86.パンテラ
ジャンヌが正十字架の前にひざまずいてから既にずいぶんと時間が経っている。足が限界で震えているにも関わらずジャンヌはまだ祈ることを止めない。
しかし、ジャンヌに神の声は聞こえていない。
かつてはジャンヌが祈れば、直ぐに声が聞こえていた。
今はジャンヌに神の声は聞こえない。
(私は何をなすべきですか?)
何回、何十回、何百回目かもしれない心の中での質問だが、何も聞こえない。
もちろん、アスクレピオスなどに言われて自分で考えようと努力している。それでも神の声に頼りたい自分がいる。
「どうして何も言わないのですか?」
ついにジャンヌが声を出す。
「どうしたのワワン?」
ノンが心配してジャンヌの近くにくる。
かなり疲れた表情のジャンヌの顔をノンが見る。
ジャンヌもノンを見る。
ノンが心配してジャンヌの手をペロっと舐める。
ジャンヌの表情が明るくなる。
ノンがペロペロとジャンヌの手を舐める。
ジャンヌがノンをつい抱き締める。ジャンヌが言う。
「声が聞こえないの。」
ノンはジャンヌの顔が近くにあるのでジャンヌの顔をペロペロする。
「自分で考えるべき。そういう事では?」
ジャンヌが声のした方を見るとそこには、豹の仮面をした戦士とナナ子がいる。ジャンヌに声をかけたのは、豹の仮面の戦士だ。
「私はパンテラ、戦士だ。」
神族の戦士はケルソス・パンテラという。彼の息子であるイエシユアの呪いを解く為に、イシスの舟にやって来た。
パンテラの後ろにいたナナ子はジャンヌを舐めたノンに怒りの目を向けている。
(不味いワン。不味過ぎるワン。)
ナナ子はノンがナナ子以外の女性を舐めていることに怒っている。
(直ぐにナナ子をハグするワン。)
ノンはナナ子の怒った表情を見てジャンヌから離れてナナ子に駆け寄る。そしてナナ子に抱きつく。
「浮気じゃないワン!」
パンテラがジャンヌに近づく。
「いつまでも子供では困るのではないか?」
子供の内はいろいろ助けるが、何時か子供は自立しなければならない。それと同じように自立するべき時がジャンヌに来たので聞こえなくなった。パンテラはそのようにジャンヌに説明する。このような説明はアスクレピオスからも聞いている。
「でも、どのようにして判断すればいいのですか?」
実際に判断しようとするとすぐに問題が出てくる。もちろん最初は自分で考えようとするが、やはり行き詰まる。
「自分と現実を基準にすれば?」
「聖典ではないのですか?」
ジャンヌが思わず聞く。ジャンヌはしばしば聖典に答えを搜すので聞いてしまう。
「全ての聖典は、書いた人の書いた時代においての現実の説明だ。貴女の現実ではない。」
ジャンヌが暫し考えてから言う。
「考えてみます。」
ジャンヌは立ち上がり部屋から出ていく。
パンテラがナナ子に言う。
「さあ、探しましょう。」
ナナ子とパンテラが正十字架の下を探す。そしてナナ子がスイッチを見つけて入れる。
正十字架しかなかった部屋にいろいろな装置が現れる。
ナナ子が言う。
「これで海底でも行けるコン。」
実は、正十字架のある部屋は海底航行用の制御室である。
その事をパンテラはノンたちに知らせる為にこの部屋に来た。
今度の要塞は海底にある為、イシスの舟も海底へ潜行する必要がある。
ただその部屋は、正十字架しかなかったのでジャンヌが祈祷室と勘違いして使っていただけだ。
今日はノンたちが部屋を調べる事をジャンヌに知らせる為、ノンが先に部屋に入ったのだ。
ただ、そこでノンがジャンヌを元気づけようと舐めたのは予定外だ。
ノンが言う。「許してほしいワン。」
ナナ子に睨まれたノンは腹だしして全面降参する。ナナ子も腹をだし床に転がるノンを見ると笑う。
そこへアクスペリオスが来てパンテラに言う。
「やっと息子の呪いが解けるな。」
パンテラが言う。「ああ、やっとだ。」
アクスペリオスは、パンテラにノンたちがイエシユアの呪いを解こうとしている事を説明し、パンテラに協力を要請した。
その結果、イエシエアの事を諦めていたパンテラがここに来たのだ。
ノンが言う。「全ては、これからワン。」
アクスペリオスも、パンテラも、ナナ子もノンも笑う。
海底都市は、普通の潜水艦では潜れない深さに作られた人工都市である。その海底都市周辺では有毒ガスが立ち上るが、その中にサルデ要塞はある。
このサルデ要塞の司令部にイエシユアの上半身象が最近持ち込まれた。
いつもは非常に重要な財宝などがここに持ち込まれる。もちろん大量の金塊は山と積まれている。
サルデ要塞の最も奥にある司令部でイエシユアの上半身像を見ながら機械人間のアバドン盗賊頭は思う。
「いくら駄犬でもここまで来ることはできまい。」
アバドン盗賊頭は脳以外は全て機械である。しかも硬い金属で外側を覆い、まるで蠍のような外見だ。アバドン盗賊頭以外は全て蠍型機械兵である。姿は頭から尻尾まで蠍である。
アバドン盗賊頭は、戦闘用の大きなハサミの腕二本と通常の作業用の腕が左右三組ある。
ただアバドンの頭部は人であり、配下を操作する為、金色に光るアンテナが冠のように光る。
彼らは全て自立型機械兵であり、総数は五万台を超えている。アバドンはイシスの舟が海底都市にあるただ1つの港に現れたら、蠍型機械兵の圧倒的な数でノンたちを倒すつもりだ。ノンたちの兵力はせいぜいイシスの舟に乗せることができる人数しかいない。その人数をアバドンは千人未満と推定している。
それに対してアバドンは蠍型機械兵だけで五万、サルデ要塞守備に六千である。蠍型機械兵は、サイズは三メートルと|深層機械武装≪シン・メカアーマー≫より小型だが、数が圧倒的だ。もし、ノンたちが現れても、弾切れか、エネルギー不足か、肉体の限界でアバドンは勝てると推測している。
アバドンが言う。「負けるはずがない。」
それにアバドンは例え五万の蠍型機械兵を全滅させても、この横に置いてあるイエシユアの上半身があれば、負けではないと云われている。最悪でもこの上半身を持って秘密の地下通路から逃げればいい。
「負けるなど有り得ない!」
アバドンは低い音を出して嗤う。
アバドンが海底都市のある大洞窟を五万の蠍型機械兵で埋め尽くしてノンたちを待ち構えている頃、イシスの舟にノンたちの待ち人が来る。神族のマグダラ・マリアだ。
パンテラがマリアに言う。
「お待ちしていました。」
イシスの舟は七つのチャクラを覚醒した者が三人いれば基本は動かせる。つまり飛行、レーザー砲等である。
しかし、本当の能力を使うには更に上位の霊力を持っている神族の女性が三人必要だ。
その三人(モエ、ジュデイ、そしてマリア)がイシスの舟に揃った。
パンテラの後ろにいるジュデイが自己紹介する。
「やっと会えましたね。」
マリアが言う。
「会うべくして会うというところですね。」
モエは謙遜して言う。
「御二人には及びませんが宜しくお願いします。」
パンテラが言う。
「では、私は準備をしますので。」
パンテラがその場を去る。
イシスの舟が海底大洞窟にある港に姿を現す。
その甲板にはノンの犬型機械武装とナナ子の円盤型機械武装を始め、アクスペリオスの人型機械武装、ミツルとカオル姫の|軍女神《ドルガー》だけでなく、虎型機械武装に搭乗したパンテラもいる。
虎型機械武装は、ニコライの搭乗していた獅子面機械武装の本来の姿である。ニコライでは、本来の能力を発揮できなかったがパンテラに変わりその本来の姿を取り戻した。
獅子面機械武装の本来の能力は軍女神を乗せて飛行できる虎型機械武装なのだ。
「行くワン。」ノンがナナ子に言う。
「分かってるコン。」ナナ子が言う。
円盤型機械武装に噛みついた犬型機械武装が出撃する。
円盤型機械武装から火球が蠍型機械兵へ発射されてる。蠍型機械兵が何台も炎上する。ノンは大きな盾で蠍型機械兵の攻撃を防ぎつつ、巨大な貝採り熊手を引きづる。
貝採り熊手は高圧電流が流れているので接触した蠍型機械兵は動かなくなる。何台か動かなくなったらノンたちは反転してイシスの舟へ戻る。
そして虎型機械武装のパンテラがドルガーに搭乗しているミツルとカオル姫に声をかける。
「お楽しみ中だが行くぞ。」
「分かってるブヒ。」カオル姫が甘い声で答える。
ミツルとカオル姫は狭い操縦席で合体している。
軍女神の下に虎型機械武装が移動して浮遊する。
軍女神から火炎と電撃が蠍型機械兵に向け炸裂し、一部に空間ができる。そこへ虎型機械武装が軍女神と共に着地する。
虎型機械武装の口からレーザー光線が発射され辺りの何十台もの蠍型機械兵が破壊される。
軍女神からも幾つかの攻撃が辺りの何十台もの蠍型機械兵を破壊する。
蠍型機械兵の機銃やバズーカによる攻撃は、ノンたちの|深層機械武装≪シン・メカアーマー≫には効果がなく、ただただ蠍型機械兵たちは破壊されてる。
その様子を見ているアバドン盗賊頭はあくびをしている。
「想定通りで飽きるぜ。」
画面から離れてビールとおつまみを探しに部屋を出る。
蠍型機械兵たちは五万である。例え何百台、何千台破壊されても全体としてはダメージにはならない。
イシスの舟から電磁破壊弾が発射され、蠍型機械兵の頭上で爆発する。しかし、蠍型機械兵は自立型機械兵であり、対電磁対策されているので影響がない。
イシスの舟の甲板では、ノンが引っ張ってきた蠍型機械兵に鎖を刺して人型機械武装がイシスの舟に近づく蠍型機械兵にぶつけている。
凄い数なので剣を使うと歯こぼれしてしまうので蠍型機械兵で蠍型機械兵を壊している。
ノンとナナ子は、また巨大な貝採り熊手で蠍型機械兵を動けなくして、また採集する為に出撃する。
何時間にも及ぶノンたちの蠍型機械兵の破壊でもまだまだ蠍型機械兵はサルデ要塞と港の間を埋め尽くしている。
ノンたちは、既に一万台以上破壊しているはずだか減少している感じがしない。
実は、サルデ要塞の守備に回した六千をそのままイシスの舟への攻撃に参加させ、更にサルデ要塞内で蠍型機械兵を急遽増産して千台を投入している。
アバドンはノンたちの体力と気力を絞り尽くす作戦でいる。
サルデ要塞の部屋でアバドンは画面を見ながら機械音の声で嗤う。
「もうそろそろ体力も気力も限界のはず。」
アバドンが大きなあくびでイエシユアの上半身から目を離した。そして目を再びイエシユアの上半身に戻す。
その時、イエシユアの上半身を持って部屋から出て行く蠍型機械兵たちを見つけ怒鳴る。
「バカ野郎。なぜ持ち出す!」
アバドンが一番上の腕のバズーカでイエシユアの上半身を持っている蠍型機械兵を攻撃しようとした時、周囲の蠍型機械兵たちが一斉にアバドンを攻撃する。
「何をする・・・」
途中でバラバラになり、アバドンは声が出せなくなる。
実はイエシユアの上半身を持って部屋から出て行く蠍型機械兵たちは、蠍型機械兵の外装を纏ったジャンヌたちだった。
ジャンヌ、ユダ、将頼、モモ子は、ノンが巨大な貝採り熊手で集めた蠍型機械兵の外装だけ着けてサルデ要塞に侵入していたのだ。そしてアバドンの部屋の本当の蠍型機械兵たちを一人ずつ排除してさっきアバドン以外は全部入れ替わり、イエシエアを持ち出そうとしたところをアバドンに見つかったのだ。
また、ノンとナナ子はわざわざ巨大な貝採り熊手で蠍型機械兵を集めていたのは、ジャンヌたちの偽装の材料を集める為だった。
ユダが言う。「さあ、急ぎましょう。」
ジャンヌも言う。「そうね。こいつは本体のコピーかも。」
ユダが念の為、アバドンを破壊する。
既にサルデ要塞の格納庫に電源が入りアバドン盗賊頭が最後に見た映像が大蠍型機械武装のアバドンの脳に伝送されている。
アバドンが行動不能になると最新データを反映して、大蠍型機械武装が稼働するようにセットされていた。
司令部にいたアバドンはクローンであり、こちらが本体だ。見た目は大きさ以外は同じにしか見えない。
|大蠍型機械武装≪アバドン≫は、倉庫から出て、イエシユアの石像を探す。
しかし、ジャンヌたちは無数の蠍型機械兵に混じり見分けがつかない。
「もはや不要。」
大蠍型機械武装が蠍型機械兵に最期通知を出す。一斉に蠍型機械兵が自爆して辺りが爆煙に包まれる。
蠍型機械兵が自爆した後に残るのは、宇宙強化服を着けているユダ、ジャンヌ、将頼、モモ子と獅子族たち、それに|深層機械武装≪シン・メカアーマー≫である大蠍型機械武装、|犬型機械武装≪コーギー≫と|円盤型機械武装≪フレスピー≫、虎型機械武装とそれに乗った軍女神だ。
|犬型機械武装≪コーギー≫が十字剣でアバドンに斬りつける。
|大蠍型機械武装≪アバドン≫は、その巨大ハサミで十字剣を受ける。
まだユダたちはサルデ要塞から出たばかりである。その状況で蠍型機械兵たちの自爆に巻き込まれていた。まだ味方の|軍女神≪ドルガー≫まではかなり離れている。
ユダは、白く輝く宇宙強化服で手に透明なケースを持っている。
ユダの|宇宙強力服≪スペースパワー≫は宇宙での戦闘用なので蠍型機械兵の自爆でも大丈夫だ。
しかし、ユダ自身はまだ爆発に巻き込まれた衝撃で体が動いていない。ユダが持つ透明ケース中には上半身らしきものが見えている。
さっきまでは透明ケースは蠍型機械兵の色と同じ色の布で隠されていたが、爆風で吹き飛んでいる。
大蠍型機械武装が言う。
「ミイツケタ。」
大ハサミでユダから透明ケースを取り上げようと手を伸ばす。
しかし、その前に軍女神と虎型機械武装が現れる。
パンテラが叫ぶ。
「取らせない。」
大蠍型機械武装が言う。
「ジャマダ。」
軍女神の攻撃と大蠍型機械武装の攻撃が激突する。虎型機械武装のレーザー砲による攻撃を大蠍型機械武装は耐える。
その間にユダたちがイシスの舟へ向う。しかし、彼らの前に大蠍型機械武装の尻尾が現れる。
ユダを尻尾が狙い突き刺そうとする。
ユダがもうだめかと思った時、ユダの前に大盾を持ったノンが現れる。
そしてユダたちが逃げ、イシスの舟まであと少しとなったところで大蠍型機械武装が煙幕をはり周囲が煙に包まれる。
アクスペリオスが叫ぶ。
「罠だ。やつは分裂して来る。」
大蠍型機械武装は頭部と手と尻尾を本体から分け、透明ケースを狙う。
アクスペリオスが操る本来の人形を使い|大蠍型機械武装≪アバドン≫の手を破壊する。ノンも大蠍型機械武装の尻尾を斬りつける。
もちろん虎型機械武装も軍女神と共にユダたちを守ろうとする。
それをノンたちが破壊している間に手の一つがユダの透明ケースを貫く。ユダは衝撃で透明ケースから手を離す。
大蠍型機械武装の頭部へ手の一つが透明ケースを近づける。
頭部が言う。「コレデオワリダ」
頭部が透明ケースを噛み砕く。
透明ケースが爆発して頭部が壊れる。
壊れた頭部が叫ぶ。「ダマシタナ」
|軍女神≪ドルガー≫が頭部を虎型機械武装に乗って足で潰す。
グエー。
ユダが持っていたのは、囮であり、中身は爆発物だが上半身のように見える石像の上半身が容器に入っていた。
本物はジャンヌが光学迷彩のケースで運んでいる。
ユダは将頼たちに助けられイシスの舟へ戻る。
医務室でユダが休んでいるところへジャンヌが現れる。
ジャンヌが言う。「大丈夫ですか?」
ユダが言う。「はい。もう大丈夫ですよ。」
ユダの表情が寂しいのでジャンヌが聞く。
「何か残念そうですが?」
ユダが言う。「イエシユアにまた会いそこねたのでね。」
ジャンヌが言う。
「まだ、逝くのは早いですよ。」
ユダも笑って言う。「分かっている。」
(面倒くさい話)
ここで新たに登場するパンテラについてのイメージは以下の本から受けています。
【神の系譜Ⅱ 真なる豹】西風隆介 著 徳丸書店
ここで詳細は上記の本を読んでもらうとして、ポイントはユダヤ教の『ミシュナ』に「イェシュー・ベン・パンテラ」(意味はパンテラの息子であるイエス)と記述されている点です。
さらに言えばイエスの父親がヨセフであるという記述が聖書にない。
それは聖霊だからとされるが、実は父親はパンテラであるからという口伝がほぼ同時代にユダヤ教のラビによって書かれている点です。
このようなイメージで書きました。




