表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
<R15>15歳未満の方は移動してください。
この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

私はこの物語では何の役ですの?

作者: 杏亭李虎

調子が出ないので、王道テンプレでリハビリしてみました。

「公爵令嬢ソルシエール・レイヴン!! 貴様の悪行もここまでだっ!! 」


 華やぐ夜会のホールに響き渡った声に、会場の端に居たマチルダは待っていましたとばかりに騒動の方へと視線を向けた。


 「やっぱり、フィナーレは今日でしたのね。最終回に立ち会う事ができて、嬉しいですわ」


 両手を祈るように組み、マチルダは頬を染めて夢見がちに呟いた。







 マチルダ・エチセロは子爵令嬢である。

 特別美人というわけではないが、クリーム色に近い金髪と薄いブルーの瞳を持った、清潔感と愛嬌のある可愛らしい顔立ちの少女である。

 目立った特技もない、よくいる少女のマチルダだが、唯一、人とは違うところがあった。

 それは、前世の記憶を持って生まれてきた、というところだ。


 マチルダは前世で日本という国に住む女性であった。

 メルヘンやファンタジーを好み、可愛い物を好んでいた彼女は、この世界に転生した事を心から喜び満喫していた。


「前世の私が憧れていたフリルの付いた可愛いドレス。前世ではロリータやメルヘンなファッションに興味があったみたいですが、どうやら高かったみたいですし着こなせる気がしなくて諦めていたようですわね。ですが、金髪に青い目の貴族に生まれた私でしたら、可愛いドレスを着ていても問題ありませんわ! なんて素晴らしいのでしょう」


 さらに、この世界には魔法や妖精、モンスターなども存在していた。


「お砂糖菓子やバターたっぷりのクッキーを置いていたら、いつの間にか食べに来てくれるフェアリー達。メルヘンですわ!」


 文明的には科学や医学の進歩はないが、電気の代わりの魔石や、魔力を持った動植物の素材でそれらが補われていた。


「ニホンという国には無かった魔石で動く魔道具達に、実在する魔法動物達や魔法植物達の図鑑。ファンタジックですわ!!」


 この世界のほとんどの貴族達は魔力を多く持ち、魔法が使えた。子爵令嬢であるマチルダも例にもれず、魔法が使えるようになっていた。


「魔法のお勉強に不思議な呪文。お守り代わりのおまじないや大切な迷信。私がいる世界では、ほとんどの貴族令嬢が魔法少女ですのね!! マジカルですわ!!」


 多少夢見がちで、ふわふわとしたマチルダだったが、子爵令嬢としてすくすくと育ち、12歳で王侯貴族の子女が通う学院に入学した。

 学院に入学して数か月過ぎた頃、マチルダは一つの予想を立てた。


 ここは、この学院は、前世で乙女ゲームと呼ばれていた物の世界ではないだろうか、と。


 前世の彼女は乙女ゲームをプレイした事は無かったが、乙女ゲームをモチーフとした物語をたくさん読んでいた。そして、学院に入学してから起こる騒動の流れが、どうもその物語達と似通っている気がしたのだ。


 似通っていると考えた理由として、新入生として学院に入ってきた生徒の中に、平民育ちの男爵令嬢がいるだとか、その男爵令嬢が入学して数か月もたたないうちに、この国の王太子や高位貴族の子息達に気に入られるといった、ゲームや物語でよくある、王道のシンデレラストーリーを駆け上がっている事が挙げられる。


 さらに言えば、王太子の婚約者である公爵令嬢ソルシエール・レイヴンとその取り巻き達による、男爵令嬢に対する壮絶な嫌がらせといった出来事も起きていた。


 まさにテンプレ王道の展開である。前世でそのような内容を描いた数多くの作品に触れてきたマチルダが、事実はどうあれ、この世界を乙女ゲームの様だと考えるのも無理はなかった。

 そして、マチルダは自分の立ち位置を物語のモブであると結論付け、男爵令嬢や公爵令嬢の起こす騒動の行く先を、観客の気分で眺め続けていた。


 そして、今まさに、その物語がクライマックスを迎えようとしている。


 現実で巻き起こる物語の展開をずっと追いかけて、15歳になったマチルダは、結末をしっかりと見届けようと一歩前へ踏み出し、ホールの中央で始まった断罪劇を固唾を呑んで見守った。


 夜会参加者の視線を集めるホールの中央では、冒頭の声を上げた青年、この国の王太子が男爵令嬢を庇うように立ち、更に周囲には、高位貴族の子息達が二人を守るように立っていた。


 彼らと対峙するのは、先程呼ばれた公爵令嬢ソルシエール・レイヴンとその取り巻き達である。

 一瞬不快そうな視線を王太子達に向けたソルシエール嬢は、すぐに柔らかな笑みを浮かべ口を開いた。


「まぁ、殿下ったら、急に何をおっしゃるかと思えば悪行ですって? 一体なんの事か、わたくしには見当もつきませんわ」


 ソルシエール嬢はそう言うが、野外実習中に男爵令嬢へ魔物をけしかけたり、階段ですれ違いざまに、あいさつのような気軽さで男爵令嬢を突き落とす姿を、よく目撃されていた。


 ちなみにマチルダ自身もソルシエール嬢のそういった行いを目撃しているうえに、魔法の実習中にソルシエール嬢から、祖母より譲り受けたロッドを嘲笑ついでに燃やされるなどの被害を受けている。

 祖母から譲り受けたロッドは、魔法少女のステッキのような可愛らしい物だったので、マチルダはとても気に入り大切にしていたが、そのデザインが子供のようだと馬鹿にされたうえ、先端に付いていた魔法石しか残らないほどに燃やされてしまったのである。

 人の大切なロッドのデザインを馬鹿にするだけならまだしも、燃やすというソルシエール嬢の非道さに、マチルダは苦手意識を持ち、極力かかわらないように息を殺すようにひっそりと学院生活を送っていた。


 そのように男爵令嬢だけでなく、全方位に対して非道な行いをするのが、ソルシエール嬢という少女だった。

 間違っても、その『悪行』とやらが、男爵令嬢達が彼女へとかけた冤罪という事は無いだろう。


 だから、ソルシエール嬢のその返答を聞いた王太子達は激昂した。


「しらじらしいにも程があるぞソルシエール嬢!! 貴様の他者に対する卑劣な行いは、元より目に余るものがあったが、リリー・ホワイトマン男爵令嬢に対する非道の数々は、もはや黙過できん!! 王太子である私の婚約者という身にありながら、未来の王妃として相応しくない恥ずべきその振る舞い。許すわけにはいかぬ。よって王太子である私の名、ランベルト・ドゥクスにおいてソルシエール・レイヴンを私の婚約者から外し、領地での無期限の謹慎を命じる」


 王太子の言い放った言葉に、ソルシエール嬢の取り巻きは顔面を蒼白にし震え出したが、ソルシエール嬢自身は余裕の表情で返した。


「無期限の謹慎ですって? そんなことを、公爵である私のお父様がお許しになると思いまして? それに王太子の婚約者から外すだなんて国政にも関わる大きな事を、勝手に命じて陛下がお許しになるとでも?」


「陛下と議会、そして貴様の父親である公爵からの承認なら受けている。貴様の数々の悪事は、我々や影が集めた証拠と共にまとめ、議会を通して騎士団に回している。今頃、貴様の屋敷や関係者の大々的な調査が行われているはずだ。その結果次第で貴様に下される処罰が決定する。それまでは大人しく謹慎し、自らの罪を悔いる時間とするがいい」


 そう言い終わると王太子は、会場の端にいつの間にか立っていた王宮文官に視線で合図を送った。

 その合図を受けた王宮文官が軽く頷き片手をあげると、外で待機していた近衛騎士三人と、騎士が二十人近く突入してきた。

 近衛騎士三人は王太子達を背後に守るような位置に立ち、騎士は出入り口を確保するものとソルシエール嬢を取り囲む者に分かれた。

 夜会会場に突入してきた騎士達に騒然とする参加者たちだったが、最後に王宮文官がソルシエール嬢の正面に立ち、持っていた巻物、国王陛下と議会より発行された命令書を広げると徐々に静まり始めた。


 そんな様子を、眺めながらマチルダは『乙女ゲームのフィナーレにしては、なんだか形式ばっていて全然ロマンチックではありませんのね』とぼんやり考えていた。


 誰も喋る者が居なくなると、王宮文官が巻物の内容を高らかに読み上げ始める。その内容はソルシエール嬢が行ったとされる事件の嫌疑と、それに伴う処分に対する内容だった。

 明かされるソルシエール嬢の悪行の数々に、静かになっていた会場が再び騒然とし始める。




 ここで、男爵令嬢リリー・ホワイトマンについて、簡単に説明しよう。

 彼女はホワイトマン男爵夫人の姉の娘、つまり姪である。本来は男爵夫人の姉であるリリーの母親が男爵と政略結婚する予定であったが、その姉が平民の使用人と駆け落ちしたことで、妹が男爵家に嫁ぐことになった。人の良かった男爵と妹はその姉の事を許し、慣れない市井での生活に姉が苦労をしていないかと心配し、行方を探し続けていた。

 リリーの母親は、市井で平民として幸せに暮らしていたが、リリーが11歳の頃に流行り病で夫と共に命を落としてしまう。

 リリー自身も流行り病にかかり、何日も高熱にうなされたが奇跡的に一命をとりとめた。その頃ようやく男爵夫妻はリリーに辿り着き、姉の忘れ形見であるリリーを引き取って養子とし、娘として大切に育て始めた。そして、その一年後に、リリーは王侯貴族の通うこの学院に入学してきたという経緯だ。


 そんな中、ソルシエール嬢を元から注視していた王太子やその側近が、平民育ちを理由に見下され虐められていたリリーを影から助けるようになった。

 

 それが気に入らなかったソルシエール嬢は、リリーを学院から追い出そうと数々の非道な行いを始めるようになる。

 


 王宮文官が読み上げた罪状の中で、最も罪が重いとされたのは、人を雇い男爵家を襲撃した事だ。それにより、男爵夫人を含む使用人の半数が死亡。男爵自身も重傷を負い残りの使用人も重軽傷を負った。そして『次はお前の番だ』といった内容でリリーを脅迫。

 さらに学院で何度もリリーの命を狙い続けた。そのたびに、ソルシエール嬢の監視を行っていた王太子や側近、協力を要請されていた一部の職員により助けられていた。


 他にも、ソルシエール嬢の周囲の人物、侍女や従者。取り巻き令嬢だった数人の令嬢や、沢山いた王太子の婚約者候補の一人が、謎の失踪を遂げている件に関係している嫌疑がかけられていた。

 その事件の調査を行い、余罪の有無と関係性が確認され次第、処分内容を陛下と議会により決定される事、そしてそれまでは監視のもと領地での謹慎が課せられる事が読み上げられていった。


 マチルダはその内容を聞きながら、この読み上げられた内容が本当ならば、物語の中で『悪役令嬢』が処刑されたり国外追放されるのも無理はないと納得していた。

 

 納得しながらも、視線の先に見えるソルシエール嬢の表情に、どこか違和感を感じていた。

 リリー男爵令嬢を忌々し気に睨みつつも、どこか冷静というか余裕を持っている気がしたのだ。ただ、その余裕の理由が分らずマチルダが内心首を傾げていると、王太子が少し前に出て口を開いた。


「もうこれ以上、貴様の好きにはさせん。公爵令嬢として見苦しい抵抗はせず、大人しく騎士に同行せよ」


 その言葉に、ソルシエール嬢は顎を上げ、蔑みを込めた笑みを浮かべると言い放った。


「そんな妖婦の小娘に魅了され、惑わせられるような小物でありながら、よくも私にそんな口をきき、こんな屈辱を与えたものよ。決して許しはせぬ!! 私の敵にまわったこと、そこの小娘とこの国に、とくと後悔させてくれるわっ!!」


 言い終わるか終わらぬかのうちに、ソルシエール嬢を中心に爆風が放たれた。彼女を中心に渦巻く突風に様々な物が吹き飛ばされ、会場内は悲鳴と怒号にあふれた。

 

 マチルダは吹き飛ばされそうになりながらも、その場に座り込み、ソルシエール嬢達から目を離さなかった。

 だから、ソルシエール嬢の姿が変化していく様子を見逃さなかった。


 ソルシエール嬢の体から黒い靄が噴出したかと思うと、そのまま全身を包み漆黒の妖艶なドレスに変わる。真っ白な肌は薄青色へと変わり、両頬を含めたドレスから出ているすべての肌に、細く黒い蔦模様が浮き上がる。アメジスト色だった瞳の色は金色に代わり、白目の部分は黒く染まる。

 そして白銀の髪の色は変わらぬものの、その頭の両サイドには黒くねじれた大きな角が生えていた。

 年齢も、マチルダ達と同じ15歳程から、20代半ば程の妖艶な女性に変化しており、元のソルシエール嬢とは髪の色以外、似ても似つかぬ別人の姿に変わっていた。


 マチルダは、前世の記憶を持っていたことにより、この世界の魔法や精霊、魔獣や魔法植物といったものに、他の子どもよりも強く興味を持っていた。前世で言うファンタジー感あふれるもの全て興味を示し、知識を蓄えていた彼女は、ソルシエール嬢の姿を見て直ぐにその正体に思い至った。


「薄青色の肌に、黒い蔦模様……… 知ってます!! あれは、はるか昔に滅んだって言われている、魔族の魔女ですわ!!」


 そして、厳しい教育を受けて育った王太子や、その側近達もその答えに行き着いた。

 王太子や、リリー男爵令嬢を突風から守るようにしながら、側近が叫ぶ。


「貴様、その姿は魔族!? それも魔女かっ!!」


 そして、突風が止んだと同時に、素早く剣を抜いた王太子も魔女に向かって声を荒げた。


「どういうことだ!! レイヴン家は王家とも繋がる由緒正しい家系だ。そこから魔族が生まれるとは思えない!!」


 その言葉に、宙に浮きあがった魔女は片方の口角をあげるように笑うと、答えた。


「その通り、私はソルシエール嬢じゃないさぁ。あぁ、可哀そうなソルシエール嬢。王太子の婚約者に選ばれてしまったがゆえに、私に目をつけられるなんて」


 そう言って、魔女は自身の体を抱きしめながら、同情するかのような表情で笑う。


「なんだと!! 本物のソルシエール嬢をどうしたっ!!」


「そんなに怒ることはないさ。彼女には魔王様復活のための生贄となる栄誉を与えてやったんだ。きっと喜んでいたはずさ。なんてったって、嬉しさのあまり泣き叫びながら裸足で駆け回っていたからねぇ。足が血まみれになり爪が剥がれても走ってたんだ。よっぽど嬉しかったのさぁ。そして流石、次期王妃に選ばれただけあるねぇ、彼女の魂と魔力は魔王様の復活の最後の一手となった。きっと魔王様を復活させることが出来た事を、彼女も光栄に思っているさぁ」


 明らかに、本人は望んではいなかっただろうソルシエール嬢の最期に、会場にいる全員は怒り、そして悲しんだ。

 と、同時に理解した。少なくともここに居る魔族は、この国の敵であると。


 すぐさま隊長格の近衛騎士が剣を抜き、指示を出した。


「近衛騎士二名は、王太子の身を守れ!! 騎士隊の一班と二班は私と共に魔族の討伐もしくは捕縛にあたる!! 三班は会場の避難誘導を!! 四班は他に魔族の仲間がいないか周囲を警戒せよっ!!」


 指示を聞くと同時に、魔女へと切り込む騎士達。

 

 そこで、王太子の側近の一人、魔術の天才と呼ばれる青年が前に躍り出た。


「私も、王太子とリリー嬢を守るために戦います!!」


 するとそれに続き、騎士団長を父親に持ち、剣の才能で未来を期待されている側近も前に出た。


「俺も行こう!! 他の皆は、王太子とリリー嬢を近くで守ってくれ!!」


 そう言うと、他の側近達と視線を合わせ頷きあうと、魔女との戦いに飛び込んで行く。

 リリー嬢はと言うと、両手を彷徨わせ、不安そうな表情でオロオロとしている。王太子はそんなリリー嬢をそっと自分の背後へと移動させ、残った側近は王太子とリリー嬢を守るように囲みなおす。


 先ほどまで煌めくシャンデリアの下で、優雅にダンスが行われていたホールは、戦場と化し大騒ぎとなっていた。


 恐怖のあまり気を失う令嬢やご婦人。魔法で戦いに加わる紳士達。

 戦いの衝撃で、二か所ある出入り口の片方は早々に塞がってしまい、中々進まない避難誘導。


 立て続けに起こる衝撃の展開に、マチルダはついて行けずに混乱し始めた。


 この世界は乙女ゲームかと思いきや、クライマックス目前で悪役令嬢が、滅んだとされる魔族と入れ替わっている事が発覚したうえに、本物の公爵令嬢はすでに亡き者にされているというのだ。さらにバトル展開に突入している。


 マチルダの前世の女性が、乙女ゲームをプレイしていないため、実際に起こりえる乙女ゲーム的展開をマチルダは知る由もない。あくまで、乙女ゲームをモチーフとした創作小説を読んだという記憶があるだけである。

 だが、これまでの条件や展開から考えて、まだ乙女ゲームの世界という予想は捨てられずにいた。


 そこでマチルダは、ゲームや小説のありえそうな展開。つまり王道的な展開から予想をつけることにした。


 まず、現在の状況を鑑みて、現時点はクライマックスではない。

 ならば、これが物語の始まりだとすればどうだろうか? 王道的ではないだろうか?


 現状、戦闘行為が行われている事により、ここがゲームにしろ物語にしろ、バトル展開有りの作品と思われる。


 バトル物なら、『ボス』と呼ばれる種族が出現するのが、王道ではないだろうか?

 そして、ボスという種族には、最高位とされる『ラスボス』と呼ばれる種族が存在するのが王道だ。

 さらに言うと、経験値をあげて様々なボスを撃破しなければ、ラスボスには戦いを挑めないのが王道的展開である。


 では、現状に当てはめてみよう。

 様々な事件や陰謀に巻き込まれつつも、周囲と協力しあい助けられながら進んでいくと、魔族の魔女が出現。ここまでが序章とするなら、魔女は初ボスであろう。なるほど、王道だ。


 さらに魔女により、強大な敵、魔王の復活がほのめかされている。

 重ねて魔女が語ったソルシエール嬢の悲劇により、魔族は敵であるという認識付けがされた。


 魔王をラスボスだと考えて、ここで主役と思われる男爵令嬢リリーが覚醒し、魔王を倒す旅に仲間達と出るとすれば、まさしく王道である。


 だとするなら、モブであるマチルダが追える物語は、一章までだ。これより先の魔王討伐の旅にはついて行けない。


 そして、このまま初ボス撃破まで見たいところだが、それも難しい。夜会会場として使用できる程度に広いホールだが、ボス戦をするには狭い場所である。巻き添えをくって命を落としかねない。

 貴族として生まれ魔法は使えるのだが、ロッドを燃やされているために魔法を上手く発動させる事が難しい。そんなマチルダが、このまま居残っても足手まといにしかならない。


 残念に思いつつも壁に沿って進み、会場から避難する客に混ざろうとしたとき、魔女の攻撃により吹き飛ばされた騎士が、マチルダの方へと飛んできた。

 それに気づいたマチルダだが、避けようにも元から動きが鈍く、さらに驚きで思考も止まり、硬直してしまう。しかし間一髪、近くにいた紳士に突き飛ばされた。

 突き飛ばされ倒れたマチルダの後ろで、騎士と紳士が激突し壁に叩きつけられる。

 慌てて我に返り起き上がったマチルダが、二人が失神しているものの無事だという事を確かめていると、倒れた衝撃でぶつけ壊れたのか、首飾りから虹色の宝石が転がり落ちた。

 慌てて転がる宝石を追い手で押さえた時、騎士が飛んできた方から咆哮が響き、何事かと顔をあげ視線を向けた。


 そこには倒れている騎士達と、満身創痍で魔女の前に立つ近衛騎士。同じく満身創痍の王太子と側近達がいた。

 いつの間にか王太子達も参戦していたようである。


 対する魔女も満身創痍であったが、マチルダが注目したのはその姿だった。

 咆哮を上げる魔女は体のサイズが一回り大きくなり、両腕には鱗、背中には蝙蝠のような翼。そしてトカゲのような尻尾が生えていた。


 その魔女に対して、王太子が口を開いた。


「そろそろ観念するがいい!! 悪しき魔女よ!! もうすぐ応援の騎士隊が到着する、これ以上の抵抗はよせ!!」


 お互いに満身創痍であるが、魔女は一人、そして王太子達には仲間がいる上に増援が来るなら、魔女の分が悪い気がする。

 だが、マチルダは魔女の姿に引っ掛かりを覚えた。そこで、なにが気になるのかを深く考える。


 魔女は初ボスであると思われる。

 魔女は現在、初めの姿から、すこし形態が変わっている。

 魔女はボスと思われる。


 ボスと呼ばれる生き物の中には、第三形態まである者が存在する。


 もしも、もしもだが人型が第一形態で、現在の翼の生えた姿が第二形態とするなら?


 そこにマチルダが思い至った時、魔女が片方の口角をあげ不敵に笑ったのが見えた。


 咄嗟にマチルダは叫んだ。


「お気をつけ下さいませ!! その魔女はまだ真の姿を見せていませんわ!!」


 その声を聴いた王太子達が、疲れ果て下がりかけていた剣先を上げ警戒を強めた瞬間、魔女から爆発したかのような衝撃波が会場中に広がった。



 マチルダはその衝撃波で壁に激突し、気を失った。



 王太子達は警戒を強めていたおかげで、かろうじてその場に踏みとどまった。

 そして、第三形態へと姿を変えた魔女と対峙する。


 ホールの中央に現れた、青黒いドラゴン。そのドラゴンの体からは黒色の金属のような蔓薔薇が生え、全身を覆っていた。

 さらに蔓薔薇からは、同じく金属のような見た目の青い薔薇が咲いている。


 それを見て、王太子達は目を見開いた。


 その姿は記録にも残っている。

 はるか昔に滅んだとされる魔王の側近の一人

 ドラゴン(パイトニサム)()魔女ドラコー ヴァネッサ・ドーナ

 

 魔族の魔女には特徴がある。薄青色の肌に全身を覆う蔦模様である。

 あくまで蔦模様であり、本性を露わにして真の姿になろうとも、蔦模様は蔦模様であり刺青のように皮膚に模様が浮き上がっているだけである。


 しかし、目の前の魔女は違う。真の姿になった時、体から金属質の蔓薔薇が生え、全身を覆った。

 さらに言うと、通常の魔女は蔦模様であるのに対し、この魔女は真の姿になった時、模様がつたではなく蔓薔薇つるばらへと変わり、青い花が咲いているのである。


 その姿を持つのは、唯一、魔王の側近と記録されている、魔女ヴァネッサ・ドーナだけである。

 魔女ヴァネッサ・ドーナは記録によると、人族の王家に上手く入り込み、内部から国を崩壊させていくという、傾国の魔女である。


 それに気づいたとき王太子らは蒼褪めた。だが、このまま引くわけにも行かない。

 増援が来たとしても不安が残る。来るのは騎士隊であって、魔物討伐を主に行っている部隊ではないため、ドラゴンとどこまで戦えるか分からない。


 しかし、彼らは覚悟を決め、剣を握りなおしたのだった。







〈    るだ    まち だ   おきてー〉


〈 たすけに きたよ まちるだ おきて〉


〈まちるだの おねぼうさんなのだ  はやく おきるのだ はやく しないと みんなしんじゃうのだ〉


〈〈〈 だから おきるの まちるだ 〉〉〉



 耳元で一斉に呼ばれた気がして、マチルダは飛び起きた。

 そして周囲を見渡し、呆然とする。

 そこは何もない空間だった。白く淡く光る何もない空間。そこにマチルダは座り込んでいた。


 しばらく周囲を見渡したマチルダだったが、目の前に自分の拳ほどのサイズの毛玉が、3つ飛んでいるのに気が付いた。

 水色の毛玉、薄紫の毛玉、金色の毛玉、それらがマチルダの目の前をぐるぐる回っている。


〈おはようなの まちるだ たすけにきたよ〉


〈そのこも おこすの まちるだ〉


〈はやくしないと いけないのだ じゃないと しんじゃうのだ〉


 どうやらさっきからの声は、この毛玉達の声だと判断したマチルダは、目も口もない毛玉達に問いかけた。


「ここは、一体どこなんですの? あなた達はいったい誰?」


〈〈〈 ぼくたち  めるへん 〉〉〉


「メルヘン? メルヘンってどういうことですの? よく分かりませんわ」


 すると、メルヘンを名乗る毛玉達は、マチルダの頭の上や両肩などに好きにくっつき、語りだした。


〈 まちるだ が よぶの だから めるへん〉


〈くっきー とか くれるの ぼくたちが たべると まちるだが そうよぶの〉


〈だから めるへん なのだ まちるだが よぶのだ〉


 どうも知能が低いのか言っている内容が要領を得ないが、彼らが言っている内容から予想するに、マチルダが彼らをメルヘンだと呼んでいるらしい。だから自分たちはメルヘンだと主張しているようだ。

 

 さらに彼らが言うには、マチルダは彼らにお菓子をあげていると。

 心当たりを探して記憶を掘り返し、ひとつ思い当たることがあった。


 マチルダはこの世界に妖精がいると知り、前世の世界のオウベイと呼ばれる地域にあった『お菓子やミルクを妖精用に窓際や棚に置いておくと、運が良ければ妖精が食べに来るらしい』という子供向けの伝承を思い出し、それを信じて試していた。

 前の世界でも食べてくれるなら、魔法や妖精が当たり前に存在するこの世界ならば、お菓子を食べに来てくれる確率は高いのではないかと思ったのだ。

 そして何度か繰り返すうちに、気が付いたらお菓子が消えているという事が増えたのだ。

 そのたびにマチルダは、『メルヘン(チック)ですわ!!』と喜び、そのお菓子を用意する行為を習慣づけていた。

 ちなみにマチルダはこれまで、お菓子を食べる妖精の姿を確認できたことは無かった。


 しかし、彼らの発言から、そのお菓子を食べていたのはこの毛玉達らしい。


「もしかして、あなた達が妖精さんですの?」


〈ようせい? ようせい ちがう めるへん〉


〈めるへん は めるへん なの〉


〈まちるだが ぼくたちを めるへん って よんだのだ だから めるへんなのだ〉


 自分たちを妖精では無くメルヘンだと言いはる毛玉達に、マチルダは首を傾げつつさらに質問する。


「ところで、ここはどこですの? 私は夜会の会場に居たはずですわ」


〈たすけに きたの〉


〈おこすの あか おこすの〉


〈いそぐのだ まちるだ はやく おこして たたかわないと みんなしんじゃうのだ〉


 どうやら、金色の毛玉が一番賢そうだと感じたマチルダは、金色の毛玉に事情を聞くことにした。


「どういう状況ですの? 誰を起こせばいいのかよく分かりませんわ。もう少し詳しく教えてくださる?」


 すると毛玉達は、マチルダの右手の拳に体当たりを始めた。


〈ここに ねているのだ あの まじょには あかの ちからが いるのだ〉


 そこでマチルダは、握っていた拳を広げると、そこにはさっき拾い上げた首飾りの宝石。元は祖母から受け継いだロッドに付いていた、虹色に輝く魔法石があった。


 ソルシエール嬢に化けた魔女によって燃やされたロッドだったが、先端に付いていたこの魔法石だけは無事だった。そのため新しくロッドを作るときには、この魔法石を先端に着けようと、大事に首飾りにはめ込んで肌身離さず身に着けていたのだ。


〈そのいしは ほんとうは もっと おおきいのだ  だけど いまは ねてるこ おおいのだ〉


「この魔法石の中に眠っている子がいるんですの?」


〈そうなのだ ねむっているから ちから よわいのだ そうして かくれていたのだ だから まじょも ちがうとおもったのだ ちから よわいから〉


「よく分かりませんわ。眠っていると力が弱まるんですの? そうして隠れていたって何から?」


〈まおうなのだ むかし なんども まおうをたおした おとめたちのひとりが ぼくたちのちからを つかったのだ だから おとめがいないときは まおうたちから かくれるのだ〉


「それは、伝説や物語になっている乙女達の事ですの? あれはおとぎ話だと思っていましたわ」


〈おとぎばなしじゃ ないのだ ほんとうなのだ〉


 昔の伝記によると、過去に数度となく魔王が封印から蘇り、そのたびに選ばれし乙女達が力を合わせて封じてきたという。そして今から数百年前に戦った乙女たちによって、魔王は完全に倒されたという内容だった。

 しかし、先程の魔女が言うことが正しければ、再び魔王は蘇ったことになる。どうやら完全に倒したというのは誤りのようだ。


 そして、その乙女達の中の一人が、虹色の魔法石を武器に装着していたと記録に残っている。聖女であったり、女剣士であったり、職種は様々だが、常に虹色の魔法石を持つ乙女が出てきているのである。

 そのため、虹色の魔法石は少女達の間で人気があるが、虹色の魔法石は珍しく高価なため、娘が生まれると代々虹色の魔法石を譲り渡すという伝統を持つ家もある。マチルダの家もそうであったため、長女のマチルダに虹色の魔法石がついたロッドが祖母より譲り渡された。

 他の伝説の乙女も、それぞれ特徴があるのだが、それは割愛する。


 そして、毛玉達の言葉を信じるのであれば、マチルダが譲り受けた魔法石こそが、伝説の乙女が持っていたとされる、虹色の魔法石だという事だ。


 そして伝説によると、その虹色の魔法石には12匹の精霊獣が住んでいるという事だった。


「もしかして、あなた達が精霊獣ですの?」


〈めるへん は めるへん なのだ〉


 どうも会話が成り立たないが、そうだと判断しておこうと思うマチルダだった。


〈ぼくたちのことは いいのだ はやく あかを おこすのだ あのまじょを たおすには あか のちからが ひつようなのだ〉


「どうやって起こせばいいのかしら?」


 そう言いながら、マチルダは魔法石を手のひらでペチペチと叩いてみるが、何の変化も見られなかった。


〈まちるだ じゅもんが いるのだ〉


「でしたら早くその呪文を教えて下さいませ」


〈まちるだが かんがえるのだ じゅもんは たくさんのひとが しらない ことばほど ちからを もつのだ〉


「沢山の人が知らない言葉? 外国の言葉とかですの?」


〈がいこくのことばは がいこくの ひとがしっているのだ ふるいことば とか めずらしい しゅぞくの ことば とかがいいのだ〉


「そんなこと言われても、私はそこまで語学は堪能じゃありませんわ」


〈まちるだは しっているのだ ねむっていた ぼくたちに しらないことばで そんざいを あたえたのだ〉


「あなた達に存在を与えた?」


 首を傾げるマチルダに、毛玉達はクルクルと回転しながら答えた。


〈ぼくたち  『めるへん』〉


 その言葉でマチルダは理解した。

 マチルダが言葉に出していた『メルヘン』は、この世界の言葉では無かった。前世の女性が生きていた世界の言葉だ。


「それですのね!! それでいいのですわね!!」


 そして、マチルダは魔法石に向かって、ニホン語で語りかけた。





  『目覚めなさい 赤のメルヘン』



 

 次の瞬間、マチルダは赤と金色の光に包まれた。







 気が付くと、マチルダは夜会のホールだったところに立っていた。ホールの天井は崩れ、星空が見えている。

 きっとあの後増援が来たのだろう。大勢の騎士が周囲に倒れている。


 そして傷つきつつも、なお戦い続けているドラゴン姿の魔女ヴァネッサと騎士達。

 王太子は満身創痍で膝をつき、剣を杖代わりにしながら体を起こしている状態だった。

 そのそばには男爵令嬢のリリーが寄り添っている。


 ふと、何かを握っていることに気が付き、右手に視線を落とすと、真っ白な石でできたようなロッドを手に持っていた。先端には少し大きくなり、ハート形に変化した虹色の魔法石が付いていた。


 それに気づいたと同時に、頭の上で何かが跳ねた。


〈まちるだ おはようだぴょん さぁ いっしょに たたかうぴょん〉


 そう言いながら頭から飛び降りたのは、薄い赤色の毛玉だった。だが他の毛玉と違い、上の方にウサギの耳のような小さな耳が二つ生えている。


「戦う?! どうしましょう。私、どうやって戦えば良いのです?」


〈きんいろ あお むらさき そして わたし あか が てつだうぴょん〉


「それで、私はどうすれば良いのです?」


〈ひんと は いろと じゅもんだぴょん いろから いめーじした まほうが つかえるぴょん〉


 色からイメージした魔法。と小さく繰り返し、マチルダは考えた。


 青はきっと水だろう。紫はよく分からないので置いておくとして、赤は炎のような気がする。ならば金は?


 金は光属性か、もしくは金属属性か。雷とも考えられる。


「せめて属性を教えて欲しいのですわ」


〈ぞくせい? ないぴょん いろから いめーじ すると いいぴょん〉


 もしも、それが本当だとするなら、とんでもない事である。色だけでイメージすれば、どんな魔法でも使えてしまう。例えば先程悩んだ金色が筆頭だ。


 そこでマチルダは、今もなお暴れるドラゴンの動きを封じられるような魔法を考える事にした。

 動きが鈍いマチルダは、動き回るドラゴン相手に魔法を当てられる気がしなかったのだ。


 しかし、咄嗟に呪文を考えるのも難しい。


 色々考えていると、ふと、前世の女性が幼少期に見ていた魔法少女のアニメの記憶が浮かんだ。

 その魔法少女の一人が、金属属性の魔法を使っていた。

 そうだ、そのままの呪文で、同じ魔法をイメージしよう。


 そう考えたマチルダはステッキの先端をドラゴンに向け、魔法少女プリティメタルの初期の必殺技を唱えた。


   『ホーリーメタルチェーン♡プリティバインド!!』


 唱えた瞬間、ちょっと呪文が長いなと思ったマチルダだったが、ロッドの先端からアニメのエフェクトと同じ魔法が飛び出したのを見て、思わず笑顔になった。


 その魔法、金色に輝くハートや星型で繋いだ可愛らしい鎖が、渦を巻きながら魔女ヴァネッサへと向かい、その体を拘束し、瓦礫の散らばるホールの床に縫い付けた。


「マジカルですわっ!!」


 だが、喜んでいる場合ではない。この魔法がどの位持つのか、マチルダには分らないのだ。


 すぐに、赤い魔法をイメージした別の魔法少女の必殺技を唱えた。ちなみに魔法少女プリティメタルが出てくるのとは、違う番組である。


   『紅蓮の剣舞が一の型 赤薔薇殺風剣』


 これも唱えた瞬間、ちょっと呪文が長かったなとマチルダは反省したが、そばにいたウサギ型のメルヘンがアニメのエフェクト通り、赤い薔薇型の炎へと姿を変え、ドラゴンに向かっていったのをみてあせった。


「大変ですわ!! 赤のメルヘンが、ドラゴンに向かって行ってしまいましたわ!!」


 しかしマチルダの心配を余所に、王太子や騎士達によって弱らせられた上に、魔力を聖なる(ホーリー)金属の鎖(メタルチェーン)によって拘束バインドされた魔女は、あっさりと炎の薔薇に貫かれた。


「………マジカル…ですわ」


 そして必殺技により致命傷を負った魔女ヴァネッサ・ドーナは、そのドラゴンの体を聖なる(ホーリー)金属の鎖(メタルチェーン)に締め上げられ、聖なる力をもって砕かれはじめた。


「おのれぇ!! おのれ、またしても貴様らか!! 戦乙女達よ!! 口惜しや、貴様が新しい十二聖獣の乙女だったか!! だが私を倒したところで、他の魔王軍の将軍達も次々復活している。いい気にならぬ事だねぇ、今度こそ勝利するのは我々魔族さぁ!!」


 そう言うと、青黒い炎を上げながら魔王の幹部が一人、ドラゴン(パイトニサム)()魔女ドラコーヴァネッサ・ドーナは砕け散っていった。




 初ボス戦は、人類サイドの勝利である。


 魔女ヴァネッサが消滅した後、夜会のホールは静寂に包まれた。


 一番初めに我に返り、言葉を発したのは王太子だった。


「君は……… 魔女から、十二聖獣の乙女と呼ばれていた君は……… もしかして伝説の戦乙女の一人、虹色の聖女なのか?」


 そう聞かれて、マチルダは考えた。

 マチルダが虹色の魔法石を譲り受け、精霊獣と共に戦ったのは確かだ。だが、マチルダは自分が戦乙女だとも聖女とも思っていない。なぜなら自分をモブキャラだと思ってきたからである。

 なんと返事をしようかと悩んでいると、ドラゴンが消滅した場所から金色のメルヘンと、薄紅色のメルヘンが戻ってきた。

 そして、心持ちフサフサした気がする金色の毛玉メルヘンが、マチルダの代わりに答えた。


〈マチルダが こんどの 虹の乙女なのだ。 でも 虹の乙女は 聖女とは かぎらないのだ 剣士のときも あるのだ マチルダは 剣士でも 聖女でも ないのだ〉


「では………今代の虹の乙女である君は、一体」


 金色のメルヘンから、虹の乙女と認められたのであれば、自分は虹の乙女なのだろう。と納得したマチルダだが、では職業は何だろうと考える。

 まだ学生の身である。名乗る身分など子爵令嬢しかない。


 あえて言うなら『魔法少女』だろうか。

 しかし、マチルダは15歳。少女を名乗るには微妙な年ごろである。特にこの世界、この国の成人は16歳である。

 

 悩んでいると、急にロッドから薄紫色のメルヘンが飛び出してきた。


〈まちるだ きをつけるの!! もうひとり まぞくの けはいが あるの!!〉


 途端に警戒態勢になるホール。


 どこだ、どこに魔族が。と疑心暗鬼になる王太子や騎士達の姿を横目に、マチルダは薄紫色のメルヘンを見つめた。


 薄紫色をイメージした魔法とは、どんなものがあるだろう? そう首を捻ったマチルダは、丁度良さそうな作品を思い出した。

 それは実写映画『霊能力探偵 タケル』。この作品に出てくる、陰陽師の血を引く少し傲慢な主人公タケルが、能力を使う際、薄紫の五芒星が浮かび上がるというものである。

 その時の決め台詞が



      『邪悪なる魂よ、我が前に姿を現し、ひれ伏すがいい』



 唱えた瞬間、この呪文は悪役っぽいし、なんだか恥ずかしいなとマチルダは反省した。

 だが、効果は抜群だった。薄紫色のメルヘンが光を放ち、空に大きな五芒星を描くと、その五芒星から光が降り注いだ、


 そして、その光を浴びて叫び声をあげたのは、マチルダがずっと主役だと思っていた男爵令嬢のリリー・ホワイトマンだった。


 リリーは光を浴びてもがき苦しむと、あっけに取られる王太子達の前で、口から黒い靄を放出した。

 その靄から、露出の激しいピンク色の肌の魔族が現れた。体のサイズから考えると、飛べそうには思えない小ぶりの黒い蝙蝠のような翼に、頭には小さな角が二本はえ、黒く細く先端に矢じりのような突起が付いた尻尾を持っている。そして体が透き通っていた。


 この特徴に当てはまる魔族。それは淫魔。


 しかし、淫魔は実体を持たず夢の中に現れるため、こうして現実世界で姿を見ることは出来ない。

 だがしかし、マチルダの呪文により、それが可能になった。


 そう邪悪なる魂に、自分の前に姿を現せと唱えたのだ。


 苦しむ淫魔の姿は、マチルダよりも少し幼い気がした。そんな中、騎士が何かに気が付き声を上げた。


「男爵令嬢の体が!!」


 その言葉に、淫魔が出て行った後の男爵令嬢の方に視線を向けると、そこには10歳位の少女の亡骸が、ぶかぶかのドレスを身に着けて倒れていた。


 その姿に、マチルダは察した。


 本当のリリー嬢は、両親と共に流行り病で命を落としていたのだと。

 そして、肉体を持たぬ淫魔が、そのリリー少女の亡骸を自分の肉体として使っていたのだと。


 そういえばと、魔女ヴァネッサが、リリー嬢に対して忌々しそうに言っていた言葉を思い出す。


『そんな妖婦の小娘に魅了され、惑わせられるような小物でありながら、よくも私にそんな口をきき、こんな屈辱を与えたものよ』


 魔女ヴァネッサ・ドーナは気づいていたのだ。男爵令嬢リリー・ホワイトマンの内側に、ヴァネッサからしてみれば、まだ若い小娘ほどの淫魔が入っていることに。

 

 だとすれば、面白くないはずである。自分が王太子妃に、果ては王妃になり国を内側から崩壊させようと考えているのに、その獲物に若い魔族の小娘が横やりを入れてきたのだ。

 ソルシエール嬢に成り代わっている以上、魔族の魔女としての能力を使うのを控えたのだろう。

 淫魔はそこまで戦闘能力がない弱い魔族である。リリー嬢の肉体に入っていることを良いことに、人間として殺してしまおうとやっきになった結果が、あの男爵令嬢に対する執拗なまでの殺害未遂と考えられた。

 

 事実がどうにせよ、マチルダは手を出したのであれば、最後までやるべきだと考えた。

 きっと淫魔であればこれだけで大丈夫だろうと思い、五芒星の光の下で苦しむ淫魔にステッキを向け、唱える。


   

     『ホーリーメタルチェーン♡プリティバインド!!』



 ステッキから放出された、聖なる鎖に触れた瞬間、淫魔はサラサラと灰になるように消えていった。


「マジカルですわ」


 そして、なお呆然としている王太子に向かって一礼すると、先程の質問に答えた。


「私はエチセロ子爵家が長女、マチルダ・エチセロですわ。職業は『魔法令嬢』ですの」








 これが『魔法令嬢』マチルダ・エチセロの、彼女の人生の、彼女が主役の、物語の始まりである。


 ちなみに、マチルダの前世の世界には、この世界を舞台にした作品は存在しない。





評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
すごく面白い vs ちゅうにの時の暗記した呪文を思い出して悶絶
[一言] 続きは、続きはどこですか???????????
[良い点] 前世乙女ゲームやったことがない割には、呪文を暗記していたりしてかなりのド級オタクだったんですね。しかも古い中二系のw 面白かったです
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ