6.雨漏りは家だけでなく
次の日、武道の訓練が終わった後、ノンとミツルが、ナナ子の部屋にいた。最近では少し武道の訓練も実践的になっている。
ノンは浮き浮きしながら、小声で呟やく。
「カステラ、カステラ、ワン。」
そしてノンにとっては、人生始めてのカステラが出された。キラキラした目でカステラにかぶりつくノン、それを細目で見ているナナ子について、ミツルは何かを不穏なものを感じる。
ノンが上機嫌で、しっぽを振っていると、ナナ子が、パソコンで印刷した何枚かの写真をノンの前に置く。
「これを順番に見て欲しいコン。」
ナナ子が一枚、一枚、ノンに見せていく。そして最後の一枚を見た時、ノンはお腹をおさえトイレに駆け込む。
最後の一枚は、ある私立学校の生垣に置かれいた猫の惨殺死体の写真だった。個人放送ネットにあったものである。
かなり経ってからヨレヨレのノンが戻ってきた。
「ビビるワン。お腹に良くないワン。」
ノンの不満に構わず、ナナ子が説明する。
「福老の要求した闇札は、きっとマイナスの霊的エネルギーが大量にあるはずコン。」
ナナ子は、更に説明する。
「それは霊感で判断するしかないコン。モノノベの末裔であるノンなら、霊感があるかもコン。」
ノンがモノノベの末裔だからといって霊的エネルギーのセンサーがあるとは限らない。確かに一般の人より可能性はある。だからナナ子が気になっていた些細な事件についてプリントしてノンに見せ、ノンに霊感があるかどうか確かめたのだと説明する。
ナナ子が言う。「世の中の大事件は、だいたい予兆として些細な事件があるコン。」
「闇札とは、入滅帝札だと予想するコン。」
入滅帝札には、破壊衝動の塊である滅帝の闇のエネルギーが籠めてあると噂されている。
だから入滅帝札を持つ者は、自他に関わらず破壊する衝動を持つ。
そしてその札を持つ者は何か残酷な事をする時、闇のエネルギーを残すとナナ子は予想した。その手がかりをノンに探してもらったのだ。
「入滅帝札の手がかりが見つかったコン。助かったわコン。」
ナナ子の手がノンの背をさすり、ノンが思わずうっとりする。
「フー、分かったワン。」
お腹を壊してヘナヘナなノンはテーブルの上に顎をのせて、リラックスする。そのノンにナナ子は更に衝撃の発言をする。
「明日、ノンの家に行くコン。」
ノンは、更なる衝撃によって顎をテーブルの下まで落として、しっぽもペッタリ床につけてしまう。
「大変だワン。」
ノンは、どうしていいか分からずにナナ子につぶらな目を向ける。もしかしたら、ノンはもう少し日を待ってもらえるかなと思ってナナ子を見る。
「女は、度胸コン。心配しないコン。」
あーあ、と思ってしまうノンだった。お金持ちの女の子と付き合っているノンとしては、少しはカッコをつけたいのだが、ナナ子の決意は固かった。
翌日の夕方、生憎の雨が降る。ビニール傘をさしてレインコートを着たナナ子がノンの家を訪れる。
家の中には、天井からの雨漏りが何ヵ所もあり、それを受けとる鍋、桶、やかんまで配置してある。
ノンの母、ブルドッグ族のマサ子がナナ子に声をかける。
「ウチによく来てくれましたサ。ウチのムスコをよろしくお願いいたしますサ。」
もうナナ子を逃したら、後はないような勢いで頭を下げる。
ナナ子は、ビニール傘をとじたが、マサ子が言う。
「生憎、家の中も雨漏りしているので、レインコートを着たままの方がよいサ。」
ノンは言われたままにちゃぶ台につく。
夕食と言っても、ノンの家は、ねこまんま(米にみそ汁をかけたもの)なので、すぐ終わった。ノンの父、タダ夫が気の聞いた事をしゃべろうと話す。
「まあ、ウチの雨漏りもすごいけど、この国も同じように雨漏りがすごいダ。」
東昇帝国は、世界競争に巻き込まれ、国内の職人がもっと安い人件費の国に仕事を奪われ失業していた。タダ夫もその中の一人だった。
「今日は、ねこまんまに、ジャガイモが入っていて美味しいワン。」
ナナ子に話しても仕方ない事だと思ったノンが話題をずらそうとする。それにジャガイモはノンの家ではめったに入らない。
でも、ナナ子はノンの家が、普通の庶民の例だと思い、マサ子とタダ夫に言う。
「雨漏りだらけの国だからこそ、新しい希望がほしいコン。」
そしてノンを見てから言う。
「その為に、ノンを鍛え上げるコン。!」
ナナ子は政治に関心を持つ女の子だった。
それを聞いたノンは、口をアングリと開けたが、ナナ子の細目が光ったので、すぐ閉めた。そしてニコッと微笑む。そして内心のタダロウが思った。
(男は愛敬)
ナナ子しか、ノンにとってカステラが食べられる明日はない。
これがノンの本音、キラキラした目でナナ子を見ると、ナナ子の細目が更に細くなって更に妖しく光った。
ナナ子の理想は、東昇帝国における女傑、宝城政子である。(日本では、北条政子に似ている。)
北条氏が、伊豆に流された後期密教の技法を手に入れて、その力を使い国家を変えたように、宝城政子はその秘密技法によって、人々をより豊かに変えた。
「目が怖いワン。」
ノンが思わず小声で呟いた。
「大丈夫コン。目が細いのは、天孤族の特徴コン。」
(いや、間違いなく目が光っていたよ。)
内心のタダロウが思う。でも、黙っていることにする。
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ここからは、面倒くさいことに興味なければ、
飛ばしてもらう内容です。それでもよければどうぞ。
(面倒くさいことが好きな人への仮説:北条氏)
世の中のでき事に対して、ただの偶然と考えることは、もちろん考える時間の節約になる。
いくら考えても、核心的な情報がなけなければ、それが合理的であろう。
だが、北条氏が、当時の最新の超能力技法を手に入れて、天下の実権を握ったと考える事は、一つの仮説として、十分に有りうることだと考える。
ここでは、もちろん日本に残された文献をもとに、ドクロ本尊を使う流派とは違うという反論が有ることは承知している。
それでも、ドクロ本尊を使うことが真言立川流の本来の流れであると考えるのは、『性と呪殺の密教』正木 あきら 著 講談社選書メチエ を読んで知っているからである。
まずは、後期密教というものの一端を知るには、分かりやすい書籍だと考えるので、真言立川流を知るには必読の書籍だと考える。