53.イスカリオテのユダ
雑犬族のユダは、あまりのショックでその場に蹲る。
もはや何もかも自分自身てさえどうでもよかった。
ユダの目の前で、|あの御方≪イエシユア≫が何も奇跡を起こせず天に召されてしまったのだ。
こんなはずではなかった。
ユダは生きていく全ての希望と意味を失い、その場に崩れる。
人々が去り、一人残されたユダを見つけたドブネズミ族たちが人のいない場所へユダを連れていく。
絶望して抵抗しないユダの首に縄を巻き、木にかけ自殺に見せかけて殺そうとしているドブネズミ族たちを、ただユダは見ている。
|あの御方≪イエシユア≫のいない世界にユダの生きる意味はない。
勝手にすればいい。ユダはされるがままだ。
ドブネズミ族たちが縄を引く。
ユダの体が大地から離れ、息が苦しい。
意識が遠くなり始める。
これで|あの御方≪イエシユア≫の処へこれで行ける。
しかし、体が大地にドスンと落ちた。
ドブネズミ族たちをアレクサンドリアのイシス神殿の護衛であるカバ族たちが倒していた。
ユダを探していたヒュパテアとその護衛たちが、ユダを助けたのだ。
ユダがヒュパテアにひれ伏し願う。
「死なせてほしい。」
ヒュパテアがユダに言う。
「あなたは生きなければならない。」
ユダが問う。
「なぜ?」
ヒュパテイアが答える。
「あの御方の愛と真実を話す為です。」
ヒュパテアは生きていた時の|あの御方≪イエシユア≫を知っている。
愛を人々に説いた|あの御方≪イエシユア≫を知っているからこそ、闇ミトラ教会が許せない。
ユダを殺そうとしている闇ミトラ教会は、イエシユアとその仲間たちを抹殺して、その名前と教えを悪用しようとしているとしか考えられない。
このような虚偽が許されていい訳がない。
まして、|あの御方≪イエシユア≫は愛を説いた存在なのだ。
あの御方の愛と言葉を泥棒のように横取りするなど許せない。
だからヒュパテアはユダのような証人を保護した。
ユダを保護したヒュパテアたちは、急いでアレクサンドリアに戻り、ユダの安全の為にユダを地下牢にいれる。
ユダは|あの御方≪イエシユア≫を密告した者として、イエシユアの仲間たちに嫌われていた。
また、イエシユアの最後を知る証人として闇ミトラ教会にも狙われていた。
だから、あの時、地下牢に密かに匿う事が最善だった。
ヒュパテアたちはユダを保護した後、イエシユアの伴侶のジュディを東の果ての国(東昇帝国)に逃がした。
その結果、最近までドブネズミ族たちに包囲されていた。
そのドブネズミ族たちを撃退して、やっと少し時間が取れたので、ヒュパテアがノンたちと共に地下牢にやってきた。
相変わらずユダは暗い牢の中に灯りもつけずに、じっと顔を手で覆っている。
ユダの前には、ヒュパテアとノン、ナナ子、サラ、そしてロバ族のヨブがいる。
(マサヒロは、闇ミトラ教会の動きを風音と調べている。ミツルとカオル姫、モエは東昇帝国で情報変革を進めている。)
ヒュパテアが現れたにもかかわらず、ユダはヒュパテアたちに振り向きもしない。
ユダが独り言のように壁に向かって言う。
「∣あの御方≪イエシユア≫は、逝ってしまわれた。」
ユダを振り向かせようと、ヒュパテイアがユダに問いかける。
「あの夕食会で何があったのか話して。」
ユダが顔から手を外し、ヒュパテアたちに向く。
ユダが最後の晩餐となった夕食会について話を始める。
「|あの御方≪イエシユア≫は、夕食をしていた私に突然、『為すべきを為せ』と言ったのです。」
その時、ユダたちはオリーブの木のある庭園で仲間たちと共に夕食をしていた。その時にユダは以前からイエシユアに頼まれていた事を実行するようにと言われたのだ。
その時、イエシユアがユダに言う。
「お前は生まれた事を後悔する。」
ユダが聞く。
「どうしても、私がするのですか?」
イエシユアが言う。
「お前しかいない。」
ユダはイエシユアに密告を頼まれていた。
ヒュパテイアが聞く。
「何故、磔になる密告をイエシユアはあなたに頼むのですか?」
「|あの御方≪イエシユア≫は、十字架の上で昇天の奇跡を起こすつもりだったのです。」
ヒュパテアが聞く。
「自らの命を賭けてですか?」
「はい。|あの御方≪イエシユア≫はそういう御方なのです。」
暫く誰も何も言わず聞かなかった。
ノンが聞く。
「でも、あの場で昇天は起きなかったワン。」
ユダが答える。
「空には、雷鳴がなり、人びとの目の前で奇跡が起きようとしていた。」
ここで、ユダが息を整える。
「その時、神殺しの槍があの御方の胸に刺さり、奇跡が起きなかったのです。」
神殺しの槍は、古代の預言者により血の魔力を備えた物であり、常に闇の力を纏う物だ。
だから、あのゴルゴタの丘で起きるべき奇跡は衆人の前に示されなかった。
後からジュディたちの目の前で昇天の奇跡が遅れて起きた。しかし、それはイエシユアの本来の予定ではなかった。
ユダが哀しみに覆われて叫ぶ。
「あの御方は本来、大勢の人々の前で昇天の奇跡を起こすはずだった。しかし、できなかった。」
暫くしてノンが言う。
「それは、ユダのせいじゃないワン。」
ノンがつぶらな瞳でユダを見てニコッと微笑む。
少しだけ明るさを取り戻すユダにナナ子が疑問を言う。
「何故、闇ミトラ教会はイエシユアとその仲間たちを抹殺しようとしているのコン?」
ヒュパテアが言う。
「彼らは、イエシユアの愛と教えを盗み、それを使って金と権力を掴むつもりなのです。」
信じる事が行動基準である社会は、ウソつきとペテン師が大儲けし、権力を握る。
しかし、情報変革の時代において、ウソは社会にとって毒と同じである。そしてウソを信じる者もウソつきと同じ結果をもたらす。
少しだけ明るさをユダが取り戻す。
そこに突然、ロバ族のヨブがユダに質問する。
「わしは、まるで十字架上の人が愛を説いたように聞こえる゙のじゃが?」
|あの御方≪イエシユア≫を知るユダにとって、余りにも想定外の質問だった。
ユダが少し強い口調で言う。
「その通りだ。」
ヨブが納得できないと言う表情で更に質問する。
「なら、何故わしは身内の全てを殺されたのか、その理由を説得してくれ。」
話の流れが理解できないユダにヒュパテアがヨブについて説明する。
「その老人は、|長十字軍≪アルビジュア≫に身内の全てを殺されたのです。
その|長十字軍≪アルビジュア≫は、イエシユアを磔にした姿の長十字架を掲げ、その指導者は|あの御方≪イエシユア≫に祈りを捧げているのです。」
余りの事に、ショックを受けるユダの前に、ヨブは背負っていた鉄の棺桶を置く。
「わしの三人目の孫は、生まれることさえでかなかった。だから、わしにはその孫が着る予定だった服を棺桶に着せてやる事しかでない。」
ユダが叫ぶ。
「|あの御方≪イエシユア≫は、決してそのような酷い事はしない。
|あの御方≪イエシユア≫は、本当に愛を説かれた御方だ。」
ヨブがユダの目を睨み聞く。
「なら、何故わしの身内は全て殺されたのか、その理由を説明してくれ。」
二人の会話に、全く明るいノンが加わる。
「それは、|長十字軍≪アルビジュア≫の連中が詐欺師だからワン。」
ヨブがノンに聞く。
「つまり、|長十字軍≪アルビジュア≫の奴らは、イエシユアの信者を自称する詐欺師だと?」
ノンがはっきり答える゙。
「イエシユアを本当に信じていないから、あんな酷いことができるワン!」
そこでヨブは再びユダに問う。
「では、イエシユアを知るあなたが、何故ここで隠れているのじゃ?
|長十字軍≪アルビジュア≫の連中が詐欺師たちと、もしベチエの人々が知っていたなら、わしは身内を殺され無かった。」
ヨブの両目から涙が溢れる゙。
サラが言う。
「彼らは本当の事が邪魔なのニャン。」
ヒュパテアがユダに言う。
「|あの御方≪イエシユア≫の愛と言葉を、闇ミトラ教会から開放するべきです。」
ユダが牢に灯りをつけ、ユダが静かに頷く。
翌日、アレキサンドリアの大講堂で、ユダが人々に本当の|あの御方≪イエシユア≫について話しを始める。
人々は、|長十字軍≪アルビジュア≫とその仲間たちが、詐欺師とその集団である事を知る。
ユダが生き残り、かつ本当のイエシユアについて話していると知った闇ミトラ教会の幹部が、闇ミトラ教会の地下深くの会議室に集まる。
そこには神族の大神官の偽帝マクシムスとゴリラ族の|悪意成≪アクイナス≫、|有魔理屈≪アルマリクツ≫がいた。
|悪意成≪アクイナス≫がぼやく。
「せっかく魔女狩りで、財産を没収できるはずだったのに、やつらが生き残ってしまった。」
|有魔理屈≪アルマリクツリ≫が同意して言う。
「人びとは、金と投票だけ提供していればいいのです。」
|悪意成≪アクイナス≫が言う。
「その上、彼らはユダを匿っています。」
偽帝が言う。
「闘争で重要なことは事実ではないギ。金と権力ギ。」
|有魔理屈≪アルマリクツが言う。
「ここは、あのモンフオールの出番ではありませんか?」
|悪意成≪アクィナス≫が聞く。
「あのバカで聖騎士の恥さらしに何を期待するのですか?」
少しでも気に入らなければ殴り殺す聖騎士など、闇ミトラ教会にとって恥さらしでしかない。
|有魔理屈≪アルマリクツ≫が言う。
「だから、正長十字軍を起こし、モンフオールを最高司令官に任命するのです。」
|悪意成≪アクィナス≫が理解して言う。
「成功すればアレキサンドリアが廃墟となり、失敗すれば聖騎士が消える゙という事ですね。」
有魔理屈が偽帝に裁可を求める。
「モンフオールを正規軍の最高司令官に任命し、成功すればアレキサンドリアにモンフオールの王国を作る事を許可願します。」
偽帝が頷き、言う。
「やはりモンフオールに任せる事にしようギ。」
闇ミトラ教会のゴリラ族たちを中心とした正規軍を派遣することが決まり、偽帝たちの嗤いが地下の会議室に響く。




