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40.能力者

 「コーン、コーン、コーン。」


 神義官長官室で、天狐族の悩む声が響く。

 ナナ子はとってもとっても悩んでいる。

 すぐ結婚式をノンと挙げるべきか、挙げないべきか、それがナナ子にとって大問題だった。

 それは、お尻のマッサージをノンにしてもらったからではなく、さっき神義官農政担当室で、サラとマサヒロのある行為を見てしまった事が原因だった。その行為とは、二人の交尾(セックス)ではない。サラとマサヒロが一つのコップを回し飲みしていた事だった。

 サラが水を飲んだコップをマサヒロが回し飲みする。

 二人は、当然の如くしている。ナナ子が唖然としてサラに聞くと、サラが答える。


 「食器が一つの方が洗う手間が半分になるニャン。」


 確かに効率的ではあるが、結婚するとここまで親しくなるものなのか、それとも二人してのろけているのかナナ子には分からない。


 マサヒロからの先ずマサヒロの地所で試験的に農業企業を開始するという話も、そこそこにナナ子は長官室に戻ってきた。


 そして長官室でノンを見ながら、結婚式を挙げるべきか、挙げないべきか悩むのだった。


 ノンは、何時ものように情報機器(パソコン)の練習を電子棒(タッチペン)でチャレンジしたが、疲れて顎を机にのせ、耳をつけている。


 「疲れたワン。」


 ノンが、ナナ子を見て言う。まだおやつの時間には早い。撫でてほしいとナナ子に目で甘えている。

 ノンの目がキラキラ光ってナナ子に訴えてくる。しかし、ナナ子は細目を光らせ駄目だと答える。ここで撫でてしまうときりがなくなりそうなナナ子がいた。


 結婚したら、サラのようになるのだろうか、そして昼から交尾してしまったりするのだろうか。

 更には、もし赤ん坊が出来たら、その赤ん坊は天狐族、コーギー犬族、もしかして先祖返りで神族なんかだったら、どうしよう。


 そんな事をナナ子が考えているところへ、マサヒロの父の愛人、天狐族の風音かざねが入ってくる。


 風音は能力者である。つまり、霊能力者である。


 ナナ子がマサヒロに頼んで来てもらった。

 最近の襲撃から考えて、何者かがノンを狙っている事は確実だった。

 しかし、毎回ノンをトイレに行かせると、ノンが長官であるので他の仕事が止まりまずい。

 そこでナナ子が風音を呼び、調べることにしたのである。自己紹介の後、風音が言う。


 「見えるけど、それは一面だけ、全部じゃないカン。」


 風音は霊能力者の能力について説明する。


 「霊能力というものはかなり主観的な能力で、例えば、ある建物の一面、正面は見えるけど、裏は見ていないし、上からも見ていないカン。

 その様に、あくまで物事の一面を見る能力だから、注意してほしいカン。」


 分かりやすく言えば、能力者は物事を望遠鏡で見ているようなものであり、望遠鏡を少しずらせば見ているものもすぐ変わってしまう。霊能力者の言葉が千変万化するのは、彼らの属性とも言える。

 風音はまだ、ナナ子に説明不足だと思って具体例を言う。


 「ある霊能力者は、観音様が背後に見える同じ人を、別の霊能力者には、大きなカエル(エジプト神話の始神)が見える。その位、違う表現になるカン。」


 ナナ子が驚くと更に風音が言う。


 「影響を受けやすいカン。」


 「つまり、洗脳されやすいコン?」


 「その通りカン。うちら能力者は洗脳されやすいカン。」


 見える事は、見ているものと関係を持つ事でもある。炎に近ければ熱いし、炎で火傷する。能力者は敏感であり、影響を受けやすい。

 

 ナナ子がこの時、統一恩無死理教団の豚族たちが、洗脳されやすいのは、彼らが能力者でもある為だと理解した。そしてナナ子たちが、彼らを理解できないのは当然で見ている世界が違うのである。


 風音がため息と共に言う。


 「能力者もツライヨカン。」


 なぜかノンが耳をたててすかさず言う。


 「長官もツライヨワン。」


 ノン長官と新規の神義官メンバー候補である風音が共に言う。


 「とってもツライからおやつ。」


 「全く仕方ないコン。」


 ナナ子は、カステラのおやつをため息をついて用意する。

 


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 (面倒くさい話:ケーキの切れない非行少年たち)

 宮口幸治氏による『ケーキの切れない非行少年たち』は、人の認識が三次元のもののでさえ、多様である事実を示す。


 同じ絵を見ているにも関わらず、違う写生になる例が記述されている。

 

 教育を論じる者は、まずこの事実から義務教育を論じるべきである。

 できの悪い子とされている子の中に、まず、何が原因で、できが悪い子とされているのか、今、一度、この本を読んでから考える必要があると思う。


 さて、これは三次元の話である。


 三次元でさえこのように多様化している。

 これが霊能力者が見えている異次元であれば、どのように千変万化するかは想像を考えて見てほしい。


 ここにおいて、霊能力者の説明に対しては一般人は、言っていることを確認することが必須になる。

 信じることではなく、確かめることが必須なのではないか?

 これは、何も宗教だけでなく、擬似宗教であるイテオロギーについても同様も同様ではないか?

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