48.タントラ
ジュディは、緊張している。
いくら、|笛吹き男≪人でなし≫が娼婦と貶したからといっても話をしていいのかどうか。まだ迷いはある。
きっかけは、昨日の何気ない雑犬族たちの会話だった。
その中で、|笛吹き男≪人でなし≫が娼婦という言葉を使ったいた事をジュディは知る。
雑犬族たちは、ジュディに気づくと会話を止め、その場を去るが、ジュディの心は穏やかではない。
やはり、ノンたちに誤解されたままではいけない。
その気持ちがジュディに決意させた。
神義庁会議室で、ジュディから重要な話があると言われノンとナナ子、ミツルとカオル姫、サラとマサヒロが集まっていた。
このメンバーに絞られた訳は、話す内容が|性愛術≪タントラ≫なので、夫婦が対照となるためだった。
|性愛術≪タントラ≫は、やはり独身には刺激が強すぎる。
ジュディは今までかたく秘密にされてきた性愛術について語ることにした。
性愛術がは単なる性技術ではないにもかかわらず、あたかも|性技術≪ハウツウセックス≫のように捉えられ、そのように誤解されている。
そのような誤解を広めているのは、|笛吹き男≪人でなし≫たちだが、それは余りにも悲しい。
せめて、ノンたちだけでも理解して欲しい。
ジュディは、このような思いでノンたちを集めた。
ジュディが語る。
「イエシユアと私は、井戸のそばで出会い、そして一目で恋したのです。」
ジュディは性愛術とは、愛し合う二人が、蛇霊のエネルギーを利用してお互いを新たな段階に進化させる技術であると説明した。
ジュディの話を聞いてナナ子は顔を真っ赤にし、サラは目を輝かせ、カオル姫は思い出して感じてしまった。
カオル姫が言う。「あー、もうダメブヒ。」
サラが言う。「濡れてしまうニャン。」
ナナ子がノンを見て言う。「意地悪コン。」
それぞれがそれぞれのパートナーとのセックスを思い出していた。
この方法は、本来は人の営みの延長にあるもので、人から卒業する方法ではない。
ミトラ教で秘密にされてきた技術は、大きな分類として三つある。
一つはマントラ、一つは、ヤントラ、そして最後の一つがタントラ≪性愛術≫である。
この内、マントラ、ヤントラの二つまでは、出家の方法と共通であるが最後のタントラだけは、出家には、根本的に不可である。
なぜ不可のか、それは出家とは、肉食(食欲)、妻帯(性欲)、不浄(物欲)を戒律で制限するものだからである。
つまり、出家とは人の営みから卒業を目的とするものであり、まず最初の段階として三つの欲望を制限する必要がある。
あえて誤解を怖れずに言えば、人が月に行こうとする位のとんでもない事が解脱であり、その為の準備の一つが出家と欲望の制限になる。
つまり、解脱とは、ただ努力しただけでは無理なのだ。
それは、いくら地球上を歩いてても月には行けない事実と同じである。
ノンがナナ子に言う。
「今日から一生懸命頑張ろうワン!」
ノンの尻尾が激しく動いている。
ナナ子がノンの目を見て恥ずかしながら頷く。
「でも、ここで言う事ではないコン。」
カオル姫がミツルの手を握りミツルが頷く。
カオル姫が言う。「私の愛を受けとめてブヒ。」
ミツルが言う。「分かっているブー。」
サラとマサヒロがお互いの目を見て頷く。
マサヒロが、ジュディに質問する。
「根本的な疑問なのですが、ミトラ教は何を目的として、いるのですか?」
ジュディが皆の顔を見る。
そこへジュディの兄、神族のケニオン・鈴木が天狐族の風音と共に会議室に入ってくる。
ケニオンがジュディに聞く。
「どうしたのだ、何かあったのか?」
ジュディが頷く。
「大丈夫よ。でも、今、ミトラ教の目的を聞かれたの。」
ケニオンがなるほどと納得する。
ケニオンは風音の連絡により、ジュディ母子を心配して|遠く離れた場所≪アレキサンドリア≫から急いで東昇帝国にやってきのだ。
元々、ケニオンはミトラ教を研究していたので、せっかく東昇帝国まで来ているのでついでに、弥勒教の研究をする事にしたのだ。
弥勒教とは、ミトラ教が東方へ伝えられたものという説がある。
ジュディがケニオンに問う。
「ここで話すべきですか?」
ケニオンが暫し沈黙した後、話を始める。
「本来、ミトラ教の秘密にしてきた事には理由がある。
それは、自分で自分を制限できない人に、技術を渡すと、誤用した時に、本人だけでなく、他人までも符号になる危険があるからだ。
しかし、話すべき時がきたようだ。」
ケニオンが話す。
「ミトラ教(弥勒教)は人が人として最高の存在に進化するための方法だ。
そしてここからの説明は私見になる。
密教は、人が解脱に至る過程を九つに分け、それを金剛界曼荼羅として図示している。
この内、ミトラ教は金剛界曼荼羅のレベル五から三までに該当する。
ケニオンが金剛界曼荼羅の説明を始める。
レベル九が、人の卒業(解脱)、レベル八から六が出家法による修行、レベル五から三までが在家法による修行、そして、レベルニから一がその前段階になる。
ノンがポカンとして口を開けて質問する。
「もっとわかり易く説明して欲しいワン。」
ノンのつぶらな瞳がうるうるとしてケニオンを見つめる。
ケニオンが、一つため息をして例えを出して説明する。
「レベル九から六が大学生、つまり、レベル九で卒業(解脱)。
レベル五から三が高校生、レベルニが中学生、
レベル一が小学生、人は生まれた以上は小学生となる。」
ノンが首をかしげて聞く。
「小学生と中学生は何が違うワワン?」
ケニオンが追加で説明する。
「小学生は感情が中心、中学生は少し論理的な考えが入る。」
マサヒロが追加で質問する。
「しかし、それだと胎蔵界曼荼羅との関係が分からなくなります。」
金剛界曼荼羅で全てのレベルが説明されるなら、胎蔵界曼荼羅の存在意味が分からなくなる。
ケニオンが一息ついて説明を開始する。
「もともと両界曼荼羅(金剛界曼荼羅と胎蔵界曼荼羅)という言葉はない。本来は胎蔵生曼荼羅が名前であり、これは金剛界曼荼羅の胎蔵部、レベル五からレベル三の説明になる。」
ノンの頭の上に???
ノンだけではない。マサヒロなども?の表情をしている。
ケニオンがしまったという表情をして説明を再開する。
「何故、高校が追加されたのかを説明していなかったね。」
ケニオンはそれから、仏教の歴史について説明する。
仏教はもちろん、|仏陀≪ゴータマ≫が人を解脱して始めた宗教である。
しかし、|仏陀≪ゴータマ≫の死後、直ぐに弟子たちが解脱できなくなる。
当然、弟子たちは焦り、仏陀の教えをまとめて|阿含教典≪アーガマ≫を作るが、やはりダメで、一時、仏教はインドから消えかかる。
ここで根本的な問題が明らかになる。
ケニオンがノンに質問する。
「根本的な問題とは何かな?」
ノンが胸をはって答える。
「分からないワン。」
ノンはうるうるした瞳で再びケニオンを見つめる。
ケニオンが仕方なく答えを言う。
「レベルが違い過ぎて全く解脱できなくなる。
つまり、さっきの例えで言えば、中学生が大学受験をするようなものなのさ。
だから、まず高校生になって勉強して大学受験をする方が良いという事になった。」
ナナ子がその説明で新たな疑問が出来たので質問する。
「その説明では、胎蔵部はレベル五から三になり、中心にいる胎蔵の大日如来はどうなるのコン?」
ケニオンを感心して言う。
「よく知っているね。
私見で言えば胎蔵の大日如来は金輪王であって解脱していない。だから王冠を被っている。」
ナナ子が驚きの表情で更に質問する。
「じゃあ、胎蔵曼荼羅の登場人物たちは、みんな高校生、
つまり、釈迦如来も高校生(修行中)?」
ケニオンが笑いながら言う。
「その通り。これはインド語から中国語にして、更に日本語にした二重翻訳の限界で、中国語の仏教教典は誤訳だらけなのさ。」
ナナ子やマサヒロが唖然とした表情をするが、全く知らないノンはキリッとした表情を発言する。
「頭を使ったから、今日はケーキだワン!」
思わずケニオンが笑い、ナナ子たちも笑う。
カオル姫が少し控え目に質問する。
「結局、|性愛術≪タントラ≫は必修科目ですかブヒ?」
これはカオル姫とミツルにとって、とてもとても重要な問題だ。
ケニオンが答える。
「任意の選択科目だね。」
カオル姫のがっかりした表情と、ミツルのほっとした表情が対照的で、思わず皆が微笑む。
その後、休憩のケーキタイムになる。
そこで、出番の無かった風音が自分の発見した仮説をノンたちに説明する。
「ルーブル美術館の天井画で最後の五が分かったカン」
弥勒教の暗号、五十六億七千万年とはこの世界に弥勒が現れるまでの期間だが、この期間が過ぎる前に地球の寿命が尽きる。
当然、暗号と考えるべきで、このうち、既に六は観音のヤントラであり、七は観音が七神の力を持つことが分かっていた。
もう1つ五が観音と関連が有れば、観音こそが弥勒の世界をもたらすカギと考えることができる。
そのヒントがルーブルの天上画に描かれていた。それは、イシスの横にいるライオンだった。
ライオンは観音の変化神、ドルガーの乗った動物である。そしてイシスは五芒星で現される。
そしてイシスが観音であるなら、妻帯を認めることは当り前である。その隠されたカギが性愛術なのだから。
弥勒とはミトラであり、未来を人に示すカギだった。
ノンが叫ぶ。
「未来の為に頑張るワン!」
真っ赤になって頷くナナ子だった。
そして、ノンが今更な疑問をする。
「なぜ、話すべき時なのワワン?」
ナナ子をやや目をつり上げながら言う。
「それは、今が産業社会から情報社会への過渡期なのコン。」
ノンの頭の上に?
ナナ子が更に言う。
「人が変わって情報社会に適応するか、人が変われず社会が崩壊するかの瀬戸際だからコン。」
再び、ノンの頭の上に???
そして、うるうるとした瞳でナナ子をノンが見つめる。
そこで、ナナ子が説明しようとした時、ケニオンの従者が会議室へ入ってくる。
ケニオンが従者のトキ族、ミツシエルに問いかける。
「何事ですか?」
「アレキサンドリアが闇ミトラ教のドブネズミ族たち、約一万に包囲されています。
ついては、至急、|今世の英雄≪ノン≫に救援要請をして欲しいと連絡がありました。」
一瞬にして、緊張が会議室に走る。
ノンは思わず口をあんぐり開いてしまい、あわてて締める。
マサヒロは考え始める。
ノンとマサヒロが口を開かないので、ミツルが従者のミツシエルに言う。
『英雄と言えども、アレキサンドリアは余りにも遠く、敵は数が多い。緊急の大会議を開くので、事情を説明して欲しいブー。』
直ちに大会議の準備が始まる。
英雄であるノンは心の中で呟く。
(英雄はツライよワン。)
(面倒くさい話)
この|性愛術≪タントラ≫についてのインスピレーションは『マグダラの書』トム・ケニオン&ジュディ・シオン著
鈴木 里美 訳 ナチュラルスピリット から受けたものです。
もちろん、私見とした内容は、スメル イカ丸の個人の見解です。




