31.サラの母親
サラがいる場所は、神義官事務局の応接室である。
「やっと掃除が終わったニャン。」
今までは神義官自体が空位だったので、全てが埃を被っていた。
今は幾つかの応接室に飾ってある絵も、埃を払っている。
これらの応接室の絵は、それぞれ歴史上の出来事を描いたもので、もし、応接室に入ってくる人物と関連があれば何か違和感を見る者に示すと言われいる。
そして、ある絵に何か違和感を感じるサラの前に、一人の中年の猫人族の修道女とサラの親戚と称している獅子族の男が入ってくる。
権力や財力があると親戚が増えるとナナ子が予言していた通りだ。
孤児院にいたサラに親戚とは今更というのがサラの気持ちである。
ひとしきりサラが今回の大変革で大活躍した事を獅子族の男、平マモルが誉めていた。
マモルはサラがこの前献血した血を手に入れて、遺伝子分析をしてサラの腹違いの姉弟だと分かったのでサラに神義官への推薦を貰いにきている。
その横には、一言も言わず、うつむいた女性がいる。マモルが隣にいる女性について説明する。
「この女が、お前の母親だゲ。」
マモルは、自分の父が追い出した女を捜して連れてきたのだ。それがサラの母親だ。中年の猫人族の女、シズが言う。
「一目、会いたかった。」
それだけ言うと女は、涙を流して後は何も語らなかった。そして、もう一度、サラの顔を見て、そのまま部屋から出て行ってしまう。
慌ててマモルが説明する。
サラの母親であるシズは、決してサラを棄てたかった訳ではなく、サラをつれて家を出たが、いく先もなく、仕方なくサラを孤児院に棄てたのだと。
シズは女中で、平家の当主であるヨシカネが手をつけ、サラを妊娠したのだ。
「子供ができたから籍を入れてやったのに、結局、女しか産ずに出て行ったゲ。」
もし男の子が生まれた場合、相続できるようにヨシカネは結婚したのだとマモルは言い訳する。
ただ、生まれたのが女の子なのでヨシカネはシズと離婚する。
保従教では、女は男より低い価値しか認めない。ヨシカネはサラに子供を棄てるか、子供と共に出て行くか選べと言った。
そして、シズは女の子と供に出て行く。
その女の子が目の前のサラである。
「それで、話というのは何ニャ?」
男尊女卑が当たり前だと思っている獅子族の男は、サラに自分を神義官にして欲しいと本題にはいる。
「俺は、あんたの腹違いの弟だから頼むゲ。」
この時、サラは何とか怒りを抑える。
それは、サラが、さっきから感じていた寒気の正体に気がつき、怒鳴るのを抑えたからである。
サラは、ゲという言葉使いは、滅帝が使っていたものだったことを思い出したのだ。
その時、応接室の絵の中で、違和感を示したのは、将門桔梗記の絵だった。
「検討するので、待ってほしいニャン。」
「採用の答えを待っているゲ。」
採用されるのが当然ということを言って、マモルは部屋を出る。
早速、サラはナナ子に平マモルについての寒気と絵の違和感についてナナ子に説明するために、部屋をでる。
翌日、シズは修道院の中で孤児たちの世話に忙しく働いていた。甥と自称するマモルに連れて行かれて、シズはもう、二度と会うことがない娘に会うことができた。
そして、サラという娘が無事であることを確認したことで、シズは今度こそ娘に会うことはないとあの場から立ち去った。
「立派になっていた。」
孤児院の前に置いた時はあんなに小さく、泣いていた娘が立派になっていた。
修道院では、食事は、米も麦も野菜も作る事から始まる。寄付金はあるが、それだけでは、子供たちに必要な食事も、衣類も足りず、年上の子供たちには内職の手伝までさせている。
そこへ突然、大口の寄付金を出した来客がシズを指名して会いたいと言われた。
またかとシズは思った。
前日に起きたことをシズが思い出す。
やはり、マモルも大口の寄付金の話をしていたので、シズがサラに会いに行ったのだ。
もちろん、シズ自身も、一目、娘に会いたかった事も理由にあるの。
しかし、マモルは神義官になれれば大口の寄付金を出すつもりと言って、まだビタ一銭(貨幣の最少単位)さえ出していない。
あの一家は、とことん自分勝手の一家だった。シズは思う。
(さすが『平家でなければ人にあらず』と言った御先祖様がいるだけの事はある。)
ただ今回の来客は既に寄付金を出したらしい。
仕方なくシズにまた会うことにする。
また、シズにサラへの紹介を言ってきたら、今度こそ断ろうと心に決め、シズは応接室に入る。
そこには、コーギー犬族のノン、天弧族のナナ子、猫人族のサラがいた。
応接室は狭い。だからノンとナナ子は、ぴったり体がついている。というより、ノンが狭い事を言い訳にしてくっついている。もともとコーギー犬族は、人なつこく甘えん坊な種族である。でも、ナナ子は甘えを許さない。
「長官、ここで話しをしている間、子供たちの手伝いコン。」
ナナ子の目がキラリと光ったので、ノンはしっぽを垂らして出て行く。
ナナ子が大口の寄付金はサラが出した事、それは、滅帝討伐の報奨金としてサラが受け取ったものだから気にする必要はない事を説明する。そしてナナ子がシズに言う。
「神義官の事務員になりませんか?」
女性に経済力がなければ、女性の悲劇は減らない。
だから働く意識と能力があるならば、女性は働くべきなのだとナナ子は言う。シズは聞く。
「あたしでも働けますか?」
「働くという意味は、はたが楽になる事だと思ってるコン。」
何時もの口調になったナナ子が自分の考えである周囲が楽になる事が働く事の在り方だと説明して応接室から出る。
サラとシズの二人になる
「たいそうなお金をありがとう。」
シズは、サラを忘れた事はない。しかし、棄てた自分はもはや他人なのだと思っていた。ただ昨日はどうしても一目会いたかった。
(シズは遠い昔、サラを連れて家出した日を思い出す。)
シズがサラを連れて家を出た日は、冬の寒い日だった。シズは川を見ながら共に身投げして無理心中しようとしてサラを見る。
サラのやすらかな寝顔がシズの心を迷わる。
(やはり、お前を連れてはいけない。)
シズにはやはりサラと無理心中することができない。やむをえずシズは孤児院の前にサラをそっと置く。
その時、置き去りにされたサラが泣き出す。
それでも、心中するつもりのシズは去る。
その時、シズは二度とは会えるわけもないと思った。その後、シズは心中する決心がつかず、あてもなく歩き、空腹で意識を失った場所がたまたま修道院の前だった。
シズはあの時のサラが無事に育ったことを見たかった。だからマモルの話につられてサラに会いに行った。
サラの言葉が、シズを今に連れ戻す。
「あれは、報奨金の残りニャン。気にすることないニャン。」
サラは最初、報奨金はいらないと言ったのだが、ノンが貰うので、貰う事になった。(ノンは雨漏りの家を建て直す為に使った。)
そこで報奨金を育ての親に全額渡そうとしたが、サラが自分の為に使えと言われ、半分だけ育ての親に押し付けた。結果、残った報奨金だった。
サラはなるべく冷静に話そうとしたが、涙がでてくる。サラもやはり実の母親に会いたかった。シズもやはり涙が流れる。
応接室の外では、ノンとナナ子が子供たちと内職をしている。
慣れない作業に、戸惑うナナ子と違い、ここでは、ノンはヒーローだった。
子供たちは内職の種類別にグループに別れて作業しているが、その全てでノンはきちんとやり方をアドバイスして、やって見せる。
なかには、不器用な子供もいるが、きちんとやり方を丁寧に教える。たまたまではあるが、ノンは全ての内職を母親の手伝いでしていたことが役にたった。
ナナ子は、内職は始めてであり、感心して言う。
「たまには、すごいコン。」
「当たり前ワン! ノンは英雄ワン!」
ノンは内心では、内職の英雄と言っていた。




