神だって悩みはある
【神だって悩みはある】
彼の前を立ち去ると、別の真っ白な空間へと移動する。
正確に言えば、彼と自分との間に、どデカく、分厚い、完全防音の真っ白の板を入れただけの、ちゃっちい事をしただけなのだが。
目の前に二枚の透明な板を出して、その表面に触れる。
片方には『呼び出し中』と言う表示がされ、もう片方には、金髪碧眼の見目麗しい女性が現れる。
「お呼びでしょうか?」
「ああ。彼との会話の記録はバッチリ?」
「はい、完璧です」
「そう・・。念のため、文書化しておいてくれる?」
「畏まりました」
女性がそう返事をすると、透明な板ごと消える。
それと同時に、『呼び出し中』だった板の方に、金髪碧眼の研究者っぽい男性が現れる。
「やあ、どうしたんだい?」
「彼が事故に巻き込まれたよ」
「確率としては、かなり低いはずだったんだが・・。状況は?」
「前回と同じ。他者を救うため、自己犠牲の精神と思われる」
「あり得ん・・、というわけではないが・・、勇者足りえる魂か」
魂とは言え、一人の人間が同じような事故の状況に、二度も遭遇するだろうか?
「その判断は時期尚早だと思うけどね。どうも完全に消したはずの記憶に引きづられた感がある」
「それは・・、確かに判断が難しいな・・」
無意識が故に、自らの意思なのか、前の記憶なのかはっきりとは分からない。
「三回目の転生か・・。研究としては、非常に興味深いんだが・・」
自分達が言いだしっぺであるが、正直とっとと終わって欲しい状況なのだ。
透明な板に映る人物が溜息を吐く。
「言うな、思い出させるな! 胃に穴が開きそうだ・・」
「こっちなんか報告書と言う無言のプレッシャーに、禿げちまいそうだ!」
お互い天使である自分達が、禿げ散らかったり、胃に穴が開くとは思えないが、それ程の苦悩を感じているのだ。
自分達の苦悩の始まりは、少し前まで遡る。
何もない真っ白な空間・・。
上も下も、前後左右、大きさ、高さ、広さ、その全てが分からない真っ白な空間。
そこに十数枚もの透明な板が、円周状に並んでいる。
その板には、金髪碧眼の老若男女、髪の長さや形、風貌の多少の違いはあれど、同じような種族のように見える人々が映っていた。
「これで本日の議題は全て、こなしたと思うが?」
「はい」
議長役の男性の右隣の女性が答える。
「では本日の議会は終了する。次回は・・」
「一つよろしいでしょうか?」
一人の壮年の男性が、挙手して発言の許可を求める。
「うん? 何かまだ議題が残っていたのかね?」
「いいえ。議題ではなく、折角このように皆様とお会いし、お話できる機会ですので、少しお伺いできればと思いまして」
「ふむ、なる程。確かにそうそうある機会ではない。で、話しとは何か?」
議長役の男性が、壮年の男性に許可を与える。
「ありがとうございます。お聞きしたいのは、勇者の魂は『どうなるのか』です」
「「「「・・・はぁ?」」」」
議会に参加した全員が、素っ頓狂な声を上げる。
「どう言う事かね?」
「私達は、自分達の管理する世界の危機に際し、異世界から勇者の召喚をする場合があります」
「そのような事例はあるな」
異世界人の召喚は原則禁止されており、上司などの承認が必要ではあるが可能である。
議長の言葉に、数人の管理者達が頷いている。
「では選ばれた魂は、勇者としての生を全うした後、どうなるのでしょうか?」
「勇者とは言え、一人の人間と同じ。最後の世界の理に従う事になりますよ」
他の管理者の答えに、他の管理者も頷いている。
「分かりきった答えだと思うのだが、何故このような質問をしたのかね?」
議長役が、管理者として知っていて当然の事を質問した真意を問う。
「私達は『世界の初期化』を避けるため、直接介入率に細心の注意を払い、高い信仰ポイントを払って勇者を召喚しますが、当たり外れがあまりにも大きい」
「まあ・・な」
数名の世界管理者が、苦笑いを浮かべ肯定する。
『世界の初期化』とは、例えば科学の世界に、魔法と言った異なる理が入り込む事で、理そのものが、世界の失敗と判断して、真っ新にしてしまうリセットの事である。
理は、世界管理者である神が、あまりに頻繁に介入する事も、この世界は失敗であると誤認し『世界の初期化』が起きてしまう。
これを避けるために、介入を数値化した直接介入率と言うモノを設定して、『世界の初期化』が起きないように注意を払っている。
逆に世界に住む人々の管理者に対する支持が高ければ、世界管理者の介入は適切であると、理が判断する。
これを数値化したものが、信仰ポイントである。
「真の勇者の魂を、複数の世界で使う事ができたらどうなるのでしょうか?」
「「「「なっ!?」」」」
その場にいた全員が、壮年の男性の問いかけに驚きの声を上げる。
「もし一つの勇者足りえる魂を確保できたとして、必要に応じて、各世界に派遣したとしたら、魂はどうなるのでしょうか?」
「それが、君の問いの真意か・・。勇者だった魂を、何度も勇者として召喚しても、勇者であり続けられるのかと」
「その通りです」
その場を沈黙が支配する。
当然であろう。誰もがやった事がない事に答えようが無いし、この場合、想像や推測の答えは意味を成さない。
「先ほども申し上げましたが、勇者にも当たり外れが存在します。私達が必要とする勇者の魂を確保しておき、幾つかの世界のための勇者とする事は出来ないのでしょうか?」
「それは、つまり・・?」
「私が考えるのは『勇者共有計画』と言う事になります」
沈黙の中、それぞれの世界の管理者の思惑が動き始める。
「確かに、あの方 からの禁止事項には含まれていない」
「そもそも誰も試す、いや思いついてはいない」
「待て待て、異世界人と言う点では同じ。禁止事項に抵触するのではないか?」
「信仰ポイントは足りるのか!? 直接介入率はどうなるのだ!?」
「いやいや、勇者ありきの考え方は危険だ。まずは自分達の最善をなすべきだ」
「待ちたまえ。魂そのもの劣化はどうなのだ?」
喧々囂々、それぞれ思い思いに意見を口にする。
「静粛に、静粛に!」
議長役の一声により、一瞬でその場が水を打ったようになる。
「発案者の言葉は、あくまでもどうなるかの問いである。我らの中に導入する訳ではなく、論議を求めているものでもない」
全員が、ハッとした表情になる。
「発案者よ」
「はい」
「今だかつて、そのような事が行われた事も、考えられた事もない。故に不明であり、想像や推測の域を超えず、誰も答えられるものではない。これで良いか?」
「はい、構いません。皆様にはお手間を取らせ申し訳ありません」
「うむ。それでは議会を終了する」
議長役が次回のスケジュールなどを伝え、議会は閉じられる。
−Bar 堕天使−
二人の男性が、お互いのグラスを軽く打ち合わせる。
「君のお陰で、議会は大騒ぎだったよ。見せてあげたかったなぁ」
「これで誰かが、この話に上手く乗ってくれれば、大成功なんだが・・」
ここは悩める天使が、思いの丈を吐露する場所。
集う者は、愚痴を零し、鬱憤を発散する・・訳ではなく、何故か解決の糸口が得られると言う摩訶不思議な場所。
店員の名札には Mephistopheles と書かれており、代金に魂でも求められるのかと言わんばかりの店である。
二人の出会いは、この店員の導きと言っても過言ではない。
壮年の天使と、研究者風の天使は、店が空いているにも拘らず、隣り合わせで席に案内された。
二人は同時に溜息を吐いた事を切欠に、お互い何となく話し始めた。
「人々のために、神や精霊を生み出すシステムを導入したら、戦争の兵器に使うようになったよ・・」
「そうか・・」
「戦争のための神や精霊への信仰では、信仰ポイントは貯まらない事になってる」
「そうだったな・・」
「あくまでも世界を創った世界管理者という神への感謝が、信仰ポイントとなる」
「戦争のためじゃ、最悪、世界の理は失敗と認識するかもな・・」
この状態での介入は、世界の理がリセットを起こす可能性が高い。
神たる世界管理者が、世界創造の際に導入するシステムは、人間のために良かれと言う考えである。
世界の理は、人が傷つけあう状況は、良かれとは判断しないだろう。
「人間を守るための勇者を送りたくても、ポイントは足りない。よしんば足りたとしても、勇者が居なくなればすぐに、戦争への思いに傾くだろう」
「そう何度も勇者を送る訳にはいかんしな・・」
壮年の天使が管理する世界の状況を、簡単に説明する。
今度は研究者風の天使の、彼が置かれた状況の聞き役に回る。
「閉じられた世界では、輪廻転生って言うシステムがあるだろう?」
「そうだな」
閉じられた世界、つまり自分の管理する世界だけと言う事だ。
「じゃあ開かれた世界、異世界同士で輪廻転生ってできないのか?」
「それが天使の中で、総スカンを食った理由か・・」
自分のつまらない愚痴を、何も言わずに聞いてくれた天使に、あまりの発言に驚きはしたが、否定はしない。
『世界の初期化』の問題から、無制限の異世界人の転生や召喚は、原則禁止である。
やるのであれば、あくまでも信仰ポイントの範囲でと言う条件がついて回る。
「しかしだ。たかが人一人、記憶まで消しているのに、世界の理にどれだけの影響があるというのか」
「直接介入率は、あくまでも予想数値でしかないな・・」
「その通り!」
実際には『世界の初期化』が起きた事例と言うのは、今までで一度だけである。
世界管理者は人間に仲良く平和で暮らす環境を提供する存在で、失敗したからと言って、今の今生きて暮らしている人間とその生活を、真っ新にする事は絶対に許されない。
それが あの方 の、世界管理における大原則となっている。
直接介入率は、あくまでも『世界の初期化』が起きるだろうと言う前提の予測であり、実際に何処まで介入すれば『世界の初期化』に至るか分からないし、試すと言う事など以ての外である。
彼はそれをやりたいと言うのだから、他の天使から袋叩きに遭うのは当然だろう。
「しかも世界管理者が使える直接介入率は、実際のところ、三割と言われている」
「それは・・、あくまでも噂だろう?」
上司である上級天使から示されている、直接介入率と言うのは、総量を百%とした場合、実際に使えているのは三十%とだと言われている。
これは本当に世界が滅びる直前で、信仰ポイントが足りない場合、上司から融通してもらうと言う仕組みが存在するのが、その理由である。
上司だって、世界の理に介入すれば『世界の初期化』が発生する。
いや上司は別世界の管理者なのだから、介入した時点で『世界の初期化』しかねない。
それなのに、どうやって信仰ポイントを融通するのか?
直接介入率の上限値を、限定解除しているのではと考えられている。
例えば三割の所を、六割にしてもらうと言う感じである。
そして渋々上司が融通してくれる理由が、実はある。
勇者を導入する際、世界管理者(神)のお陰と宣伝してもらうのだ。
こうする事で、爆発的に世界管理者(神)への信仰ポイントが増える。
信仰ポイントの上昇により、直接介入率は下がったと見なされる。
世界の理が、この世界にはこれが正しいんだと、誤解してくれるのを期待するのだ。
ただ上司が融通を渋るにも理由がある。
それは直接介入率はあくまでも予想でしかなく、本当に大丈夫かと言われると、はっきりイエスと言えないのが現状で、それを試せないのだから当然である。
「だからと言って、他の天使が『はい、そうですか』と耳を傾けはしないだろう?」
「まあ、だから行き詰っているわけなんだがな・・」
気持ちは分からないではないが、自分が一緒にとは言える考えではない。
そこに店員が、カットインしてくる。
「でもお二人の話って、一つにできそうですよね?」
「「・・えっ!?」
二人は顔を見合わせ、店員の言葉を反芻する。
「「一つに・・する?」」
片や、何度も勇者が欲しい・・
片や、異世界を輪廻転生すると、どうなるか知りたい・・
その二つを一つにする・・?
「・・やばい。その考えはヤバイぞ」
壮年の天使が、ごくりと唾を飲み込む。
「しかし上手くいけば、二人の悩みは解決する」
研究者風の天使が、狂気の笑みを浮かべる。
「待て待て待て! 直接介入率はどうする!? 信仰ポイントの問題も!」
「ただの人間を転生させた場合、直接介入率は決まっていないはずだ。勇者の転生は、初期投資は高いが、すぐに取り返す事ができる」
「待て! 落ち着け! すぐには無理だ! 検証だって・・」
「分かっている。じっくりと計画を練ろうじゃないか」
研究者風の天使が、壮年の天使の肩に手をやり・・悪魔のように囁く。
その二人の集大成が、先の議会の発言へと至ったのである。
そうそう上手くいくはずは無いと思いながらも、まずは報告を兼ねた祝賀会である。
そんな折、壮年の天使の胸元の携帯連絡機が鳴り、『失礼』と一言断って席を外す。
「はい」
『私だ。先ほどの件だが』
「・・えっ!?」
議長役の天使からの連絡だったが、咄嗟に何の話か分からなかった。
『勇者共有計画の件だ』
「あっ、はい」
このタイミングでの連絡と言う事は、果たして良い事か悪い事か・・
『最高議会で話題になっている。至急、計画書を回してくれ』
「・・最高・・議会・・?」
世界管理者たる天使にも、幾つかの階級がある。
世界管理者となる天使もなれば、その上司や、部下として働く天使も存在する。
更に上司たる天使を、指導監督する役割の天使さえも存在する。
その更に上・・。あの方 と、あの方 に呼ばれた最初の天使たちによって構成される議会こそが最高議会であり、またの名を神会とも言う。
「ヤバイ、ヤバ過ぎる・・、如何しよう・・」
『如何しようも何も、至急、計画書を作成して提出してくれれば良い』
「・・わ、分かりました」
通話を切ると、呆然とフラフラとした足取りで席に戻る。
「如何した? 何かあったのか?」
あまりの落ち込み具合に、ピンときた研究者風の天使が声をかける。
「たった今、議長役の天使から話があった」
「議長役・・、上位天使と言う事だよな」
「そうだ・・」
「それで何て言われたんだ?」
「私とお前の案が、通るかもしれないんだ」
「ほぉ! 保守的な堅物ばかりではないと言う事か! めでたいじゃないか」
バンバンと肩を叩いてから、グラスを口に運ぼうとする。
「あの方 が・・、最高議会が計画書の提出を求めている・・」
その言葉に、ピタリと動きが止まり、次の瞬間グラスのみ残して消える。
グラスがスローモーションのように落ちていく。
扉に駆け寄り逃げようとする研究者風の天使に、タックルをかましてそれを阻止する。
「は、離せ! お、俺は何も知らん! 知らなかったんだ!」
「に、逃がすか! ここでお前を逃がしたら、私が消される!」
「消す? 消してくれるなら、今すぐ消せ、ここで消せ! おお、消してくれ! 是非消してくれ! 俺たちのあの愚案が、あの お方 のお目に止まるだと!? 恐れ多すぎるわ!」
「大丈夫だ、安心しろ! 俺たちじゃない、お前一人の案と言う事にしてやる」
「馬鹿言え! お前一人の手柄にしろ!」
「冗談じゃない! 喜んでお断り申し上げる! 熨斗つけて返してやる!」
尊敬し、敬愛し、絶対忠誠を尽くし、それでもまだ足りない、天使たちの あの方 への畏敬の念。
そんな あの方 の定められた律法の裏ルートや抜け穴の探しての今回の策を、あの方 からやってみなさいと言われている訳で・・
もうそれはそれは身に余る光栄どころか、身も凍るような思いである。
天使にも拘らず、服を掴み、髪の毛を引っ張り、足蹴にしと、醜い骨肉の争いが繰り広げられていた。
そんな二人は気づかない。
グラスが落ちて砕ける事なく、テーブルの上のコースターの上に、きちんと置かれようとしている事に。
グラスを受け止め、そっと戻す店員とは別の人物がそのグラスに映り、二人の争いを困った表情で見つめている事に。