表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

嫁がされた田舎貴族の土地は最高条件で、夫は最良物件でした

 帝都──ヴァルマール皇都。その中心、中央貴族街。大理石の柱が林立し、黄金の装飾が風にきらめく街並みは、まさに帝国の栄光の象徴だった。ここでは昼夜を問わず、音楽と舞踏が響き渡り、社交の華が競うように咲き乱れている。


 だがその日、麗しい装いの一台の馬車が、その繁栄の中心を静かに離れていった。祝福の言葉も、見送りの群衆もない。ただひとつ、貴族街を抜ける石畳の音だけが、別れの証のように鳴り響いた。


 その馬車に乗るのは、帝国屈指の名門、公爵家グランティーヌの令嬢──メリシア・ロゼーヌ・グランティーヌ。


 淡い紅を帯びた金の巻き髪、凛とした銀灰の瞳。その美貌と気品ゆえに“帝都の薔薇”と謳われた彼女だったが、その表情は静かな怒りと深い失意に染まっていた。


「“ご配慮”ですって……何と都合のよい言葉かしら」


 馬車の揺れも感じさせぬほど張り詰めた声音が、車内の空気すら冷たく変えた。侍女のセリアは、何も言えず黙して隣に座っていた。


 目的地は帝都から遠く離れた辺境、リューベン領。その領主に嫁ぐ──それが、今日の彼女に課された使命であった。


 婚姻の詔勅。皇帝直々の命。


 だがその背後に、どす黒い宮廷の闇をメリシアは感じ取っていた。


(セラフィーナ……あなたの仕業ね)


 皇女セラフィーナ・フォン・ヴァルマール。


 皇帝の実娘にして、冷酷で嫉妬深いと噂される女性。数ヶ月前の晩餐会で、偶然にもメリシアが王族の注目を集めた──それだけのことで、皇女の逆鱗に触れたのだ。


「わたくしが帝都にいては、あなたの光が霞むとでも?」


 誰に言うでもなく呟いたその言葉は、怒りよりも諦めの色を帯びていた。だが、静かな決意も宿していた。


「捨てられたのではありませんわ。わたくしは、選んで出ていくのです」


 侍女のセリアが、黙って刺繍入りの白布を差し出す。


「メリシア様……どうか、無理はなさらず」


「ありがとう、セリア。……でも、わたくしは“グランティーヌ”の娘。どこにあろうとも、誇りを忘れはしませんわ」


 馬車の窓の外には、かつて慣れ親しんだ白亜の街並みが遠ざかっていく。高くそびえる尖塔、繊細なアーチを描く橋、皇帝の銅像が夕日に赤く染まる光景──それらすべてが、今や背後へと流れ去っていた。


 彼女の脳裏に浮かぶのは、幼き日の記憶だった。父の背に抱かれて初めて出席した夜会、母が教えてくれた宮廷の作法、そして祖父が読んでくれた詩集の響き。


(すべてを失うわけではない。わたくしが、それを携えてゆくのです)


 帝都を出るその瞬間から、彼女の人生は新たに開いたのだった。


 長い沈黙ののち、メリシアは再び口を開いた。


「セリア、リューベンという地……あなたは、知っているかしら?」


「はい。地図では存じておりますが、詳しくは……ですが、険しい山と森林に囲まれた地方と聞き及んでおります」


「辺境と呼ばれるには、相応の歴史がありそうね。帝国の光が届きにくい土地。けれど……逆に言えば、変化の余地があるということ」


 彼女は、自らの手で衣装の襟元を正した。


「この結婚が、ただの追放劇で終わると思われたら心外ですわ。わたくし、必ず“意味”を作ってみせます」


「……はい。きっと、できます」


 セリアの声には、確かな信頼が込められていた。


 車窓の外に広がる風景は、白亜の貴族街を過ぎ、徐々に森の緑と土の匂いに変わっていった。小さな村を通るたび、農民たちは物珍しそうに馬車を見上げる。その素朴な視線に、メリシアはこれまで感じたことのない“視られ方”を意識する。


(飾りではなく、何かを“求められている”ような……)


 それは、帝都では決して味わえなかった感覚だった。


 ──こうして、帝都の薔薇は辺境へと旅立った。


 それが、彼女の栄光の終わりではなく、真の始まりであることを、まだ誰も知らなかった。


 旅は六日を要した。帝都からリューベン領へ至る道は、舗装の行き届いた街道から徐々に草むした山路へと変わり、最後には車輪が軋むほどの細道となった。


 だが、馬車が市街に入ると、その印象は一変した。


 石畳の広い通り、左右に連なる赤茶の煉瓦造りの家々。露店には色鮮やかな野菜や果物が並び、活気ある声が町に満ちている。


「……これが、辺境?」


 思わずメリシアは声を上げた。侍女セリアも目を丸くしている。帝都では辺境といえば“文明の遅れた未開の地”という先入観があった。だが、この街には整備と秩序があり、人々の表情には誇りすら漂っていた。


 通りすがりの子どもたちが、馬車を見上げては手を振る。メリシアは一瞬、どう反応すればよいか迷ったが、やがて窓越しにそっと手を振り返した。


「ご到着です」


 御者の声が響き、馬車が城門前で停まる。


 灰色の城壁、高い見張り塔、その奥には堅牢な石造りの居城がそびえ立っていた。門がゆっくりと開き、中庭に入ると、十数名の家臣たちが整列して出迎えていた。その中央に立つのが、領主──エドアルド・フォン・マクヴェイン。


 背は高く、深い黒髪を後ろで束ね、騎士風の軽装を纏っている。無駄のない所作と視線の強さから、戦場で鍛えられた者の風格がにじむ。


(……あれが、わたくしの“夫”)


 メリシアが馬車から降りると、エドアルドは一歩前に進み、跪いた。


「メリシア・ロゼーヌ・グランティーヌ公爵令嬢。ようこそ、リューベン領へ。貴女を妻として、未来の伴侶として、お迎えいたします」


 彼の声音は、低く落ち着き、しかしどこか人を包み込む温かさを含んでいた。


「……ご挨拶、痛み入ります。これより、貴方の妻としての務め、果たしてまいります」


 メリシアの答礼に、周囲の家臣たちは安堵の気配を漂わせた。どうやら政略結婚ゆえの緊張は、双方にあったらしい。


(悪くはなさそう、ですわね)


 案内された居城内部は、簡素ながら清潔で、細部に心配りが行き届いていた。廊下には地元の織物が敷かれ、花瓶には季節の花が飾られている。壁に掛けられた絵画は、帝都のものより素朴だが、どこか温かみがあった。


「辺境にしては……いえ、失礼。この整えられた空間は、帝都の下級貴族邸よりも遥かに優れております」


 メリシアの言葉に、セリアも深く頷く。


「はい、メリシア様。すべて領主様の方針で、“誰もが心安らぐ場所を”と」




 夜には、歓迎の晩餐が設けられた。


 天井には細やかな木彫り、食卓には地元産の食材をふんだんに使った料理が美しく並んでいた。が、最も驚いたのは、エドアルドが“彼女の好み”をある程度把握していたことだった。


「……帝都の使用人から、何か聞き取りを?」


「多少の調査は。貴女を迎えるにあたり、失礼のないように」


 その実直な姿勢に、メリシアは初めて小さく頬を緩めた。


(形式だけの政略結婚かと思っておりましたが……違うかもしれませんわね)


 翌日、エドアルドは自ら領内を案内してくれた。市場の通り、農民たちの集落、工房、診療所、そして教育施設とされる学び舎。


「村人たちの識字率はまだ低いですが、近年は年少者への教育に力を入れています」


「帝都では“辺境”は文化も秩序もないと言われていますのに……」


「それは偏見というものでしょう。土地の民に根気よく寄り添えば、誰もが進む力を持っている」


 エドアルドの言葉には、空虚な理想ではなく、確かな信念があった。




 その夜、メリシアは書斎にて、自ら旅の記録を書き始めた。


『リューベンは、辺境に非ず。民の顔には誇りがあり、街には秩序がある。未開と決めつけていたのは、帝都の我々だったのだ』


 彼女の胸に、静かに火が灯っていくのを、彼女自身が最も感じていた。


 ──かくして、メリシアは“捨てられた姫”ではなく、“選ばれし領主夫人”として、リューベンの地に根を下ろし始めるのであった。




 リューベンに暮らし始めてから、ひと月が経った。季節は初夏へと移ろい、山間の空気は湿り気を帯びつつも、草木は青々と茂り、領民たちは収穫期に向けて忙しく立ち働いていた。


 メリシアもまた、城の生活に慣れ始めていた。日々の執務は新鮮で、時に煩雑だったが、エドアルドと共に書類を読み、地図を広げて計画を練る時間に充実感を覚えるようになっていた。


「貴女の記憶力と分析眼には、驚かされるばかりです」


 ある日の午後、そう言ったエドアルドの言葉に、メリシアは素直に微笑みを返した。


「帝都では、何の役にも立たないと言われた知識でしたけれど……ここでは、使えるのですね」


 だが、そんな穏やかな日々に影を落とす事件が起きた。




 その朝、領内交易を管轄する文官が、蒼ざめた顔で執務室に駆け込んできた。


「領主様……北部集落の港で、密貿易の疑いが浮上しました」


「詳しく話せ」


 エドアルドの声は低く鋭い。文官は震える手で書簡の束を差し出した。


「輸送記録と税務報告に、大きな齟齬があります。特に“帝都産”と記された高級香辛料が、未申告のまま流通しています」


「帝都産……?」


 メリシアが眉をひそめる。


 その品は、帝都でも王侯貴族しか手に入らぬほど高価なもの。辺境の港で取引されるには、明らかに不自然だった。


「おそらく、帝都からの流れを装った何者かが、密かに取引を仕掛けているのです」


「放ってはおけませんわ」


 エドアルドは即座に現地調査を決定した。


「私も同行させてください」


 メリシアの言葉に、エドアルドは一瞬迷ったが、やがて頷いた。


「君の目が必要かもしれない。頼む」



 


 現地の北部集落に到着した二人は、すぐに問題の港を視察した。


 港は小規模ながらも整備され、輸送船や倉庫が整然と並んでいた。だが、一見平穏に見えるその場所に、違和感があった。


「人の動きが、妙に早すぎますわ」


「……何か隠しているな」


 エドアルドは密かに副官を派遣し、倉庫の裏手にある記録室の調査を命じた。メリシアは商会の帳簿を丹念に読み込み、物資の流れを追った。


「この印影……見覚えがあります」


 メリシアはふと一枚の輸送証に目を止めた。


「帝都のアーヴェル公爵家に連なる家門の刻印に酷似しています。しかも、この印章の文様、以前セラフィーナ皇女の晩餐会で配られた手紙と酷似している」


 エドアルドの眉がひそまる。


「つまり、この密貿易の背後に、帝都──皇女の影があると?」


「その可能性は高いと思われます。リューベンの“治安不備”を口実に、わたくしたちを陥れる目的が……」


 調査は数日に及び、ついに偽装商人の証言により、帝都からの差金であることが判明した。香辛料の密売人の中に、かつてセラフィーナに仕えていた宦官の名が記されていたのだ。


「やはり、これは……仕組まれた罠ですわ」


「帝都の者がこの地の信用を落とし、貴族議会に干渉させる……その第一手か」


 事態は外交問題に発展しかねない状況だった。


 エドアルドは自ら報告書を記し、帝都の監察官への正式通達を決定した。


「帝都には、証拠と共に、こちらの立場を明確にする必要がある」


「わたくしからも、かつての人脈を辿って“帝都内の反皇女派”へ連絡を取ります」


 メリシアの決意は揺るがなかった。もはや彼女は、ただの“追放された娘”ではない。この地と夫と民を守るために、過去と向き合う覚悟を決めていた。


「わたくしは、かつての帝都の華ではありません。いまは、この地の……リューベンの奥方です」


 その言葉に、エドアルドが静かに頷いた。


「頼もしい限りだ。共に進もう」


 こうして、密貿易事件は一応の収束を見たが──


 これはまだ、嵐の前触れに過ぎなかった。


 セラフィーナ皇女の影は、さらに深く長く、リューベンを覆い始めていた。




 密貿易事件の報告書が帝都へ送られてから、半月が経過した。リューベン領は表向きには平穏を取り戻していたが、空気には未だ張り詰めた緊張が残っていた。


 その朝、執務室に届けられた一通の書簡が、再び静寂を破った。


『帝国評議院より、メリシア・ロゼーヌ・グランティーヌ公爵令嬢へ。 中央省庁への出仕要請を通達する。帝国の未来を担う才女としての職務遂行を期待する──』


 それは、事実上の“帰還命令”だった。


「……来ましたわね」


 メリシアは書簡を読み終えた後、静かに羽ペンを置いた。


「帝都は、わたくしを“戻したい”のではありません。“引き剥がしたい”のです」


「セラフィーナ皇女か?」と、エドアルドが問う。


「ええ。おそらくは密貿易の件を思い通りにできなかった腹いせ。評議院を使って、表向きは名誉職として召還を装っているのです」


 エドアルドは黙って頷いた。


「君がどうするか、それを決めるのは君自身だ。私は、君の選んだ道を尊重する」


 それから数日間、メリシアは沈思の時を過ごした。


 リューベンの街を歩き、民の声を聞き、城の回廊を何度も行き来した。彼女は、かつての自分──“帝都に戻ることが当然”だった日々と、今ここにある“自らの意思で選んだ居場所”とを、静かに天秤にかけていた。


 市場で出会った老婆が、彼女に手を合わせて言った。


「奥方様のおかげで、読み書きができるようになった孫が、村の記録官になるのが夢だって申しておりました」


 その言葉に、彼女の胸の奥で何かが小さく震えた。


 別の日。農民の若者が、川辺で新設の灌漑施設を誇らしげに説明してくれた。


「この設計、奥方様の提案だって聞いてます。おかげで、干ばつのときも作物が枯れなくなりました」


 そんな声のひとつひとつが、彼女に問いかけるようだった。


 ──“あなたがここにいる意味は、何ですか?”


 ある晩、月明かりの中、彼女は一人書庫に立ち、帝都から持参した詩集を手に取った。祖父がかつて読み聞かせてくれた一節が、ふと脳裏に蘇る。


『強き花は、嵐の地にこそ咲く。風に逆らい、根を張り、己の色で空を染める』


(帝都に戻れば、また装飾品にされるでしょう。言葉の表面を飾る“才女”として)


(でも、ここなら。わたくしは“意思を持つ者”として、生きていける)


 翌朝、メリシアはエドアルドの執務室を訪れた。


「書簡の返信を、完成させました」


 差し出された封筒を受け取り、エドアルドは中身を一瞥する。


『出仕は辞退いたします。現在、リューベン領にて従事する務めがあり、帝国に対する貢献は現地から成す所存です』


 彼は深く頷いた。


「……君は、もう“帰るべき場所”を選んだのだな」


「はい。“戻る”のではなく、“残る”と決めました」


 その夜、セリアがそっと微笑みながら言った。


「おめでとうございます、メリシア様」


「……何に対して?」


「ご自分で、ご自分の居場所を決められたことです」


 その言葉に、メリシアもまた静かに微笑んだ。


 この地は辺境に過ぎない──かつてそう言われた場所。


 けれどいま、彼女の心には確かに、一本の根が深く下ろされていた。


 “わたくしはもう、追われる側ではありません。この地に生き、この地の人々と共に歩む、選ばれた者なのです──”


 春の終わり、リューベンの山々に雪解け水が満ち、川が勢いよく流れ始めた頃。再び帝都からの使節団が訪れるとの報せが届いた。


「今度は、視察という名目だそうです」


 副官からの報告に、エドアルドは無言で書簡を置いた。


「視察、ですって?……きっと“監査”に来るのでしょうね」


 メリシアの目が鋭く光る。セラフィーナ皇女の政治的影響力は、いまや帝国中央において無視できぬものとなっていた。密貿易事件での一件が完全な失敗に終わった今、リューベンを直接掌握する策へと切り替えてきたのだ。


 城中には緊張が走った。だが、かつてのような動揺はなかった。


 この一年、リューベンは変わった。


 新たに建てられた教育施設では、子どもたちが文字を学び、農業の収支は前年より二割増。交易港の整備と監査体制の刷新により、物流は飛躍的に効率化されていた。


「彼らが何を探しに来ようと、私たちはやましいところなど何一つありません」


 メリシアの声に、家臣たちは勇気づけられるように頷いた。


 やがて、使節団が城門をくぐった。


 先頭に立つのは、皇女の寵臣──ベリウス子爵。その背後には、帝都官僚の面々。中には、かつてメリシアが社交界で顔を合わせたことのある高官の姿もあった。


「グランティーヌ令嬢……いえ、いまは“辺境伯夫人”とお呼びすべきか」


 皮肉を滲ませたその言葉に、メリシアは毅然と応じた。


「帝都より遠路はるばる、誠に光栄ですわ。私どもには勿体ないほどの栄誉です」


 その応対に、官僚たちの間に微かなざわめきが走る。


 晩餐の席では、領内の統治状況について矢継ぎ早の質問が飛んだ。


「農業収支は?」「初等教育の進捗は?」「港の税率は変動していますか?」


 エドアルドは明快に答え、メリシアは数値資料と共に補足する。


「識字率は現在、全村平均で六五%。女子教育にも力を入れております」


「交易収支は昨年度比一三%増。新設した市場区画が奏功しております」


 使者たちは資料に目を通し、言葉を失ったように沈黙する。


 かつて“追放された女”が、いまや帝国貴族にも匹敵する実務力と成果を誇っていたからだ。


 使節団が城を発ったのは三日後。その背には、敗北にも似た空気が漂っていた。


「彼らは、何も見つけられなかった」


 エドアルドが静かに呟く。


「……でも、セラフィーナ本人は、まだ終わらせるつもりはないでしょう」




 予感は的中した。




 数週間後、帝都から直々の招請状が届いた。今度は、セラフィーナ皇女自身の名によるものだった。


『リューベン領夫人メリシア・グランティーヌ殿。 帝国評議院において、地方統治の成果を報告する場を設けたく存じます。併せて、公的な再会を望みます』


 これは招待ではない。


 ──挑戦だった。


「行くしかありませんわね」


「危険だぞ」


「危険でも、必要です。あの方と、真正面から向き合う時が来たのです」


 エドアルドは、しばし黙考した後、頷いた。


「君を信じよう。……だが、必要があれば、すぐに戻れ」



 



 帝都──一年ぶりの帰還。


 その姿はかつてと変わらず豪奢だったが、メリシアの目には、どこか色褪せて見えた。


 セラフィーナ皇女は、相変わらず輝かしい衣装と完璧な微笑をまとっていた。


「よく来てくださいました、メリシア。辺境でもお元気そうで何より」


「ええ、皆様のご配慮のおかげで」


「今日は、貴女の手腕を中央で評価する機会となるでしょう。ぜひ、帝国の将来を共に語らいましょう」


 公開の場に設けられた議場で、メリシアは証言台に立った。


 統治の成果、制度設計、民の生活の変化──彼女は堂々と語った。官僚や貴族たちがうなずき、拍手すら起きる。


 セラフィーナは微笑を絶やさず、ただ一言だけ放った。


「その働き、いずれ“帝都でこそ”活かされるべきでしょう」


「いえ、私はリューベンにおります」


 会場に、静けさが満ちる。


「私は中央の栄誉より、現地の実利を重んじます。辺境と呼ばれる地に、可能性があり、誇りがあると知ったから」


「皇女殿下。私は、もはや“貴女に勝ちたい”とは思いません。ですが、帝国が民を見捨てぬ国であるならば、中央と辺境は対等であるべきです」


 その言葉に、場内が静かにどよめいた。


 皇女は一瞬、目を伏せた。その後、僅かに頷いたように見えた。


 評議の場はそのまま散会となったが、メリシアの存在は中央にも深く刻まれた。



 




 数日後、リューベンへ帰還した彼女を、エドアルドと民たちが笑顔で迎えた。


 春祭りの準備が進む城下には、音と花の香りが溢れていた。


 その夜、彼女は城の庭園で一枚の封筒を受け取った。


 中には銀の指輪と一通の手紙。


『これからも、この地で隣にいてほしい。名ばかりの妻ではなく、共に生きる伴侶として──エドアルド』


 涙が溢れそうになったその時、背後から静かに腕が伸び、彼女の手を包んだ。


「ようやく、全ての戦が終わったな」


「ええ。これからが、私たちの始まりですわ」


 彼女の言葉に、エドアルドは優しく頷いた。


 辺境に咲いた一輪の花は、いまや帝国の未来を映す象徴となっていた。




最後まで読んでいただきありがとうございます


メリシアとエドアルドのちょっとラブッぽい話。書きたいもの結構いっぱい詰め込みました。


少しでも何か響いてくれたのなら私としては満点です


★おねがい★


下の☆☆☆☆☆から評価してくださると自分の作品がどのように評価されてるのか分かって参考になります(押してほしいだけ)


よろしくお願いします(◠ᴥ◕ʋ)

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
冒頭の、メリシアがグランティーヌの娘として誇り高く振る舞う姿がまず胸熱。エドアルドとメリシアが領地のために真摯に向き合い、改善しようと努力する姿勢がとても好みでした! 物語の展開はテンポが良く、早すぎ…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ