表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/3

3 勇者が生まれた?よし、暗殺だ。

約18年前。


 「なに……?勇者が生まれた?」

 執務机にペンを置き、そう問いかける。


 「はっ……場所はグランベニヤ王国。赤子の額に勇者紋を確認したとのこと」

 長く伸びた影の中で片膝立ちをする部下がそう告げる。


 「ふむ……でかした。()れ」

 「御意」

 それだけ呟くと、部下は影の中にすっと消える。


 月明りが差し込む執務室には静寂が帰ってくる。



 「くくくくく……存外に早かったな」

 思わず漏れ出る笑い声。


 数年前に神のお告げがあった。

 近いうちに勇者が誕生すると。

 一早くその情報を得た儂は、各国へ派遣している密偵の数を大幅に増やしたのだ。


 なぜかって?

 勇者を見つけて暗殺するためだ。


 たしかに勇者は魔王様の脅威になり得る唯一の存在だ。

 だが、それは成長したらの話である。

 力も意思もなき赤子の内ならば、殺すのも容易い。


 そして、目論見は成功し、勇者誕生の報せが入ってきた。

 あとは配下が上手くやるだろう。

 今なら、まさに赤子の手をひねるようなものだ。


 「しかも、よりにもよってグランベニヤ王国とは」

 さらに都合がいいことに、勇者が生まれたのはグランベニヤ王国。

 現在、魔王軍が侵攻中のグランベニヤ王国なのだ。


 報告では王都が堕ちるのも時間の問題だと聞いている。


 しかも、総大将はあのブルータツ将軍。

 これならば暗殺の必要すらないかもしれんな。

 いや、油断はすべきではない。

 とはいえ……。


 「神は我らに微笑むか……くくくくく……くははははははは」

 思わず、高らかに笑ってしまう。



 「随分と楽しそうでございますね」

 そんな一言と共に、執務室の扉がパタリと開いた。

 部屋に入ってきたのは、節々から有能さが(にじ)み出る眼鏡の女性だった。


 「あぁ、経理の」

 「宰相殿。何か愉快なことでも?」


 「どうやら、勇者が見つかったらしい」

 「あら、それはおめでとうございます。では、景気よくバラまいた金食い虫共はもう必要ありませんね。早急に引き上げましょう」

 経理の口から紡がれたのは、形だけの祝辞と要請だった。


 「む……だが」

 「活動支援費に工作費用等、馬鹿にならないのですが……」

 経理はため息をつきながら、手に持つ資料をペラペラとめくる。


 経理がそう言うのも無理もない。


 勇者を見つけ出して暗殺するためにも、各国へ密偵を放っているわけだが……ここでひとつ問題が生じる。


 どういうわけか、勇者は王の血を引いて生まれるのだ。

 つまり、どこかの国の王子様というわけだ。


 それゆえに、密偵にはある程度の身分が必要となる。

 そうなれば、必然的に各方面への賄賂が必要だし、交際費だって馬鹿にならない。

 それが国の数だけかかるわけで……。


 資金を管理する立場からすれば、頭の痛い問題なのだろう。



 「宰相殿。勇者が見つかった以上、この数は過剰です」

 「だが、今回根を張っておけば次回以降に……」

 「むこう10年は不要でしょう?」

 「ぐっ……まぁ、それは」


 経理が言うのも一理ある。

 世界で同時に存在できる勇者は一人だけ。

 そして、一度殺してしまえば、次の勇者はしばらくの間生まれてこない。


 つまり、赤子のうちに殺してしまえば、勇者がいない空白の期間を作り出せる。

 この方法によって、かれこれ50年近く、労せずに支配域を拡大させてきたわけだが……。


 経理の言う通り、勇者さえ殺してしまえば、しばらくの間は勇者誕生を見張るための密偵は不要なのだ。



 「そうはいうがな。各国の情勢や有益な情報だってもたらし……」

 「それは諜報部の仕事です。問題視しているのは、宰相殿肝いりでお作りになられた私設部隊(かねくいむし)のことです」

 「ごほん……夢幻烏(シャドークロウ)

 「そう、その夢幻烏です。向こう10年は不要でしょう。最低人数だけ残し、引き上げて下さいませ」

 ピシャリと言い切る経理。


 「だが……」

 「引き上げてくださいませ」

 「……」

 「……」

 「うむ……検討しよう」

 「……検討?」

 「うむ……了承した」

 「結構でございます」

 経理は頷くと、持っていた資料に何か書き込む。


 ……別に無言の圧力が怖かったとか、そんなんじゃない。

 器の大きなところをね……見せたわけじゃよ。


 ほら、儂って宰相だから。

 魔界のナンバー2だから。


 「分かっていますか?資源も資金も有限なのです。たしかに賄賂など必要かとは存じますが、程度というものがありますでしょう?それをあろうことか、人の国に富を与えてからに……」

 さらに始まる駄目出し。


 「だが、もしも……」

 「そもそも宰相殿はもしもへの備えが多すぎでございます。しかも、ほとんどが極小確率でしか起きないような事象への対応。そのために人員や財源を無駄に割いているのをご理解くださいませ」

 そして、なぜか始まるお説教。

 

 あの……儂宰相じゃよ?

 魔界のナンバー2じゃよ?


 「さて、金食い虫共の今後のプランですが、私の方でいくつか考えました。お手すきな時にでもご覧ください」

 机の上に置かれたのは何枚かの紙。

 説教をしながらも手が止まらないなぁと思っていたが、どうやらこれを作っていたらしい。


 退室する経理の後ろ姿を一瞥し、資料に目を通す。


 うわっ……これまたゴッソリと減らされたなぁ。


 とはいえ、削減可能な金額とその根拠は理に適っているし、費用対効果の評価や改善案も納得がいく。

 さらに引き続き活動する場所の多くは、今後の侵攻予定地や関係諸国だ。

 それも軍の連携がとれるプランも考えてあるようだし、無駄もない。


 癪だが……たしかによくできておる。


 仕事はできるんじゃよなぁ……。

 怖いけど。


 というか、これは最早、経理の仕事を逸脱しているのでは……?

 そもそも、考えてみたら素直に言うことを聞く必要なくない?

 いや、だって儂宰相よ?

 魔界のナンバー2よ?

 たかが経理の言うことを聞く必要なんて……。


 「ちなみに私のおすすめはD案でございます」

 経理は扉の前で立ち止まると、思い出したようにそう告げる。


 「D案……?」

 該当のプランを見つけ出し、眺める。


 「あの……これ、なんか儂のお給金まで減らされているんじゃけど?」

 「はい」

 「あの……なんで?」

 「御不満でしたか?ではA案あたりがよろしいでしょうね」

 「A案……A案……あれ?」


 これ……儂のお給金以外はD案と変わらないんじゃが?

 というか、BもCも儂のお給金以外変わらないんじゃが!?


 「実質選択肢などないではないか!」

 そう叫ぶも、すでに経理の姿はなかった。


 なんだか腑に落ちないものの、結局は儂のお給金がほんのちょっぴりあがるC案でいくことになった。


 

 なお、後日グランベニヤ王国を征服したという知らせが届いた。

 しかも、日数から逆算すれば、あの日勇者誕生の報を聞いた日の出来事だったようだ。


 そして、なんでも王都はぺんぺん草すら生えぬ不毛の地となったらしい。

 どうやら、ブルータツ将軍が王都ごとブレスで焼き払ったとのことだ。


 それ自体は構わないのだが……夢幻烏も巻き込まれてしまったため、勇者の死亡は確認できなかった。

 だが、王城の被害は特にひどく、跡形もなく吹き飛んだという話だ。

 これでは流石に生きてはいまい。


 ふっ……これであと10年は安泰か。


 魔王軍に栄光あれ。


 儂はしばしの間、勝利の美酒に酔いしれるのだった。


 だが、この時の儂は知る由もなかった。


 今代の勇者が、この世界に愛されすぎていることを。

 神の寵愛を受けた勇者にとって、この程度では命の危険などなく、ただのイベントの一つでしかないことなど。


 知る由もなかったのだ。



 儂の元に急報が舞い込んできたのは、それから3年後の話だった。



読んでいただきありがとうございます。


ブックマークや↓の☆☆☆☆☆で応援いただけると、作者のモチベになりますので、よろしければお願いします。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ