2赤毛
強化ビニール…。
それは耐久性に優れ、元々は軍服として普及した現代の鎧だった。
相当に高いはずだ。
それは赤く艶やかに光り、少年の体を輝かせて見せていた。
そういえば、きれいに切り揃えた髪も赤い。
染める…?
女優には、そういうことをする人もいるという。
また、吉原も高級店に行けば、化粧の一部としてそうした加工もするのだという。
大人に聞くと、吉原のシラビョウシも女優も、同じ穴に住んでいるのだという。
シラビョウシだった美女が、いつか大型スクリーンに艶やかにヒメとして映ったり、歌手になったりするのだ、という。
もしかしたらズーファも女の体になって、いつか全く違う名で、ダビも気づかぬ姿でそうなるのかもしれない。
ま、子供がさらわれたら、帰ってこないのはこの世界の常識だ。
赤い強化ビニールの服と、赤い髪を持つ少年は、また、手に金属を持っていた。
鋭利に光る、青い金属の刃。
途方もない高級品だ。
この少年は、おそらく鉄火屋の流を汲んでいるのだろう。
「あんた、なりは立派なのに、セコい真似するんだな…」
冷や汗を流しながら、ダビはしゃがれた声を出した。
ケケ…、と少年は笑い。
「金を出さないというんだな…」
少年の目の色を見て、ダビは気づいた。
刃物を使いたいのだ…。
金は、都合に過ぎない。
ただ、物取りに見せたいだけだ。
仮にダビが白い硬貨しか持ってなくても、全く構わないだろう。
はじめて手にした金属で、自分より小さな子供を切り刻む。
それだけが、この赤い髪の少年の目的だった。
アメ横を通れば良かったのだ。
動物園では、野良猫すら通りはしない。
「お…俺は、ガイスンのネズミだぞ…」
赤い髪の少年は、涼しい笑いを見せた。
「跡形もなく消えるのに、何を心配するんだ?」
跡形無く?
ただ殺すだけではなく、無論、売れる臓器は目玉から金玉まで解体して抜くのみではなく、その肉さえ、骨さえも始末するつもりか…。
確かに、鉄火屋には、そういう始末業者と付き合いがあるという。
彼は、ダビには縁の無い金持ち階級の人間だった。
ダビは、肉片にまで解体され、動物に食われるか、薬品に溶かされるか、腐った海に沈められるか、ともかく跡形もなく消えるのだ。
それも、金の問題ですらない…。
ただ、この赤く髪を染め、強化ビニールの服を着た少年が、初めて手にした金属を使って、人体を切り刻みたい…。
それだけが目的だ。
ダビに、身を守る術はない。
赤い少年は、ダビより頭一つ大きいし、筋肉も発達していて、しかも金属を持っているのだ。
ダビにあるのは…。
ふと、気づいた。
土地勘だ…。
そもそも誰も知らないと思って、動物園に回り込んだのだ。
彼は、金持ちだが、アメ横で見かけた事はない。
アメ横に住んではいないよそ奴だ!
奴は、住んでないから、ここへ金属を使いに来たのだ。
住んでいないところなら、仮に多少の目撃者があっても安全だからだ…。
ダビは考えた。
アメ横で見かけない奴が、こんな派手な姿でアメ横を歩けるだろうか?
歩けるはずはない!
歩けば、誰かに見られるし、アメ横に彼を守る鉄火屋はいない…。
と、すれば…。
車を使ったのだ。
おそらく、不忍池の先か、鶯谷か、あの辺から来たはずだ!
ならば、この動物園の、上か下に、車を待たしているはずだった!
ここで時間のかかる解体をしたりするはずはないし、初めて金属を使うガキが、専門知識のいる解体など出来るはずもない。
人通りは少ないとは言え、アメ横はこいつのシマではない。
殺し、思う存分、金属の切れ味を試したら、すぐに車に運び、解体屋に持っていくつもり…。
そうに決まっていた。
ならば上野の山に登るだろうか?
たいした高さは無いとはいえ、傾斜のキツいところもあり、しかも山の上は人目がある。
昔、ダビもそうだった浮浪者が、たくさん住んでいるからだ。
不忍池なら、バザーが終われば、あとは芋掘りがいるくらいだろう。
上だ…。
ダビは、なんとか自分を遮って刃物を光らせる赤毛を交わして、上に登らなければいけなかった。
不忍池に逃げると見せかけ、東照宮を昇ろう!
土地勘の無い赤毛は戸惑うだろうし、寺では炊き出しで人が集まっているはずだ!
ばっ、ときびすを返すと、ダビは木々の中に飛び込んだ。
「あ、まて!」
少年は、ダビが金を差し出し命乞いをすると思っていたのか、慌てて追った。
手には、金属が冷たく光っている。
戦争で磨かれたカルキン加工の金属は、触れただけで指ぐらいは落ちてしまう。
ダビは小枝の多いツゲの気の間を走り抜けた。
金属は、容易にツゲの小枝など落とすが、多分赤毛はそんなに雑には扱わないはずだ。
金属は、鋭いが、その分、下手が使えば、曲がったり折れたりする。
だから金属は長くても三十センチほどの長さなのだ。
扱いが難しい。
大丈夫、東照宮までは五分とかからない。
ダビは己に言い聞かせた。