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春花国の式神姫  作者: 石田空
待ちわびる恋人と届かぬ文

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12/32

 私の叔母上……お父様の姉に当たるきりが現春花国女王だ。

 お父様いわく、女王に就任してから豹変したとのことだが、私から言わせてもらうと、あの人の目にはできる限り付きたくないというくらいには、印象が悪い人だった。

 第一に、私のお父様とお母様の恋愛結婚を押したのは叔母上のはずなのに、自分が女王に就任した途端に掌返しをして、お母様をいじめ抜いて殺してしまった。私は簾越しに王族の誰かにねちねちと言う桐女王の声を苦々しい想いで聞いていたのをよく覚えている。

 私が番の呪いにかかったときも、あの人が私にお見舞いに来たことがある。あの人と来たら、見知らぬ子……あれがあやかしだったのだろうけれど……に噛み付かれた恐怖で泣いている私を見た途端に、平手打ちにしてきたのだ。


「……なにを考えてるのだ、この毒婦が」


 その呪いのような声に、私は愕然とした。

 日頃は叔母上を庇うお父様すら、このときばかりが激高した。


「姉上! なにをなさりますか。藤花はまだ三つ。番の呪いにかかって一番苦しんでいるのはこの子です!」

「三つはまだ神の子であろう。その神の子が番の呪いを受けるなど馬鹿なことがあってたまるか。だから毒婦だと言ったのだ。あの女のようにな」

「……妻は毒婦でもなんでもありません。普通に朝廷に仕えていた文官です。私のせいで妻が亡くなったのです。それ以上はいくら姉上でもおやめください」


 それに叔母上は鼻で笑って立ち去っていった。

 叔母上は冬の朝を固めたかのような、冷たさと美しさを兼ね備えたような美女であったが、同時にどうしてそんな冷たい人が私の肉親なんだろうと思ってしまった。

 桐女王のまとっていた匂いは黒方で、今でも私はこの香りが嫌いだ。


****


 私の叔母上に対する感想はさておいて。

 晦の仮説を私は咀嚼しながら、口を開いた。


「でもあなたのその言い方ですと、朝廷の結界は使い物にならないのではありませんか? これではあやかしに対処なんてできないじゃないですか」

「これはむしろ……朝廷からあやかしを出さないようにするためのものであり、外部から朝廷にあやかしを招き入れないようにするものではない、ということになりますな」

「なんでそうなっちゃうんですか……これじゃまるで朝廷が悪者じゃありませんか」


 私が叔母上のことが好きじゃないのはさておいて、お父様も普通に働いていて、親戚一同が暮らしている朝廷を、そこまで悪く言われてしまうと、こちらだって悲しい。

 私がしょんぼりしたのに気付いたのか、晦はふっと笑った。


「姫様、あやかしの考察はさておいて、まずは武官たち……特に依頼を受けている紅染を探し出さなければなりませんね」

「そうですね……神庭の結界についてはおいおい考えないといけませんが、今はそれどころではありませんし」

「しかし……武官が数人も行方をくらませているのに、どうして誰も気付かなかったのでしょうね……」

「それは……そういえば、寝ずの番の人たちがひとりずついなくなっているってことですよね」


 少なくとも、大騒ぎになってしまったら、他の武官たちがやってきて討伐がはじまるだろうに。人がひとりずついなくなっていることがわかっても、大騒ぎすることがなかったんだろうなあ。


「たとえば……人型のあやかしで、ひとりずつ誘拐とか?」

「それならば、逃げ切ればおしまいかと思います。もうひとつありますよ」

「それは……」

「胃の中に収めてしまったら、助けを求めるなんてできる訳ないじゃないですか」


 ばっさりと言い切った晦に、私はぎょっとして振り返る。


「た、食べられたってことですか!?」

「齧られてしまったら、既に行方をくらませてから七日も経っているのです。生存は絶望的でしょうが。丸飲みであったのなら、まだギリギリ生きている可能性は残っています」

「残ってますって……! 七日ですよ!? 七日も経ってたら……それに他の武官の方々だって次々行方をくらませているのに、絶望的じゃないですか……」

「まだ私も仮説を言ったまでです。どのみち、あやかしの隠れ家は朝廷と仮定して、くまなく探しましょう。ギリギリ生きていたら御の字。亡くなっていても、せめて墓に入れてやらないことには可哀想です」


 そう晦がきっぱりと言い切るのに、私は閉口する。

 この人、物騒なことを言いだす割に、普通に探し出す気はあるんだ。

 この人に無理矢理式神にされた上に、心にもないような口説き文句を延々垂れ流され続け、最初はなんて底意地の悪い人だと思っていたけれど。

 むしろ露悪的に振る舞って、本質である善性を隠しているだけのような気もしてくる。そうでもしないと人の善意や好意に付け込むことができないから。

 ……なんていうのは、この人のことをよく見過ぎかも。私の中で一番の悪が叔母上だし、あやかしのことはほぼ天災と変わりばえしないと思っているから、善性に関する評価が甘過ぎるんだろうと思う。


「姫様?」


 私が黙り込んだのに、晦が怪訝な顔をするので、私ははっとして手を振った。


「……なんでもありません! でももし、人が大量に噛み砕かれていたのなら、においでわかるのでは?」

「だとしたら、丸飲みの方向で探し出したほうがいいですね。大きさが人ひとり分飲み込める程度のあやかしが隠れられる場所と来たら……それこそ蔵の中だとは思いますが」

「そういえば……そうなってしまうんですよね」


 あやかしを飼っている蔵なんて。

 もし本当にそうだとしたら、叔母上はいったいなにを考えているんだろう。

 都のあちこちで起こっている不審なことが頭をかすめるものの、今は食べられてしまった人たちがまだ生きていることを願って、あやかしを探し出して始末するしかない。

 私たちは、ひとまず蔵へと忍び込む術を探し出すことにしたのだった。

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