2.ナナ子は度胸で勝負
天狐族の高家ナナ子は、何度目かの溜め息をつく。
「やはり、無理なのコン。」
ナナ子の尻尾が力なく下がっている。せっかくの真紅のリボンで結んだツインテールも、輝きを忘れたようだ。
ナナ子は、村社において今週末に行われる勇者の試練に参加してもらえる男の子を、図書室で待っている。
今日は、庶民学校の初日である。庶民学校は六才になったら、皆が通う義務教育の学校である。ちなみにナナ子のような獣人たちにとっては、六才は既に結婚できる年令だ。ただ、最も成長が遅い人族(ほぼ人で獣人たちのような動物の特徴を持たない)に合わせて入学の年令が決められている。
ナナ子は図書室にいつも朝は誰もいないことを、一つ年上の姉のモモ子に確かめている。つまり、現れるなら今年の新入生なのだ。
「早く来ないかなコン。」
ナナ子が図書室で新入生を待っている理由は、ナナ子にとって、とてもとても重要な意味がある。
ナナ子の家は、昔からの上流階級であり、代々、高家の刀自である女系が優秀な婿をとってずっと続いている。その優秀な婿の条件で一番重要な条件は、勇者である事だ。
もちろん、勇者が見つけられない場合は、優秀な官僚などから選ぶこともある。いや、むしろ平和な時代では、勇者が現れることはなく、優秀な官僚などから選ぶことが普通だ。ナナ子の父親がそうである。
その父親と母親の出会いが図書室だったので、ナナ子も、庶民学校の図書室で男の子を待っているのだ。
高家の婿選びは、勇者であることが一番であり、この勇者の条件の一つが、勇者の試練を達成することだ。
この勇者の試練とは、庶民学校の一年生が、一度だけ挑戦できる試練だった。
内容は村社の祠の前にお供えされた月見団子の一番上の黄色の玉を取り、村社の境内から出ることだ。
そしてその黄色の玉は自分が好きな女の子にあげる事ができる。もちろんこれはプロポーズになる。
最も成長が遅い神族と呼ばれる人族の成長に合わせて庶民学校の入学年齢が決められているので、中にはナナ子の姉のモモ子の様に既に豊乳の場合もある。
「でも、人の価値は顔でも胸でもないコン。」
ナナ子は強く、とっても強く思う。
(ナナ子は普通の顔とペッタンコの胸だけど、夢も希望もあるコン。豊乳ではないけれど、度胸はあるコン。)
ただ勇者の試練は、ここ暫く達成した男の子がいない。これは、勇者の試練が難しい為だった。
勇者の試練は、村社の祠に供えてある月見団子を取って村社の外へ出ることだが、村社の周囲にはドーベルマン族の大人たちが見張っている。
もし、ドーベルマンの大人たちに捕まれば、全身の毛を刈り取られてしまう。
だからドーベルマン族の大人たちが見張っている勇者の試練は、かなりの覚悟なければ参加できない。そしてナナ子にはどうしても、勇者の試練を自分の選んだ男の子に達成させたい訳があった。
「これしかないコン。」
思わず言葉が漏れる。
そのように思い詰める理由はひとつ年上の姉、モモ子の存在だ。
ナナ子は、生まれた時から今まで姉のモモ子に勝てたことがない。もちろん努力できる勉強では負けていない。だが努力できない部分でどうしても勝てない。
モモ子は同性のナナ子から見ても美少女で、しかも羨ましいほどの豊乳である。だからアイドルでも、女優でも高家の跡目である刀自でもなれる。だがナナ子は、顔は細目で胸はペッタンコである。
(どうして神様は、こんなにも不公平なのコン。)
ナナ子の本音だ。
いつもいつも、姉のモモ子とナナ子が並ぶと、初対面の人は、全てモモ子をまず見て誉める。そして、モモ子を誉めた後、ナナ子に気が付く。
このままだとナナ子はモモ子に勝てずに、高家の跡目である刀自にすらなれない。
高家の跡目は、実力で選ばれる。このままではナナ子にモモ子に勝てる要素がなく、高家の跡目である刀自になれない。
そこまで考えるとナナ子は、思わず弱気になる。
「これでは本当にお笑い芸人になるしかないコン。」
もちろんお笑い芸人は、才能と努力と運がなければなれないことは分かっている。ただ、ナナ子は高家の跡目である刀自にもなれるし、お笑い芸人にもなれる条件で、どちらか選びたいのである。
最初からお笑い芸人の競争で勝負することは、プライドが許さない。
ナナ子は高家というエリートの家系に生まれたので、凄いプライドである。もちろん、これはまだお笑い芸人の競争の凄まじさを知らない少女の認識でしかない。
「でも、モモ子は去年、失敗したコン。」
モモ子は、去年クラス全員の男の子を集め、二十人の数で勇者の試練に挑戦した。
さすが美少女で豊乳のモモ子だとナナ子は思う。モモ子がクラス全員の男の子にお願いして全員が村の勇者の試練に参加した。しかし、それでも失敗している。
だからこそ、ナナ子の選んだ男の子が勇者の試練を達成すれば、ナナ子は生まれから初めてモモ子に勝つ。
だから勇者の試練を達成する男の子を募集する為、ナナ子は図書室で男の子を待っていた。
「女は度胸で勝負する。」
ナナ子はなかなか現れない男の子を待ちながら、自分自身に言い聞かせる。
ナナ子は既に三十分以上も待っている。でも誰も現れない。
(やはり、生まれつき運が無いのかしらコン。)
ナナ子が諦めて教室に移動しようかと迷う。
そこへノンが安い着物で現れる。庶民はまだ着物が多い。それに庶民は本をほとんど持たない。だからノンはこの世界の知識を知りたいという内心にいるタダロウに促されて図書室にきたのだ。
ノンが図書室に入った時、そこには、既に高そうな洋服を着た天狐族のナナ子がいた。間違いなくお嬢様である。それはナナ子が真紅のリボンで髪をツインテールにしていることでも分かる。庶民の女の子はゴムで髪を巻く。そのお嬢様がノンに話しかけてくる。
「おはようございますコン。」
少しビックリしたノンが返事を返す。
「おはようワン。」
ここでいきなりナナ子が両手を組みノンに御願いする。
「勇者の試練に参加して欲しいコン。」
お嬢様からのお願いである。
そもそも、ノンもタダロウも村の勇者の試練について、ほとんど知らない。去年の参加者たちは失敗した為、モモ子から去年の参加者全員が口止めされていた。
更に、ノンは同い年の女の子に初めてお願いされたのである。
ちなみに、ノンの近所には同い年の女の子はいなかったので、ノンは初めて同い年の女の子に話しかけられたのである。しかもお嬢様にである。
内心にいるタダロウだって同い年の女の子から声をかけられたことはほとんど無い。
ノンは、気持ちが舞い上がってしまう。タダロウも舞い上がる。そして、舞い上がった男の子のノンは思わず言ってしまう。
「分かったワン。参加するワン!」
ノンは胸を張ってなるべく可愛いく返事をした。
内心のタダロウも、当然、舞い上がっているが、ふと思っている。
(勇者の試練て、何?)
ナナ子はやっぱり思った。
(女は度胸、やっぱり両手でお願いしたのは、正解コン。)
ノンは自分が可愛いからお願いされたと勘違いして思った。
(男は愛嬌。やっぱり可愛いことは凄いワン。)
これが二人の最初の出合いだった。