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荼毘の蠍  作者: 六青ゆーせー
1/2

1ダビの卵

 真っ赤に錆びた高架鉄橋が、ボロボロと破片を無数に落としながら、満載の列車をどこかに運んだ。


 ヒビだらけのコンクリートに食い込むように、何肉か判らない油臭い肉片に、大量のスパイスと醤油で味をつけた串焼きを、真っ黒い煙を上げて客に提供する路上飲み屋が、肉の上に落ちた錆びを、可燃プラスチックが燃え上がる焼き台に叩きつけて、払い落とした。


ダヒは酔客たちから離れた路地の入り口で、冷飯に肉とタレをかけた肉丼を、素早く腹に入れていた。


この町では、いつ何時、一人でいる子供に目を付ける大人が現れるか判らない。

ズーファは、頭の禿げ上がったデブに捕まって、もう三日も帰ってこない。

たぶん永遠に帰らないか、いつか大川の汚水にまみれて、売れる臓器を全て抜かれて流れてくるか、さもなければ娼婦になって浅草にいるかだろう。


どのみちダビとズーファが生きて会うことは、多分もうない。


ズーファがいなくなって、多少広くなった隠れ家に早く帰らなければならないが、ダビは夜の飯は抜かない主義だ。

動けなくなれば、そこが墓場になる世界で、小銭を惜しんで腹に物を入れないなんて馬鹿のすることだ。


ダビは三分でドンブリを舐めるように飯を食べ尽くすと、酔客を避けて高架下の裏口からドンブリを厨房の皿洗い少年クワイに返し、


「ちょっと待ってな…」


クワイは、店主の目を盗んで競馬新聞の切れっぱしに酔客が残した肉片を三つ、くるむとダビに渡した。


「済まない、クワイ」


「また、シケモク頼むぜ」


ウインクして、クワイは皿洗いに戻る。


クワイは御徒町の女郎屋の子供だったので、線路下で仕事ができた。

ダビは上野公園で野宿していた老人が唯一の肉親だったので、爺が死んだあとはアメ横に住み着いていた。


大きな戦争があってから、世界は変わったものらしい。

どう変わったのか、など戦争の後に生まれたダビは知らない。


競馬新聞の散乱した夜の町を、隠れるようにダビは小走りに進み、焚き火を囲んでいる浮浪者の間に入り込んだ。


「オロチが勝つに決まってるだろ。

ヘイスケなんて、青二才だよ!」


酔った親父が怒鳴っていた。


「オロチって言うのは、何歳だったかなぁ…。

もう、いい歳じゃなかったかね…」


両目が、垂れた目蓋の下に覆い隠されたような初老の男が、のんびりと反論した。


ダビにとっては、オロチもヘイスケも、格闘技もどうでもよかった。

そんなものは、ただの賭け事だ。

金に余裕のある連中の遊びの種だった。


焚き火の奥は崩れた陸橋が、死んだ巨大な蛇のように横たわり、その奥は戦前から残ったビルが、廃墟同然に建っているが、ここはヤマチューの縄張りなので、誰も入ってこない。

ヤマチューはアメ横で手広く仕事をしている鉄火屋で、ナカギンビルの上階に住んでいる金持ちだ。


部下が三千人いるらしい。

その一人、ガイスンがこの廃墟の主で、ダビは、ガイスンのネズミだった。


ネズミだからガイスンが気に入らなければ、いつでも殺せるが、ガイスンのネズミなのは誰でも知っているから、ガイスン以外がダビに危害は加えない。


ダビは、ガイスンに言われた通りに掃除をし、床をピカピカに磨き、焼け跡から床下に入ると、集めた布切れの中にうずくまった。


「なんだ?」


背中に固いものが当たったので、身をよじって手に取ると、ダビの手に収まるほどの球体だった。


「…卵…?」


アメ横で高値で売られている鶏卵とは違っていたが、ダビにはそれは卵に見えた。


ズーファが昔、卵を脇の下に挟んでおくと、孵ると話していたのを思いだし、ダビは球体を脇の下に挟むことにした。



夜が明ける前にダビは起き出し、アメ横を通過して上野の山を歩く。

金が落ちていれば儲けものだし、空き瓶は売れる。

なかなか無いがプラスチックを拾うこともある。

燃料は、いい金になる。


何人か、いつものように死体が転がっていた。

みな、あらゆる金目の物は既に抜き取られた肉片だ。

この辺に転がっているのは、死亡届けの出ない宿無したちだ。

隠す必要もない。

捜査もされない、本当の肉片だ。

すぐに回収業者が来て、きれいに片付けてしまうだろう。

後には、血痕ぐらいしか残らないが、数日で砂やチリが、それもきれいに消し去っていく。


集めた拾い物は、不忍池の脇にある塔で、バザーにかけられる。

ダビは、大きな硬貨を三つ、銀の硬貨を二つ、手にした。


「なんでこれが茶色い高架なんだよ!プラスチックだろ!」


チビのギギが仲買人に食って掛かった。


「馬鹿か!

これは土にかえるプラスチックなんだよ!

価値がねーんだ。

半分、溶けてるじゃねーか!」


燃料は高価だが、外れもある。

土にかえる、偽物のプラスチックを間違えて、後生大事に持ってきたら、茶色い硬貨でも、まだ謂いほうだった。

白い硬貨にもならないときもある。

だからダビは、瓶を中心に、手堅く集める事にしていた。


大きな硬貨三つは、大収穫だった。

特に、小さいが手の込んだ細工のガラス瓶が貴重だったらしい。


だが、金を持ってるのを知っているバザー帰りの子供は、用心を怠ってはならない。


ダビは、人気の無い動物園の方を通って、迂回してアメ横に帰ることにした。


そこは、何故、動物園というのか誰も知らない、動物などいない森林だった。


上野の山でも、一番人の通らない辺りだ。


だがダビは爺とこの辺に住んでいたので、土地勘がある。


大きなモジャモジャな木の横は、楽に登れる。


だが…。


ツキのあるときは、悪いツキも呼ぶものだ。


「おい小僧。

金を置いていきな…」


しっかりした強化ビニールの服を着た、金持ちそうな子供だった。

髪を、きれいに刈り、とかしていた。

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