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春花国の式神姫  作者: 石田空
親と子

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31/32

 千年狐が現れたことで、周りは悲鳴を上げる。

 皆が悲鳴を上げる中、ペタンと腰を落とした影に気付いた。

 私は思わず刀を構えたまま振り返ると、それはお父様だった。


「お父様……!」

「……なにが、どうなっているんだ。姉上は、実はあやかしで……神庭にいたはずの藤花は、刀を持って戦っていて……」


 お父様からしてみれば、当事者にもかかわらず、なにひとつ知らされていないし知らなかったというのが、可哀想なところだった。

 それに晦が「二日月殿!」と声をかけた。お父様は腰を抜かしたまま、晦に振り返る。


「此度の戦いが終わりましたら! 娘さんを私にください!」

「今言うところですか!?」

「今言うところかね」


 晦の突然の求婚宣言に、私の悲鳴と薄月のツッコミは同時に響いた。お父様は当然ながら困惑する。


「し、しかし……うちの娘には、番の呪いが……」

「あれは私がなんとかしました。ですから、仮に姫様の番候補が現れたとしても、私が調伏致しましょう! それでよろしいか!?」


 薄月は心底面白いものを見る目で見てきているので、私は顔を火照らせたまま、プルプル震えて刀を構えていた。お父様はただただ困った顔で晦を眺めていたものの、やがて口を開いた。


「……娘が承諾したのなら」

「だそうですよ、姫様。これで晴れて親公認になりましたね!」

「あなた、他に言うことなかったんですか!?」

「いえ。この場に巻き込まれた人々の前で、言質を取るのが肝要でしたので」


 晦はどこまでいっても空気が読めるのか読めないのかわからない男だ。薄月は心底面白そうな顔で「おめでとうおめでとう」とやる気のあるのかないのかわからない声を上げるので、私は思わず臑を蹴り上げてから、千年狐を睨んでいた。

 千年狐はこちらを無視して、ただただ周りの火の粉をつくっていた。

 パチンパチンと音が響き渡る……これはおそらくは、狐火であろう。


「それじゃあ、姫様。援護はよろしくお願いしますよっ」

「あなただけにいい格好はさせられませんっ!」


 薄月はさっさと人形を構えて走り出し、私もまた刀を構えて走り出す。千年狐は、こちらに向けて火花と火花を大きくぶつけた……途端にパァーンッと弾け、目くらましになる。でも私は火が散る中、髪が焦げる匂いを放つのも無視して、千年狐の胴目がけて刀を構える。


「いい加減、観念なさい……!」

【……愚かな娘】


 千年狐の姿は、急に揺らいだ。刀はたしかに胴を凪いだのに、刀身は透けて空ぶってしまう。

 それに薄月は「ちっ」と舌打ちをした。


「あのあやかしは、今は肉体がない! 肉体ではなく魂の核を狙え!」

「言っている意味がちょっとわかりませんけど!」

「なんか知らんが、あんたは退魔の力がすごいんだろう!? 晦みたく、なんとかできんのかね!?」

「……そう、申されましても」


 私は刀をぎゅっと握っている中、急に私の頭にペタン、となにかが貼られた。人形だ。それには見覚えがあった。

 私が振り返った先に晦がいた。


「晦……」

「姫様は退魔の力は持ち合わせていても、残念ながら退魔の目は持ち合わせてはいませんので。だから、魂だけになったあやかしは見えないかと思います」


 そういえば。私が式神になったときも、せいぜい晦か薄月くらいしか見えず、私がどれだけ大っぴらに歩いていても誰も見えていなかった。あの目自体がやっぱり特殊なものだったんだ。

 以前に晦が私と視覚共有するために付けてくれた式神は、すっと私の体に馴染んでいった。目が冴える。その視界で、たしかに千年狐が見えた。

 たくさん見えるのは、魂なのか。ぽわぽわとした光の玉が千年狐を取り囲んでいるのが見えた。


「たくさん光の玉が見えますが……」

「あれはおそらく、今まで食らってきた魂の残り香たちです。あやかしに魂を食われるということは、あの世に逝くことも消えることもできず、輪廻転生すらできなくなることです」

「……だとしたら、あれの中に叔母上も」


 魂は食われ、体は奪われ。お父様の言い分が全て正しかったのだとしたら、叔母上はただただ善良な人間だったのだろう。だというのに、ああやって完全に死ぬことも次の生を送ることもできず、千年狐に引きずり回され続けていたことになる。

 あんなに魂の残り香を飾り立てて。あやかしに人間の情がないのはわかっているものの、やりきれない思いで私は睨んだ。

 光の玉の内のどれかが核のはずだけれど。私はそれらを見ていて、ほぼ真っ白な光の玉の中で、ひとつだけ禍々しい血の色をしたものを見つけた。


「あれは……」

「あれが千年狐の魂の核でしょう。あれは千年、人間の魂を食らいながら生きてきました。魂は本来、色なんてありませんが……あれは千年無理矢理生きながらえたことで、魂の質が変質したのでしょう。あれを砕けば、終わるはずです。目は私がなります。姫様、ご随意に」

「……はい」


 私は刀を構え、呼吸を整える。あれは完全に砕いてしまわなければならなかった。

 その中でも、狐火が何度も何度もこちらに向かって襲ってくる。


【させぬ。いくら退魔の力が強かろうと、そう易々とは……!】

「的が大きくなってくれたのは、ありがたい話です」


 ピィーン。と音が響いた。

 狐火を出そうとする瞬間、背後から一斉に武官たちの弓矢が降りかかってきたのだ。

 紅染たちが、一斉に弓で狐火を阻害してくれている。


「姫様! あれを砕けるというのならば、どうぞやってください!」

「紅染……」

「あなたですよね? 我々を地下から助け出してくださったのは。感謝しております」

「……っ! はいっ!」


 千年狐も、さすがに多勢に無勢のせいで、狐火を出そうとするたびに矢の雨あられを受けてこちらを攻撃できず、だんだん逃げ腰になってきたが。

 既に祭事場は陰陽師たちが結界を敷いて、千年狐の逃亡を阻害している。攻撃しようとすれば武官たちに襲われ、核の場所も晦のせいで特定されてしまった。


【おのれ……! おのれ、おのれ、おのれ……! よくも恥を掻かせてくれたな……!】


 その千年狐の怒号にカチンと来る。

 そんなの、こっちの台詞だ。


「なに好き勝手言っているんですか! この国を、あやかしまみれにしておいて!」


 平気で都の人たちがあやかしに食い散らかされて孤児や未亡人たちが路頭に迷っている。それを保護する人たちがいなかったら、あの子たちはいったいどうなっていたのか。

 好き勝手しておいて、一網打尽にして言う台詞がこれだなんて、厚かましいにも程がある。ふいに薄月は人形を飛ばした。途端にバチンッと音が響き、千年狐の動きが硬直した。


「これは……」

「見せ場は姫様にやるよ。さっさと決めてきな」

「薄月、ありがとうございます!」


 晦に視覚を貸してもらい、薄月が千年狐の動きを止めてくれた。狐火は武官の皆が止めてくれる。私は全力で核の近くへと飛び込んだ。


「これで、終わりです……!」


 核に力いっぱい打撃を打ち込んだ。途端にパァーンッッッッと砕け散る。


【あああああああああああああ…………!!】


 千年狐の絶叫は、儚いものだった。

 それを晦はなんとも言えない目で見つめていた。


「さようなら母上……あなたはきっと、私のことなどなにも思っていなかったでしょうが」


 千年狐の核が砕け散った瞬間、魂の残り香たちも形が崩れていった。きっとこの場にいる人たちは見えない。せいぜい、千年狐が倒されたくらいしか、誰も認識できないだろう。

 ただ、ひとつの残り香が真っ直ぐに晦の元に飛んでくると、くるくると回って消えていった。それを私は見つめていた。


「……晦、あの残り香は、あなたのお母様のものではなかったのですか?」

「魂の残り香には意志はありませんよ。あくまで魂を食らったあとに残ったものですから」

「……ですが、そのほうが気持ち的にはいいものではありませんか? あなたがここまで私を連れてきてくれなかったら、この結末はなかったのだと思いますから」


 周りは歓声が上がっているものの、やらないといけないことが多過ぎる。

 乗っ取られてしまった神庭の解放に、本来の神庭の結界の再構築。そして朝廷の結界だってなんとかしないといけないし、都のあやかし討伐だって押し進めなければいけない。

 一番の大物が退治できただけで、まだなんにも解決してないのだから難しい。

 でも。私は少しだけ晴れ晴れとしている。

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