61.アスクレピオスの夢と現実
ノンたちはモンセギュー砦の会議室で、神族の擦りきれたズボンをはいているアクスレピオスと挨拶している。
ノンたちはコシモに、モンセギュー砦に行く前に、本来のミトラ教の伝承者を紹介して欲しいと依頼していた。
しかし、本来のミトラ教の伝承者は、阿鼻の地下牢に囚われていたので無理だった。
その伝承者が今、ノンたちの前にいる。
アクスレピオスが言う。
「本来のミトラ教の神とは、父なるオシリス、母なるイシス、息子であるミトラの三神です。」
アクスレピオスが説明する。
ミトラ教とは、所謂密教の源流の1つである。
東に向かった密教が大乗仏教を名乗り、西に向かった密教が闇ミトラ教会を名乗る。
どちらも実在の教祖の言葉と行動とは違って金と権力を掌握する為にその力を使っている。
一神教会の聖典(旧契約)と闇ミトラ教の教典(目次録)をつなげる為に、父、母、息子の順番を父、息子、母(聖霊)に変えている。
ノンが聞く。「順序が違うと何が悪いワワン?」
アクスペリオスが言う。「そもそも息子が存在できません。」
父と母がいて子供ができる。父(霊)だけで息子は作れない。
ナナ子が聞く。
「霊と水と火ですか?」
アクスレピオスが頷き、説明する。
「父なる霊と母なる水、その二つの均衡によってもたらされる神炎(息子)、これが闇ではないミトラ教です。」
ナナ子が言う。「つまり、父(霊的存在)は、母(水)を媒介として現実化するということですか?」
アクスペリオスが言う。「ミトラ教の仮説です。」
サラが昔から疑問に思っていた目次録の最初の言葉について聞く。
「『いま、すぐに実現する。』この意味は何ニャン?」
サラは、教会付属の孤児院でいつもこの言葉に疑問を持って何人もの人に聞いていた。
でも、誰も納得できる説明をしてくれなかった。
だからアクスペリオスに質問する。
アクスレピオスが答える。
「ある霊地で祈る事で霊の柱が立つのです。私は生涯に三度、立ち会いました。」
つまり、条件が揃えばいま、すぐに実現する。
サラがナナ子を見る。ナナ子は、高家の秘伝書を読んでいるので、このような事象に対してある程度判断できる。
ナナ子が頷き、更に聞く。
「なぜ異端派は、様々な説明書があるのコン?」
闇ミトラ教が金と権力を握る大きな理由の1つは、異端派が様々な説で分裂してまとまらないことだ。
アクスレピオスが言う。
「例えば、ある先生がある怠け者の弟子に、怠けずに努力しろと言います。また、同じ先生が優秀な弟子には、人生は自らの心がカギだと言います。あなたは、どちらも本当の事だとしたら、どちらをその先生の言葉としますか?」
アクスレピオスは言葉の制限について説明している。
言葉はあくまで物事の一面を表現する道具である。だからある立場からの見方でしかない。
だから同じ物事でも説明する人、説明を聞く人、説明する内容が時代と地域によって様々になる。
だから異端派が様々な説を主張するのは、必然だ。
アクスレピオスの説明が終るとナナ子が頷き、ノンが言う。
「阿鼻の要塞について教えて欲しいワン。」
元々は、ミトラ教会の霊的結界が阿鼻の大聖堂には構築されている。
「もちろんです。そうしなければ西大陸は何百年もの暗黒時代になるのですから。」
これでノンたちは、闇ミトラ教会を攻略の目処が立つ。
アクスペリオスの説明が終わり、一息ついているところで、アクスペリオスがノンに聞く。
「霊的世界と物質世界は、それぞれ別の法則ですが、どうするつもりですか?」
ノンがウーンとうなる。そして言う。
「できる限りの衡平ワン。」
アクスペリオスが更に聞く。
「それでも、どちらかを選ぶなら?」
ノンが言う。「物質世界の法則が優先ワン。」
アクスペリオスが聞く。「なぜ?」
ノンが言う。「うちらは、生きているからワン。」
物質世界に生きている限り、物質世界が基本だとノンは答えた。
アクスペリオスが言う。「さあ、話すべきことは話しました。後はカギを取り戻しましょう。」
ノンが言う。「イシスの船ワン。」
ナナ子がアスクレピオスに聞く。
「あたなの夢は何ですかコン?」
アスクレピオスが遠くを見て言う。
「イエシエアの愛を語るべき人が語る未来です。」
サラが言う。
「現実は、自らの利益と立場でイエシエアを利用する人だらけニャン。」
アスクレピオスが言う。
「だから夢、遥かなる夢なのです。」
|新長十字軍≪ネオ・アルビジュア≫の残党狩りにほぼ目処がついた日の真夜中、殺死隊の駐屯地に場違いな幼児の泣き声が響く。
「ママー、ママー、ママー!」
おろおろして幼児を鉄の箱(以前は孫の棺桶と呼んでいた)からそっと取り出していつものように背中を擦りよしよしとするヨブだが、全然泣き止まない。
このロバ族の幼児がここにいる理由を話す為には少し時間を戻す必要がある。
まだ|新長十字軍≪ネオ・アルビジュア≫の食料調達部隊が寄進という略奪を開始した頃である。
風音はロバ族の村の長老に必死にハイエナ族たちの食料調達が如何に酷いかを説明している。
しかし、ロバ族の長老は理解してくれなかった。
ロバ族の長老は言う。
「イエシエアを信じる者がそのような酷いことをするはずがない。」
風音が強く言う。
「|新長十字軍≪アルビジュア≫は、口先だけの信者なのカン。」
ロバの長老が更に言う。
「そんな酷いウソつきを神が許すはずがない。」
風音はロバの長老にきつく言う。
「信じる事には、義務がある。
信じたものが本当に正しいかどうかを確認する義務カン。」
ロバの長老は気分を害し、風音を残し村の中央にあるイエシエアの像が磔になった長十字架の前に行く。
ロバの長老は跪き祈る。
「天にまします我らが神よ。どうかそこにいる迷える子羊を導きたまえ。」
風音が叫ぶ。
「無責任カン!祈る前に成すべき事があるカン!」
ロバの長老が風音を向く。
「祈るより先に何をなすのじゃ?」
風音が力の限り叫ぶ。
「この村に、全ての食料を奪うハイエナたちが来る。
村にいる家族、友人たちにこの危険を知らせ、逃げる準備をすべきカン。」
ロバの長老が言う。
「また、ありもしない話なら聞く耳はない。」
風音が余りにも分からない長老に対し泣きそうになりながら叫ぶ。
「現実を見る目も、聞く耳も持たなけば、村は死人だらけになるカン!」
ロバの長老が怒鳴る。
「黙れ!よそ者、出ていけ!」
他の村人たちも棍棒などを持って集まる。
そして口々に怒鳴る。
「出ていけ、よそ者!」
風音と共に村を訪れていた猫人族が彼女の腕を引く。
「彼らの耳はロバの耳だ。」
風音がこの村を去ってから暫くして、ハイエナ族たちの食料調達部隊が現れる。
そして、村から全ての食料を調達すると命じられてはじめて風音の言葉が本当だと彼らは理解する。
だが、理解するのが遅すぎた。
ロバ族の長老は言う。
「我らに必要な食料を残してくれ!」
ハイエナ族の百人隊長が長老を斬る。
唖然とする村人たちに向かって彼は言う。
「死人となれば食料は全部要らないよな。」
ハイエナ族たちが全ての立っている人々を殺し、食料を持っていく。
風音たちが、再度ロバの村を訪れた時には、食料調達部隊は既に去り、村に立って歩く人はいなかった。
しかし、風音がわずかな声を聞き取りある家に入る。
そこには重傷で今にも息を引き取りそうな女がいた。
風音が近づき女の声を聞く。
「誰かあの子を助けて、、、」
本人の事ではなく、子供を助けてとうわ言で言っている。
風音が女にとりあえず気付け薬を飲ませて聞く。
「誰を助ければいいカン?」
「かまどの横にある瓶を外して、中に隠した子供を出して。」
風音が大きな瓶の蓋を外すと、そこにロバ族の幼児が眠っている。
風音が幼児を抱え、女の所へ戻る。
「良かった。」
そのまま意識を失いそうな女に何があったのか風音が聞く。
女はロバ族の長老の娘で、風音とやり取りを聞いていた。
風音たちが去った後、不安になった女は万一を考えて幼児に食事を与え重い瓶の蓋をしておいたのだ。
「よく、幼児を隠したカン。」
「あなたが泣きそうになりながら叫ぶ姿を見てたから。」
その話を終え、幼児の寝顔を見て女は息を引き取る。
風音は幼児を駐屯地に連れ帰り、他の女性たちの協力を得ながら幼児の面倒を見ていた。
しかし、|新長十字軍≪ネオ・アルビジュア≫とその残党(湖の付近に捨てられたゴリラ族たち)たちの討伐があらかた終わった日の夜中、この幼児が激しい夜泣きを始める。
招霊した母親の霊から幼児の背中をロバ族のものがさすると収まると分かる。
そして駐屯地にいるただ一人のロバ族のヨブに幼児が渡される。
その後、様々な事があるがやはり同族であり、子育ての経験のあるヨブが面倒を見る事になる。
分からない事が起きたら、風音が幼児の母親を招霊して聞いて何とか幼児の面倒をヨブがみる。
ヨブが泣いている幼児の背中をさするが幼児の夜泣きが止まらない。
ヨブがおろおろしている処へ風音が現れる。
「どうすればいいかの?」
風音が幼児を心配している母親の霊に聞く。
「便が詰まっているから、お腹を擦ってカン。」
ヨブが幼児のお腹を擦る。
何とか幼児の泣き声が収まる。
そこへ駐屯地の隊長であるレーモンが現れる。
レーモンがヨブに言う。
「もう殺死隊は、止めたらどうだ?」
「この幼児の為にかの?」
やはり、殺死隊には殺される゙危険がある。
「ああ、そうだ。この幼児はあんたがただ一人の頼れる存在なんだ。」
少し間があく。
「もちろん、考えているのじゃが。」
「まだか?」
「ああ、そうじゃ。まだ終われないのじゃ。」
深く深くため息をしてレーモンは言う。
「そうだよな。俺だってまだだからな。」
まだ、ヨブもレーモンも|長十字軍≪アルビジュア≫への憎しみ、怒りなどの感情をおさめられない。
まだまだ夜明けには時間があった。
阿鼻の大聖堂にあるイエシエアがはりつけられた長十字架の前に、ゴリラ族の偽帝マクシムス、|悪意成≪アクイナス≫、|有魔理屈≪アルマリクツ≫がいる。
モンセギュー砦へ送り出したアモーリからの勝利報告を待っていたマクシムスたちは、四日前から周囲をコシモの傭兵一万六千人、モンセギュー砦からのアラゴン兵(マティス犬族)千人、更に熊人族二千人に囲まれていた。
それは突然だった。朝の太陽が登る頃には、完全に包囲されていた。周囲にいた見張りのゴリラ兵たちは、眠り薬で眠りこみ、気がついた時には周囲には鉄の大盾を並べた簡単な壁ができていた。
すぐにゴリラ族たち二千を壁を破壊するために出撃させたが、鉄の大盾の前で火炎びんと大砲の雨でかなり被害をだし、やっとたどり着いた大盾のすきまから熊人族たちやマティス犬族に長い槍で突かれた。
正面の道に二千のゴリラ族たちが突撃してきたので、熊人族たちとマティス犬族も集中して迎撃する。
そこへカタパルトから阿鼻の要塞へ火炎びんが投げ込まれる。
慌てたアクイナスがゴリラ族たちの撤退を命令してひとまず戦いが中断する。
大聖堂で報告を聞いた|悪意成≪アクイナス≫が言う。「強い。」
|有魔理屈≪アルマリクツ≫が聞く。「どうしますか?」
阿鼻のゴリラ族たちが動揺している。
偽帝は隊長たちを集める。
偽帝が大聖堂から出て台の上に立つ。
偽帝がゴリラ族たちの隊長たちに宣言する。
「この大聖堂には、神のご加護があるギ。
今こそ異端派のものたちを地獄へ送るギ。
万一、倒れても汝らは神のいます国が待っているギ。」
偽帝の言葉に雄叫びでゴリラ族たちが応える。偽帝の言葉は拡声器で周囲にいるノンたちにも聞こえた。
アクスレピオスが拡声器で叫ぶ。
「彼らは地獄の神のもとへ行くそうだ。
さっさと地獄へ送ってやろう。」
偽帝はアクスレピオスの言葉に静に反論する。
「もうじき、再誕生祭の日だ。
覚悟するがいい。」
偽帝が静に嗤う。




