2 この世界は勇者を愛しすぎている
ゆっくりと床へ倒れる巨体。
勇者たちは歓声をあげる。
赤く染まった白亜の床の上、首だけになった儂はそれを眺める。
はい……駄目じゃった。
もうね……完敗じゃったわ。
鍛錬は欠かさず続けてたけど、考えてみたら儂……実戦は初めてじゃったから……仕方ないね、うん。
そのわりには健闘したと思うんじゃよ。
初撃だって何とか避けたし。
でも、目つぶっちゃったのが、よくなかったかな。
バランス崩して転んじゃったんじゃよね……うっかり。
仕方ないじゃんね……巨獣モードになるの久しぶりじゃったし。
てか、100年ぶりだったし。
なんかね、うまいこと身体が動かなかったんじゃよ。
バランス崩して転ぶのも仕方ないじゃんね。
そもそもの話さ、奥の手だもの。
あんま積極的に変身してこなかったのは、情報を隠蔽するためで……別にあのモードになると、元に戻った時に関節とかしばらく痛むのが嫌だったとかじゃ……うん、まぁ……決してないのじゃよ。
てか、驚いたわ。
勇者たち、倒れた儂を容赦なく斬りつけてくるんじゃもん。
躊躇いなく初撃で首狙ってくるんだもん。
目をつぶりながら、必死に突き出した手ごと斬るんじゃもん。
あれ?おかしいなって思った時には、ぐるんぐるん首が飛ばされてたもの。
てか、ひどくない?
儂さ、勇者が倒れた時……次弾を撃つの待ってあげたじゃん?
どさくさに紛れて僧侶が想いを伝えるのも……黙って見ててあげたじゃん?
エルフの姫の時だって、語り終わるのをさ……じっと待ってあげたじゃん?
だったらさ、そっちも儂が立ち上がるまで……待ってくれるべきじゃん?
それなのに、チャンスとばかりに首狙うとか……ないわぁ。
いやね、全部アンチマジックエリアが悪いと思うの。
魔法さえ使えてれば、あんな若造らに負けることなんて絶対なかった。
負け惜しみとかじゃなくてさ……マジで。
それに、もしもに備えて脱出の策だって二重三重に用意してたし。
なんなら、開発中の第三形態だってあったし?
さらに言うなら、真の奥の手で自爆すら用意してたし?
でも、全部魔法頼りだったから、全部パー。
いやね、儂の異名『千魔万謀のデズモンド』よ?
そりゃ魔法使うさ。
そりゃ魔法に頼るさ。
それをアンチマジックエリアで全部無効……いや、ないわぁ。
そもそも、都合よくペンダントに魔法が当たって、しかも儂だけを対象に発動するとか……在り得る?
神がかりすぎじゃろ。
どんな偶然?都合よすぎじゃろ。
前々からずっと思ってたけど、この世界は勇者を愛しすぎていると思う。
まぁ、嘆いても仕方あるまい。
魔王様……申し訳ございません。
儂には勇者一行は止められませんでした。
奴らがそちらへ向かいます。
でも、貴方様なら大丈夫でしょう。
特に気を使って、この情報だけは秘匿していましたから。
奴らが知る由もありません。
貴方様の鱗を貫くには、聖王と竜王の血をひく者が聖剣を振るうしかないこと……など。
だが、それはありえない。
あらかじめ、ほぼ全ての聖剣は回収してへし折ったし、あらゆる手を尽くしても唯一折れなかった一本も一度踏み入れば誰一人として出ることの叶わぬ、迷いの森へ上空から捨てました。
ヤツが聖剣を持っているはずなど万に一つも有り得な……でも、そういえば……ヤツが握っていた剣はどこかあの時の聖剣に似ていたような……。
いやいや、気のせいじゃろう。
ずっと追跡させていたが、奴らが迷いの森へ近づいたことなど……あっ……一度だけあったな。
これまたすごい偶然が重なって、一晩だけ滞在したことあったな。
でも、まさか……いや、そんな。
とはいえ、そんなものは杞憂だろう。
なにしろ、もう一つの条件を満たすことなど不可能なのだから。
聖王の血はともかく、竜王の血はどうしようもない。
なにせ竜王の血を引くのは今や魔王様とその弟君の……おっと、そうだ!まだヤツがいるではないか!
噂をすれば何とやら……ぼやけてきた視界が捉えたのは、勇者たちの前に立ちはだかる青い鱗の美丈夫。
最後の一人にして最強の四天王、ブルータツ将軍!
しかし、ブルータツ将軍の口から飛び出したのは、竜のブレスよりも強烈な一言だった。
内容を理解できないのは、脳へ酸素が送られないからではない。
はっ……勇者が将軍の息子?
えっ……昔に攫った姫との間の?
あれ……たしか、あの時は聖王の血筋を絶やすために攫ってきたはずだから……えっ……じゃあ条件満たすじゃん。
聖王と竜王の血をひくじゃん。
勇者、サラブレッドじゃん。
そう思って見れば、聖剣もあんな風に輝いてた気がするわ。
じゃあ、やっぱ聖剣じゃん。
魔王様!大ピンチです!
貴方様を傷つけられる存在がそっちへ向かってます。
もしものことなどないとは思いますが、どうかお気をつけください!
今すぐ駆け付けたいが、首だけになってしまった今では、どうしようもない。
しかし、まさかこんな日がこようとは。
勇者が魔王城へ乗り込み、魔王様の喉元に剣を突きつけるまでに至った。
そうならないように、儂はこれまで千の策を用い、万の謀を巡らせてきた。
だというのに、すべからく勇者一行に打ち破られてきたのだ。
全てが上手くいかなくなったのは、いつ頃からだろうか?
考えるまでもない……18年前のあの日からだ。
勇者が生まれた、その瞬間から……すべての歯車が狂い始めたのだ。
その当時のことを思い出しながら……ゆっくりと……目を閉じるのだった。
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