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らっしゃい!アンタの心を握ってやんよ

「だから!今のままだと絶対20分じゃ終わんないんだって!キャラなんて2人いればいいんだよ!」

「そしたら文化祭の映画じゃないじゃん!文化祭はみんなで作るもの、わかる?」

「だとしてもこんなとっ散らかった話できねぇだろ!舐めてんのか!」

「はぁ!?アンタが書き直せって言ったんでしょ!?」


7月下旬。クーラーの効かない日曜日の3-C教室では、俺と海老名の怒声が響き渡っていた。

なぜ日曜日に教室にいるかというと、話は2週間ほど前に遡る。

秋の文化祭で我が3-Cでは映画を作ることになった。そのため実行委員の海老名が脚本を作るところから始まったわけだが。

出来上がった脚本は1クールのドラマでやるような内容を20分の尺で詰め込んだもので……はっきり言って何を伝えたいのかが1ミリもわからなかった。

海老名という人間は受験期にも関わらず染めた髪とネイルを誇りにしている、根っこからのギャルである。

なので作品作りが素人なのは当然なのだが、こいつには面白そうな要素を思いつくセンスはあってもまとめ上げる技術が欠片もない。

そうして脚本の期限が迫り、どうにも見ていられなくなった結果。およそクラスでは一番漫画などを読んでいるであろう俺が口を挟み、改稿を手伝うことになったのである。


「20分でやるならキャラとかテーマとかを小さく絞って、まず作品として完成させるのを優先させた方がいいって」

「でも、文化祭はみんなで作るものじゃん。ならいろんな人に見せ場があるようにしないと」

「スケジュール的に来週には脚本終わらせないとまずいんだろ?だったら納期が最優先だ」

「わかってるけどさぁ……やるなら全員で1つのもの作らないとアガらないじゃん。人数稼ぎたいなら適当にモブにしとけってアンタの主張は納得できない」

「お前なぁ……」


この調子で既に3時間はお互いの主張が平行線になっている。

日曜日にわざわざ9時前から学校に来てこれだ。ここまで話が通じないなら帰ってやろうかという気分になる。

そもそもの話、海老名が作りたがっているのは、いかにも陽キャが作ったような青春劇で、恋愛あり友情あり涙ありの内容だ。少なくとも20分では絶対にまとめ上げられない。

なので俺がなんとか形にしようとしているのだが、話やキャラを削るたびに海老名がNGを出す。気づけばお互いがどう相手を説得するかに話がスライドしていた。


「第一、こんなサブキャラ作らなくていいだろ。このオタクに優しい感じのギャルとか、現実にはいないの」

「えー、いるけどな。ウチとか結構そうじゃない?」

「お前はオタクにも優しいってだけだろ」


海老名は俺みたいなオタクとも対等に話すやつではあるが、オタクに特別優しいわけではない。現に3年間同じクラスだったが、ここまで面と向かって話すのはこれが初めてだ。

ただ話さなくてもわかることだが、こいつは性善説というか、人のことが薄っすらでも好きから入るやつだ。

だから頼まれたら基本断らないし、とりわけ今回のように無茶な厄介ごとも引き受けてしまう。

ようするに海老名は誰にでも優しいのだ。よって好意のようなものが見えても絶対に勘違いしてはいけない。

そうして言い合いを続けていると、12時のチャイムがなった。日曜日でも変わらず鳴るらしい。


「ヤバ、もう12時じゃん。アンタ昼は?」

「持ってきてないな。時間無いしコンビニでも行くか?」

「あー、それもいいけどさ。気分転換ってことで一回なんか別のことすべ。一時休戦ってことで」

「いいけど、何するんだ?」


質問を受ける海老名は待ってましたと言わんばかりの顔で答えた。



「家庭科室って今ならフリーじゃん?ウチがお寿司握ってやんよ」




30分後、近くのスーパーで買い出しを済ませて家庭科室に戻ってきた。

買ったのはレンジで作れるパック米と詰め合わせの刺身。酢などの調味料が家庭科室にあるのは確認済みだ。


「実際のところ、寿司っていきなり握れるもんなのか?」


原理としてはおにぎりに近そうだが、板前が何年も修行するのを見るに初心者には難しいのではないだろうか。


「舐めんなし。レジに並んでいる間に動画見てきたから、もうプロよプロ」


今時は修行もタイパらしい。まあ並んでいる時間で見終わるぐらいなら、そこまで工程は難しくないようだ。

軽口を叩いていると、チーンと米ができあがる音がした。


「んじゃ、さっそく始めますか。へい兄ちゃん、ご注文は?」

「それ買い物行った後に聞くのか?」

「雰囲気よ、雰囲気。はいマグロ一丁!」

「あっ待てバカ!」


止める間もなく海老名は豪快に袖をめくり……パック米に思い切り腕を突っ込んだ。

出来立てほかほかのパック米に。


「~~あっつぁ!あっ!ムリ!死ぬ!!」

「それ出来立てだから、時間置かないと握れないぞ」

「先!言って!待ってネイルに米挟まった!」

「早く冷やせ!ほら!」


俺は急いで蛇口を回し、すぐに海老名の指を冷やす。これなら火傷にはならないはずだ。


「そもそも素手で米触るならネイル外せよ……とりあえず5分ぐらい待とうぜ」

「しゃーね、大人しく待つわ……」


ジャーッ、という水の音だけが家庭科室に響く。

さて、5分間で何をしようか。調理工程としては米を握る以外に現状することもないので、やや手盛り無沙汰になった。

脚本作りに戻るにしては時間も短いので、気になっていたことを聞くことにする。


「なあ、海老名」

「んー?どしたん?」

「お前、なんでいきなり寿司握るなんて言い出したんだ?」


そう、そこが疑問なのだ。

目の前に刺身とご飯があるならそのまま食べた方が早いし、――女子の手料理を食べたいがためにあえて指摘はしなかったが――スーパーにはそのまま寿司も売っていた。

寿司を食べる理由こそあっても、寿司を握る必要性はどこにもないのである。


「やー、ウチもお寿司売ってんなーとは思ったんだけどさ」


海老名は恥ずかしそうに答える。


「脚本作んの手伝ってもらってるし、お礼ってことでなんか手料理作ってみたくて」

「おう……照れるな」


普段から手料理は……しないんだろうな、さっきの様子を見るに。


「それにアンタ、お寿司好きでしょ?」

「あれ、言ったっけそんなこと」

「1年のころに運動会の打ち上げで食べ放題のビュッフェに行ったっしょ?アンタその時にお寿司ばっか食ってたじゃん」

「よく覚えてんな、2年前だぞ」


ちなみに俺が好きなのは海鮮であって、寿司が特別好きなわけではない。寿司も刺身も海鮮丼もそんなに違いはないだろうというのが正直なところだ。

なんだったら色々な具材が乗っているだけ海鮮丼の方が好みまである。先の食べ放題も、海鮮丼がないから寿司を食べたようなものだ。


「というか俺のこと見ていたんだな。びっくりしたよ」

「は?別に目立ってたから覚えてたってだけだし。勘違いすんな」

「わかってるって」


そう、こいつはクラス全員のことをよく見ているやつなのだ。よって俺のことを覚えていた=俺のことが好きだとは安易に勘違いしてはいけない。

「オタクに優しい」と「オタクにも優しい」。1文字の違いだが、ここを間違えるほど俺は愚かではない。


「ねえ、アンタはさ」


などと考えていると今度は海老名の方から声をかけてきた。


「アンタはなんで、脚本手伝ってくれてんの?」

「そりゃ、お前の出した脚本がつまんなかったからだろ」

「ひっど。泣くわ」


そう言って苦笑する海老名は、泣くというよりむしろ泣き終えたような顔だった。


「けどさ、脚本読んでビミョーな顔してたのは、みんなそうじゃん」

「……それは」


それは、事実だ。金曜のホームルームで配られた脚本を見た時のクラスメイトの顔は酷いもので、「本当にこれをやるのかよ」と「俺たちは悪くないからな」が半々といったところだった。


「まーウチが適当に作った話なんて、面白くないかもしれないけどさ」

「面白いかどうかは置いといて、適当に作ってはいないだろ。海老名は頑張ってる」


そもそもの話、素人の海老名がわざわざオリジナル脚本を書いている原因はその「クラスのみんな」にある。

3年の夏休み目前、受験生には文化祭に入れ込む時間もモチベーションもなくて。

話し合いで映画をやるとは決まったが、肝心な何の映画をやるかについてはろくな意見が出ず、仕方なく実行委員の海老名が一から脚本を作ることになったのだ。

こうなると映画に決まったのも、一部の主役に任せれば形になるからだろうと邪推したくもなる。

……ちなみに俺の出したハーレム系ラブコメ読み切りはオタクくさいからと却下された。いっぱい女の子出せるし、名案だと思ったのだが。


「だから助かってるよ、ウチのために協力してくれて」

「……別に、お前のためじゃない」

「そうなの?」

「ああ」


確かに、海老名の脚本はろくに評価できるものではなかった。

けどそれは素人が時間のない中作った処女作で、もっと言えば脚本とはプロでも何人かと協力して改良を繰り返すはずのものだ。

だから、人に責任を押し付けておいてお前が責任を取れと言いたげな目も、それを見る海老名の落ち込む顔も気に入らなかっただけで。

そう、これは個人的な問題なのだ。今ここで俺が脚本を書いているのは、俺が納得するためなのだ。


「何もせずに文句を言うより、何かやって反省をしたかっただけだ。……だから、勘違いするなよ」

「しねーし、あほ」


そうやって海老名は再び苦笑したが、もう先ほどの泣き終えたような苦笑ではなかった。

それにしても、クラスメイトからあんな顔をされても脚本作りを続けられるのは、よほどクラスが好きなのだろう。

俺にはどうでもいい空間が、海老名にとっては特別なのだろう。

きっと海老名の持つ愛情は、俺の知る色恋とかとは違った、人間への博愛のようなもので。


「そっか、ウチのこと狙ってるんじゃないんだね」


聞こえてしまったつぶやきからは声のトーンはわからず

その感情が安堵なのか寂しさなのかは聞き返せなかった。




「お米、そろそろ冷めたかな」

「ああ、もうできるだろ」

「よし、んじゃ改めまして……マグロ一丁!」


今度は恐る恐る熱くないのを確認してから、右手の中指・薬指・小指でそっと米をすくう。

ネイルを付けたままにしては器用なもので、形は少し崩れているもののそれらしきものになっていた。


「シャリって思っているより小さいんだな」

「20グラムぐらいだってさ。ネタでシャリが隠れるぐらいがいいらしいよ」

「へえ、その方が見栄えがいいんだろうな」

「どうだろ、このぐらいの方が食べやすいからじゃない?」


そう話しながら左手で刺身をぺちぺちと乗せる。出来上がったのは回転寿司に出ていても違和感のないようなもので、素人でも存外上手くいくものだなと関心した。


「へいおまち、本日のおすすめだよ」

「いいのか?先にお前から食べても」

「いいって。アンタのために作ったんだから」

「んじゃ遠慮なく」


ぱくりと口に放り込む。

普段食べるものよりもほのかに温いシャリと、とろっとしたマグロ。やや混ざりきっていないわさび醤油も味に波を生んでいる。

全ての要素がしっかりと主張して、スーパーの材料で料理初心者が作った割にはしっかり寿司と呼べるものになっていた。


「美味いよ、これ。すげぇ美味い」

「マジで?ウチも食べよ」


続いて海老名も口に入れ、うまうまと噛みしめていた。

それにしても、寿司というフォーマットの完成度の高さを感じる。

シャリを大きさ通り作って、ネタを乗せる。しょうゆとわさびをつける。分量と見栄えに気を遣えば、余計なことはしなくてもよい。

ネタが勝手にメインの味を生み出してくれるので、自然と他の具材もアクセントとして主張するようになる。

プロの板前には到底かなわないのだろうが、素人でも美味いものになるのは寿司の魅力だなと思った。


「なあ海老名、寿司ってこんなに完成されているんだな」

「あーね」


そういうと、海老名は手に取ったサーモンをそのままぱくりと口に運んだ。


「お寿司は一口で食べて美味しいもんね。サーモンうまっ」


…………。

ああ、なるほど。

確かにそうだ。寿司とは一口で食べるもので、そこに美味しさは集約させている。

ネタの味と酢飯の酸味、わさびの辛さとしょうゆの甘しょっぱさを同時に味わう。

その美味しさを一口で作れるために、シャリはあえて小さくする。

一口にすることで完成させる。それもまた寿司の美味さだ。


「――そう、そうだよ!俺たちは寿司を作らないといけないんだ!」

「作ったじゃん、今」

「そうじゃなくて、脚本の話だよ!」

「は?なんの話?」

「いいか、寿司は一口で食べるから美味い、お前の考えはそうだよな?」


海老名がうんうんとうなずく。俺は食べ終えたばかりの寿司でむせそうになりながら話を続けた。


「俺の考えは、寿司はネタが一本筋を通すおかげで、全部の具材が自然に主張し合えているから美味いと思った!この意味がわかるか?」

「それって……あっ」

「そう、お前の言う、全員が主張する映画と一緒だ!そしてお前のいう一口で食べる美味しさも!」

「アンタの言っていた、小さく絞った作品だね」

「そう、そうだよな!」


話が、通じる。

曖昧だと思っていた海老名の主張が、自分の中で明確になる

今までお互いに向かって意見をぶつけ合っていたが、今初めて同じ方向を向いている。そんな高揚感をこの瞬間に感じる。


「俺たちが目指す映画は、一口サイズに完成された!1つのネタを活かすために全員が主張する作品だ!それなら素人でも形になる!」


そう。寿司の魅力はフォーマットの完成度にもある。

文化祭で作るべきものは一口で完成したもので、素人が作るべきものは形と分量だけ注意すれば完成するものだ。

時間も技術もない俺たちには、これをやっておけばとりあえず面白くなるという完成されたフォーマットが必要なのだ。


「とりあえず青春劇っていうのは止めて恋愛に絞ろう!起承転結もはっきりするし、恋愛は告白さえやれば話になる!」

「人数は?」

「メインは2人、多くても3人に絞ろう。その代わり他のキャラは要所で会話シーンとかを入れる」

「ならちゃんと見せ場があるようにして。少しでもみんなで作った映画にしたい」

「善処する!名前を入れなければ見る側の負担にはならないはずだ!」


手を拭くのも忘れて、ノートに必要な要素を書きなぐる。

みんなで作る映画にしたい海老名と、上映時間内での話の完成度を重視したい俺。

二人の目指す最終的な目標が一致して、嘘みたいに話が進んだ。


「ねえ、こんな時にいうことじゃないけどさ」

「おう、どうした」

「ウチが書いた脚本さ。なんかみんな求めてないみたいだし、自分で読んでも全然面白くなかった」

「そうかもな」

「だから、アンタが書き直せって、二人で書き直すぞって言ってくれなかったら、そのまま辞めていたと思う」

「……そっか、辞めなかったこと、後悔しているか?」

「全然。今すっごい楽しいもん」


そう笑う海老名の顔は、今日初めて見る満面の笑みだった。


「アンタがいてよかった。ホントにありがとう」


この上なく嬉しそうな顔を見て感じたのは

海老名が笑った嬉しさとか、脚本が進んだ快感とか、そういった正の感情ではなくて

この笑顔を独り占めできるのは今だけなんだな、という負の感情だった。




「よし、こんなもんだろ!」

「うん、これならイケんじゃない?」


あれから5時間ほどで、脚本は完成した。

観客に名前を憶えてほしいキャラは2人に狭め、それ以外の登場人物はセリフ付きのモブが10人ほどにまとまった。

まだ声に出して確認はしていないが、少なくとも20分は超えるようなものにはなっていないだろう。

だが、完成してから一つ問題に気付いていた。


「しっかしこれ、誰に主役やってもらうかな」


完成した脚本は大まかにいうと、清楚なクラスのマドンナに恋する平凡な主人公が、思いを伝えるためにクラスメイトに協力してもらいながら奔走する話になった。

二人の恋模様は直線的なものが多く、特にクライマックスの告白シーンでは、校舎全体に響くぐらいの大声で真っすぐに好きだと叫ぶことになっていて――

はっきり言って、主人公とヒロインは演じるには少し、いやかなり恥ずかしいものになっていた。


「公表はしてないけどクラスに1組隠れカップルいるから、頼んでみよっか?」

「やめとけ、全校生徒にバラしているのと変わんないぞ」

「それもそっかー、ならそれぞれ決めないとね」

「だな……ならヒロインは海老名で」

「えっウチ?」


急に指名された海老名は心底以外だったようで、目を丸くしていた。


「この娘いかにも清楚系って感じだし、ウチのキャラじゃなくね?」

「ヒロインはクラスの中心で、明るくてみんなに優しいやつ。そんなの海老名一択だろ」


というかヒロインは目の前にいた海老名をバレないように調整するイメージして書いたのだ。恥ずかしいから絶対に言わないが。


「……わかった。ウチがヒロインやるよ」

「よし、これであとは主人公か」


とはいえ、こちらは特に候補は浮かばなかった。俺の友人は主役ができるほど目立ちたがる方ではなく、かといって特に仲のよくないやつに頼む度胸もない。

まあ、片方は俺が決めたのだ。もう片方は向こうに決めてもらってもいいだろう。


「んじゃ主人公の方はそっちが探してくれ、頼んだ」


瞬間、海老名の顔が真っ赤に茹で上がった。


「はぁ!?私がヒロインの恋愛映画やるから恋人やってくれって頼むの!?んなの告白と変わんないじゃん!」

「…………そこをなんとか」

「無理!ゼッタイ無理!アンタが決めてよ!」

「俺だって自分の書いた告白を演じてくれってこっぱずかしい事言えねぇよ!」

「ウチの方が100倍恥ずかしいから!ホンットに無理、死んでもやんないからね!」


そういって海老名はそっぽを向いてしまった。

しかし、どうしたものか。

脚本さえ完成したら何とかなると思っていたが、誰も演じたがらなければ意味はない。ある意味振り出しに戻ったようだ。

3分ほど沈黙が続く。

結局候補は思い浮かばず、ただ気まずい時間が流れた。

仕方ないので諦めて初めからやり直そう、今晩徹夜すれば間に合うだろうか、などと考えていると


「………………ん」


海老名が、俺を指さした。


「アンタが、やって」


驚いて海老名を見る。明後日の方を見ていたはずの海老名の目は、まっすぐに俺を見つめていた。

かすかに揺れるまなざしは返事に期待するようで、しかしすぐに目をそらしたいようで

告白しているみたいな様子で、告白と変わらないはずのことを言っていた。


「……俺が主人公役を探せって意味だよな?」

「違う。ウチがヒロインをやるなら、相手はアンタがやれって言ってんの」

「っ――」

「言っとくけど、断ったらウチがヒロインやるってのもナシだからね」

「はぁ!?今更そんなこと言うなよ!」

「うっさいな!んで、どうなの?やんの?やんないの?」

「それは――」


――海老名は

面倒ごとを一人で背負ってしまうぐらい、みんなに優しいやつで

だから俺にも優しくて、勘違いしてはいけなくて


「……わかった、俺とお前が主役だ!それでいいな!」

「~~っ!うん、決まり!やっぱやめるってのはナシだから!」

「やめねぇよ。お前に声をかけた時、もう腹はくくったんだ」


恋人役を俺に頼んだのも、単に一緒に脚本を書いたからかもしれないけれど

海老名と俺はただのクラスメイトだけど、もしかしたら――


「じゃあ明日、放課後スグ集合だかんね!」


――もしかしたら海老名にとって、俺はもう少し特別な存在なのかもと、勘違いしたくなった。




らっしゃい、アンタの心を握ってやんよ おわり

つまるところオタクに優しいギャルとは、オタクのツンデレを楽しむものだと思っています

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