エッセイ「謎の転校生」
小説ではなく、エッセイです。
朝、前から噂されていた転校生がやって来て、ホームルームで先生に紹介されるという事を誰でも何度かは経験しているだろうと思うし、自分も何人もの転校生と出逢ってきたが、一番印象に残っている転校生は、中学2年生の時の、ある一人の男子だった。
転校生がやって来る日の朝、教室ではその転校生の話題でもちきりだった。
「男だってさ」
「外人らしいぞ」
「ホントかよ!」
「え?なに人?」
キーワードは、男で外人。それだけでもとてもインパクトがあった。
時間通り、教室の前のドアが開く音が聞こえてくると、そこからいつものように担任の女の先生が入って来た。そしてその後を追うように、噂の転校生が入って来た。
少し恥ずかしそうに自分達と同じ学生服を身にまとうその転校生を一目見て、男である事は分かったが、いったいなに人なのか見当がつかなかった。どう見ても、アジア系でもアメリカンスタイルでもヨーロピアンテイストでもオセアニア仕立てでもなかった。南米?そうだ!南米のサンバのリズムやコーヒー豆の香りだ!
「えー、みなさんに新しいお友達を紹介します」
先生の、転校生を紹介するお決まりの文句が始まった。
「えー、名前は...」
先生はそう言って、黒板に白のチョークで大きく名前を書き始めた。
「佐久井友明(仮名)君です」
そう先生に思いっきりオリエンタル風な名前を言われても、自分の頭の中では既に彼の名前は『ロベルト』で決定事項だった為、いまいち納得出来なかったが、彼の名前がそうである以上そうなのだろう。
先生が言うには、どうやらロベルトは、いや、佐久井君はブラジル人であるらしく、日本語が全く喋れないとの事だった。
自分を含むクラスメイト達は外国人に、ましてやブラジル人に馴れていない為、少し動揺したが、そこは純粋な子供達である。ホームルームが終わると、直ぐにその佐久井君に取り囲み、なんらかのコミュニケーションをはかった。言葉は全く通じないものの、頑張ればジェスチャーでなんとか伝わった。
先生の佐久井の紹介で、ブラジル人と聞かされた時、ビックリしたのはクラスの男子達だった。それは、つい数日後にクラス対抗のサッカー大会が行われるからだ。なんという偶然だろうか。これは願ったり叶ったりの助っ人である。しかもサッカー最強国と言われるブラジル人。担任の先生がどうしても優勝したい為、彼に多額の移籍金というか転校金?を支払っているのかと思うくらいのタイミングだ。
サッカー大会当日、初戦の前のミーティングで作戦がねられ、スターティングメンバーとそのポジションが決まった。唯一、クラスのサッカー部の一人、すなわちクラスの中でついこの前までサッカーが一番うまかった一人が中盤でゲームをコントロールし、地味な奴はディフェンダー、目立ちたがりはフォワード、デブはキーパー、そして助っ人佐久井君はもちろんセンターフォワードだ。
作戦はこうだ。とにかく、佐久井君にラストパスを送る。ただそれだけだ。その作戦を佐久井君にジェスチャーで伝えると、うん、うんと頷いていた。その自信に満ちた表情は、自分達には『俺に任せろよ!』と言っているようにさえ思えた。
センターサークルには、サッカーボールを足下に据えた佐久井君の姿があった。学校の誰よりもサッカーボールがよく似合う。中盤で見ている自分には、後光さえ見えた。
対戦相手であるクラスにも、それはプレッシャーとして重くのしかかった。「あのブラジル人には気をつけろ」そんな声が試合前からも聞こえてきていた。
「ピー!」
審判である男の先生のホイッスルで試合が開始された。
佐久井君がちょこんとボールを蹴り出し、サッカー部にボールが渡る。そして前線に勢いよく走り出す佐久井君。それだけで歓声が沸き上がった。
前半開始早々、こちらに最初のチャンスが訪れた。ゴール前で佐久井君にボールが渡ったのだ。佐久井君、迷わずシュート。しかしボールは大きく枠をそれ、先制点はならなかった。
「どんまい!どんまい!」
そう手を叩いて佐久井君をみんなで励ます。佐久井君は右手を挙げ、「ワルい」と言っているようだった。
こちらの攻撃はワンパターンだった。まず、デブか地味か目立ちたがりかかボールを持ったら、とりあえずサッカー部にボールを渡してみる。その後、サッカー部になんとかしてもらい、個人技で相手をかわせたりすると、佐久井君にラストパスを送り、佐久井君がシュートする。ただそれだけだった。しかし、こちらにはその単な作戦に絶対的な自信があった。こっちにはサッカーの神様がついてるんだ。
そうこうしている内に、再び決定的なチャンスが訪れた。サッカー部がなんとかし、神様にラストパスをお渡ししたのだ。神様、迷わずシュート!しかし、またもや枠を大きく外してしまった。
「どんまい!どんまい!」
再びそう手を叩いて神様を励ます、サッカー部と目立ちたがりと地味とデブ。
その後、3回目のビックチャンスに三たびシュートを外した神様に、みんなの中である疑惑が浮かんだ。しかし、それは誰も口にはしなかった。いや、そんな訳はない!と、その疑惑を自分達各々の中で打ち消していたのかもしれない。
前半も終盤を向かえ、神様が4回目のシュートを外した際、ある友人が自分の所に来て、こう言った。
「あいつ、もしかしたらサッカー、ヘタなんじゃない?」
とうとう、その禁句の言葉を言ってしまった。それをかわきりに、神様への疑惑が急ピッチで広まり、5回目のシュートを外した時点で、疑惑は真実へと変わった。しかし、佐久井君は何も悪くはなかった。非は、ブラジル人=サッカーがうまいと先入観だけで決めつけてしまった自分達の方にあった。ブラジル人は、みなサッカーがうまいとは限らないのに...。反対の立場で、ブラジルに転校し、あちらで空手や柔道の大会があったら、日本人というだけでとても期待されるだろう。それと一緒だ。もしかしたら、彼自身も自分がサッカーが不得意だという事を自分達に言えなかったのではないだろうかと思う。クラスの誰もがとても期待していたのは明らかだったし、その期待に応えようと必死にサッカーのうまいブラジル人を演じて。いや、それ以上に、ブラジル人としての誇りだけで演じていたのかもしれない。少なくとも、自分がブラジルの転校先で空手や柔道の大会があったら、不得意というのを隠し、日本人としての誇りとして、そして日本代表として、いわゆる大和魂で必死で頑張っていただろう。
結局、その試合は大敗したが、もちろん、佐久井君にどうこう言うクラスメイトは一人もいなかった。
くだらないエッセイをお読みいただき、ありがとうございました。
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