15.モエの太陽光発電
モエ・ダルク・フカダは、ある太陽光発電の中小事業者から涙ながらに訴えられている。場所はモエが公演会を行った会場の控室だ。
中小事業者は、シベリアアン・ハスキー族のオグリだ。
「太陽光発電は、差益事業だから大丈夫だと、言われて信じたことが、間違いだった。」
モエは神族と呼ばれるタダロウのいた元の世界では、人間と呼ばれる種族だ。
モエは以前に、太陽光発電は、東大陸の均一主義大国の利権であり、そのエージェントである損不義の巨大企業に中小企業は潰される。
そもそも、太陽光パネルは森林などの環境を破壊すると警告していた。
このようにモエは、公演会で警告していた。
その時、シベリアン・ハスキー族のオグリは、モエを"嘘つき"と呼んでいた。
しかし、今や買電価額は値上がり、売電価額は十分に上がらずに、差益は差損になっている。
「大変、申し訳ない。信じた俺が、間違えていた。」
これは、仕方ないことでもある。この国のマスコミは、外資に乗っ取られており、報道というより、洗脳している太鼓持ちである。
モエがオグリの目を見て言う。
「でも、貴方は人として大切なことを学んだのです。それに、売国奴の手先にならなかったのです。」
モエが、|インターナショナル・グリッド《世界電力網》計画について話を始める。
インターナショナル・グリッド計画とは、東大陸の均一主義大国と東昇帝国などを太い伝線で繋ぎ、東昇帝国に不足している電力を供給する計画だ。
オグリが聞く。「つまり、植民地になれということですか?」
モエが答える。「生殺与奪を握られる。ということです。」
情報社会の基礎は、電力である。電力がなければ、全ての電子機器は、ただのガラクタになる。
そして、モエ自身が、均一主義大国のスパイをスパイだと指摘したら、名誉毀損で訴えられたことを話す。
「なぜ、検察は貴方を告訴しているのですか?」
「既に、この国の従属犬派は、スパイを庇い、検察を動かすほど権力を持っているのが現状です。」
オグリは絶望的な状況なのだと理解するが、モエの瞳には光がある。
思わず、オグリが聞く。
「怖くないですか?」
少し間があり、モエが答える。
「怖いです。でも、この国の未来を亡くすのは、もっと怖いのです。」
オグリが部屋にある時計を見て、モエに時間を取らせたことに気がつき話を切り上げる。
そして、会場の地下にある駐車場に、モエとその秘書と共に降りる。秘書はウサギ族の青年だ。
そして、オグリは自分の車に乗ろうとするが、モエとモエの秘書は、何か車の下を見て車に乗ろうとしない。
不信に思い、オグリがモエたちに近づく。
「何か車にトラブルですか?これでも少しは車に詳しいのですよ。」
「親切にありがとうございます。でも、タイヤをやられてしまいました。」
オグリが近づいて見ると、確かにタイヤに穴があいており、とても走れる状態にない。
オグリが言う。「タイヤ交換をしますか?」
ウサギ族の秘書が言う。「そこまで時間がありますかね?」
その直後、オグリは駐車場に現れた黒ずくめの集団を見て、タイヤのパンクは、モエを狙った計画的犯行なのだと理解する。
オグリが、自分の車のキーを、モエに押し付ける。
「逃げてください。」
オグリがウサギ族の秘書を向く。
ウサギ族の秘書も頷く。
ウサギ族の秘書が叫ぶ。
「早くしてください。」
オグリが遠吠えする。
シベリアアン・ハスキー族は、人なつこいので番犬には向かないが、力はある。黒ずくめの男たちにパンチを放つ。
モエは、渡されたキーで、車を発車させて外へ出る。
更にモエは、会場の警備員に連絡を入れる。
そして、心から思う。
(どうか二人が無事でありますように。)
そこは陸地から少し離れた島にある邸だった。島といってもそれなりの広さがあり、四季折々の花が咲く庭園もある。
「今年の花は特別に見事ですウ。」
ウサギ族の執事が感慨深く言う。
サムエル邸の窓際からその花を見ながら、神族のモエ・ダルク・フカダは黒髪のカツラとカラーコンタクトを外して、二人のことを心配している。
モエの本来の外見は緑色の髪であり、モエの目は金色だった。
モエが心配している二人とは、シベリアン・ハスキー族のオグリとウサギの秘書のことだ。二人は今、病院の集中治療室で生死の境をさまよっている。
「私は、神族として何をなすべきか?」
神族とは、獣と人の間ではなく、その原型である人型で、特殊能力を持った者たちである。彼らは特殊能力を持つがゆえに神族と呼ばれた。
モエがウサギ族の執事に問いかける。
「ナナ子たちは力不足?」
「現状はモエ様もそうですウ。」
執事はナナ子とモエについて答えていた。従属犬派は、手段を選ばなくなっている。この邸とて、安全とは言えないと、ウサギ族の執事が警告している。
モエは深呼吸する。
「決断するべき時ですね。」
それは、神族であるモエに太古の神話を思いださせる。その神話では、かつて人類は人の存在を変える遺伝子操作を可能とする科学と大地を割るほどの核兵器を持ったことがあるというものだった。
その神話では、遺伝子操作を使った細菌兵器を持つ大国と核兵器を持つ大国が世界の覇権を争い、人類は、その環境と科学と人口のほとんど失なったという結末があった。
つい最近までただの戒めだと考えていたが、遺伝子操作が、現実に細菌兵器を作りだすにおよび、これは太古に本当にあったことだと思い始める。これが最終戦争の神話である。
そして今まさに北の軍事大国が、隣国のバザール国に侵略戦争を開始している。
その上、北の軍事大国と協力している東大陸の均一主義大国が、見えない侵略戦争を東昇帝国に開始している。
この国がゆっくり滅亡に向かっているには、はっきりとした理由がある。
それは、均一主義大国の工作員による見えない侵略戦争により、知的財産、つまり、未来を盗まれたのである。
そして、彼らは再度の最終戦争を既に開始しているのではないのか。
「もう、花を見ている場合ではないわ。」
モエがその憂いにとらえられている時、英雄が現れようとしている。
もし、この国と世界にもう一度、新たな希望と未来をもたらせるなら、モエは賭けてみたいと思った。
「行きます。」
二度とは見ることができないかもしれない庭の花を、もう一度、モエが見る。
執事がお辞儀をして退出する。
翌日、ナナ子の部屋へホームステイするモエが現れる。
最近、ナナ子の家には、武道家の書生が住み始めている。更に警備員が24時間体制で警備するようになっている。
そして、モエの邸からも、戦闘のできる女中が住み込み始める。
ナナ子は最初、戸惑った。
モエは高家より、更に高位の家柄の娘である。東昇帝国で高家は高位の家柄であり、高家より高い家柄の人を直接見るのは、ナナ子にとって生まれてから始めてである。(普通は、テレビなどで見るだけだ。)
また、神族を見る事もナナ子は始めてだった。
ナナ子が緊張しながら挨拶する。
「はじめまして。高家ナナ子です。」
モエはそんなナナ子に語り始める。
「自信を持ってください。」
ナナ子が改めてモエを見る。モエは黒髪に黒目の変装をしている。
ナナ子が驚いたのは、ナナ子が考えていた事を指摘されたからだ。実は、次の英雄の試練においてカギは自分に自信を持つ事だった。モエはナナ子に微笑みながら、更に語りかける。
「私は味方です。」
高家に生まれた者は、常に緊張していなければならない。だからこそ、ナナ子は、姉のモモ子に勝たなけれならない。勝たなければ、高家の刀自になれず、最初からいない事にされ、姉のモモ子は一人っ子になる。それが高家に生まれた者の宿命だった。
しかし、ナナ子からその緊張がはじめて取れ、まだ赤ん坊だった時に戻って、ほっとする。ほっとしてナナ子はしらずしらずに涙を流していた。
「大変だったのね。」
「ありがとうございますコン。」
ナナ子は、今まで大変なプレッシャーをずっと感じながら生きてきた。それがやっと一息した瞬間だった。
翌日、ノンたちはミツルの家にいた。
モモ子がノンを色仕掛けで奪取する事を防止する為に、瞑想の訓練をミツルの家でノンたちはしている。
ミツルの両親は、前はノンと付き合うことに、いい顔をしていなかったが、ナナ子がノンと付き合うと、途端にノンに笑顔を向けるようになった。
ただミツルの部屋は、ナナ子の部屋ほど広くないのでダイニングルームを使っていた。
今、ノンたちがしている瞑想は、目を閉じて自分の深層意識を探するものである。
ノンが中心にいて、向かい合う位置にナナ子、背後にはモエ、右側にミツル、左側にサラがいる。
座る向きが違うのは、ナナ子だけである。ナナ子だけ違うのは、ノンとナナ子にある過去の因縁が理由である。
「難しいワン。」
「眠たくなるニャン。」
「すぐに、色々なものが浮かブー。」
「みんな、意識を疑似鈴音に合わせるコン。」
「みんな、まずリラックスしてください。」
モエがみんなを落ちつかせ、リラックスさせる。
ノンは、赤尾の七剣士ヤスベエの末裔である。ナナ子はその剣士たちに討ち取られたと伝えられる大魔法使いタマオノマエの末裔である。
ノンとナナ子の先祖における残留思念は、解放していなければならない。
解放しなければ、ノンとナナ子の深層意識は攻撃しあう可能性がある。それではチームが分裂してしまう。
それを回避する為の瞑想であり、心の奥底にある闇(破壊衝動)について大掃除するための瞑想だった。
いつもはノンはすぐ眠くなり、ナナ子に睨まれるが今日は意識が霧の中に入り、かなり昔の風景が見えてきた。
どうやら、時代はゲンロック、雪が舞い散る冬の夜にヤスベエたちは高家に押し入ろうとしていた。
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(かなり面倒くさい話:見えない侵略)
この国は、見えない侵略を受け、未来を盗まれている。このような話をしても、太鼓持ちに、洗脳されている人々には、全く相手にされないだろう。
だが、「グローバル・インターコネクション(GEI)」構想は、現実の構想であり、このイメージからインターナショナル・グリッドのヒントを得ている。
(『ソーシャルメディアと経済戦争』深田萌絵 著 扶桑社新書 参照)
また、作中のモエの発言「怖いです。でも、この国の未来を亡くすのは、もっと怖いのです。」は、以下の箇所からイメージを得ている。
(『IT戦争の支配者たち』 深田萌絵 著 清談社の「おわりに「次世代に未来を残す」という決意」の中にある著者の決意から)
だから、この小説は、社会派ファンタジーとでも言える分野ではないかと自負している。
更に言えば、著者の深田さんのイメージは、圧倒的に不利だったフランス救国の女傑、シャンヌ・ダルクに重なる。
だからこそ、モエ・ダルク・フカダと名前をつけた。しかし、同時にジャンヌ・ダルクのような悲劇が繰り返されないことを、切に願い、この国の未来が取り戻されることを切に願う。