勇者降臨
【勇者降臨】
現国王は、治世に関しては程ほどなのですが、無類の女好きで有名です。
正室と側室の二人が居て尚、目を盗んでお手付きになった女性は多いと言います。
国としての唯一の救いは、成した子の数が少ないと言う事ぐらいでしょう。
少ないとは言っても、男女十名居れば十分過ぎますが・・
正室に男子が二人、側室にも男子が一人誕生しており、お手付きになった一人の娘である私トホターには、選べるような未来はそうそうあるものではありません。
そんな国王も一応は人の親なのでしょう、それなりの役職は与えられています。
『隠密諜報部隊 零班』と言う組織の班長が、今の私の役職です。
表向きは王女たる立場を利用して、民衆への慰問を行います。
裏の目的は、国王の娘が動くという事で目立ち、自分の部隊の人たちを、より目立たなくするというものです。
一応は同じ部隊に所属と言う事で、多少の情報の共有はしてくれますが、一言で言ってしまえばお飾りなのでしょう。
慰問先や部隊からの情報で、実しやかに囁かれている事があります。
それは遺跡や伝承の研究です。
一人二人の学者ではなく、広い国土を分割して管理を任せている、領主自らが行っていると言う噂。
興味本位を装って聞いてみると、正々堂々「人は過去から学ぶべきです」と公言する者も居れば、「はて? 何の話でしょう」とはぐらかす者も居ます。
これだけであれば、聞き流したかもしれませんが、私に与えられた唯一の付き人である、女魔導師のヘクセの言葉が、私の心を掴んで離しません。
「各地で、古の土地神の目覚めがあると聞きます。領主達は同様に古の戦神を蘇らせ、国を乗っ取ろうとしているのではありませんか?」
まさかと思いつつも、領主が無駄な事に金を使うはずはありません。
女魔導師ヘクセの言う通り、何かしらの裏があると思われます。
しかしながら役職が与えられているとは言え、所詮はお飾り・・
部隊長たる人物に報告しても、「承知しました」の一言で終わり、握りつぶされている可能性が高いと感じています。
お手付きの娘の身の上の私に、父とは言え国王が会ってくださる事は殆どありません。
正確には、周囲の人々が、合わせようとさせないと言うべきでしょう。
結局私の言葉に、誰も耳を傾けず、耳を貸す事はありません。
仕方なく唯一の付き人である女魔導師ヘクセに、愚痴を零してします。
「ではトホター様。私達で動くしかありません」
「私達だけで? どのような事ができると言うのですか?」
「古には神や精霊、魔王と言った存在のほかに、もう一つ重要な存在がありました」
「重要な存在・・? ・・っ!? 勇者!」
「そうです。私達は勇者の召喚を進めておいては如何でしょうか?」
確かに、いざその時になってから準備では、絶対に手遅れでしょう。
「分かりましたヘクセ。勇者召喚の研究を始めて下さい」
「畏まりました」
世界に何か起こりそうという危機感に、私達は勇者を召喚する準備を開始しました。
魔導師・・・。魔法と呼ばれる技術を習得した者達に与えられる称号の一つだ。
ほぼ誰でもなる事はできるが、魔法を学ぶ学園に入るためには、金かコネが必要であり、就職には、派閥が物を言う世界の職種である。
私ヘクセは、運よく領主の目に留まり、魔法学園に入学する事ができた。
しかし私ヘクセが師事した先生が、役職争いに敗れ、閑職に追いやられてしまった。
更に悪い噂を領主に流され、卒業は許されたが、二度と戻ってくるなと言われている。
それでも成績は上位をキープしていたので、何とか仕事にありつけた。
第四王女トホター様の付き人である。
名目上は王女の護衛と言う事だが、既に先の無い閑職に他ならない。
必ず成り上がると心に固く誓い、トホター様の付き人をしながら策を練っていた。
そんな時に耳に入ってきたのが、土地神の目覚めと、領主達の遺跡や伝承の研究と言う噂である。
これは使える・・否、使わなくては!とトホター様を炊きつけた。
トホター様はまさかと思いながらも情報を集め始められ、戦神の復活があながち嘘ではないと感じ始めたようだ。
トホター様のお立場は、ご本人も私も、嫌と言うほど理解している。
誰も私達の言葉に耳を傾けない事実に、トホター様の危機感が煽られる。
そこで私ヘクセが、そっと後押しして差し上げた。
「ではトホター様。私達で動くしかありません」
「私達だけで? どのような事ができると言うのですか?」
「古には神や精霊、魔王と言った存在のほかに、もう一つ重要な存在がありました」
「重要な存在・・? ・・っ!? 勇者!」
「そうです。私達は勇者の召喚を進めておいては如何でしょうか?」
これで上手く勇者を召喚できれば、一気に成り上がれる。
戦乱の時に合っては正に勇者となり、平和の時にはトホター様の地位を上げるでも、他の領主に取り入る材料にもできるはずだ。
しかし問題が無かったわけではない。
私ヘクセも、トホター様も閑職の身、研究に使える経費など限られている。
ましてや私達の話に耳を傾け、予算を出してくれる物好きなど居ない。
更に勇者の召喚に関する情報が、一切手に入らない。
今の国王は勇者の直系と言われ、勇者に関する蔵書は一切合財、王家の秘蔵書として保管され、おいそれとは閲覧する事ができないのだ。
金もない情報もないで、一からの研究がどれだけ進むというのか・・
そもそも召喚術と言うのは、後にも先にも、勇者のみしか成功例が無い。
一向に進まない勇者召喚の研究に、悶々とした日々を過ごしていたある夜の事、天啓とも言うべき閃きがあった。
「一個人の召喚は無理でも、過去に居た人物の魂なら召喚できるのでは!?」
降霊術・・、真偽は定かではないが、死者の魂を呼び寄せ会話できると言う。
これなら魔法学園でも少し齧ったし、蔵書だって容易に手に入るだろう。
召喚が進まない以上、前段階として勇者の魂を召喚してみる事にする。
研究の結果、まずは霊の器たる寄り代が必要である事が分かる。
本来は術者の身体に呼び寄せるのだが、長時間魂を留めておくと、術者の魂が消えて乗っ取られると書かれている。
今回はそれが望ましいが、私ヘクセが術者をやるわけには行かない。
誰かを生贄にする必要があると思えば、流石に躊躇いを覚えたその時、再び天啓を受けた。
「そうか! ホムンクルスやゴーレム、オートマトンを流用すれば・・」
ただ限られた経費で、それらのものを準備するのは非常に困難であった。
友人、知人、使える伝手は全て使い、嫌な奴にも頭を下げ、色々な部品を寄せ集め、フランケンシュタインの寄り代を作り上げた。
どうせ情報を得られればと言う、使い捨て感を持っての事だった。
諸事万端整えて、勇者の魂の降霊術を開始する。
ゆっくりと確実に、呪文を詠唱すると、それに合わせて魔法陣が明暗する。
手足は、ホムンクルスやゴーレム、オートマトンと違った物が付いており、傷だらけの体や頭も同様、すべて魔法で強引に結合したのだ。
髪の毛などなくつるつる、瞳の色も左右で黄色と赤色と言う具合だ。
胸には三度目の閃きと言うべき天啓により、結合が解けないようにコアがある。
且つフランケンシュタインの動力源にもなり、赤から紫、紫から青、青から緑、緑から黄、黄から橙、橙から赤へと色が変わり、それぞれ意味がある。
幾つかの失敗作や試作品を経て、ついこの間満足のいくものが出来たのだが、これも閃きによる後押しがあった。
厳かな詠唱を続けながら、フランケンシュタインの状況を注意深く見守る、
カッ!
突如、フランケンシュタインの身体が光り輝く。
「な、何!?」
あまりの眩さに、目を閉じた上、両腕で視界を塞いで防ぐ。
しばらくして、恐る恐る少し目を開けてみると、光は収まっていた。
「一体何が起きたと言うの・・ ・・えっ!?」
フランケンシュタインの身体が、明らかに変わっていた。
つぎはぎだらけだった身体が、普通の人間のような身体へと変わっている。
見事に禿げ上がっていた頭皮には、黒々としたくせっけの髪が生えている。
普通の人間とは正確には違い、関節部分には金属製のような玉のような物がある。
皮膚は人間の物のように柔らかそうだが、爪で引っかいても傷が付かない。
皮膚や腹を押せば、柔らかいのだが、筋肉や内臓とは違った感触がある。
体の表面には、細い線が張り巡らされ、胸のコアの所で収束していた。
「まるで神の手によって、作り変えられたみたいじゃない・・」
呆然としながらも、既に頭の中から、使い捨てと言う考えは消え去っていた。
真っ白な空間には、金髪碧眼の壮年の男性ただ一人であった。
彼の目の前には、上半身ほどの大きさの透明な板が二枚並んでいる。
「彼女には何度もヒントを送ったけど、神の啓示とは永遠に理解できないかな。きっと自分の知恵と、知識と、技術の賜物・・、自分の手柄と思っているんだろうねぇ・・」
左側の板には、魔方陣に横たわる、つぎはぎだらけの寄り代に向かって、ヘクセが詠唱をしている。
神の手による、奇跡の直前の状況が写し出されている。
「一応、不特定多数にヒントと言う啓示でバラまけば、殆ど直接介入率は上がらないとされていたはず」
眠っているかのような少年を映す、右側の板に手をかざす。
板を中心に、大小さまざまな透明な板が展開される。
「寄り代の改造を直接行うと流石にまずいか。その上で勇者まで送り出せば、直接介入率はうなぎ登りだね・・」
慣れた手つきで、板の上を指が駆け巡り操作していく。
「そう言った訳で、どうせうなぎ登りになるなら、予定通り一回で済ませた方が、安全確実って言うものだよね」
誰かに言うではなく、ただ自分を納得させるために独りごちる。
「それでは四度目の人生、三度目の転生を開始する」
サラリーマンの人生・・
勇者としての転生と、二度目の人生・・
学生としての転生と、三度目の人生・・
展開されていた全ての板が、収納されるよう中央の板に消える。
少し遅れて、少年の身体が板の中から消えた。
どこからともなく、機械的な、感情の篭らない音声が聞こえてくる。
最上位者権限の命令を受諾・・命令名『異世界者転生』
転生対象確認・・終了
転生点の確認・・ ・・・ 警告! 警告! 転生点に異物確認
非常および緊急時手順に移行・・
事象干渉による素体融合実施・・成功
脆弱点の補正実施・・成功
二つの魂を確認・・仮として人形、勇者と設定・・成功
魂の保存実施・・人形を主人格、勇者を副人格として保存・・完了
情報の上書き・・副人格から、主人格へ情報、能力を記憶として継承・・完了
非常および緊急時手順を終了・・
命令名『異世界者転生』・・完了
最上位者権限の命令・・完了
私ヘクセは、フランケンシュタインの寄り代が、精密な人形・・人工生命体へと変化した事に驚きつつも、自然と目覚めるのを待つ。
先程は驚いて、近づき、触れまでしてしまったが、本来ならやってはいけない事なのだ。
寄り代に霊を降ろす事自体が、イレギュラーなため、折角霊が宿ったとしても、僅かな刺激で霊が離れてしまう可能性があった。
そのため降霊術そのものが、成功しているかどうか分からなくなってしまう。
必ずしも望む霊が宿るとは限らない。
例えば害意を持った霊が宿ってしまった場合、近づいた瞬間に襲われる危険が潜む。
安全が確認できるまでは、霊を封じる結界の魔方陣に入る事は望ましくない。
そんなこんだで失敗したと唇を噛みしめながら、じっとアクションがあるのを待つしかない状況である。
しばらくすると、指先から始まり、身体のあちこちでピクつきが始まる。
やがて瞼がピクつき、静かに目が開かれ、黒い瞳が現れる。
しかしそれっきり何の行動も起こさない。
「(おかしいわ・・。降りてきた霊の影響を受けて、何らかの動きがあるはずなんだけど?)」
この場所を確認する動作や、自分の体を確認したり、声を出したりと言った、霊に限らず、初めての場所に対するアクションが見られない。
仕方がなく、こちらか先ずは声かけをして見る。
「お目覚めかしら?」
「いえす、ますたー」
「(・・マスター? もしかしてフランケンシュタインに使った素体に、何らかの魂があったと言うの?)」
自分の湧き上がって来た疑問を確かめるために、人工生命体に問いかける。
「あなたは誰かしら?」
「ますたーニヨッテ、創造サレタ物デス」
「そう・・」
かなりガッカリする。
どうやら降霊術によって、あやふやだった魂が固定され、人工生命体として目覚めてしまったようだ。
つまり失敗したと言う事である。
まあ、この人工生命体を生贄に、更に勇者の魂を降霊すれば良いと考えを切り替える。
「ソシテ・・」
「・・えっ!?」
そんな事を考えている時に、人工生命体から言葉の続きが発せられる。
「勇者ト呼バレタ者ノ、記憶ヤ能力ヲ継承シマシタ」
「継承!? 記憶と能力を!?」
どうやら人工生命体の魂と、勇者の魂が干渉しあった結果が現在の人形の状況のようだ。
「なる程・・」
無意識に口角が釣り上がる。
「私の名はヘクセ、あなたを創りし者です」
「いえす、ますたー」
「貴方に、プッペという名を与えます」
「私ノ名ハプッペ・・。登録完了。新シイ名前二感謝シマス」
「そのシーツを纏って、付いてきなさい」
「いえす、ますたー」
身支度を整える人工生命体プッペを見ながら、これからの自分の未来に心は躍っていた。