001.ぽしょなれの日々(1) カフェ・オン・ザ・ロック
しばらくぽしょなれの何気ない話が続きます。愚痴みたいなものです。
バーに連れてこられた。世話になっている社長だから仕方ない。世話になっていると言っても此方が発注側で社長が受注側である。つまり接待とかいう死語になりつつある儀式だ。
社長も酒を飲みたいのだ、経費で。
食事は奢ってもらった、そのまま二次会へ突入だ。
コロナは落ち着いたものの円安が続き物価だけが上がって税金類は増える。景気も低迷したまま。
酒でも飲まなくてはやっていけないよね。経費は増えるけど。
そんな状況でもこの社長は奢ってくれる、ありがたいことだ。
バーでカウンターに座ると、社長が一言
「なんでも飲め」
基本的にお酒は苦手だ、たまに食前のビール一杯ぐらいしか飲まない。
そんな俺が何を注文すれば良いのか分かるわけがない。
もちろんメニューは無い。
奢りが前提なので高いものを頼むわけにはいかないし、それ以前に銘柄も何も知らない。
俺が何を注文するか楽しんでいるのかもしれない。従ってありきたりのつまらない物を注文するのもダメだ。以前スナックに行ってウーロン茶って行ったら、割高なんだよねと言われたことがある。
仕方がない
「じゃあ、カフェ・オン・ザ・ロック」
社長が、なんじゃそりゃ、っていう顔をした。
俺が普段疑問に思っていること。
アイスコーヒーってなぜ深煎り豆を使うのか、冷たいと苦みを感じにくいので苦みを増すためとか言っているが、俺はそうは思わない。普通の豆を濃いめに入れたコク深のコーヒーを冷たくしたほうが美味しいと思うからだ。
コクの少ない質の悪い豆を深煎りしてアイスコーヒー用と名付ける事で消費したいのが本音で、その真意を誤魔化す狂言だと思っている。深煎りは必要ない、砂糖を入れる人は必要かもしれないけど。
こちらが試されているのなら、逆に試してやろう。
しかしマスターはにこっと笑うと、水出しコーヒー器具を持ち出し、
「8時間程かかりますが、いかが致しましょう」
だれが8時間も待つか
「抽出したのがあれば、それで」
「かしこまりました」
「トリプルで」と付け加える
マスターはウィスキーのロック用のグラスに冷蔵庫から取り出したポットからコーヒーを取り出して注ぐ。
そしてコロンっと丸い氷を浮かべる。
「追水を」
ウィスキーとかだったら、チェイサーを製造元の水でと言ってやるところだが、コーヒーなので同じ水だろうからやめた。
カフェ・オン・ザ・ロックは美味であった。もちろんブラックだ。
どうだまいったか、社長。
視線を向けると社長は睡魔に勝てず既にく゛ーーーぐーー と寝ていた。
社長との謎の勝負に勝ったと思ったがその上をいかれた。
もう真夜中終電には間に合わないむしろ始発に近い、社長を起こしてタクシーチケットをもらわなくては貧乏サラリーマンは帰れないのだ。
それにしてもバーに紙パックでもないペットボトルでもない、まともなカフェ・オン・ザ・ロックがあるとは思わなかったな、言ってみるものだ。




