もう一人の勇者
【もう一人の勇者】
自称?神と言う世界管理者から、様々な説明を受けた後、四回目の人生(勇者)を始めるべく、真っ暗闇の世界に意識を手放した。
・・と思っていたのだが、本当は最初から意識があったのではないかと考えている。
真っ白から真っ黒に変わっただけで、意識の有無には気づかなかっただけかもしれないと。
「何時まで真っ暗なんだろう・・」
それに気づいたのは、こんな自問自答をした時だった。
ふと思ったのだ。
「あれ? 僕、意識あるんじゃないのか?」
夢の可能性もあったのだが、少なくとも何らかの意識らしきものはあると。
意識があるから、何が出来たかと言えば、実際の所何も出来なかった訳である。
「うーん、どう言う事だ?」
あくまでも意識と思しきモノ、考えると言う事だけで、他には何も出来なかった。
そんな時、何かの音やかすかな声らしきものが聞こえてきた。
「おっ!? 誰か居るのか? おーい! 誰かー!」
出来るだけ大声で叫んでみたが、何の反応も返ってこない。
「あちゃー・・しまったなぁ。通り過ぎちゃったか」
折角のチャンスを逃してしまったようだ。
そんな事を考えている内に、扉?が少しあけられ、光が入ってくる。
「あっ!? 気が付いてくれたのか?」
多分全開になったのだろう、それ以上開かなくなり天井が見える。
「天井って事は・・、地下室か何かだったのかな」
出ようと体を動かそうとするのだが、何の反応も示さない。
「あれれ・・、困ったなあ。すみません、ちょっと動けなくて・・」
扉を開けてくれた人に呼びかけるが、扉が開いたときからその人物は見えなかった。
「ちょっと待て・・。何で僕、天井しか見れないんだ?」
最初に見た一点だけしか見ることが出来ない。
眼球さえも動かせないで、一方的に見せられるだけ。
「も、もしかして、俗に言う、麻痺状態って奴ですか?」
自分の偏った知識から、色々な小説やゲームに出てくる、似たような症状を思いつく。
神は言っていたではないか・・『勇者の力が必要と判断に応じて、能力が覚醒したり、封じられたりする出来るようにする』と。
「なる程・・。必要時までは体が麻痺、情報だけは最低限手に入ると。理解は出来るが納得がいかん。あまりに酷い仕打ちじゃないか?」
意識は残された待機と言う苦行に、この方法を考えた世界管理者に文句を言う。
「お目覚めかしら?」
女性の声がする。多分扉を開けてくれた人なのだろう。
「(あー、すみません。お目覚めなんですが、体が麻痺してまして・・)」
「いえす、ますたー」
声は出ないだろうと思いながらも答えると、別の男性の声が聞こえる。
「(・・へっ!? ちょっと待て。もう一人居るのか? そっちが答えちゃった?)」
状況は分からないが、ここで何とかしないと捨て置かれる可能性が出てきた。
「(ふ、二人とも! 僕にも気づいてくれ!)」
そんな思いは届かず、僕の事は無視して、二人だけで会話が始まってしまう。
「あなたは誰かしら?」
「ますたーニヨッテ、創造サレタ物デス」
「そう・・」
「ソシテ・・」
「・・えっ!?」
「(ちっくしょうー、完全に無視してやがるな・・)」
勇者召喚で二人か召喚されたとして、片方が動いて、片方が動かなければ、そりゃあ動く方と話を進めるよなあ、と思ってしまう。
「勇者ト呼バレタ者ノ、記憶ヤ能力ヲ継承シマシタ」
「継承!? 記憶と能力を!? なる程・・」
「(ん!? 今、勇者とか出てこなかったか?)」
自分の考えに没頭して、聞き逃してはいけない言葉を、うっかり聞き逃してしまった。
「私の名はヘクセ、あなたを創りし者です」
「いえす、ますたー」
「貴方に、プッペという名を与えます」
「私ノ名ハプッペ・・。登録完了。新シイ名前二感謝シマス」
「そのシーツを纏って、付いてきなさい」
「いえす、ますたー」
「(おおっ!?)」
その声の後に、視界が動いた。
世界がめまぐるしく回り、シーツを取られ、手が差し伸べられる。
シーツをとって自分の身体に巻きつけるような動作が見え、そんな衣擦れの音が聞こえる。
「・・何となく嫌な予感」
自分の目に見える視点が、プッペと名付けられた者と連動しているような気がする。
聞こえる音も、何となくだが、プッペが聞いた音が聞こえているような気がする。
「うーん、間違いないかなぁ」
プッペと呼ばれた者がマスターと呼び、名付けの女性と行動を共にする、全ての視覚と聴覚が一緒だった。
「はぁー・・。麻痺じゃなくて封印だったわけだ。神の取った方法は」
自分なりに、大体の現状を把握する事ができた。
しかし情況が好転するような要素は、全くと言って良いほど見つけられなかった。
女魔導師ヘクセは、人工生命体プッペを、一旦自室に押し込む。
「良い? ここから動かないように」
「いえす、ますたー」
自分の命令が無ければ、何もしないだろうとは思いつつも、命じておく。
自分の主である、第四王女トホターの元へと向かいながら内心考える。
「プッペを使って成り上がる事は決定事項として・・」
ではどうやってと言うのが、非常に重要になってくる。
根回しせずに、大々的にプッペの存在を吹聴すれば、なんやかんや理由を付けて取り上げられ、自分の存在が抹殺される公算が高い。
「となれば、方針が決まるまで、しばらくの間はプッペの存在は隠すべきね」
ではプッペの存在を如何するべきか・・
「部品を融通してくれた、友人や知人には降霊術の実験と言ってあるから、人工生命体を連れて歩くだけなら問題は無いわね」
後は勇者の記憶や能力の継承を、どう有効的に使うべきか・・
「先ず自分を追い遣った奴等は論外でしょう」
魔法学院の面々の顔を思い浮かべ、憎しみが掻き立てられる。
「友人や知人たち・・、無理ね」
平民の出として仲の良かった者たちで、高い地位の人間の元で働けた者は皆無。
「はぁー・・。やっぱりトホター様を、上手く使うしかないわね」
消去法ではあるが、自分が持っているコネが、一番高い地位の者となる。
「どのくらい情報を開示するか。・・使えるリソースは限られている、ならば・・」
これからの事を考えながら、トホターに割り当てられた部屋に到着する。
合図をすると、トホターの侍女が現れ、取次ぎを願うと、すぐに通される。
「どうかしましたか、ヘクセ?」
「トホター様、勇者の魂の降霊に成功しました」
ズバッと本題を切り出す。
「・・えっ!?」
彼女は最初何を言われたのかわからない様子で、ポカーンとしていた。
「ええっぇぇっっ・・モガモゴ!?」
「トホター様、お静かに願います」
失礼ではあるが、手で彼女の口を塞ぎ、咄嗟に騒げないようにする。
打ち捨てられた第四王女とは言え、一応は監視が入っている可能性がある。侍女とか・・
「モガモゴ?」
多分、何故?とでも言っているのだろう。
人差し指一本を立て唇にあて、静かにのサインをしてから手を離す。
「何故ですか?」
「一応、監視の目を・・」
「なる程・・」
周囲の気にしながら、此処に来るまでに考えた言い訳を説明する。
「トホター様にもお話して来ましたが、勇者の召喚が難しく、勇者の魂を降霊するという方法で、人工生命体を創っていたのはご承知の通りです」
「ええ、存じています」
そもそも許可を出した本人なのだから、忘れられては困るというものだ。
「先ず第一に、成功しているか不明なのです」
「えっ!? どう言う事ですか?」
そりゃあ成功したと言いながら、成否不明と言われれば、あれっと思うだろう。
「あくまでも降霊した霊自身がそう言っているだけで、私が勇者の魂であるかどうか分からないのです」
「つまり降霊は成功したが、あくまでも自称勇者であると?」
「その通りです」
理解が早くて助かる。
「そこで、しばらくは人工生命体の言っている事が本当かどうか、確かめようと考えています」
「どのようにですか?」
「冒険者登録をさせようと思います」
「えっ!? 何故ですか?」
「先ほど勇者の魂と申しましたが、本人曰く、勇者の記憶と能力を継承していると言っているのです」
「勇者の記憶・・、能力を継承・・ですか?」
流石に姫も眉をひそめて、事の真偽を図りかねているようだ。
「人工生命体・・プッペと名付けましたが、プッペの言う事が本当なら、それ相応の戦闘能力を持っていると考えます」
「なる程・・」
「あくまでも記憶と能力ですので、初っ端から強敵と戦わせるのは酷でしょう」
「冒険者としてランクアップさせながら、段階的にプッペの能力を測ると」
トホターの視線が遠くを見るものに変わり、私の提案を考えているのだろう。
「ある程度のランクの能力があれば、信用するに足ると思われます。時間は多少掛かりますが・・」
「確かに私たち自身、勇者の能力と言うのは、あくまでも物語の上での能力しか分かりませんしね」
勇者がこの世を去ってから、既に何世代も過ぎ去っており、実際に見た事のある人など、同様に墓の下だ。
「分かりました。ヘクセの案を許可します。すぐに取り掛かってください」
「畏まりました。それから・・」
ここからが重要である。彼女の口を塞がなくてはならないのだから。
「この件は、誰にも話さないようにお願いします」
「分かりました。が、何故ですか?」
「プッペの言葉が本当だった場合、プッペを奪われた上、私達の存在が危うくなります」
「確かに・・」
勇者の記憶と能力が本物と言う事ならば、誰だって手に入れたい。
姫は簡単に逆賊にされ、牢獄に閉じ込められ、最悪の結末を迎えるだろう。
私は薬漬けか何かで、飼い殺しにされる姿が眼に浮かぶ。
「この事は二人だけの秘密と言う事にします」
「お願い致します。もし誰かに聞かれたら、護衛用の人工生命体を創ったので、テストしていると言い訳をして下さい」
「そうですね。分かりました」
正直な話、護衛役が私一人では、心もとないのは事実なのだ。
「表向きは、今まで通りに活動します。少しずつ、対魔王戦の情報収集や準備を行って下さい。よろしいですね?」
「畏まりました」
これで良い。私は夢の実現に向けて、第一歩を踏み出すのよ!
自分を召喚(向こうは降霊と思っている)した女魔導師・・ヘクセが、プッペに待機を命じると、プッペはその場でジッとしている。
「全く微動だにしないとは・・。見ている風景も全く同じだとつまらんし、退屈・・っと言うか、飽きてきたぞ。はぁー・・」
考えるための情報も少ないし、考える事が多い状況でもない。
しかし体は動かせないから、色々な意見や考え、手段、方法が浮かんでも、伝える術が一切ない歯痒さだけが募るのだ。
「あとは先程の女主人?が、戻ってきてくれないと何も始まらないか・・」
早く戻ってこないかなぁーと思っていると、やっとの事でヘクセが戻ってくる。
「プッペ、服や装備を手に入れに行きます。付いて来なさい」
「いえす、ますたー」
プッペは、ヘクセに付き従うように動き出す。
「いくら人工生命体とは言え、シーツ一枚じゃ何も出来ないから、トホター様に一筆書いてもらってきたのよ」
人差し指と中指の間に挟まれた紙を、ピラピラと見せびらかす。
「(トホターって誰だよ。それに一筆って何だよ。って言うか、プッペも質問しろよ)」
動き出した際に、チラリと自分の今の姿が鏡に映る。
「(えっ!? お、俺!?)」
一瞬だったが、確かに見慣れた自分の顔が鏡に映り込んでいた。
所々に置かれた装飾品に、自分の姿が映るのを確認する。
「(やっぱり・・、でも何で人工生命体が? 別世界の人間がなんで俺の姿を知ってるんだ!?)」
神の手による作り替えの際に、神の配慮だったのだろう。
聞いてみないと分からないが、会えないのだから、それ以外に思いつかなかった。
二人が先ず向かったのが、よく分からない倉庫である。
退屈そうにしている受付の男性に声をかける。
「トホター様からの許可書よ。新しく護衛を創ったから、服や装備が欲しいんだけど?」
そう言うと、受付の男性は申し訳なさそうに答える。
「ヘクセ殿、うちらの部署は、その場その場で物品を揃えるのが原則です。その理由はお分かりですよね?」
「うっ・・」
僕は知らないのだが、ヘクセは隠密諜報部隊と言うところに所属しているらしい。
当然、隠密で諜報なのだから、その行く先々に馴染み、溶け込むような服装が鉄則。
部隊専用の装備などがあるはずは無いのは、少し考えれば分かりそうなものである。
「服ならばお渡しできますが、武器や防具は兵士用の倉庫へ行って下さい」
「分かったわよ」
プッペはサイズが合う服を見繕ってもらって、隅っこで着替得るように命じられる。
「(・・プッペ。哀れなり)」
人工生命体は、主人の命令に絶対服従。
せめてもの救いは、恥じらいといった感情がなさそうな所であろうか・・
プッペが着替え終わると、次は兵士用の倉庫へと向かう。
ヘクセは先ほどと同じように、受付に居る男性に声をかける。
「新しい護衛用の装備を一式お願いしたいんだけど?」
これまた同じように、トホター様からの許可書を手渡す。
「トホター姫からぁ・・」
さも嫌そうな表情と態度から、仕方ないと言う雰囲気が滲み出ていた。
そして奥からゴゾゴゾと、一式揃えてカウンターに広げる。
「ちょっと! 何よこれ!? 下級兵士のものじゃない!」
渡された装備を見て、ヘクセが文句を言う。
「トホター姫の新しい護衛の装備とは言え、いきなりでは何の準備も出来ませんぜ。ちゃんと順を追って下さいよ」
「ぐっ・・」
兵士であれば、訓練や任務をこなし、見習い、下級、中級、上級から指揮官へと階級が上がるらしい。
上官から階級が上がったから、装備の変更などの許可証がもらえるのだろう。
「分かったわ。次までに用意しておいて頂戴」
「そう言う事は、トホター姫にお願いしてくださいよぉ」
「っ・・。分かったわよ! プッペ、装備しなさい」
「いえす、ますたー」
その場で与えられた装備を身に着け始める。
「(ふむ。トホターと言う人物は女性で、姫か・・。でも今のやり取りから見て、左程重要視されている人物ではないようだな)」
仮にも姫と呼ばれる人物なのだから、少なくとも王家に連なる者だろう。
それなのに、こんな地位の低い者からさえ、関わりたくないような雰囲気を感じるのだから、周りからはかなり疎まれている可能性がある。
プッペが装備を完了すると、「プッペ、行くわよ!」と、ヘクセは肩をいからせて倉庫から出て行く。