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練習帳  作者: 薄雪草
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洗面所の小鳥さん


洗面所のコップに小鳥の絵が描かれているのですが、ある日の朝、いなくなっていました。


不自然に思い、そのコップを手元に持ち上げて上下左右から眺めていると、頭の上の方から、チチッ、チチチッと小鳥のさえずりがやけに大きく聞こえてきたのです。


小鳥? どこに? と不思議に思って声の主を探しました。すると、洗濯機のラックの上段のポールにコウモリのようにぶら下がっている小鳥さんと目が合いました。


なぜここに小鳥が? とかどこから来たの? という疑問で、頭の中が?だらけです。


しかも、よく見るとその小鳥さんは、コップの絵にそっくりなのです。まさかコップから抜け出してきたの…? いやいや。そんな馬鹿な、とか、そもそもなぜそんなさかさまになっているの、きみは? とか、さまざまな疑問がぐるぐるして、少し混乱してきました。



チチッ、チチッ、


小鳥さんは愛くるしいお顔を斜め45度に傾けて、あざと可愛いです。



混乱しすぎるとかえって冷静になるものですね。


小鳥さんは何が好きなのかな?

お水とか飲むのかな?


とか考えていました。



「歯みがき粉をしょうしょう」


小鳥さんが答えました。


えっ? と思ってまじまじと小鳥さんをみつめると、小鳥さんは首を反対側の斜め45度に傾けて、


「拙者のお名前はことりサン、ごはんは歯みがき粉、たまにお水をいただけたら、かたじけない」


そう答えが返ってきた気がしました。

いえ、確かにそう聞こえました。


この小鳥さん、なんだかイメージ違うような気がします。

ともあれその日から、ことりサンとわたしの不思議な日々が始まったのでした。




ことりサンは、結果として、大変優秀でした。


毎朝、決まった時間に起こしてくれて、休日でも起こしてくれるのです。


お休みなんだから、もうちょっとゴロゴロさせてほしいよ。


ぶつぶつと文句を言っていると、お休みって何かと聞かれました。


そうか。ことりサンにはお休みって概念はないものね。


カレンダーを見せながら、赤文字の日と青文字の日はお休みなのだと説明すると、全く分かってなさそうでしたが、承知つかまった、と言ってカーテンレールの上まで飛んでいき、何やらしばらく思案していました。


そうして納得したのか、歌うように囀り始めて、次の週からは、お休みの日になると一時間起こす時間を遅らせてくれるようになりました。




ことりサン、お出かけしてくるね。


最近はそうやって声をかけてから家を出るようになりました。


ことりサンは、気をつけて行かれよ。とでもいうように、玄関までちょんちょん跳ねながらお見送りに来てくれるようになりました。


なんだか、ほっこりします。




ことりサンの様子を見ているうちに、だんだんとことりサンのご機嫌が分かるようになりました。


好みのごはん(歯みがき粉)をちょびちょび舐めてご機嫌になると、パタパタと飛び回ってときどき囀り出すので、かなり分かりやすいと思います。


ことりサンの定位置はリビングのカーテンレールでしたが、雨が続く日に洗濯物を内干ししていたら、カーテンレールがハンガーや物干しで埋まってしまってとまりにくいらしく、もう! とでも言うように不機嫌そうにあちこち飛びまわり、紙のカレンダーの端なんかを噛み噛みして切手みたいにしたりすることもありました。


そんな日もありますよね。


でも、晴れた日にはすぐにごきげんになってくれるので、ありがたいと思います。


たまに、聞きほれるくらいにきれいな声で歌を歌ってくれるので、まるでシトラスミントが香るような気分になって、わたしも小声でこっそり合わせて歌ったりしています。

内緒ですよ。




ある日、ことりサンに歯みがき粉をあげている時に、前々から気になっていたことを聞いてみました。


ことりサンは、うちのコップの絵だったことりサンなの?


ことりサンは右目でわたしの方を見た後、首を回して左目でもじいっと見てから


ことりサンは、ことりサン

ことりサン、こーとりサン


と言いました。


挙動不審です。まるきり鳥(おうむとか、インコとか)になりきろうとしていますが、あきらかに何かを誤魔化そうとしています。


急に鳥のふりをしたって、お見通しよ?


そう言ってみましたが、ことりサンは何かに取り憑かれたかのように、


ことりサンは、ことりサンは、

こーとりサン、ことりサン


を繰り返していて、放っておくと、ことりサンは、を延々と繰り返しそうでしたので、わかったから、もういいよ、と言ってあげました。


ことりサンはしばらく、ことりサン、こーとりサン、を繰り返していました。


かわいいですが、ちょっと困りました。




ある日、知り合いがうちに遊びにやって来ました。


彼女はうちに泊まるつもりらしく、シャンプーやらリンスやら、洗顔フォームからメイク落としまで、何から何まで持ってきていました。


聞けば、借りてるお部屋のエアコンが壊れてしまい、修理が終わるまで部屋が暑すぎていられないのだそう。


ならネットカフェにでも行きなよ、と言いたいところですが、お嬢さん育ちの彼女には、ネットカフェは得体の知れない人が棲んでそうで、ちょっとこわい、のだそう。


うちはシェアハウスじゃないんですが、と小言を言いたいですが、ここで追い出して万一彼女に何かあったら罪悪感が半端ないので、しぶしぶソファとタオルケットを貸し出すことにしました。


作ってくれた夕飯のコーンスープが意外にも美味だったから、では断じてありません。




夜、シャワーを貸して、歯磨きをするときでした。

彼女が持ってきたコップには、青いほっそりした、鳥界ではかなりな美人であろう小鳥さんの絵が描いてありました。


チチッ! チチッ!


どこかからことりサンの声が聞こえた気がして、おや。と思ったら、気づいたらそのコップの中で、青い小鳥さんの隣にうちのことりサンが描かれていたのです。


ちょ、ちょっと、きみのおうちはそっちじゃないでしょ?

ご迷惑だから早く戻りなよっ。


こっそりと、できるだけ小声でヒソヒソとことりサンに話しかけましたが、ことりサンはまるで、拙者、始めからここの絵でしたが何か? とでも言わんばかりにおすまししていて、何もしゃべってくれません。


もういいよ、気がすむまでそこにいなよ?


小さい声でこそこそと話しかけると、ことりさんの瞳が一瞬、光ったみたいでした。きらーん、と。


そうしてその晩も、また次の晩も、それきりことりサンは青い小鳥さんの隣に寄り添って、まるきり絵みたいに黙ったままなのでした。




何日か経つうちに、居候さんのおうちのエアコンが直ると、彼女はじゃあね、ありがと、と言って帰って行きました。


うちのコップのことりサンも一緒に。


あれから彼女とはなんとなく疎遠になったので、コップのことりサンがどうなったのかは分かりません。


今では最初から、夢でも見ていたような気がしています。

だいたい絵の鳥が本物になるなんて、そんな非常識なことってありませんよね。

でも、少しだけ、まだほんとにあったことなような気がしているのです。


ことりサンには、楽しい時間をもらえました。

だから、楽しく過ごしているといいかなって思います。








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