヒロインがいた。
マリア・ストロベリア男爵令嬢だ。
初めて生で見るヒロインは生き生きとしてかわいかった。
例えば、元気に魔術実習とかやっているところを見かけると、自然と視線が行く。
「いっくよー!」
庶民のような掛け声を出して魔法の上達を目指すヒロイン。
それはもう私だけでなく、男女大勢の視線を集めて輝いていた。
もちろん、勉強や魔法では悪役令嬢である私のほうが上だ。
だけれど、ヒロインであるマリアが一生懸命頑張った結果、魔法実習でも勉強の成績でも私の次ぐらいの成績をおさめると、それはもう輝いていた。
大体が貴族というものは爵位順に出来が決まるものだ。
それを男爵令嬢のしかも最近引き取られたばかりのヒロインが2位。
私の完璧さは霞んでいた。
しかも、ヒロインの出来はそれだけではなかった。
ヒロインとしてすべてが完ぺきだった。
かわいくて魔法も勉強も頑張って目立ったからといって、上位貴族の子息たちには一切恋愛として関りを持たなかった。
彼女は、幼い時から交流がある大商人の息子である婚約者を迷いなく見ていた。
平民の時から交流があり、私が調べたことにはヒロインから男爵である親を説得して婚約したらしい。
裕福な商人との繋がりが重要であることを訴え、ヒロインしか子がいない男爵家に婿入りさせて更なる家の発展に貢献すると、大商人の息子と二人で説得したそうだ。
攻略対象者の一人である大商人の息子は平民にしては珍しく金髪に菫色の瞳のイケメンだ。
もちろん、攻略対象者だからというのもある。
しかし、私は違うと思った。
ヒロインに選ばれたからだ。
この世界のヒロインに大商人の息子は選ばれたのだ。
輝かないはずがない。
ヒロインと大商人の息子は、貴族学校の中でも仲良く一緒にいた。
仲睦まじい小鳥の番のようだった。
………………。
私はふと横を見る。
私の婚約者の王太子は、眩しいものを見る視線でヒロインをジッと見ていた。
そうして、私の視線に気づいたようにこちらを見た。
王太子で攻略対象者だけあってイケメンだ。
金髪に深い青の眼、顔や声は好みだった。
ゲームでの私の一番の推しはもちろん王太子だった。
自分がいつもヒロインだったらなぁ、と思ったものだ。
「君は完璧すぎるね……だから」
再度、王子はそう言った。
………………あなたはゲームの通り、ヒロインが良いというの?!
その瞬間、私ははしたなくも駆け出していた。
もうその場には居られなかった。
王太子の引き留める焦った声が聞こえた気もしたが、気にならなかった。
待たせている馬車で急いで侯爵邸に帰り、部屋に引きこもった。
「誰も部屋に入れないでちょうだい!」
そう宣言して、悪役令嬢らしくなく貴族学校に登校しないで部屋にうずくまった。
悪役令嬢だから精神は強いはずなのに、もう耐えられなかった。
この世界はやはりヒロインが主人公なのだ。
だって、あんなに輝いていた。
3日ほど、貴族学校に行かないで部屋に引きこもって生活をしていた。
もちろん、勉強は遅れないように部屋で勉強はしている。
だけれど、やっぱり私を部屋から引きずり出すように、人の来訪を告げられた。
無理やり部屋に押し入られて、湯あみと着付けと化粧をされる。
誰が来るかはわかっていた。
いくらヒロインに惹かれていても、婚約者ならば見舞いに来ないわけにはいかないから。
「休めたかな?」
私の部屋に入ってきた王太子は、開口一番そんなことを言った。
「ご心配をおかけして申し訳ありません」
私はそう答えて、向かい合っているテーブルの上の紅茶のカップを見つめる。
「大丈夫だよ………」
「何も大丈夫ではありません」
私は初めて王太子に口答えした。
ふぅ、と王太子が少し息を吐く音がして、私は思わず何か叱責されるのかとビクッと身じろぎする。
「……、ごめんね。父上と母上に叱られた」
私は初めて聞く王太子の謝罪の言葉に、顔を上げる。
少し王太子はすまなさそうに微笑んでいた。
「謝っていただくことは何もありません」
「僕の言葉が少なかったね。君は完璧すぎるから、少し僕を頼って休むといいよ」
「………………え? は?」
王太子の言葉に、思わず私は悪役令嬢らしからぬ声を出した。
私に不満があるのだと思っていた。
完璧すぎる悪役令嬢に不満がある、と。
確かに不満はあったけれど…………???
「君は僕の顔や声が好きだろう? 僕も君と初めて会った時から、努力家なところとか、もちろん美しいところも好きだけど、ふとした時に見せるリラックスした勝気な笑顔とか色々好きだ。僕はそれで良いと思っていた。今もうまく言えないから、今まで黙っていたけれど」
王太子は、困ったように微笑みながら「お互い好き同士なんだから、何も問題はないと思っていた」という。
「言い訳をすると、君が好きな僕でいられるようにボロが出ないように、いつもキリッとした顔をしてとっておきの声を出すように心がけていたんだ」
「え………………」
わかりにくい…………。
と、思ったけれど、それは私もかもしれない。
「それで、話は戻るけど君はマリア・ストロベリア男爵令嬢の事をよく見ていたよね? だから僕も気になって見ていたのだけれど、『どうしてもこの手紙が必要だと思う』とストロベリア男爵令嬢の婚約者の彼から、ストロベリア男爵令嬢の手紙を預かったんだ。何か暗号で書かれているけど、罠も魔法も悪意もないことを魔法検査で確認済みだから受け取って。特例だよ?」
「え……………………?」
私が見ていたから気になって見ていた?
そ、そんな、でも言われてみれば、侯爵令嬢である私が男爵令嬢を真剣に眺めていたら、王太子だって気になるかもしれない。
そんなに私が見ているのは分かりやすかったのかしら?
私は呆然としながら、薄桃色の花のにおいがする封筒を受け取った。
開封されていない。
検閲もされていないなんて確かに特例だ。
『ヒロインより。悪役令嬢様へ』
封筒の中の手紙はその言葉から始まっていた。
懐かしい日本語で書かれていた。
『こんにちわ。
私をジッと眺めている様子から見て、忘れていることがあるかもしれないと無理を言って手紙を出しました。
生まれ変わる前の場で、悪役令嬢を選んだのはあなたです。
ちょうど同時期に死んでしまって、生まれ変わるときに、光りの玉みたいな神様から『悪役令嬢』と『ヒロイン』を選べと言われました。
『悪役令嬢が良い』
とあなたが強硬に主張したので、私は大商人の攻略対象者が好きだったので、これ幸いと私はヒロインを選択しました。
まあ、神様は『どちらを選んでも死んだりすることはないから大丈夫』、と言っていたので安心ですね。
『顔と声が圧倒的に良い王太子が良いじゃない』
と、あなたは言っていましたが、侯爵令嬢に生まれて王妃教育を受けなければいけない事、王妃になって国を王太子とともに運営してかなくてはいけない事、そこら辺がいまいち深刻さが分かっていないような気がしましたが、大丈夫みたいですね。
悪役令嬢としてとても輝けていると思います。
勉強もできるし、魔法もできるし、念願の王太子の婚約者になっていつも一緒に居るみたいだし。
私は『ヒロイン』として頑張って大商人の息子の婚約者とこの国を支えます。
あなたは『悪役令嬢』として王太子と頑張ってください。
私じゃなくて、しっかりとあなたを見詰めている王太子を見てあげてください』
「あ…………」
手紙を見ている端から、生まれる前の事を思い出していった。
そうだった。
光る白い空間で、ヒロインと私は一緒に居た。
同時期に死んだ女の子と一緒に、異世界の神様から『ヒロイン』か『悪役令嬢』かを選べと言われた。
前世の小説で『悪役令嬢』が生き生きと活躍している小説を読んでいたから、『悪役令嬢』になりたいと思った。
そして、知っている乙女ゲームだったから、イケメン王子様と結婚する『悪役令嬢』になりたいと思った。
ヒロインは微笑んで、
「じゃあ、私はヒロインにしようかな。大商人の息子の彼好きだし」
と言ってくれたんだった。
もちろん、その場で私に選ばせてくれたお礼を言ったけど、なんでそんな大事な恩を忘れてヒロインに嫉妬していたんだろう、私。
私の頬にはいつの間にか涙が伝っていた。
そして、王太子が寄ってきて私の頬をハンカチで拭ってくれた。
その私を見る目はとてもやさしい………。
「気を使わせてごめんなさい。心配かけてごめんなさい。ストロベリア男爵令嬢にも改めてお礼を言わなくては」
「僕の事は良いんだよ。僕もごめんね、言葉が足らなくて。将来は夫婦になるんだし、色々ちゃんと話し合おうね」
私は、しっかりと頷いた。
「好きです、レオンハルト様」
「……僕も、君が……エリーザがずっと好きだったんだ」
王太子の青い瞳に光るものが浮かんでいるのを見て、私の胸の奥が熱くなる。
「……エリーザ」
そう名を呼ばれ、私はもう、涙をこらえきれなかった。
私たちはそうしてかたく抱きしめあうのだった。
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