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練習帳  作者: 薄雪草
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東の魔女


 海辺の町の外れに、緑の生い茂る岬がありました。


 野鳥しか住まないような寂れた岬でしたが、人ひとり通れるくらいの細い道が続いていて、その先には今はもう使われていない白い塔がありました。


 その塔については町の住人たちもよく知りません。元は灯台だったとか、古い漁師小屋だとか、昔の城塞の跡だとも言われていましたが、そのどれもが正解でしたがどれも正確ではありません。


 塔の屋上には鍵のかかる扉がありましたが、不思議なことに、その扉にはさらに、外側に呼び鈴がついていました。まるで玄関のように。こう書けば、もう答えはお分かりかもしれませんね。

 塔ははるか昔、魔女たちがまだ生きていた時代に東の魔女が建てたお家だったのです。


 海と海鳥を深く愛していた東の魔女は、毎日のように塔の上から海原を眺めて暮らしていました。

 塔は海にせり出した岬の先にありましたから、朝も夕も、太陽や月が海から昇ってきて、天を通り、水平線に沈んでいくところまでの全てを、塔の窓から、屋上から見ることができました。



 東の魔女の一日は、夕方、日の入りの直前から始まりました。

 人間よりも少しだけ長めの昼寝から起き出した魔女は、塔の上まで階段をトントンと上がると、朝のうちに干しておいた洗濯物を取りこんだり、お掃除をすませたりしてから、テーブルにクロスをかけて夕食の準備を始めました。

 といっても難しいことは何もしません。お掃除も洗濯物も、魔法で風を起こしたら一瞬ですみますし、お料理はただ、温めたスープを深皿に盛り、作り置きの料理を皿に並べてグラスに飲みものを注ぐだけ。少しの労力で豊かな気分になれるならそれが一番だわ、と魔女は考えていましたから、手間暇かけるときはそうしたい気分の時だけでした。


 そうやって準備があっさり終わったら、東の魔女は塔で一番眺めの良い特等席について、日没後の残照の中で夕食を楽しみました 



 食事が終わって後片付けもすませた頃には日もすっかり暮れて、夜空には星が輝きを増すようになります。そうなれば魔女たちが本格的に仕事を始める時間です。

 東の魔女はほうきに乗って、はるばる西の魔女の家まで遊びに出かけたり、近くや遠くの森などに薬草を探しに行ったりして過ごしていました。


 明け方が近くなるといつも、東の魔女はどこかから帰ってきて、塔の上に降り立ちました。ほうきの後ろにはたまに、その日見つけた薬草や、西の魔女と交換した魔道具などがくくりつけられていて、そんな時はほうきも重たそうにたわんでいました。

 魔女はまず、ふう、と一息入れたあと、ほうきにつけておいた荷物をほどいて、とりあえず近くの台に置き、なにはさておき朝食を摂ることにしていました。


 夜明け前、月が白くなり、星が一つくらいしか見えなくなるようになるくらいの時間に、魔女は再びテーブルにできたての料理を並べて、一日で一番涼しい空気の中で、空の色が刻一刻と変化していくさまを眺めながら、ゆったりと温かい食事を摂りました。


 屋外なので、ときどき、お腹を空かせた野鳥たちが飛んでくることがあります。そんな時魔女は、パン屑やクッキーのかけらがあれば、それらを投げてやることにしていました。

 魔女にとって、いつもの鳥たちがやってきて、飛びながらパンや菓子をクチバシで上手に受け止めるのを眺めるのは、ちょっとした楽しみでしたし、ある種の鳥たちは賢いことに、おいしいパンしか食べないで、失敗して焦げたパンには見向きもしませんでした。

 思ったように膨らまなかった硬いパンなどは、一度はくわえてはみても、これじゃないよ? ねえ、いつものは?、と言わんばかりに首を傾げては、ぽいっ、ぽいっと放って残していくので、魔女は鳥たちが好むようにあれこれと焼き加減などを工夫したりして、さて、今日のはどうかしら? と反応を試しては楽しんでいました。


 食事がすむ頃には日も昇り、海原を朝の光が照らしてきらきらと輝くようになります。そうなれば魔女は休む時間です。

 さっと後片付けをして、洗濯などをすませて塔の上に干すと、太陽が本格的に照りつける前に、下の階へと降りていきました。


 日中、人間は起きて活動をしますが、魔女にとっては大切な眠りの時間です。


 東の魔女は真昼の時間になると、塔の中の石壁の部屋で、涼しい日陰に置いたベッドに横になって、夕方になるまでぐっすり眠りました。


 ◇◇◇


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