勇者として召喚されましたが性別間違えてますのでその結婚はお断りです!
「玲!あんた大学生なのにまたそんな格好して⋯!!」
「んー、いいじゃん楽なんだから⋯」
部屋に突撃してきた母の小言を聞きながら仕方なくのそのそと起き上がる。
ふと鏡に映るのは、しっかり“高校ジャージ”を着た肩より少し短いショートの自分の姿で。
「⋯うわ、髪の毛伸びたなぁ⋯」
世間的には短い方だろう髪の毛だが、中学高校とバレー部に所属しベリーショートだったせいか大学三回生になった今でもまだ少し違和感があった。
「玲大学は?今日2限からって言ってたでしょう?」
「あ、なんか休講になった」
“まぁ、だから二度寝したんだけど⋯”
流石にこの状況で三度寝は出来ないか、と考え起きる準備をした私を見て母の目がキラめいた。
「あ!じゃあちょっとトイレットペーパー買ってきてよ!」
「え⋯普通に面倒くさいんだけど⋯」
「お母さんだって毎日あんたのお世話面倒くさいわよ」
サックリ言い返され言葉を呑み込む。
きっとここで何を言っても絶対言いくるめられる未来を想像し――
「⋯わかった、行ってくる」
小さくため息を吐いた私は、“そのままの格好”で立ち上がった。
「ちょ、あんた着替えないの!?」
「えー?近所のスーパーでしょ、面倒だしこれでいく」
「寝癖くらい直しなさいな!」
「んー、まぁすぐ重力で直るんじゃないー?」
「もうっ!それでも女子大生なのかしら!?どう見ても中学生男子じゃない」
「それは言い過ぎでしょ」
「そんなことないわよっ!男の子に間違われても知らないからね!?女子トイレで痴漢と間違われてもお母さんに文句言わないでよ」
「はいはい、男子トイレに入りまーす」
母の小言を流しながら財布だけ掴んで部屋を出る。
“むしろ女子大だからこそ今更女らしくなってもなぁ”
なんてサボる言い訳をしながら階段を降りきった私はそのままスーパーに向かった。
平日の昼前という事であまり混んでおらず、すぐにおつかいを終えた私はトイレットペーパーを抱えながら近道をしようと神社の階段を上る。
境内を突っ切ればすぐそこが家の裏で。
「距離はかなり短縮出来るけど階段きっついなぁー」
“引退して3年⋯もうすぐ4年かな?そりゃ体力も落ちるわなぁ⋯”
――なんて、ぼんやりしていたのが悪かったのか。はたまた寝起きだったせいなのか。
「ー⋯え?」
つっかけサンダルがスポッと抜けたせいでバランスを崩した私は、投げ捨てればいいのにトイレットペーパーをしっかり抱えたまま頭から落下した。
“あ、死んだかも――”
神社の階段は石畳。
受け身も取れずに頭を打ち付ける想像をし、ひゅっと内臓が浮いたような不快感に思わず目を瞑る。
あぁ、落ちる瞬間って全てがスローに感じるというのは本当だったのか、なんて事が頭に過る私を襲ったのは、石畳で自分の頭蓋骨が割れる衝撃⋯
⋯では、なく。
「⋯やった!成功だ!!」
「へ⋯?」
眩しいほど真っ白な部屋と、漫画やアニメで見るような神官っぽい人達が抱き合って喜ぶ異様な光景。
そして。
「⋯っ、よ、ようこそいらっしゃいました!勇者様っ!」
「ゆ、勇者⋯?」
私を見て一瞬目を見開き、何かを思案したかのような表情になったかと思ったらすぐに頬を染める。
まるで花が綻ぶような可愛らしい笑顔と聞き捨てならない言葉を言ったのは、まさに物語の『お姫様』だった。
“勇者って⋯あの童話とかであるアレ⋯よね?”
なんてあまりにも突然の出来事で呆然としていたが、そんな場合ではないとハッとした私は慌てて挙手した。
「すみません!ここ、どこですか!?」
突然の真っ直ぐに上げられた手に驚いたのか、何故か私とお姫様みたいな彼女の間に騎士みたいな人が割り込んできて。
“⋯えっ、私が不審者なの!?”
思い切り警戒されているっぽいその様子に少しムッとしてしまう。
しかし、そんな私に気付いたのかお姫様みたいな彼女が彼を手で制し、すぐさま近寄ってきた。
“うわ、なんかめっちゃいい香りする⋯”
ふわりと香る高級柔軟剤のような香りにドキッとした私は、自分が寝巻きにしている高校ジャージを着ている事を少し恥ずかしく感じはじめ――
「ここはベルナーデ国です、勇者様。魔王が復活すると予言があったので召喚させていただきました。どうか我が国をお救いくださいませ」
シャランという効果音が聞こえそうなくらい優雅に彼女が跪くと、私を警戒していた騎士っぽい人や神官服着たおじさんたちも恭しく頭を下げ⋯
そしてこの異様な光景に私は冷や汗をかいた。
“――夢?”
私はあの後頭を打って、今も意識が戻っていないとかなのだろうか。
尚も混乱する私の手を、そっと目の前のお姫様っぽい彼女が両手で包み視線が交わる。
プラチナブロンドの髪が光を透かし神々しく、淡い菫色の瞳がまるで決死の覚悟を決めたようにも見えて胸が痛いほど跳ねた。
何故ならその強さと、包まれた手の温かさがどうしても夢とは思えなかったから――
「私はフランカ・ベルナーデ」
「ベルナーデ⋯?」
“国の名前と、同じ⋯?”
「えぇ、魔王を封印したとされる初代勇者の血筋であり父が現国王なので、私もベルナーデを名乗らせていただいておりますわ」
にこりと微笑んだ彼女にザァッと血の気が引く。
「みたい、じゃなくて本物のお姫様じゃん!」
「お姫様⋯だなんて。どうぞ私のことはフランカとお呼びくださいませ、勇者様」
「いや、そんな畏れ多い⋯っていうか、さっきも思ったけどその勇者って?」
色々キャパオーバーしていたせいで後回しになっていたが、私は慌てて『勇者』呼びについて言及した。
だってもしこれが夢ではなく現実だとしたら、漫画やアニメでよくある⋯
「そのままでございますわ。魔王復活の予言があったために召喚の儀にて召喚させていただきました。あなたが私達の⋯、いえ、“私の”勇者様でございます」
“私の⋯?”
わざわざ言い直されたその言葉に引っ掛かりを覚えた私だったが、すぐお姫様が続けた言葉で理解する。
「どうか勇者様。世界のために私と結婚してくださいませ!」
「は⋯、はぁぁぁあ!!?」
理解はしたがワケはわからない。
全くワケがわからない。
なんとなく現実のように感じてしまっているが、そもそもなんで私が勇者なんだ!?
そして結婚って、なんで!?
唖然としている私に、お姫様が申し訳なさそうに目を伏せて口を開き⋯
「⋯まだ幼い勇者様には大変申し訳ないのですが」
「待って」
その言葉を盛大にぶった斬る。
「⋯幼い⋯?」
彼女のその一言に、母の『どう見ても中学生男子』の言葉が脳内再生される。
“⋯まさか”
「あの、これでも一応21歳⋯ですが⋯」
「えっ!!!」
私の発言を聞いて目の前の姫様どころか周りを囲んでいた人達までもがざわつき始めて。
そしてこのざわめきように私は堪らなく嫌な予感がした。
“いくつに思われていたのかは知らないけど⋯”
万が一、億が一。
もしこれが本当に流行りの異世界召喚なるものだったと仮定して。
お姫様と結婚する勇者の性別は、普通ー⋯
そこまで考え私の背中を冷や汗が伝う。
「大丈夫です、勇者様!ご年齢が21歳ならばすぐに子供も産まれるでしょう!」
「こ、子供っ!?」
「予言では、勇者を召喚し魔王を打ち払うか、もしくは勇者と初代勇者の血を継いだ子が産まれればその子が聖なる力で魔王の封印を強められるとの事なのです」
その言葉に後ろの神官達も大きく頷いた。
「⋯あの、ちなみにですが魔王が復活するのはいつなんですかね」
「50年後です」
「ごっ!?ちょ、はぁぁ!?」
さらりと言いきられ思わず噴き出す。
“50年後!?魔王が復活した時私71歳なんですけどっ!”
「どんどん定年が伸びる少子高齢化社会の闇なの!?いくつまで働かせる気!?いや100歩譲って勇者召喚は納得する、けど!!」
「けど?」
「普通復活する前に召喚しない⋯?」
「復活する前に召喚致しましたわ」
にこっと笑顔を向けられ思わず脱力した。
「⋯早すぎるでしょ」
「そんなことありません」
そんな私に彼女が断言する。
「魔王と戦うならば少なくとも被害が出ることでしょう。ですが封印を強めるのであれば被害は出ませんわ」
「だから結婚⋯」
「はいっ!私では⋯ご不満かもしれませんが⋯」
どこか儚げに俯く彼女はとても可愛らしい。
とても可愛らしい⋯が。
たまに広告などで見た異世界召喚ものは主人公が男ならばハーレム展開が多かったが、主人公が女なら護ってくれる騎士やその国の王子と恋に落ちていた。
“つまり召喚された私が!ヒロイン枠!!!”
――そう、この世界のヒロインは私!
しかしそんな私の前にいるのが可憐な本物のお姫様ときたならば。
“ぜっっったい召喚間違えてる!!!!”
奇跡的に本当に私が勇者だったとしても、少なくとも性別は間違えている気がする。
“高校ジャージではなく高校の制服なら一応はスカートだったのに!”
これはマズイのでは⋯?と焦った私は、念のためにとおずおずの口を開いて。
「⋯あの、ちなみになんですが元の世界に帰れたりはします⋯?」
「帰られて⋯しまうのですか⋯?」
「うっ」
しゅんとしたお姫様に胸が締め付けられる。
“可愛い子の悲しそうな顔は反則すぎる⋯!”
だがしかし私では役にたたないのだ。
何故なら女同士だから!!
この世界の事は詳しくないが、少なくとも私の世界の基準で言えば女性同士では子供は出来ない。
子供が出来ないということは、魔王を封じる聖なる力を持った子供も産まれないということで。
“だからって71歳のお婆ちゃん勇者とか厳しい!絵面も厳しいがそもそも私の体力と足腰が厳しそう!!”
「元の世界に戻ることは可能です」
「!」
はっきりとそう言われ私の心は軽くなる。
魔王を倒すにしろ子作りするにしろ、とにかく私はダメなのだ。
魔王復活時の年齢を考えても、また子作りだって生物学的に厳しいのである。
“同性同士の恋愛はいいと思う、けど。むしろBLとかも好きだけど。子供目的の政略結婚に同性は向いてない⋯!”
ならば、自分が女であることを伝え早々に私は帰して貰い、改めて男性勇者を召喚するのがいいだろう。
“その後好きに励んでくれ⋯!”
そう結論を出した私が口を開こうとし時、その言葉を遮るようにお姫様と口を開いた。
「申し訳ないけど、私はおんー⋯」
「元の世界には、召喚された瞬間に戻ることになりますわ」
「⋯⋯え?」
“召喚された、瞬間?”
当たり前と言えば当たり前。
だがしかし、ここにくる寸前の私は石畳に頭から落下していたのではなかっただろうか。
“戻って⋯生き⋯てる?”
そんな事が頭を過りゾッとする。
あれ?私元の世界に戻れなくない?それ『死』じゃない?
「あら?勇者様、今“私”とおっしゃられー⋯」
「言ってない!おっ、俺って言いました!!」
「そうだった⋯かしら?」
「俺です俺!!」
帰れば死。
残れば高齢勇者かお姫様と子作り。
“もっ、もしかしたら女同士でもこの世界なら子供が出来る⋯かも、しれないし!”
最悪50年鍛練を積めば、71歳の勇者でも魔王に勝てる⋯可能性だってなくはない。なくはないはず。多分。
――内心そんな言い訳をした私は、この勘違い召喚に身を任せ。
「佐野玲です」
「サノレイ様?」
「あっ、玲でいいです、お姫様」
「レイですね。⋯レイ、私達は夫婦になるのですよ?」
「あっ、あー、はい、フランカ⋯」
名前を呼ぶととても可憐な微笑みを向けてくれる。
そんな彼女に心の中で盛大に謝罪しつつツッコんだ。
“どっちも妻だけどな!”
――こうして自分の保身の為、私は性別を偽ったヒロイン勇者になってしまったのだった。
召喚された部屋からかなり豪華な客室へ移動させられた私は、着替えを手伝いに来てくれたのだろうメイドさんを性別を隠すためにと必死で断りふかふかのソファで寝転がっていた。
――もちろん着替えずに。
“魔王復活まであと50年かぁ~⋯”
「いや長いわ⋯っ!!」
ぼんやりと現状を考え全力でツッコむ。
71歳勇者は現実的ではないが、女の子同士での子作りも現実的ではない。
そして元の世界に帰れば待っているのはDEAD ENDである。
「子供⋯子供を作るにはどうすれば⋯」
ぶつぶつと考え、そしてすぐにハッとした。
「⋯血を継いでればいいんでしょ!?フランカじゃなくてもいいんじゃない!?」
男、とにかく相手が男であればいいのだ。
フランカに男兄弟がいれば血筋の問題はクリアだし、人体構造的にも問題はない。
“私のハジメテがこんな形で失われるのはちょっとアレだけど、でもDEAD ENDや高齢勇者より現実的でしょ!”
我ながら天才か、なんて自画自賛しつつ兄弟がいるかを確認しに部屋を出た私は、近くを歩いていた騎士を捕まえて聞いてみる事にしたのだが。
「あのさ、聞きたいんだけど」
「ッ!?勇者様、先程は大変失礼致しました!!」
声をかけた瞬間に土下座する勢いで謝罪され驚く。
「は、え?」
「勇者様に剣を向けるだなんて、どうお詫びすればいいのか⋯」
「あ、あぁ~⋯!」
そこまで言われて、やっと召喚時にフランカを庇って警戒し私に剣を向けてきたあの騎士だったかと気付き⋯
「いや、仕事しただけでしょ?いいんでない?」
「⋯は?」
“確かにあの時はちょっとムッとしちゃったけど、それってこの人が悪いわけじゃないもんね”
私の方はそれで終わりだったのだが、何故か騎士さんはそれでは納得しなかったようで。
「で、ですがそれでは俺の気が済みません!どうか罰をお与えください!!」
「えー⋯、ドMなの⋯?やだなぁ⋯本当にいいんだけど⋯」
「ですが!!!」
「んー⋯じゃあ、わた⋯俺の味方になってよ!」
「は?」
「もちろんフランカを最優先したらいいし自分でダメだと思う事はしなくていいけど、俺この国のこと何も知らないからさ。たまに喋ろ!そんで色々教えてくれると嬉しい」
「話し相手⋯ということですか?」
「そう!」
我ながら名案だと思いながらそう提案すると、どうやら騎士さんも納得してくれたらしく。
「お望みであれば、喜んで。ランドリューです」
「よろしくランドリュー!」
“これで情報提供者もゲット!”
いい塩梅の和解案だと私は満足した。
「早速なんだけど、聞いていい?フランカって男兄弟いるのかな」
「フランカ様に男兄弟はおりませんね」
“げっ!いない!!”
いないとなると一気にDEAD ENDが近付く私は、少し焦って。
「王家とかって隠し子いるんじゃないの!?血が繋がってる誰か!!」
「か⋯っ!?い、いえ、そのような話は聞いたことはありません⋯⋯、が」
「が!?」
一呼吸置いたランドリューにごくりと唾を呑む。
「フランカ様の従兄弟でアゴット・リード様という方がいらっしゃいますね」
「2人は血が繋がってるの!?」
「一応は、ですが⋯」
“血が繋がっているなら、その人と結婚すればいいじゃん!”
「今度内緒で紹介してくんないかな!?」
「アゴット様をですかっ!?」
サァッと顔色を変えたランドリューを怪訝に思うが、そもそも騎士が仕えてる相手の親族を内緒で紹介するというのは少し厳しいかもと考え直す。
“別の研究室の教授に卒論のアドバイス貰いに行くみたいなもんかな⋯”
それにあくまでも今私は男なのだ。
紹介しろ、なんて言われてフランカ付きの騎士が戸惑うのも当然と言えて。
「あ、じゃあ集められる範囲でもいいし噂とか、よくどこに行くとか知ってたら教えて?」
「それはつまり、アゴット様の情報が今後の為に欲しいという事ですね?」
“まぁ、そう言えなくもない⋯か?”
そう考えた私は大きく頷き肯定した。
「そうですね!」
「そう⋯ですか」
何かを確信したような表情のランドリューにドキッとする。
“まさか性別がバレ⋯”
「⋯わかりました!フランカ様の為にもお任せください!!」
“⋯てなさそ~!”
ぱっと笑ったランドリューに安堵しつつ、他に何か聞いておくことはなかったかなと思案し⋯
「そういえば、フラン⋯」
“あ、ランドリューってフランカにずっと仕えてきたんだよね?勇者とはいえぽっと出の男に主人を呼び捨てにされる⋯って嫌じゃない?”
出来ればランドリューとは良好な関係を築きたい。
何故なら彼の持っている情報が私の命に直結する可能性もあるからで⋯
なんて思った私は小さく咳払いをして言い直した。
「――姫様って、どんな人?」
それはちょっとした興味だったのだが⋯
「それはもう本当に素晴らしいお方です!」
物凄い圧で言われて思わずたじろぐ。
“い、今更かな?とは思ったけど呼び捨て止めて良かった⋯!”
「国を支える為に、と騎士団に入られただけでなくその実力も本物で!!」
「えっ!?姫様って騎士団に入ってるの!?」
「そうですとも!王女様の名言⋯聞きたいですか?」
「え?き、聞きたい⋯かな?」
「ズバリ『私は守るべき姫ではありません。私が皆さんを守るのです』!!」
「おぉ⋯っ!」
「痺れましたね。この国の騎士で王女様に憧れを抱いてないものはいないと思います」
“確かにちょっと格好いいかも⋯!”
見た目はあんなにも儚げで可憐な彼女の強さを感じ胸が高鳴る。
私に結婚を申し込んできたあの熱量も、全てはこの国の未来を魔王から守るため。
“⋯だったら尚更、このままじゃダメだよね”
それにはやはり、まずはそのアゴットさんとやらとお近づきにならなくてはいけなくて。
「ランドリュー、アゴットさんの情報、頼んだか⋯⋯らっ!?」
念を押すようにそう言った私の手に、突然するりと指が絡まりビクッと肩を跳ねさせる。
「私を置いて内緒話ですか?」
ふっと耳に息を吹き掛けながら私に寄り添ったのは、他でもないフランカだった。
「フラ⋯」
“っと、ランドリューの前で呼ばないって決めたばかりだった!”
名前を呼びかけた口を慌てて閉じると、そんな私の様子を怪訝に思ったのか私を射貫くように真っ直ぐ見つめる。
まるで誘導されるように私もフランカから目を離せず、じっと見上げ――
「ー⋯えっ、でっか!?」
思わず声をあげていて。
「⋯はい?」
「え?あ、ごめん!いやでも思ったより背が高くて⋯!」
そう私が驚くのも仕方ないと思う。
長年バレー部だった私は、女子にしては割りと背が伸びた方だったのだが⋯そんな私よりフランカの方が高かったのだ。
“ヒールのせいだとしても、それでも大きくない?”
ついまじまじとフランカを観察していると、くすりと笑ったフランカがきゅっとしっかり手を繋いできて。
“やっぱり騎士だからかな?手もゴツゴツしてる⋯!”
女同士だというのに少しドキドキとしてしまう。
それはきっと、それだけの努力を彼女がしてきたからなのだろう。
「⋯あのさ、俺にも剣を教えてくれる?」
「剣を⋯ですか?」
「うん。だって俺が勇者⋯なんだろう?」
“いや、ポジション的にはヒロインのはず!だけど!”
――でも、勇者として召喚されたのだから勇者でもあるはずなのだ。
性別とか色々間違ってるし、本当は勇者じゃないのかもしれないが、それでもこの国の人は私を勇者だと思っているのだ。
だったら勇者にならなくちゃいけない――
そう、思ったのだが。
「⋯いりませんよ?剣」
「えっ!」
あっさりサックリ断言されてぽかんとする。
「私と子作りすればいいだけなのですからっ」
ね?と小首を傾げて微笑むフランカは本当に可愛い。
その笑顔だけでうっかり惚れちゃいそうになるくらい可愛いのだがー⋯
“女同士では子供っ!出来ないからぁ~っ!!”
『とりあえずお着替えいたしましょう?』と繋いだ手を引っ張られるようにして向かったのは私が使わせて貰うことになった客室“だと思っていた部屋”だった。
迷いない足取りで歩くフランカに、私が案内された時は席を外していたのに知ってるなんて流石だな⋯と思ったのでそのまま伝えた結果⋯
「だってあそこは私達のお部屋ですもの」
という答えが返ってきたのだ。
「⋯エッ!待って待って、私達の部屋?」
「だって夫婦になるんですもの、何か問題が?」
“いや問題しかないよっ!?”
――女だとバレたら強制送還でDEAD END。
一緒にいる時間が長いほど当然バレる可能性も高くなる訳で。
「さぁ、とりあえずお着替えいたしましょう。お手伝いさせていただきますわ」
「いやっ!?いりませんけど!!おっ、お姫様にそんなそんな⋯っ!」
“手伝われたら流石にバレる!”
早速きた最初のピンチに私はひたすらテンパっていた。
“悲し気かな貧乳のお陰で服さえ着ていればバレないかもだけど、脱がされたら流石にバレるから!!”
こういうのは先手必勝だ!とクローゼットらしき扉を開いた私の目に飛び込んできたのはヒラッヒラのドレス達。
「⋯ぅえ!?」
“しまった!ここはフランカのクローゼットか!”
流石に下着はなかったが、それでも可愛い女の子のクローゼットを勝手に暴いた罪悪感に襲われ――
“いや、女同士なんだからそこまで気にする必要はないんだけどっ!”
なんて内心必死に言い訳をする。
だがフランカからすれば国の為に結婚するつもりの相手とはいえ、ほぼ知らない男が自分のクローゼットを覗いている状態という訳で。
焦った私は慌ててそのクローゼットを閉じようとしたが、フランカに後ろから抱き締められ閉じる手を阻止された。
「あら⋯。気になる服はございますか?」
「いっ!?いや、ありませんけど!」
どう考えても男子中学生に間違えられる私に似合うドレスはなく、あとぶっちゃけドレスにも憧れなんてものはなかったのでそう正直に答えると、フランカは少し不満そうに頬を膨らませる。
“うっ、そんな顔も可愛いな⋯”
だがときめいてはいけないのだ。
禁断の扉を開いた先に待つのはDEAD ENDか71歳勇者の二択なのだから。
「試しに着てみられますか?レイの黒髪ならこの淡い緑のドレスが合いそうですが――」
「いや本当にいいって!てか勝手にフランカのクローゼット開けてごめん、俺の服どこかな!?」
「ー⋯、では、こちらはいかがでしょう」
フランカから逃げるように無理やりクローゼットの扉を閉じた私をじっと見た彼女は、すぐにシンプルなシャツとパンツを出してくれて。
“ベストもあるから胸も隠れるし丁度いいかも”
そのシンプルな服が案外気に入った私は、お礼を言ってその服に手を伸ばしー⋯
「お手伝いいたしますわ」
「いらないってば!!」
ひょいと服を遠ざけられ思わず叫ぶように抗議すると、むっとした顔を向けられる。
「⋯ランドリューとはあんなに親しくしていたくせに⋯」
「だから服⋯って、え?ランドリュー?」
“親しく⋯したっけ?”
その想定外な内容に私がぽかんとしていると、突然ぎゅっと抱き締められた。
「っ!?」
「⋯夫婦になるんだから、頼ってよ⋯」
ポツリと溢すようにそう告げられ心臓が痛いくらいに跳ねる。
「な、なん⋯っ」
そのままぎゅうぎゅうと抱き締められる腕が思ったよりも強く、逃げようにも逃げれない。
“こんなに近付いたら女だってバレるかもしれないのに⋯!”
触れる体を伝ってドクドクと鼓動が響くのが堪らなく恥ずかしいが、逃げられないからか、それとも突然知り合いもいない一人ぼっちの世界に来たことが自分で思うよりもずっと不安だったのか。
“国を守るためってわかってるのに⋯”
力強いこの腕にどこか安心してしまい、段々と逃げる気力も失った私は気付けばそっとフランカの背中に手を回してしまっていた。
「⋯子作り、しよっか」
熱い吐息が耳にあたり、ゾクッとした快感が背を走る。
背はフランカの方が高いし、普段から騎士として鍛えてるはいえ女の子の腕なのに軽々と私を抱えた彼女は、そのまま私をベッドに寝かせ――
「ってダメですけどぉ!!?」
「ちっ」
「⋯⋯!?い、今舌打ち⋯」
「なんのことかしら」
オホホと可愛く笑うフランカは堪らなく可愛いが、それはあくまでもDEAD ENDが絡まなければ、で。
「あんまり誘惑しないで貰えますっ!?絆されそうになるんだけど!」
全力で抗議するが、むしろ私の抗議を聞いてその菫色の瞳を細めたフランカは。
「誘惑しますよ?だって好きになって欲しいもの」
「す、好き⋯に⋯?」
「夫婦になるんです。当たり前ですわ」
“当たり前⋯”
「早く子供を作って魔王の封印を上書きしなくちゃいけないとはわかっておりますが⋯それでも。やっぱり愛し愛された結果の子供がいいですものね」
ハッキリそう告げられ喉がきゅっと張り付く。
“そりゃそうだよ、保身のために子供を⋯なんて考えてたけど、そんな道具みたいにしちゃダメじゃん⋯”
自分の浅はかさにゾッとし、そしてちゃんと考えているフランカに申し訳なく思う。
彼女は国の未来の為に結婚相手を無理やり決められたのだというのに、ちゃんとその相手とも愛を育もうとしているんだから。
――相手が同性であるというミスさえなければ!
“ヒロインが必死に誘惑してる私もヒロインなんだよなぁっ!!”
今まで好きな男など出来なかったのは、もしかしてコッチの気があったからなのか?と疑いたくなるくらい同性のフランカにドキドキしてしまっているが、今この気持ちに流される訳には絶対いかない訳で。
「は、育むならもっとゆっくり育みたい派だから!!」
無理やりフランカをべりっと剥がし転がるようにベッドから降りた私は、着替えを抱え部屋から脱出を試みるが――
「⋯絶対満足させるつもりでおりましたのに」
くすりと笑ったフランカにあっさりと捕まって。
「ま、満足⋯?」
「一度で体も心もいただくつもりでしたもの。⋯ですが」
「え?」
すぐにパッと解放され、思わず怪訝な顔を向ける私に妖艶な笑みを向けたフランカは。
「いいですわ、レイの希望通りゆっくり育みましょう!私を沢山知ってくださいませね」
なんて言葉を残し部屋を出てしまった。
広い部屋にぽつんと残された私は暫く放心していたが、すぐにハッとし慌てて高校ジャージを脱ぎ捨て着替える。
無事に着替えを終えた私が部屋を出ると、なんと部屋の前ではフランカが待っていて⋯
「え、なんで?」
「なんでって⋯。レイが見られたくなさそうでしたからここでお待ちしておりましたのよ」
ツンとそっぽを向く様子もやはり可愛く、そしてだからこそ申し訳なかったのだがー⋯
「知ってくださいと言いましたもの!デートをいたしましょう」
すぐに花が綻ぶような微笑みに変わったフランカは、私の腕を取ると楽しそうに歩きだしてしまって。
“本当は少しでも早くランドリューからアゴットさんの情報貰って知り合わなきゃいけないんだけど⋯”
引っ付いて歩くフランカがとても楽しそうに見えたから。
“それに、まだ何も情報がないからアゴットさんの顔も知らないしね!”
「いいよ、行こっか」
フランカの言葉に頷くと、ギシッと音が聞こえそうなほど一瞬で彼女が固まる。
それを不思議に思った私がそっと彼女の顔を覗き込むと、そこには⋯
「えっ!真っ赤!?」
「う、うるさいなぁっ!」
「うるさいなぁ!?」
丁寧なフランカらしくない言葉遣いに驚きつつ、それでもどうやら照れてしまったらしい彼女が可愛くて。
“さっき舌打ちもしてたし、こっちが素⋯なのかな”
だったらもっとそんな“素の彼女”を見たいなんて考えー⋯
慌てて頭を振り思考を追い出す。
“バレたらDEAD ENDなんだから!”
どこかぎこちなく騒がしい心臓から目を逸らし、私はフランカに連れられるまま歩くのだった。
フランカに連れられ向かったのは薔薇園だった。
「うっわ、凄い!」
あまり女の子らしくない私だが、ついテンションが上がるほどとても美しい場所で。
「薔薇って思ったより強い香りするんだね」
「あら、お嫌いですか?」
「いや、いい匂いだなって思うよ」
そう返答すると、白い指を口元にあてたフランカがパキンと1本の薔薇を手折った。
“薔薇園と美少女、似合う⋯”
なんともいえないその優雅な光景に思わずみとれていると、丁寧に全ての棘を取ったその薔薇をそっと私の髪に挿した。
「え⋯っ」
「可愛い」
「えぇ⋯?」
可愛い子に可愛いと言われても⋯、なんて思いつつも嬉しいもんは嬉しくて。
「フランカの方が似合うと思うけど⋯」
「そうかしら?んー、でもレイのつやつやの黒髪に赤が映えてますわ」
「んん⋯、そう?ありがと⋯」
“普段女らしい事を全然しないから、ちょっと照れ臭いな”
どこかくすぐったさを感じつつ、私も庭園の薔薇に手を伸ばし⋯
「いたっ」
「レイ!?」
思ったより鋭い棘で指を刺してしまった。
「大丈夫!?」
慌てたフランカがすぐに私の手を取り棘が刺さったままになってないかを確認すると、そのままじわりと血が滲む指をぱくりと口に含んでしまって。
「ちょ!?」
強く傷口を吸われ、傷の部分を指で強く圧迫すると傷自体が小さかったこともあってすぐに血は止まった。
「⋯薔薇が欲しかったのなら私がいくらでも手折りますから」
「うぅ、すみません⋯」
いつもより低い声で言われ、思わずしゅんとしてしまう私を暫く見たあと、フランカが小さくため息を吐く。
「で、どれがいいんですの」
「え?」
「どの薔薇が欲しかったんですか?さっき手を伸ばされてたのは⋯この薔薇だったかしら」
「ま、待って!?」
再び薔薇に手を伸ばすフランカを慌てて制止する。
「別に俺、薔薇が欲しかった訳じゃなくって⋯!」
「?」
「⋯その、フランカにこそ似合いそうだなって思ったから⋯」
「それはつまり、私に薔薇をプレゼントしたくて⋯って事?」
一瞬素のフランカが出て思わずくすっと笑ってしまう。
“ため口っぽいフランカの方がいいなぁ”
とは思うが、そもそも私は国の命運がかかっているのに性別を偽っているのだ。
素でいて欲しい、なんてどの口が言うんだというもので⋯
「まぁ、そうなる⋯かな」
「⋯⋯⋯」
結果プレゼントどころか怪我をし手当てまでして貰った私は、あまりにも格好悪いなとしょぼくれつつ正直に答える。
すると一瞬黙ってしまったフランカが、徐に薔薇をもう1本手折り棘を全部取ってから私に手渡して。
「⋯どうぞ、お好きなところに飾ってくださいませ」
「⋯!」
そっと顔を近付け目を瞑るフランカに思わず息を呑む。
“うっわ、キスをねだられてるみたい⋯!”
なんて考えたせいで少し指先が震えるが、それでも折角手渡してくれたのだからとそっと彼女の耳に引っ掛けるように薔薇を挿した。
「⋯そんなに緊張しちゃって、可愛いね?」
くすりと小さく笑ったフランカの声が、怒っていたさっきのトーンとはまた違う色気を帯びた低さでドキッとしてしまう。
「そ、んな事⋯っ」
「ふふ、ほら赤くなったよ、かぁわいい」
キス出来そうなほど近い距離にあったフランカの顔が、更に少しずつ近付いていると気付いた私は羞恥から思わず目を強く瞑ると、温かくて少ししっとりとした彼女の唇が私の頬を軽く掠めた。
「!!!」
慌てて一歩後ろに飛び退くと、くすくすとフランカが笑っていて。
「な、何を⋯っ」
「少し触れただけですわ?ー⋯ゆっくり育むのが希望⋯でしたものね」
「そ、れは⋯っ」
「早く私を好きになってくださいませね、レイ」
「~~ッッ」
とても楽しそうなフランカに、私の心臓はずっと痛いくらい高鳴ってしまうのだった。
そんな薔薇園でのデートという名のお散歩から数日。
今日はフランカと、そしてフランカの護衛のランドリューと3人で城下町に来ていた。
“一国の姫様の護衛が1人だけってちょっと心配だったけどー⋯”
そもそもフランカは普段騎士団に所属し、そこでかなりの実力を発揮していると聞いていたので少なくても平気なのかな、と考える。
一応お忍びという体でとの事で、フランカはエプロンドレスのようなシンプルなワンピースを着ていたのだが⋯
「いや、可愛いな!?」
「あら、嬉しいですわ。好きになってくださいまして?」
「いや、それは⋯その」
“そもそも女同士なんだよなぁ⋯っ!いや、ぶっちゃけいつもかなりドキドキさせられてるけど、でも⋯!”
フランカの目的はあくまでも魔王の封印を強める為の子作りな訳で。
“ほんと、そこさえクリア出来れば⋯”
と、そこまで考えハッとする。
“うわ、私フランカの事好きになり始めてるんじゃない!?”
それはまずいと頭を抱えていると、そんな私の気持ちなんて知らないフランカは心配そうに顔を覗き込んできて。
「近いって!」
「夫婦になるんですよ?これくらいの距離は当たり前ですわ」
なんて言い切るフランカの顔が少しだけ意地悪そうに見える。
「⋯からかってる?」
「どうでしょう?」
それでも、どこか楽しそうなフランカを見るとそれもいいかななんて思い始めてしまった私はいよいよ末期だ。
“本当はアゴットさんと育まなきゃいけないんだけどなぁ⋯”
何故子作りなんだ。何故女同士では子供が出来ないんだ。
帰ったらDEAD END、それにもし新しい勇者を召喚したら⋯
“その男とフランカが子作り⋯?”
それは嫌だと感じてしまい、そんな自分に苦笑する。
だって自分は、フランカの従兄弟であるアゴットと子供を作らなきゃいけないのだから――
いっそ71歳勇者の方向で計画を練り直すべきかとも思うが、ずっと性別を偽る訳にももちろんいかない。
それに、ずっとフランカを騙しているのだ。
本当の事を知った時、あの優しげな菫色の瞳が蔑みの色に染まるのかと思うとそれも怖くて⋯
「レイ?どうかしましたの?」
「え?⋯⋯っんぐ!?」
少し暗くなっていた私を心配したフランカが声をかけてきたと思ったら、そのまま口の中に冷たい何かを詰め込まれる。
驚いた私が目を白黒させていると同時に口の中に果実のスッキリとした甘さが広がり、そして声を上げて無邪気に笑うフランカがそこにいた。
「⋯何を悩まれてるのかはわかりませんが、甘いものは気持ちを明るくしてくれますわよ!」
「ん、ありがと」
どうやら果実を凍らせた一口シャーベットのようなものだったらしく、フランカもにこにことしながら頬張ってー⋯
「⋯って、フランカ!?毒味とか大丈夫なの!?」
王族は常に暗殺とか毒殺とかを警戒しなくてはならない、というイメージがあった私が慌ててフランカの手から残りのシャーベットを奪いランドリューの口に無理やり突っ込む。
「ん、んぐっ!?んんん!!?」
突然乱暴に食べさせられたランドリューが少し涙目になる。
「突然何ですかっ!?毒味ですが、私を使って毒味ですか!!」
「フランカ、食べても大丈夫みたいだから返すね」
文句を言う彼をスルーした私がシャーベットをフランカに返すと、呆然としていたフランカが吹き出した。
「も、もう食べた後でしたのに⋯っ!」
「それはそう、なんだけど⋯心配になって、つい」
「その心配は私にも向けて欲しかったですね⋯」
拗ねる口調のランドリューに少し申し訳ないと思いつつ、笑うフランカに釣られた私も段々可笑しくなってきて。
「大丈夫ですよ、ほら見てください。ここはとても平和なんです」
フランカに促され周りを見渡すと、確かに小さな子供も元気に駆け回るくらい穏やかな光景が広がっていた。
「ー⋯だから、私は絶対に守りたいんです。50年後の、その先も」
彼女の決意がチクリと痛む。
それは抜けない棘が心臓に刺さったようにジクジクと私を蝕んだ。
城下町は思ったよりも賑わっていて、買い食いをしたり珍しい小物を眺めたりして過ごした。
“お姫様って勝手に散財するイメージがあったけど⋯”
私が食べたそうにしたものはすぐに買ってしまう傾向にあるものの、それはイメージする散財とはかけ離れていて。
そしてそんな堅実的なところも日本人として21年間生きてきた私には好感度が高かった。
“だからと言ってこのままフランカを好きになるのは本当にまずい⋯!”
やはり普段騎士として働いているからか、武具屋で並べられた商品にフランカが気を取られている隙にランドリューの腕を引っ張った私はそのままそっと耳打ちをする。
「あのさ、アゴットさんの件なんだけど⋯!」
それだけ言うと、無理やりシャーベットの毒味をさせられいじけていたランドリューはすぐに表情を強張らせ、そして1枚の肖像画を渡してくれた。
「これ⋯」
「それがアゴット様のお顔です。最近ですとよく王城離れで目撃されているようですね」
“おぉ!有能!!”
顔と出現ポイントを貰った私は、フランカが不審に思わないよう手早くランドリューにお礼を言ってフランカの元に戻ろうとし⋯
「⋯絶対、絶対お気をつけ下さい。いざという時は私がレイ様の盾になりますので」
「そんな使い捨てみたいなことするわけないじゃん」
重苦しい雰囲気を飛ばすようにあえて軽く笑った私は、内心ランドリューに感謝した。
「ランドリューとの話は終わりまして?」
「うぇっ!?」
「次は私の番ですわ」
私の手を取ったフランカが、指のサイズを真剣に触って確認する。
何度もにぎにぎとされそれが少しくすぐったくて手を引くが、しっかりと握られた手はびくともしなくて。
「フランカ?ちょっとくすぐったい⋯」
「ランドリューに浮気なんて許しませんわよ」
「えっ、う、浮気!?」
“フランカから見たら男同士だと思うんだけど⋯!”
もしやランドリューって同性を?とも思ったが、どう考えても彼は熱烈なフランカのファンだったはずだ。
それなのに不機嫌そうなフランカはそう念押ししてきて⋯
“嫉妬⋯?”
ドラマとかで見る嫉妬は、ひたすら面倒そうだなんて思っていたのに。
“相手にもよるんだろうけど⋯、なんでだろ。フランカからその感情を向けられるのって悪くないかも”
普段自信満々に真っ直ぐ背を伸ばしているフランカの、その“普通”な姿にどこかホッとした私はこっそりそんな事を考えていた。
私の指のサイズを測り終えたフランカは、武具屋で何かを買い店を出る。
その後酒屋で食事を取った私達は王城に帰り――
「さぁ、子作りの時間ですわよ!」
「ダ、メ、で、す!!」
「育めてると思うのですが?」
「ダ、メ、で、す!!!」
ベッドの上で押し問答をしていた。
“そりゃ最終目的がコレなんだからそうなるかな?とはちょっと思ってたけど⋯!”
だが当然だがヤる訳にはいかないのだ。
今女だとバレたらDEAD ENDまっしぐら。
“――でも、これくらいならいいかな”
「フランカ」
「ハイハイ、わかっておりますわよ。私はこちらの端で寝まー⋯」
いつも子作りをしかけるくせに、なんだかんだでちゃんと私の意思を尊重してくれるフランカ。
少し拗ねたような顔でそっぽ向いて寝るフランカ。
それなのに私がうなされてたら、いつも頭を撫でてくれるフランカ。
好きになって欲しいから、といつも側にいてくれるのは、突然一人ぼっちになってしまった私が寂しくないようにと思ってくれてだとも流石に気付いてるんだからね。
「⋯今日は、これで寝よ」
「は?」
まだこちらの世界に来て1週間ほどしかたっておらず、今頃私が消えてどうなってるのかだってもちろん心配なのに⋯
“不思議と不安を感じないのは、フランカのお陰だなぁ”
しみじみとフランカの温かさを実感しながら、そっとフランカを抱き寄せる。
流石に力一杯抱き寄せてしまうといくら貧乳といえどバレてしまうかもしれないのでそこまで密着する訳ではないが、それでもどうやらフランカの意表は突いてしまったみたいで。
「⋯子作り?」
「それはナシ」
「⋯覚えてろ」
「ふはっ!そんな言葉遣いも出来たんだ」
どこか恨めしい目を向けるフランカの顔が赤かった事に満足した私は、そのまま目を瞑る。
“⋯起きたら、アゴットさんを探す。だから今日はこのままー⋯”
ふわりと香る高級柔軟剤のようなフランカの香りに包まれながら、私は意識を手放した。
「んん~⋯」
目が覚めると、いつも何かの書類仕事をしながら待っていてくれているフランカが何故か見当たらずどこか寂しさを感じ――
「⋯ってない!!から!!!」
絶対絆されかけている現実に目を背けた私は勢いよく飛び起きた。
“フランカがいないって事は逆にチャンスじゃん”
性別勘違い問題があるとはいえ、流石に一応未来の夫婦として接してくれているフランカの前で他の男と出会おうとしている⋯なんて見せられる訳もなく。
「これだけ持っていこ」
武具屋で何かを買ったらしいフランカに『何かあった時は迷わないでくださいませ』と意味深な事を言いながら渡された小さな紙袋をポケットに突っ込んだ私は、これ幸いとばかりにランドリューに教えて貰った王城離れへと向かった。
「うわ、結構森っぽいんだな」
思ったよりも自然の残った離れは、手入れされた別荘というよりは学校の旧校舎のイメージに近くどこか嫌な雰囲気を纏っている。
“これホラーが苦手なタイプだったら最悪だなぁ”
なんて、可愛い子が怖がる想像をした私は⋯
「⋯ぷ、でもフランカならなんか拳で戦えそう」
なんて想像して小さく吹き出した。
別にフランカが誰かを殴っているところを見た事なんてないが、たまに出る素の姿でなんだかんだ守られているだけのお姫様ではない事に気付いていて。
“騎士団に入ってるんだから当たり前っちゃ当たり前なんだけどさ”
そしてそんな事を考えていたら楽しくなってきた私は、離れの中から話し声が漏れている事に気が付いた。
“誰かいる⋯?”
その声が気になり離れの中を扉の隙間から覗こうとした、その時ー⋯
「誰だ?」
「ッ!」
突然後ろから不機嫌そうな声で問われ、私の体がビクッと跳ねる。
「ここで何をしている」
慌てて振り向いた先には男が4人。
そして真ん中で一際不機嫌そうに話しかけてきたその人こそ――
「あ、アゴット!⋯さん!」
「あぁ!?」
肖像画で見た、アゴット・リードその人だった。
一瞬唖然とした私だったが、その目的である人に出会えた事でテンションが⋯
“だだ下がりだなぁ⋯”
無意識に深いため息を吐いてしまったらしく、苛立っていたアゴットさんが更に苛立っている様子に既に下がっているテンションがまた下がる。
“フランカをどう思っているかは置いといても、相手こいつかぁ~⋯”
別に異世界の王子様を夢見ていた訳ではないのだが、自分の男子中学生に間違われる見た目を棚にあげた私は目の前のこの男にひたすらガッカリしていた。
「微笑めばワンチャン⋯?いや、ないな、ないわぁ~」
「さっきから失礼な奴だな!?そもそも俺様の問いも無視するだなんてどうなっても知らないぞ!」
「でたぁ、“俺様”!つか自分の事俺様とか呼ぶ人本当にいるんだぁ?ない要素プラス1だね!」
「な⋯ッッ!」
売り言葉に買い言葉ならぬ、威圧感に煽り返答をしてしまった私はすぐに口をつぐむ。
“しまった、私コイツと子作りしなきゃいけないんだった⋯”
正直こんな奴と?と考えれば一気に71歳勇者への道に心が傾くのだが、それでも50年後のその先も守りたいと言ったフランカの顔がちらついて。
突然黙った私を怪訝そうに見るアゴットは、取り巻きから耳打ちされ少し目を見開き⋯
「⋯お前が勇者か?」
と口にした。
“私が召喚された事を知っているのはあの場にいた人だけって聞いていたけどー⋯”
だが、彼も血が繋がっているのだから知っていてもおかしくないし、それに噂というものは必ず漏れるものだからと納得する。
「そうだったら?」
「ぶはっ!だからフランカのバカはあんな格好をしてるのか⋯!!」
「?」
突然アゴットが吹き出すと、取り巻きも合わせて笑い出しその光景が無性に苛立った。
「あんたらがフランカを笑うなんてどういうつもりなのよ!」
「はぁ?」
「フランカは凄いんだから!誰よりも強いの!!人の心に寄り添える人は誰よりも何よりも心が強いの!あんたらなんかに嗤われるような人じゃないんだけど!?」
「なんだぁ?突然女みたいな話し方して⋯」
訝るような視線を向けられビクリと肩が跳ねる。
それでも不本意だが目的は子種だし、それはこの国を大切に想っているフランカの為だとギリッと奥歯を噛みしめた私は、アゴットの言葉を肯定した。
「⋯女、だから」
「あ?」
「私、女だから」
私の言葉を聞いたアゴットは、蔑んだような笑いを向けて。
「⋯フランカが必死になってる女、か⋯」
「っ」
ジリジリと近付かれ、無意識に嫌悪し後退る。
腕を無理やり掴まれ鋭い痛みが走った。
「こんな男みたいなの抱きたくないが、こいつを奪ったらフランカは悔しがるんだろうなぁ⋯!想像するだけで勃ちそうだ」
「ひっ」
ニヤリとした笑みを見てゾワッと全身に鳥肌が立つ。
“と、当初の目的を達しそうではあるんだけど⋯っ!”
気遣いなく掴まれ痛む腕。
自分に向けられる笑み。
その全てがフランカと違って。
“や、やっぱりこんな奴の種とか要らないんだけどぉ!!!”
「や、やっぱりいいです!帰ります!!」
必死に踏ん張ってはみるが、大人の男の力に叶うはずもなくズルズルと引き摺られるように離れへ連れ込まれた私は乱暴に机へ投げられた。
「いった⋯!」
木製の机に上半身を打ち付ける形でぶつかった私は、痛みよりも驚きで息を呑む。
“な、なにコイツ⋯!”
文句を言いたいし何よりも逃げ出さないとヤバいという事はわかるのだが、足が震えて上手く力が入らなかった。
「ふぅん⋯、そうやって怯えてると確かに女にも見えるな⋯そそられんが」
失礼な事をニヤニヤしながら言うアゴットがひたすら気持ち悪い。
“フランカ⋯、フランカ⋯っ!”
あんなにランドリューにも気を付けるよう念を押されていたのに、まんまとこんな状況にしてしまった自分の浅はかさを呪ってももう遅くて。
「や、やだ⋯、やだ⋯っ」
「あぁ、フランカは怒るだろうなぁ、それともお前に見切りをつけてあっさり捨てるかなぁ?」
「ッ」
「俺の子種をお前に注ぐなんて、これ以上ない裏切りだもんなぁ」
フランカに、捨てられる⋯?
フランカを、私が裏切る⋯?
性別を間違えて召喚したのはあっちだけど、性別を正さなかったのは私だ。
“違う、私は最初からフランカを騙して裏切ってたんだ⋯”
アゴットの手が私のお腹をまさぐり、ゆっくりと下腹部へ下がる。
しかし、その手を気持ち悪いと思う前に私は気付いてしまったその事実に衝撃を受けていて――
「⋯きゃ」
「あ?」
「フランカに、謝らなきゃ⋯」
「何をぶつぶつと⋯」
誠実に接してくれていたフランカに、不誠実を返してしまっていた。
今さら謝ったところで許されないかもしれないし、強制送還DEAD ENDコースかもしれないけれど。
「フランカにこれ以上ガッカリなんてされたくない!!」
カチン、と机に何か当たった音がし、フランカに貰った紙袋の存在を思い出した私はすぐさまポケットから取り出して。
「――え、これ⋯」
渡されたものの正体に若干引きつつも、『迷わないで』と言ったフランカの言葉に従いソレを両手に装着して思い切りアゴットに殴りかかった。
「う、が⋯っ!」
自分が優位だと思っていた状態からの突然の反抗に対応出来なかったアゴットは、その顎に思い切り私の拳を受けひっくり返る。
「うっわ、やっぱある程度重さがあると威力って出るんだなぁ」
なんて感想を漏らしながら私がまじまじと見るのは、両手に装着された『メリケンサック』だった。
“だからフランカ、一生懸命指のサイズ測ってたのか⋯”
チョイスこれかぁ、なんて苦笑しつつそれでもこのお陰で助かったのだと内心感謝した私は、アゴットがひっくり返っているうちに、とその離れから逃げ出そうとし⋯
「ま、待て!」
「げっ」
アゴットの取り巻きに押さえつけられてしまった⋯の、だが。
「待つのはお前なっ」
「⋯え?」
ゴッという鈍い音と共に押さえつけられていた重みが消え唖然とする。
そしてそんな私の目に飛び込んで来たのは、綺麗なプラチナブロンドをした騎士服の“男性”でー⋯
「レイ、怪我はしてない?」
「⋯あ、え?ふ、フランカ⋯?」
「?そうだけどー⋯って、あぁ、ごめん今は髪の毛外してるんだ」
「髪の毛を外すという文化!!?」
「いやそんな文化はないけども」
突然の乱入者に慌てた他の取り巻きを、フランカと一緒にいたランドリューが無力化していく。
その鮮やかさにプロってすごいとかなりズレた感想が過りつつ、私は目の前のフランカから目が離せなくて。
「別件で張ってて良かったですね、フランカ様」
「な、なんで⋯」
「なんではこっちの台詞だけど?なぁんで1人で乗り込んだの」
「だ、だってその、子種が⋯要る、から⋯」
混乱を極めた私はポロッと本当の事を言ってしまい⋯
「は?」
私の言葉を聞いたフランカが、過去一剣呑な声を出した。
「そ、そのぉ⋯」
「そんなに俺が嫌だったの」
「お、俺⋯?」
「何?いつもみたいにわたくし、とか言えばいいの」
「え、えぇ⋯?というか、あのフランカって⋯」
目の前で苛立ちを隠さず不機嫌そうにしているそのフランカは、いつものフランカの面影はあるもののどう見ても⋯
「男だけど」
「ですよねっ!?」
しれっと告げられ、後ろでアゴットと取り巻きを縄でぐるぐるにしているランドリューに思わず叫ぶ。
「姫様について聞いたとき教えてくれなかった!!」
「えぇ?お教えしましたよ!?騎士団に入ってるって!王女様の名言までセットでお伝えしました!」
「あ、それ妹の話だわ」
「妹!?」
“え⋯じゃあランドリューが言っていた姫様はフランカじゃなくてフランカの妹ってこと?”
でもそう考えれば辻褄は合う。
あの時私は『フランカに男兄弟がいるか』を聞いたのだ、本人の性別なんて聞いてない。
フランカの話を聞いているつもりで『姫様』と言ったのだから、ランドリューが『本当の姫様』の話をしているのも当然といえば当然で――
「じゃあなんでお姫様のコスプレなんかしてたのよ⋯趣味?」
「こすぷ⋯?いや、勇者の召喚だからだろ。本来は妹が迎えるはずだったのだが自分の手で復活した魔王を倒せばいいってわざと遠征に行ってしまって⋯」
「あぁ⋯」
“フランカは封印推奨派だったもんね”
「とりあえずフランカがプロポーズして、後々妹さんと入れ替わるつもりだったってこと?」
「いや、違うけど」
「違うの!?」
なるほど、と自分なりに理解した答えを告げたがあっさりと否定されガクリと肩を落とす。
「媚びようかと妹の姿を装ったのはそうだが、レイが女だって一目でわかったから俺がプロポーズしたんだよ」
「え⋯っ!」
それはあまりにも意外な言葉だったが、確かに初めて会ったあの時フランカは何かに驚き思案していた事を思い出す。
“男の勇者が来ると思ったのに私が女だったから驚いたって事?”
思わずぽかんとするが、それでも全てに納得はいかなくて。
「じゃあ、なんでずっと女の格好続けてたの?」
「そんなん、レイが男のフリしてたからだろ」
「そ⋯っ、れは⋯」
「言ってくれたらすぐに俺も言ったけどな。なんの意図があって性別偽ってんのかもわかんなかったし」
「ごめん⋯」
「いいよ。なんかオタオタしてんの可愛かったし」
「かわ⋯っ!?」
そこまで会話し、ふと気付く。
フランカが男で、私が女だって事も気付いていたのならー⋯
「え、じゃあフランカって私で勃つの?」
「なっ!?」
思わず明け透けに聞いてしまい、フランカの顔が一気に赤く染まった。
“男子中学生って評判なのに”
それにアゴットも、私の見た目ではそそられないと言っていて。
「⋯やっぱり国の未来がかかってるから⋯って、こと?」
「え?あ、あー⋯。いや、俺は可愛いと思ってるけど」
「へっ!?」
少し気恥ずかしそうに目を反らしたフランカは、照れ隠しなのか少し投げやりに言葉を続ける。
「もちろん封印の事とかがキッカケではあるけど、花一本で頬染めるし何食べても旨そうにするし。俺の後を一生懸命追ったりさ⋯、そんなん可愛いに決まってるっていうか」
そっと私の手にフランカの手が重ねられる。
改めて握られると、ゴツゴツとしているのは“男の手だから”だと実感させられるようで顔が熱くなった。
「国の為だけど。でも俺は相手がレイで良かったと思ったし、レイ“が”いいとも思ってるよ」
そう言いきるフランカは、私がいつもドキドキさせられていた穏やかな微笑みで。
“私、フランカの事好きになっていいだな”
なんて実感した私の胸に温かい気持ちがじわりと広がる――
――が。
「ー⋯じゃ、誤解も溶けたことだし今晩こそは子作りする?」
「なッ!」
さらりと続けられたその言葉に驚くと、フランカがくすくすと楽しそうに笑っていて。
「⋯からかった?」
勇者として召喚された私は、どうやら小説や漫画でよく見る王子様⋯より少し意地悪な私だけの王子様のヒロインとして、穏やかにー⋯
「さぁ⋯どっちだと思う、“俺の”勇者様?」
ー⋯暮らせる、か、なぁ?
最後までお読みくださりありがとうございました!