第四話
草木も眠りつく時間……いや、ここは海の上だから、草木もないのだが、比喩的にね?
みんなが寝静まるのをひたすら待つ。船に酔いながら。
どのくらいの時間が経ったのであろうか。
海に差し込む月明かりが、小窓から入り込み、その小窓の存在だけがわかる。
「ライト」
小声でそう呟くと、光の玉がぽわっと灯り、船室内を明るくする。
ちょっと光力が強いので、少し弱める。
そして、光の玉を操り、ドアがあるはずの方向へと進ませる。
当然だが、そこにはドアがあった。
ドアをゆっくりと開ける。そして、隙間から覗き込む。
とりあえず、視界に入る他の船室には、明かりが灯っていない。
さらにドアを開き、ドア越しの方向にある船室に目を向ける。
やはり、灯りは消えている。
転移魔法を使おうと思うが、船室で詠唱すると、バレる可能性がある。
(甲板なら、小声で詠唱すれば、波音で消されるだろう)
ドアから出て、甲板へ向かうことにした。
抜き足差し足で、行く手に並んでいる船室の前を通過していく。
甲板に辿り着くと、呼吸を忘れていたので、息を吐いた。
「ぷはぁ~」
早速、転移魔法を使う。
わくわくが止まらない。懐かしの味。思い出の味。
両親は先代の勇者に殺されてしまった。それまでは、両親と一緒に食事をしていたのに。
両親が死んでしまってから、我は一人ぼっちになった。
一人でご飯を食べ、一人で部屋に引き籠る。
そんな生活をしていた。
魔王城の自室に転移すると、偽装スキルと変身スキルを解いた。
また、人間と間違えられて、身内に殺されそうになるのは、ごめんだ。
念のため、部屋に立てかけてある、豪華な装飾が施された姿見の前に立って、確認をしてみる。
角に尻尾、そして、翼もある。
部屋の扉を開けて、うきうき気分で食堂へと向かった。
冷たい石畳の廊下をカツンカツンと歩く。
廊下には、所々に燭台が設置されており、辺りを照らしてくれている。
我は、鼻歌を歌いながらスキップしていく。
「うるせえぞっ! こんな夜中に騒ぐんじゃねぇ!」
廊下沿いの室内から、大声で苦情が飛んできて、我はびくっとした。
反射的に慌てて塞いだ口から、両手を離し、また抜き足差し足で食堂へと向かう。
食堂に辿り着くと……暗くてがらんと静まり返っていた。
(我はアホか! 夜に来てもみんな寝ているに決まっているじゃないか!)
そこで我は考える。
料理長は……起こしたら怒られるだろうなぁ~。
雑用は……そもそも料理できるんか?
懐かしの味は、恐らく料理長しか再現できないであろう。
怒られる覚悟をして、料理長の部屋へと向かった。
料理長の部屋のドア前に辿り着いた。
緊張のあまり、ごくりと生唾を飲み込む。
(お父様、お母様、成長した我の雄姿を見ていていて下さい)
そっとドアをノックする。他の部屋から、また苦情が出てこないように。
反応はない……。
じれったくなって、どんどんとドアを叩いた。
早く会いたい。思い出の中のお父様とお母様に。
蒲焼を食べれば、昔の懐かしい光景が見れるような気がした。
切なさで涙と鼻水が出てくる。
「料理長! 起きて! ドアを開けて」
「誰だ! うるせ~ぞ! ちょっとそこで待っていやがれ! 今から説教してくれてやる!」
我は、蒲焼が食べれそうなことに、尚、目を潤ませた。
ドアが勢いよく開く。その勢いでドアに吹き飛ばされる我。
「誰だ! ……って魔王様じゃないですか? 涙と鼻血が出ているじゃないですか。どうしたんですか?」
「……いや、リヴァイアサンを退治したから、懐かしの味の蒲焼を作って欲しいと思って……」
「鼻血も涙が追加で出たのも、お前が勢いよくドアを開けたせいだよ!」とは、言わない。
余計なことを言うと、せっかく今現在、同情をするような目で見られているのだ。ここは、そのまま同情して貰って、蒲焼を作ってもらおう。じゃないと、我が勇気を出したことが無駄になる。
「そうですか。では、料理を作りましたら、お部屋に運びますか?」
「……いや、ダイニングで食べる。お父様とお母様がいた頃と同じように食べたい」
「……わかりました。では、他のキッチンスタッフも起こして、料理を作りますね」
我の気持ちが伝わったようだ。前半までは。後半は望んでいない。勇気が少し萎む。
他のやつまで起こすと、寝起きの悪いやつらのことだ。舌打ちされそうである。
「あ……料理長一人では、作れない?」
「ん~、少し時間が余計にかかりますが、それでも良ければ」
「それでいいから頼む!」
「わかりました」
二人で厨房へと向かった。料理長はコック服に着替えて。
そして、食材と化したリヴァイアサンを料理長に預け、我はダイニングで待った。
ダイニングで待っている。時計の振り子が揺れる音だけが聞こえている。だが、しばらくすると、甘じょっぱさを含む香ばしさが漂ってきた。
味を思い出しただけで、涎が垂れそうである。
更に時間が経過する。すると、突然、ダイニングの扉が開かれた。
(おおっ! ついに蒲焼を食べられる!)
そう期待して輝かせた我の眼差しは、ドアの方に視線を向けたら、一瞬で濁った。
「ふぁ~、魔王様。こんな時間に何をしているんですか? なんかいい匂いがしてきますね」
そんなことを言いながら、ダイニングの席に座る幹部たち。
(まてまてまてまて! なんでお前らも座るの? せっかく起こさないようにしたのに。寝てたら?)
祈りが通じるわけもなく、談笑が始まった。
やがて、料理長が料理を運んできた。
「魔王様、できあがりました。ご賞味下さい」
料理長が持ってきた料理に目を奪われる幹部たち。
「うひょ~! 蒲焼じゃないですか! もしかして、リヴァイアサンですか?」
「あ、ああ、まあそうだ」
「美味そうですね。ではご相伴にお預かりします」
いや、預ける気なんかさらさらなかったんだが……。
料理長がテーブルに大量の蒲焼を並べると、幹部たちは食べ始める。
我はその光景を見て、「今の我の家族は、こいつらだもんな」
そう思いつつ、懐かしの味を我も頬張る。そして、昔のように笑顔で食事を楽しんだ。
我、幹部たち、料理長の全員で、リヴァイアサンを平らげた。全員、お腹はぽっこりと妊婦さんのように大きくなった。
「ふぅ~、美味かったですね」
「ああ、そうだな」
我は子供さながらの笑顔で微笑む。童心に帰った気分だ。
(おまえらを、勇者たちに殺させはしない!)
部下たちと会話をして、我は決意を固める。
勇者たちの動向を、幹部たちに伝えることにした。
「……実はだな、おまえらに伝えておきたいことがある」
「ん? どうしたんですか、魔王様?」
そこまで口にして、どう伝えるか悩む。こいつら、『報連相』ができないもんな。そこで、ここにいる幹部たちと料理長だけに話をすることにした。
「他の者にはこの話をしないでくれ。実はな、今現在、勇者達が船に乗って、この魔王城に向かってきている」
「なるほど。勇者たちを倒しに行けということですね」
我は慌てて説明をして、大事な部分を強調する。
「違う違う! 魔王城の防衛だけに徹してくれ!」
「どうしてですか?」
「我にも色々と思う所がある」
「思う所ですか? はあ?」
気の抜けた態度に不安感を感じるので、くぎを刺しておく。
「とにかく! 勇者たちのことは我に任せて、お前たちは勇者に手出しをしないようにしてくれ!」
「よくわからないけど、わかりました」
「……」
一抹の不安はあるが、まあ、ひとまずこちらはこれでいいだろう。
後は勇者達をどう納得させるかだ。
食事を終えると、後片付けは部下たちに任せ、我は自室へと戻る。
(ちょっとお腹が苦しい。少しベッドに寝転んで、お腹を休めてから船に戻るか。じゃないとまた船酔いをしそうだ)
我は考える。部下のことを。勇者たちのことを。
部下たちは、チンピラのような奴らもいる。いや、比重的には、チンピラのようなやつらしかいない。だが、我を慕ってくれて、今まで我について来てくれていた。
勇者たちは、敵対はしているが、話してみると優しい。マリアさんなんて、「気があるのでは?」と思うくらいに優しい。まあ、なんか空回りしている感じが否めないが……。
一緒に旅をしていて思う。彼らは困っている人たちを助けている。我は思う。勇者も魔族も、種族を超えて仲良くできるのではないかと。
もちろん、根本的な考え方が違うので、一筋縄にはいかないだろうけど。
この問題の解決方法を考える時間は、勇者がこの魔王城に辿り着くまで。それまでに何も案が出なければ、我らは悪として滅ぼされてしまう。
責任の重さを感じながらも、姿を人間に戻し、勇者たちの所に帰る準備をした。
船の甲板に転移して戻る。
まだ陽が差していないので、波音だけが聞こえる暗闇に包まれている。
再び、抜き足差し足で船室へと戻る。
あと少しで船室に辿り着きそうなとき、我の船室と向かい合っているドアが開かれる。慌ててそちらに視線を向けると、マリアさんが寝間着姿で立っていた。
「っ!」
言葉にならない驚き。いや、やましいことは何もしていないはず。我は夜食を食べていただけだ。
ふとそこで、リヴァイアサンを倒したときの話を思い出す。
『リヴァイアサンは海の神です』
(人間にとっての神を食べてしまったというやましいことがあったわ!)
脂汗を掻く。その脂汗に、リヴァイアサンの脂身が含まれているのではないかと、錯覚に陥ってしまう。
クンクンと匂いを嗅いでしまう。
「……マオさん……こんな夜中にどうしたんですか?」
マリアさんにそう問われて、我はありきたりの言い訳を口にする。
「ト、トイレに行ってました」
「……そうですか……」
マリアさんもトイレの為に起きたのか、寝ぼけ眼のまま、ふらふらと去って行った。
我はほっとして、自分の船室に入った。
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