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君への手紙

また君に会いたい

作者: まさかす

 子は(かすがい)と言います。確かに私達夫婦にとって、子供は鎹でした。そしてその鎹となる大事な一人娘を失ってしまいました。妻はその事で憔悴し疲弊し、宗教に頼るようになり家には帰ってきません。子供を失った私達夫婦は呆気ない程に壊れていきました。


 妻がそれ程に疲弊したのには訳がありました。娘が亡くなる前日、妻は他愛の無い理由で以って娘とケンカしました。それは本当に他愛の無い理由です。


 そして娘が「ママなんて嫌いだ」と言うと、妻も「そんな事を言う子はママだって嫌いだよ」と、幼いケンカをしました。しかしそれっきり、娘とは2度と会う事は出来なくなりました。せめて仲直りさえしていれば、妻の気も少しは楽だったのだろうと思いますが、もうどうにもなりませんでした。


『あの世で娘と仲直りしてきます』


 先日、妻がそう書き残し逝ってしまいました。私は「娘の分まで生きる。決して娘の事を忘れない」と、自分にそう言い聞かせながら生きてきましたが、妻も逝ってしまった今となっては、あちらで家族3人で暮らしたいと思います。


 それでは、さようなら。





 私は今、そんな内容が書いてある手紙を読んでいる。それは今から40年程前に書かれた、いわゆる遺書と言うやつだ。もう少し生きる時代が遅ければ、少しは良い方向に向かった可能性があったかも知れないなと、仲直りする時間位はあったかもしれないな思うと、非常に残念だ。


 かなりの制約や条件があるが、現代に於いては死亡した人を一時的に蘇らせる事が出来る方法が存在する。人の魂と呼ばれるものは電気的な物であるという事で、それを利用した「疑似蘇生法」である。


 世間ではそれを「黄泉戻し(よみもどし)」「Spirit R(スピリット)egister(レジスター)」なんて呼んでいる。


 人の神経は微弱な電気信号によって賄われている。「人の気配を感じる」という感覚は、人が出す微弱な電気を感じ取っているからと言われている。人が亡くなった際には、その亡くなった場所に、その人の微弱な電気が一時的に滞留する、または滞留しやすい場所であるという事であった。


 その滞留している電気を利用しての蘇生であり、その電気は「滞留電波魂(たいりゅうでんぱこん)」と呼ばれている。幽霊やらゴーストといった物も、滞留電波魂が視認出来る形なっただけと言われている。その「滞留電波魂」を取得、増幅した物を人間を模した「オブジェクト」に入れる事で蘇らせる。これは簡易的、擬似的な人造人間である。


 ただし、あくまでも魂という電気である「滞留電波魂」が取得出来ないと蘇生は不可能である。電気といっても所詮は微弱な物であり、滞留しやすい状況でなければ直ぐに雲散霧消してしまう。その前に「滞留電波魂」を取得する必要がある。良い条件で有っても「滞留電波魂」の滞留時間はせいぜい2日という事だ。


 それでも上手くいかない事もある。そもそも電気が滞留している場所では複数の「滞留電波魂」が漂っている事も多く、高圧電線があったり無線電波等が混在している状況も多いので、取得そのものが上手くいかない事も多い。それでも何とか取得できたとしても、上手くオブジェクトに定着しない事もあり、蘇生が出来るかどうかは「運」であるとも言えた。


 運よく「滞留電波魂」を取得できた後は、これを増幅するという作業が必要となある。だが、この増幅処理は筑波にある国立研究所の高度なシステムでしか出来ないのが現状だ。まあ「滞留電波魂」を上手く取得するという事自体、ハードルの高い作業で有る為に、そもそも増幅作業のニーズが少ないという事もあり、1か所しか無くても現状で影響は無い。

 

 そして増幅された「滞留電波魂」は「精神データ」と呼ばれる物に変化し、それをオブジェクトに登録する。


 オブジェクトは日本人の平均的な男女の容姿を模した「肉体」であり、10歳刻みで用意されている。このオブジェクトは魂さえ入ればまさに人間という物であり、見た目にはただの人間である。勿論、臓器類も同じである。


 しかし、ここでも未だ問題は残る。


 精神データを登録後、上手くいけば蘇りはするが、現時点では2時間しか持たない。2時間後にはオブジェクトはただの肉の塊と化す。精神データという魂がそれ以上定着しないという事が原因で、未だに定着しない理由は分かっていない。とはいえそれは今の科学力の話。科学は日進月歩であり、いずれその時間が長く出来るであろうと楽観視する向きもある。だがそれが出来るようになった場合、多くの人が気付いている懸念が顕在化する事が予想される。


『人間の命は1つ。限りある命だからこそ尊い』


 それが当たり前であり不変であった。だがそれが不変で無くなる。


「命に対する尊厳が無くなるのではないか」

「死に対する概念が変わるのではないか」

「きっと殺人に対する概念も変わる」


 厳しい制約や条件付きではある物の、「死んだ人間が生き返る」という事は、そういう事であるという懸念。


 通常の人間と変わらないオブジェクト。今は一律の容姿のオブジェクトではあるが、蘇った後に整形、成型するという事も想定される。オブジェクト自体をクローンでという話もあるが、現時点それだと魂を入れる器としては満たさないという技術的問題がある。しかしこれも技術の進化によっては可能になるのかも知れない。だがそうなれば、同一遺伝子のクローンというレベルでは無く、同じ記憶からスタートするクローンが誕生する事になる。


 今ではマニアの為に作られているというカメラ用フィルムがある。それを使用するのは単なるノスタルジーだろうと思っていた。ある日、私はフィルムカメラを使う人に話を聞く機会を得た。


「デジタルカメラになって便利に、そして楽になった訳だけど、写真1枚1枚の価値が変わったと思うね。フィルム時代は1枚1枚、まさに1瞬1瞬が切り取られていた。だがデジタルカメラになりパソコンでの編集も可能になり、削除や複製が難なく行えるようになった。1枚1枚を大切に撮っていた時代とは、明らかに価値が変わった。

 大量に写して気に入らなければ棄てる、若しくは編集する。大量に複製しあちこちに保存するという事が簡単になった事で価値が変わった。『フィルムだってネガがあれば幾らでも複写できるだろ?』なんて言われる事もあるけどそうじゃない。逆にネガはそれっきりだからね。私は1枚1枚を大事にしたい。だからフィルムを使う。今後も使い続けると思う。まあ、現像した時に失敗したのが分かるとショックはでかいけどね、ははは。デジカメ? ああ、勿論使うよ。資料用に撮影する時とか、試しに撮影する時にね」


 命もそうなるのかも知れない。簡単に複製も出来るようになるのかもしれない。


『怪我をしたから新しい人間に交換する』

『病気になったから新しい人間に交換する』

『気に障ったから殺した。なので新しい人間に交換してくれ』


 そんな時代が来るのかも知れない。


 先鋭的な人達からは「罪を犯した後に自殺した者に適用しよう」という人もいる。ちゃんと責任を取らせよう、何があったのかを明らかにしようという趣旨である訳だが、言いたい事が分からなくはないが、それは流石に優先度が間違っている気もする。


 そもそも私はオブジェクトという物に人の魂を入れるなどと言う方法には反対だ。それこそ人の尊厳を無視しているだろうと。理由はどうあれ、亡くなった人を呼び戻すなど尊厳を傷つけるような物だと。そんな物は人では無いと、人間を模した肉人形であると、妻に対して強く語っていた物である。


 魂の入ったオブジェクトは時間の制限はあるが、過去の記憶を所有し通常通りに会話も出来る。故に家族親族は見た目に違和感を抱きながらも、その魂の所有者(・・・・・)を相手に、時には泣きじゃくり、時には抱きしめ会いながら2時間という一時(ひととき)を過ごす。だが所詮は()であり物体(・・)でありオブジェクトである。ずっとそう思っていたし周りに対してもそう言っていた。


 だが私は卑しい人間だった。尊厳だの何だのと言っていたにも拘わらず、いざ自分に降りかかってくると、批判し反対し忌み嫌っていた物でも(すが)ってしまう。


 明日、私は妻のオブジェクトに会う。分かっている。自分は卑しい考えの人間だと。それを忌み嫌っていたくせに、いざとなると縋る人間だ。


 だがそれでも――――また、君に会いたい。

2020年04月28日4版誤字訂正他

2019年11月18日3版句読点多すぎた

2019年04月08日2版誤記訂正

2019年03月24日初版

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