93.火の章・シンニ
シンニが目を覚ました時、横には心配しているアキラがいた。
ここは、東昇帝国の火山地帯にある神義庁の療養施設だ。夜来浜港で|青輝高速艇≪シリウス≫が襲撃されたので、念の為シンニの身柄を安全な場所に移す目的でこの場所が選ばれた。
アキラが言う。「いくら|怒累血絵≪ドルチエ≫家の血筋だからといっても無茶だ。」
|死天女≪カーリー≫にシンニが搭乗した事に対してアキラが言う。
シンニが答える。「私は、導かれただけ。」
あの死天女と呼ばれる深層機械武装と、シンニは共振し、半ば無意識に敵の機械武装と戦い、倒した後、シンニは意識を失った。
そして気がついたらベットの上にいる。
アキラが聞く。「怒累血絵家の秘伝の奥義を受けるか?」
このままではシンニが危ない。シンニが|死天女≪カーリー≫に意識を飲み込まれないようにする為にアキラができる事は1つしかない。
それが、|秘伝の奥義≪モ・タントラ≫を授ける事だ。
アキラは地別土の本格的伝承を受けた行者である。
だからその生涯において内弟子(秘伝の奥義を伝える対象)はせいぜい二人までである。アキラは今まで一人も内弟子はとっていない。
秘伝の奥義を受けることは、人の意識を人ならざる意識へ変化させることでもあり、これは内弟子にしか伝承しない。
ただ、奥義を受ける事と人として幸せに成れるかはどうかは別だ。
しかし、すでにシンニは死天女に選ばれている。前回はたまたま人として戻る事ができたが、次回もシンニが死天女に搭乗して無事ですむとは思えない。
アキラはシンニに死天女に搭乗する危険と秘伝の奥義を受けることの内容について説明する。
アキラは、シンニが答えるまで待つ。しばし時間が流れる。
シンニが言う。「受けます。」
アキラが聞く。「本当にいいのか?」
シンニの頭に祖母の言葉が蘇る。
(お前は生き残れ。)
シンニが言う。「はい。生き残る為です。」
ここにアキラの内弟子シンニが誕生する。
約1ヶ月後、ノンとナナ子がアキラとシンニが瞑想している部屋を訪れた
アキラとシンニはすでに夫婦となり、性愛術の訓練をしている。ナナ子が言う。
「やはり地別土のラマ教は、東に伝播した密教(ミトラ教)の1つではコン?」
いわゆる大乗非仏説である。ブッタは大乗経典を語らなかった。大乗教の内容は密教(ミトラ教)の説明である。
だから性愛術がある。
ブッタは解脱を説明した。その内容は阿含経と言われるが、阿含経に|性愛術≪タントラ≫はない。
逆に、大乗教には|性愛術≪タントラ≫がある。より良い社会とその為の技法を説明する以上は当然の帰結だ。
そして、大乗教には解脱がない。
つまり解脱に興味があるか、|性愛術≪タントラ≫に興味があるかが分岐点になる。
アキラが言う。「私には分からない。ただ私は彼女が生き残れるように奥義を伝えるだけ。」
ナナ子が聞く。「解脱は諦めたコン?」
アキラが言う。「目の前にいる女一人守れない解脱に興味はない。」
アキラは妻帯不可運動による霊力喪失を嘆いており、地別土独立の為には、性愛術で怒累血絵家の血に流れる密教の力を復活させるつもりだ。
ノンが不満そうに言う。「ぜんぜん分からないワン。」
ナナ子とアキラの話が専門的なのでノンには全く分からない。
ナナ子がアキラに聞く。「現実社会に興味を持ってもいいのでは?」
アキラが言う。「確かにそうだ。」
ナナ子が言う。「ならば会ってみますコン?」
ナナ子がドアを開けて荒羅独立派の亀族、トルグが入ってくる。ナナ子のところへ宮脇強子教授からの紹介で来たのだ。
トルグが言う。「我らは共に|均一主義≪コミュニズム≫大国の犠牲者だ。共に戦うことを考えてほしい。」
共通の敵なのだから協力できるのではということだ。
アキラが言う。「まず、我ら地別土に話をする前に、荒羅の人々はどうしたいのか自分たちで話をするべきでしょう。」
荒羅の地域は、黄色系の亀族もいれば、荒利系のラクダ族もいる。さまざまな種族があり、さまざまな地域がある。同じ一神教徒であり、みんな強制収容所で迫害されているが、基本的にバラバラな行動基準である。その点についてアキラが指摘したのだ。
ノンが言う。「共存ワン。」
荒羅の一神教徒の中には過激派がおり、偶像を破壊している者たちもいる。一神教徒にしてみればアキラたちは偶像を崇拝しているのである。信仰の共存がなければ協力も難しい。
トルグが言う「考えてみる。」
今までの行きがかりがあり、トルグは考える。
その時、神義庁の療養施設に警報が鳴り響く。
外で警戒についていた機械武装兵たちの搭乗員が胸に穴を空けて死亡する。
風音から連絡が入る。「緊急事態ですカン。至急出撃カン。」
ノンが元気に答える。「了解ワン!」
ノンにしてみれば、難しい話で元気が無くなりかけていたが、元気を取り戻したのだ。
まず円盤型機械武装と犬型機械武装でナナ子とノンが出撃する。
しかし、今までと同様に敵には光学迷彩が施されているので敵の姿が見えない。
ノンたちを襲撃しているのは、大火竜という大型機械武装である。大火竜の特長は微細波攻撃による攻撃である。
その微細波攻撃に使うエネルギーを発生させる原子炉がそれなりのサイズであるので、大火竜のサイズもかなりのサイズになる。そしてその能力は攻撃だけでなく、マイクロビームを使用した分析にも利用できる。
さっきも警備していた機械武装兵たちを分析して搭乗員の場所を特定し、マイクロビームを集中させて倒した。その上、光学迷彩で姿を見えないようにしている。
中型飛行体に乗っている透明兵士、孔猛子は心の中で思っている。
(いったいどこまで五毒を揃えるつもりだ。)
均一主義大国は、頭脳主義大国と世界の覇権を争っている。
その均一主義大国の弱点が五毒である。
その内、地別土の関係者であるアキラ、本港関係者の将小華、更に荒羅のトルグがここに集まっている。更に李整義は台話国独立派であり、法理講のメンバーだ。
孔猛子から見れば、ノンたちの行動は越権行為であり内政干渉である。
(許しがたい暴挙だ。)
孔猛子はそのように判断する。
しかし、東昇帝国の政治体制は自由主義である。信仰の自由、思想の自由があり、言論の自由がある。
だからこの国では台話国が独立国であると言う権利はあるのだが、それは|均一主義≪コミュニズム≫大国の国家危険排除法では、有罪である。
ノンたちにすれば言論の自由を否定されるので、むしろ越権行為であり内政干渉である。
共に内政干渉だと考える両者ではやはり武力での決着になる。
ノンは噴霧塗料ミサイルを発射する。噴霧塗料ミサイルは周囲を七色の煙で視界を無くす。
ノンたちも、敵の機械武装が光学迷彩を施されていることを予想して光学迷彩を無効化する為、噴霧塗料ミサイルを用意している。
(なんだこれは?)
孔猛子が自分の光学迷彩に色が付きだすのを見る。
(光学迷彩が無効化される。)
これには、中型飛行体の透明兵士、孔猛子が慌てる。自分が見つかる危険があるので、大火竜を自動運用に変更してその場から去る。
見え始める大火竜は首長竜のような姿で、口からマイクロビームを発射している。
ノンはレーザー砲で攻撃するが、表面の破壊しかできずすぐ大火竜は再生する。大火竜は全身が再生可能で、目を破壊してもすぐ再生する。
ノンが言う。「きりがないワン。」
ナナ子が言う。「少しは考えなさいコン。」
ノンが必死に考える。ノンがナナ子に言う。
「あいつの尻尾ワン。」
尻尾の位置についた犬型機械武装が大剣で大火竜の尻尾を切る。そこで尻尾が切れて尻尾の断面にレーザー光線を発射する。
その瞬間、大火竜の尻尾が落ちる。大火竜は自ら尻尾を落として弱点を無くす。
外では大火竜とノンたちが戦っている。
アキラとシンニは、療養所の格納庫の中にいてその様子を見ている。彼らの前には死天女がある。
シンニがアキラに言う。「行きましょう。」
二人が全裸になり搭乗して合体する。そして神炎を覚醒させる。
死天女の第三の目が開く。
ノンとナナ子が逃げながら攻撃しているところへ、死天女が現れる。
本来は軍女神が初期起動するので、時間がかかったのである。
操縦席でアキラとシンニは合体している。
|死天女≪カーリー≫がドクロを掲げる。
大火竜が死天女にマイクロビームを発射するが、全てドクロに吸い込まれる。
マイクロビームが効かないと分かると、大火竜がその巨体の足で死天女を踏み潰そうと近づく。
その時、大火竜の足に犬型機械武装が大剣で切りつける。
本来ならマイクロビームで犬型機械武装を破壊できるのだが、マイクロビームが死天女のドクロに吸い込まれている。しかもマイクロビームだけでなく、大火竜全身からエネルギーがドクロに吸い込まれる。
いままでは、再生していた足が切られたままである。
切り口にノンがレーザー光線で攻撃し足を吹き飛ばす。
その破壊されたところへ、ナナ子が火炎放射をする。
ドクロは大火竜のエネルギーだけを吸い込まみ、ノンたちは影響を受けない。火炎が大火竜の胸部を熱で赤くして大火竜が爆発する。
戦闘は終ったが、いくら待っても死天女からアキラとシンニが出てこない。
ノンが一言、「二人は長過ぎワン。」
(面倒くさい話)
チベット密教をラマ教としている理由は、釈迦の阿含経を中心としていない為、大乗教の一部として考える仮説に基づく。
また、アキラが性愛術による霊的力を持とうする理由は、かつてモンゴル帝国が世界帝国を構築した要因の一部に、性愛術を利用したラマ教があったからという仮説に基づく。




