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春花国の式神姫  作者: 石田空
待ちわびる恋人と届かぬ文

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13/32

 普段武官が交替で寝ずの番で守っている蔵は、本来ならば都の叡智が詰まっている場所だ。具体的には歴代の暦だったり、神庭の情報だったり、都が立てられた頃の歴史書だったり。そうは言っても、私もお父様に聞かされただけで、具体的な知識は全くない。

 当然ながら、錠がかけられているため、正攻法では開けられない。


「どうしましょう。中を調べたいって武官の方々に頼みますか?」

「……やめたほうがいいでしょうね。武官に情報を漏らしたら、彼らにどう影響があるかがわかりません」

「ああ……」


 晦は朝廷の敷地に入ってからというもの、用心深く自分の周りに人形やお札を仕込んでいる。これは叔母上や朝廷側にいるあやかしに見つからないようにする配慮だとは思うけれど、そこまで用心している彼の意図が、今のところ私には読めない。

 でも、錠を借りられないということは。


「……まさかと思いますけど、鍵抜けするんですか? 盗人みたいに」

「しませんよ、そんなこと。それよりこれくらいの扉ならば、紙ならなんとか隙間から通すことができそうですね」

「はい?」


 嫌な予感。ものすごく嫌な予感。

 私がダラダラと汗を掻いている中、晦は懐から紙を取り出すと、それに墨と筆で文字を書き連ねはじめた。

 そして紙一枚をぴっちりと締まっているはずの扉の隙間に押し通しはじめた。


「よし、やっぱり紙一枚ならば、通り抜けられそうですね」


 そう言って手印を切った。途端に私は今の肉体……正確に言えば、晦の式神の体……から魂がスポッと音を立てて抜け落ちたような気がした。途端に扉の向こうの紙の中に吸い込まれたと思ったら、その紙が勝手に折り畳まれて人形に変わり、その人形が私の体になってしまった。


「なにするんですかあ!? びっくりしたじゃないですか!」

「そりゃもう。姫様の魂を新しい式神の体に移しただけですよ。これならば、中から捜査もできるでしょう」

「もうっ……でもこれ、仮にあやかしを見つけた場合、私ひとりで対処しなければならないということですよね?」

「あなたに刀も送りますよ」


 そう言いながら、晦は再び墨汁を染み込ませた紙を扉の隙間から寄越してきた。それが勝手に折り畳まれたと思ったら、私がこの間使った刀の姿になって、私の手に納まった。私はその刀を握りしめる。


「……それにあなたは私の眷属です。愛しの姫をたったひとりで戦わせる訳ないでしょ」

「本当に嘘ばっかり。でも、ありがとうございます。それでは中を調べて参りますね」

「ええ。というよりもですね。眷属ですから、あなたの位置は普通に私が捕捉しておりますから。安心して探索をしていいですよ」


 なるほど。私の体は元々晦の用意した人形なんだから、彼に使役されている以上は普通のなにやってるのかわかる訳ね。

 後は、私があやかしの攻撃を受けないように気を配らなければいけないと。さすがに魂だけになってしまったら、どうすることもできないでしょうし。

 私は刀を鞘ごと握りしめながら、慎重に歩きはじめた。

 普段から寝ずの番の人々が通る場所で、掃除もきっちりとされている。普通に考えれば、こんなところにあやかしを閉じ込めておける訳はないのだけれど。

 普通じゃないからこそ、武官側も行方不明になった人たちのことを探し出せなかった訳だ。

 私は歩き回り、棚という棚を見て回った。


『なにか見えますか?』


 不意に頭の中に晦の声が聞こえた。なるほど。普段から晦から距離を置いてないから、こうやってお話しできることは今初めて知った。

 私は棚を見上げた。


「棚だけですね。棚には巻物が並んでいるばかりです」

『なるほど。今姫様がいるのは書庫の類いですね』

「そのようですね」

『ところで、棚の側面に、札が貼られていませんか? 紙で私が書くような祝詞の書かれている』

「札ぁ?」


 意外なことを言われて、目をパチクリとさせる。

 私が見ている場所には、そんなものは見当たらない。


「この辺りには見えませんけども……」

『おそらくは、その辺りに神庭式の結界が張られている可能性があります。もし札を見つけたら教えてください。あなたの視界と同期すれば、あなたの見ているものは私にも伝わりますから』

「そんな便利機能あったのですか」

『姫様の乙女の秘密を全て暴きたいとまでは思っていませんが、今は捜査中ですからね。あなたの肉体に使っている人形に特別な術式を施しておりますから。普段はそんなことしてませんよ』

「ものすごく早口ですけど……まあ、信じますよ」


 さすがに晦に私の思っていることや考えていることが丸々筒抜けではないから、本当に今回の人形にだけ施されている術式なんだろうと、一旦思うことにした。

 それにしても。私も陰陽寮と神庭だと、術式やら結界やらが違うなんていうのは、晦から説明を受けるまでは全く知らなかったから、これって見ればわかるものなのかなと、一旦は私のわかる程度の札を探すことにした。

 そうは言っても、側面に札らしきものなんて貼られてないし、ときどき棚の管理をしている人が数えてたらしき帳面は見つけて、それを晦に見せても『違います』と言われ、それらしきものを見つけることは困難を極まった。

 だんだん、これはただ外れじゃないかな……そう思ったときだった。

 私は足になにかを引っ掛け、思いっきりつんのめった。


「いったぁ……式神にされてから、初めてこけたんだけれど……」

『おやおや、姫様大丈夫ですか危ないですね……姫様、床に貼られているもの、一旦全部私に見せてください』

「え……? あ」


 私がこけた場所……床いっぱいに、札が貼られていた。その札は、たしかに晦が普段陰陽術を使っているものに見た目だけなら似ているものの、書かれている内容が若干違うような気がした。これが、神庭式の結界だったんだろうか。


「どうしましょう……これ、札を剥がせばいいんですかね。それとも……」

『いえ。無理に剥がしたら、この札で制御してるだろうものを、刺激するおそれがあります。まずは床板を外せる箇所がないか、探してみてください』

「無茶言いますねえ……でもわかりました」


 私は言われるがまま、慎重に床板を確認し、一列だけあからさまに札が貼られずに指を突っ込めるようになっている箇所を発見する。私は「ありました」と伝えると、晦が答える。


『それでは、そこを開けてみてください』

「わかりました……あ」

『姫様?』


 私は一瞬手を伸ばしてから引っ込めた箇所を見つめた。私は今、式神のはずなのに。人間のときと触感が若干変わっているはずなのに。

 まるで油虫を見たときのような、ぞわぞわとした嫌悪感が、床板を外そうとした途端に体に走ったんだ。


「……なにか、ここは気味が悪いです」

『なるほど……やはり、床下にあやかしが潜伏しているようですね。気持ち悪いところ申し訳ありませんが、確認してもらってもよろしいですか?』

「ええ……ええ……私がしないと駄目なのでしょうね」

『現状、私では姫様の傍に馳せ参じることができませんから』


 この人、相変わらずいい加減なことを言うなあ。でも。

 まさか晦に紙に魂を乗り移らせて移動しろなんて言える訳もなく、私は渋々気持ち悪いのを我慢して、床板をずらして外した。その下は、暗くてなにも見えない。


「開けましたけれど……下、なにも見えませんけど」

『中に入れば問題ないでしょう。そのまま下に降りてください』

「式神って、そこまで目がいいものなんでしょうか……」

『私が姫様と視界を共有できるのと同じように、姫様だって現状は私の力を共有できるはずですから、問題ないと思いますよ。そのまま進んでください』

「えー……」


 なんでこの人、夜目が効くんだろう。

 でもよくよく考えると、この人地元に帰るたびに夜な夜なあやかし退治しているくらいだから、普通に目がいいんだよなあ。

 私はそう思いながら、怖気を堪えて地下へと潜り込んでいった。

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