100.凶皇の白い泥人形
凶皇ペテルギウスは、地の底の闇で不機嫌に呟いた。
「我の配下が全て倒されてしまったペ。いまいましいペ。」
青白い皮膚からは死神のイメージが似合う神族の凶皇は、手で泥人形を作っている。
獅子族の男の姿をした泥人形は既に出来上がり、あとは目を作っておしまいだ。たださっきから大きな目を作って何度もつくりなおしている。やっと気に入った目を作って息を吐く。
「デミウルゴスよ。我は求め、訴えたり。このものに仮初めの命を与えたまえ。」
普通はなまるのだが、さすがに神への呪文はなまらない。
闇が泥人形に集まり泥人形に吸収される。
そして泥人形だったものの目が動き凶皇を見る。
凶皇が言う。「お前の名はトロツキー。駄犬を殺せ。」
凶皇の配下の六帝は、ノンたちに殺された。
まず天命を持つノンたちを抹殺しなければ、次に倒されるのは、凶皇だ。
駄犬の抹殺命令を受けたトロツキーは動き出す。動き出したトロツキーは、いつのまにか白い姿である。更に頭にあった泥の冠も金色に光っている。
ドロツキーは背から翼を出して地上への出口に向かって飛び立つ。
まずトロツキーが向かった先には大きな石の門がある。
トロツキーはその前に立ち、呪文を唱える。
「四つのもののひとつが言う。門を開けよ。」
石の門が開き、地上に繋がる道が現れる。
そこはかつて滅帝と呼ばれたものが居た場所だ。大きな音と共に床が割れて穴が現れる。
そこから金色の冠を被る白い獅子族が、その翼を羽ばたかせ出てくる。
ただトロツキーの背後には、泥が舞う上がったような雲が続いている。
トロツキーはかつて人であった頃、世界を破壊する為、均一主義の世界革命を唱え、殺された。
あの頃、トロツキーを動かしていたのは押さえ難い破壊衝動である。均一主義の本質は破壊衝動であり、しばしば起きる大量虐殺は均一主義の必然だ。
それは、東昇帝国に起きた浅間山荘紅軍事件でも明白で、むしろ起きない均一主義国の方が珍しい。
つまり、均一主義は、破壊衝動による破壊しかもたらさない。
いや、違うと均一主義諸国は発言するが、その紅い旗と同じく真っ赤な嘘だ。
均一主義諸国の仕事は、宣伝が目的である。仕事の宣伝ではない。宣伝の為に仕事をしている。一言で言えば詐欺である。なぜか、本質が破壊衝動だからである。そして均一主義を支持する者は、嘘をつき続ける極悪人と嘘を信じるお人好しである。そしてほとんどの均一主義諸国で極悪人が権力を握り、お人好しが地上の|自称天国≪地獄≫で苦しむ。
その日、ノンたちは神義官庁の会議室でロバ族のノア・バラムから神人についての話を聞いている。
ノアは人々が不死と幸福と神性を追及する結果、やがて人から神人に進化するという話をしている。
ノアが言う。「この内、神性、つまり魂について科学で証明することができない。」
ナナ子が言う。「主観的意識と魂を結びつけて証明しようとすることに無理があるコン。」
マサヒロが言う。「魂は、主観的意識を発生させるけれど、主観的意識とは違う。」
ナナ子とマサヒロは『魂の科学』に基づく意見を言う。
ノアには、生き物がデータ処理にすぎないのか知りたいので説明を二人から聞く。
更にサラが言う。「人が人らしく行動できるには、イカ同様脳ではなく、経験蓄積脳が基本だと思うニャン。」
サラが脳内の全細胞の八割以上を占めるグリアが人を人らしくする基本だと言うとノアはさっそく調べてみると答える。
ノアは言う。「まだまだ知るべきことはありますね。」
ノアが謙遜して言うと、ノンが言う。
「まだまだなのは、ワン(自分)も同じワン。」
ノアの話に全くついていけず、発言できなかったノンが言う。
ナナ子が言う。「長官ももっと勉強しましょうコン。」
思わぬ突っ込みにノンの尻尾が下がる。
ナナ子はノアが歴史学者なのだから脳科学と宗教で、今一つなのはやむを得ないと思う。むしろ不十分であったとしても、人類の課題を提起する勇気が凄いと思う。
警報が鳴り響く。将頼から連絡が入る。
「正体不明の飛行物体が急速に接近中。」
体長は二メートルぐらいのトロツキーが神義官庁の上空に姿を現す。将頼たちが機銃で攻撃する。
身長二メートルのトロツキーがバラバラになる。
将頼が言う。「それほどでもない。」
しかし、あっという間にトロツキーが再生する。
唖然とする将頼たちにトロツキーが言う。「泥から作られたものたちは、泥に戻れ。」
再度、機銃を構える兵士に将頼が言う。
「撃て、撃ってバラバラにしろ。」
機銃がトロツキーをバラバラにするが、すぐ集まりトロツキーが再生する。
機銃でバラバラにするがすぐに、トロツキーは再生する。
トロツキーが言う。「ムダだ。諦めろ。」
将頼が言う。「諦めないからここにいる。」
将頼がロケットランチャーでトロツキーを撃つ。護衛たちも機銃で攻撃する。
将頼たちがロケットランチャーと機銃の弾を撃ち尽くす。
トロツキーが、やはり再生する。
トロツキーが言う。「馬鹿は死ね。」
トロツキーの目が光って機銃と将頼たちを攻撃しようとする。
将頼がほっとして言う。
「やっと来てくれたか、」
軍女神が虎型機械武装に乗って現れる。将頼たちは軍女神などが現れるまでの時間を稼いでいたのだ。
軍女神に比べると随分とトロツキーは小さいのだが、トロツキーはみるみる内に軍女神と同じサイズに拡大する。
トロツキーが言う。「泥が拝む化け物め。」
大きくなったトロツキーが軍女神に泥から作られた巨大剣で斬りかかる。巨大剣は泥から出来ていたのに、金属に変わって軍女神に攻撃する。
三叉戟で受ける軍女神が炎槍でトロツキーを刺す。
ミツルが言う。「大きいだけの張りぼてブー。」
炎槍から炎が吹き出し、その炎がドロツキを覆う。ドロツキがひび割れ砕け散る。
カオル姫が言う。「倒したブヒ?」
ミツルが言う。「いや、まだブー。」
何かミツルの感が警告している。
その時、突然下から巨大槍が軍女神を攻撃する。とっさに剣で弾く軍女神。
軍女神が飛光輪でトロツキーを切断する。
トロツキーはそのままひび割れて散る。
次の瞬間、左右から二体のトロツキーが現れ、巨大剣と巨大槍で同時に軍女神を攻撃する。
もちろん三叉戟と盾で防ぎ、電鈴で二体を破壊する。
カオル姫が言う。「何度でも再生するノン?」
ミツルが言う。「分からないブー。」
次の瞬間、前後左右から四体のトロツキーが現れ、巨大剣、巨大槍、巨大斧、巨大鎌で軍女神を攻撃する。
軍女神が三叉戟と炎槍と剣と盾で防ぎ、電鈴で四体を破壊する。
カオル姫が言う。「また、再生するブヒ?」
ミツルが言う。「何度、再生しても倒すブー。」
次の瞬間、前後左右と斜めの八方向にトロツキーが現れる。
その時、前に死天女から現れ、前方の四体を倒す。
アキラが言う。「待たせた。」
今日の警備担当は軍女神で、アキラとシンニは瞑想していたので、死天女の出撃が遅れたのだ。
そして|死天女≪カーリー≫はドクロにトロツキーのひび割れた泥を吸収する。
その上、軍女神が破壊したトロツキーもドクロで吸収する。いくら再生可能だとしても死天女のドクロは全ての存在を吸収する。
ミツルが言う。「何かが再生するブー。」
カオル姫が言う。「まさか、泥は全て吸収したノン。」
アキラが言う。「周囲に泥人形たちがいる。」
シンニが言う。「なぜ、奴等が増えているの?」
軍女神と死天女の周囲には十六体のトロツキーが現れる。
シンニが叫ぶ。「ドクロよ。泥人形を全て吸収せよ。」
周囲の十六体のトロツキーがドクロに吸収される。
しかし、更にその周囲に三十二体のトロツキーが現れる。
ミツルたちは、トロツキーをどうやって倒せばいいのか分からないが、とりあえず破壊し、ドクロに吸収している。
しかし、やはりより多くなってトロツキーが現れる。
全てのトロツキーが言う。「我は不死身だ。」
ミツルが言う。「うんざりだブー。」
アキラが言う。「なぜ再構築する?」
ノンとナナ子が円盤型機械武装と犬型機械武装で出撃した時、軍女神と死天女の周囲には、数えきれないほどのドロツキがいる。
ノンが言う。「空気が臭うワン。」
ナナ子が言う。「空気が白っぽいコン。」
ノンが暫く考えてから言う。「空気のスライムワン。」
スライムとは通常、液体でできた小さいものだ。
しかし、もし液体ではなく、実態が空気でできた巨大なスライムであり、その巨大なスライムの中でダミーとドルガーたちが戦っているのなら、いくら破壊しても再構築できる。
そして巨大な空気スライムだったらどうすれば倒せるのか。
やはり液体スライムと同様に空気スライムの核を破壊しなければならない。しかし、どうすれば空気スライムの核を見つけることができるのか。ナナ子が必死に考える。
ノンが思いついてミツルに連絡する。
「空気スライムの核を神矢で撃つワン。」
ミツルが神矢を放つ。
神矢がかなり離れた地面に刺さり、泥に混じっているトロツキーの目が現れる。
トロツキーが叫ぶ。「貴様たちを凶皇様は決して許さない、、、」
ノンが十字剣で眉間を刺す。
ノンが言う。「ワンたちも許さないワン。」
空気スライムは、厳密には細かい微粒子である。その微粒子が周囲にある物質を集つめて泥人形のトロツキーは姿を現す。
しかし、実際は光学迷彩で隠れているトロツキーが命令していた。トロツキー本体が倒されたので、微粒子が落ちた。
ノンが言う。「やっと空気が普通ワン。」
ナナ子が言う。「やっぱり、やればできるコン。」
ナナ子がノンを誉める。しかし、ノンが言う。
「頭を使って疲れたワン。」
そしてノンが言う。
「疲れた時は、ケーキワン。」
やっぱりノンな、ケーキが好きなノンだった。