8.入滅帝札と|工作員《スパイ》
ノンたちが公園でサラと会った日より、数日前の深夜、曾てフリーターであり、今は無職であるゴリラ族の男が箱を開けた。彼がやっと手にいれた箱の中身は入滅帝札だった。
彼は箱から札を出し包装してあった袋を破る。何か暗い気配があたりに拡散して、只でさえ暗い部屋を更に暗くする。
「一枚、二枚、三枚、四枚、・・・・」
袋の中身をすべて数えた彼が呟く。
「一枚、足りない。」
彼が再び札を数え、やはり最後に呟く。
「やっぱり、一枚足りない。」
彼は既に、三ヶ月以上他人と話していない。多くの人は三ヶ月以上、他人と話し合いをしないと強度ウツ病になることがある。
まだこの国に余裕があった頃には、人と人の関係はこれ程、乾いていなかった。だが今は砂漠のような世界競争の社会である。
その上、彼には小さい時から父も母もいなかった。彼は叔父夫婦に小さい時に引きとられ、叔父夫婦の子供たちと一緒に育てられた。
一緒と言っても、彼は自分の中にある衝動を抑えることが出来ず、しばしば暴れるので叔父夫婦は、いとこたちと同じ私立学校へ行かせる事を諦め、庶民学校だけしか行かせなかった。
彼はストレスが溜まりやすく、しばしば叔父夫婦にも怒鳴りフリーターも長く続かない。世間は既に世界競争の時代であり、彼のような存在を見守る余裕はなかった。
彼は、小さい時から何度も母について叔父夫婦に聞いた。しかし叔父夫婦の答は只一つだけ。
「それは話せない。」
何度も何度も、数えるのも忘れるほど聞いたが、答は同じだった。彼の中には、困った時、悲しい時、嬉しい時も母に会いたかったのに叶う事はなかった。
その結果、彼は生きているうちに、母に会う事はできないと思いこむ。そして、もしかすると死んだら会えるかもしれないと思い始めた時、世界売店で入滅帝札を見つけた。それは、見るからにまがまがしい絵柄であった。そしてそれは彼を死に導いてくれるように見えた。
彼は、入滅帝札を見ていると破壊衝動が抑えられず、その日のうちに猫を惨殺し、いとこたちが通っていた私立学校の生垣に猫の死体を投げこんでいた。
そんな彼に近づき、彼の前に工作員が現れる。孤独で死にたいにも関わらず、死ねない彼に最後の切っ掛けを与え利用する工作員だ。
工作員は、彼にしつこいくらい通訳を殺すように念を押していた。
「通訳を殺すことで、お前の死は意味を持つ。ただ、目的を隠す為に他にも殺せ。」
通訳は、竪琴国の体制変革のリーダーと東昇帝国との間で重要な役割を果たした男である。しかも、東昇帝国と頭領主義大国は、共に竪琴国に変革について会議をする為、わざわざ頭領主義大国の大統領が東昇帝国に来ていたのである。
だから、私立学校の通学途中にいるその通訳を殺せば、東昇帝国のリーダー、頭領主義大国のリーダー、竪琴国のリーダーへのメッセージになる。
彼が入滅帝札を手にいれてから数日後、ノンたちはとうとうある家に到着し
た。そこには、猫の死体と包丁の臭いがわずかに残っていた。ノンたちが、二階にある部屋を見ると、電気がついていない。ノンたちが急いで部屋の前に上がると、扉が開いている。
ノンが叫ぶ。
「危ないワン!」
引きこもりであれば、家にこもっているはずなのに、部屋にいない。しかも扉は開いたままだ。
これは、何かする為に出かけたのではないか?
ノンたちは急いで臭いを追って移動する。
彼は、もう死にたかった。母に会いたいのに、会えない世の中は、彼にとって何の意味もない。
神愛私立学校など、彼にとっては名前そのものが許せない。
母の愛すら彼は許されないのに、何が神の愛なのか。彼の人生において神の愛など、全く感じることはなかった。
神の愛があると言っている神愛私立学校の生徒たち、いとこたちが着ていた制服を見た彼は、リュックを置く。中から包丁を取り出し、生徒とその生徒を守ろうとした通訳の男を切り裂き、そして自らの首に包丁をあてる。
「母さん、、、」
彼はそのまま首を切り、ゆっくりと意識を失う。
ノンたちが彼を見つけた時、既に彼は死んでいた。
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(面倒くさい話が好きな人への仮説:スパイ)
唐突に工作員の話が入りましたが、彼らは何でもやる組織であり、この国は彼らが大活躍した結果、失われた三十年となった。
このような危惧を持つので、敢えて記述しました。
この日本に対する工作の一部が、『IT戦争の支配者たち』 深田萌絵 著 清談社 に書かれています。この本は日本の産業地図の未来を取り戻す為の書籍の一つと考えています。