戦う人形
【戦う人形】
『探索』と『探知』が示した、既に動物達に囲まれていると言う非常な現実。
「それは、ヘルトの能力か?」
「はい。魔力不足で限定的ですが、百歩程度の範囲までは可能です」
「凄い、ヘルト!」
「無視している動物を見破るなんて凄いです」
三人は囲まれているよりも、僕の能力に興味があるようだ。
「マスターズ? 囲まれているのですが?」
僕としては、害獣に囲まれていると言う危機的状況の方が気になるのだが。
「ええ、分かってます」
「まあ、ヘルトは初めてだし仕方ないか」
そんな訳知り顔の二人を、しょうがないやつらと言う顔で見る師匠。
「ヘルト、動物達は魔素の影響で、攻撃性、凶暴性を増していることは確かだが、餌に関してのみと考えて良い」
「餌場を取り合って、親兄弟でさえ戦うと仰っていた事ですか?」
「その通りだ。テリトリーに踏み込みさえしなければ、無視か警戒される程度だ」
よく見てみろ、と師匠は周囲を見回す。
「森に入ってすぐの辺りは、伐採などによって、人間の手が入って遮蔽物が少ない」
確かに森の外縁であれば、雑木林状態で多種多様な樹木で見通しが悪いだろう。
しかし人が入りやすくするため、背の低い小さな木々は最初に刈り取られる。
奥に奥にと、森に入っていくと、極相状態で遮蔽物は少なくなる。
「餌を求める事に気を取られて、二十歩近くまで近づかなければ、向こうは放って置いてくれるんだ」
「そうでしたか」
三人の頭の中には、討伐の基本情報がしっかりと入っていると言うことなのだ。
「ヘルトは、能力で感知したんだよな?」
「はい、その通りです」
「先ほどは、視覚だけの話だったが、聴覚も頼りにするんだ人間は」
「音ですか?」
「微かではあるが、餌を齧ったり、探す音と言うのは発生する」
「なる程」
実際にできるかわからないので、サポートさんに聞いてみる。
「(サポートさん、聴覚って強化できる?)」
・・感覚機能向上・・警告・・魔力量不足・・限定上昇実施・・成功。
成功と言う音声と同時に、周囲からカサカサ、カリカリ、ゴソゴソといった音が聞こえてくる。
「(なる程、これでハンドサインも生きてくるわけだ)」
あの時は必要性を疑ったが、害獣の習性を理解した上での、徹底したハンドサインの練習だった訳である。
そんな内輪での話をしていると、師匠が警告をしてくる。
「とは言え、ヘルトの危惧するように油断は禁物だ。追われて出て来るのが、草食系の害獣ばかりではないからな」
「そうですね」
肉食系の害獣にとっては、人間も餌の一つにしか過ぎない。
師匠は話のついでではないが、今回のパーティの隊形の指示を出す。
「ヘルト、お前の能力とハンドサインの確認をするから先頭を行け。三人でフォローするから、思う存分やれ」
「分かりました」
「アンファとエンデは、ヘルトのすぐ後ろ左右に」
「「はい」」
「オレは少し離れて殿をやる」
自分が出す音を少しでも減らすように動きつつ、『探知』『探索』『鑑定』で見つけた害獣に近づく。
先ず一匹目のヒュージラットを視野に納めると、ハンドサインで、目標発見と集まれで、全員を自分の傍に呼び寄せる。
「さっきも話したが、この距離だとヒュージラットは耳をピク付かせ、時折こちらを見て警戒をしているが、餌を探したり、食べる事を優先する」
師匠はできる限り声を抑えて説明してくれる。
「エアースラッシュ!」
「ぎぃ!?」
姉妹が左右に分かれ木の影に隠れると、師匠は徐に風の魔法を唱える。
風の刃が首を切り裂き、致命傷となったのか、一声啼くとその場に倒れてしまう。
「(弱っ!?)」
風の魔法一発で倒せる事に、内心驚きの声を上げる。
「流石、師匠!」
「お見事です」
師匠を誉めそやす所を見ると、二人にはそう簡単に出来ないようだ。
「いくら向こうから突っ込んできて、簡単に倒せると言っても、わざわざ近づいて危険を冒す事はない」
師匠の言う事は正しい、正にその通りである。
「それからヘルト」
「はい」
「お前は気をつけろよ」
「何をでしょうか?」
「お前の剣は鋭すぎて、あっさり根元まできて、逆に手傷を負いかねんぞ」
「分かりました、気をつけます」
「ヒュージラットであれば、逆に竹槍ぐらいの方が良い」
モンスターによっては、優れた武器がベストとはならないと言う事だ。
時と場合、必要に応じて臨機応変な対応が求められる、それが討伐依頼なのだろう。
再び僕が先頭に立ち、次の獲物へと移動する。
ヒュージラットを認識したため、『探索』『探知』『鑑定』の精度が向上する。
単なるマークが、ヒュージラットと表示するようになった。
ハンドサインで、ヒュージラットを見つけて合図をする。
今度は姉妹が担当する事になるが、エンデが隠れ、アンファがスローイングダガーを投擲する。
「よっ!」
アンファの一投は太腿に刺さり、怒れるヒュージラットこちらへと突進してくる。
「はっ!」
隠れていたエンデが横から止めの一撃を入れる。
「(・・見事だな)」
二人のコンビネーションを、内心褒めるがアンファは納得が言っていない様子だ。
「うーん、師匠みたいに一発で仕留められないな」
「投擲は難しい技術だ。魔法だって一発はかなり難しいぞ?」
「アンファ様は魔法を使わないのですか?」
「お姉ちゃんは、火魔法が得意なの。延焼を考えると森ではね」
魔法は四属性あるが、全て使える訳ではなく、得手不得手が存在する。
森で火魔法を使って、自分達や他の人たちを巻き込んでは目も当てられない。
「エンデは水魔法だな」
師匠がそう言うと、今度はエンデがヒュージラットを仕留める役になる。
「ウォーターカッター!」
しかし一撃は難しいと言うだけあって、なかなか一撃では倒せない。
姉のフォローが有って、確実に仕留める事になる。
その後も先輩三人が、交互に仕留めていく。
流石に師匠は熟練の技と経験で、確実に一撃必殺である。
姉妹については、すべて急所を外してしまうが、お互いフォローをするように動く。
一直線に遅い突進の攻撃しかなく、その上傷つき弱った敵とは言え、油断せずきちんと連携を取っている。
「じゃあ次はヘルト、お前がやってみろ」
「分かりました」
そしてとうとう、自分の番が回ってくる。
ここで問題にぶち当たる。
「(サポートさん、二つのコアで光魔法は使える?)」
限定能力で、武装修復と素材精錬は可能だったので、少し期待する。
・・光魔法・・対魔王能力・・限定、通常使用も不可・・
「(そっか。四属性は使える?)」
・・光魔法のみ・・
今の僕には四属性の能力がない上に、光魔法が使えない事も判明する。
それならば自分がどのくらい投擲技術があるのか?と言う事になる。
普通なら、日々の鍛錬でどの程度の精度や命中率があるのか知っておくだろう。
ギルドで模擬戦はやったが、投擲の練習はしていない。
「マスターズ」
「どうした?」
「自分は現時点で魔法の使用が出来ません。投擲を試した事がなく、スローイングダガーも使った事がありません」
「むっ!? そういえば試した事がなかったな・・」
パーティのメンバーの実力を知らずに、いきなり実戦・・。師匠は躊躇う。
「師匠! ヒュージラットなら、三人のフォローがあれば大丈夫だと思う!」
「一匹だけでもやってみてはどうでしょうか? ここまで来て見学ではあまりにも可哀想です」
「うむー・・、しかし・・」
師匠は指導する立場として、安易に油断へと繋がるアンファの考えを承認しかねるのだろう。
しかしエンデの言う通り、今回は僕の実戦を試すための機会でもある。
「(さて今の内に・・。サポートさん、投擲能力はどうなの?)」
心の中で、三番目の人格に話しかける。
・・ポテンシャル・・勇者クラス・・
魔力不足による限定能力・・
「(なる程ね)」
この身体に秘められた能力は、命中精度に限らず、元々勇者クラスある。
ただ魔力不足で、大きい物や重い物を、正確かつ高速で遠距離投げる力がないだけだ。
ナイフ程度の物を、ほぼ目の前にいる動かない的に当てるだけならば、百発百中だろう。
サポートさんとの心の会話を終える頃には、師匠の方針が固まったようだ。
「ヘルト、斜線上に他の害獣はいるか?」
「いいえ」
「そうか分かった。二人は念のため周囲の警戒を行え。オレがヘルトのフォローに入る」
「「はい」」
師匠は外れて他の害獣に流れ弾が行かない事を確認する。
そして見学ではなく、いきなり実戦で試すように言ってくる。
「(それならば・・)」
師匠と同じく、横向きになっているヒュージラットの首を狙う。
スローイングダガーは、寸分違わず頚骨を断ち切って、一発で仕留める。
「ほぉ!」
「「凄い!」」
最初からの成果に興奮する三人に、自分の身体能力を冷静に伝える。
「元からその体に備わっていたポテンシャルの高さか」
「きぃーっ! 悔しい!」
「持っている者と持たざる者の差・・ですね」
師匠は神妙な顔を、姉は悔しがり、妹はショックを受けている。
そんな三者三様の態度を見ながら、おかしな事に気が付く。
「マスターズ」
「ん? どうしたヘルト?」
「ヒュージラットの情報は得られました」
「それがどうかしたのか?」
「周辺に、ヒュージラット以外の動物を確認しました」
「なにっ!?」
「「えっ!?」」
三人に緊張が走り、すぐに師匠は状況を確認する。
「オレが街中で聞いたのは、ヒュージラットが町に現れたと言う事だけだ。二人は?」
「・・ごめんなさいです」
「師匠、町の情報は集めてない・・」
「そうか・・」
自分達がサボっていた事のツケが、ここで響いて来た事にショックを受けている。
「ヘルト。モンスターは餌が不足すると、新たな餌場を求めて各地へと散っていく。その過程で肉食動物の餌や、他の動物との餌場争いとなり、更に遠くへと移動する」
「はい」
「問題はコミュニティだ。今はヒュージラットのコミュニティの有無を確認している段階だが、コミュニティが二つ以上あった場合、コミュニティ同士の争いとなり、負けた側が町へ雪崩れ込んでくる可能性が高い」
町にとって危機的状況が、目の前に迫っていると言う事だ。
「これが肉食系の動物であれば、ヒュージラットが餌となるので、町に傷ついた物が現れる事はないが、草食系であれば、攻撃性、凶暴性が高いとは言え、テリトリー外へ逃げた者を追う事が少ない」
「つまり別の種の草食系のコミュニティが、存在する可能性が高いと?」
師匠は黙って頷き、二人の少女は不安そうに見つめている。
「ヘルト。分かる範囲でアンノウンがどのくらい居る?」
「少なくとも十体近くは確認できます」
「十体か・・」
「「如何しよう師匠・・」」
自分達も複数のコミュニティのど真ん中に居る可能性もある。
町の危機もそうだが、正に今、敗れたコミニティの害獣が全て向かってくる危険がある。
「二人とも良く聞いてくれ。ギルドや町を動かすには証拠が必要だ。全力で狩りに行く」
「「はい」」
師匠は危険を承知で討伐続行を判断し、アンファとエンデは固い表情で同意する。
「ヘルト、案内を頼む。それからいきなりになるが、お前の全力を当てにするぞ」
「分かりました」
自分達は前にも増して、慎重に移動し、ハンドサインで発見を伝える。
「ジャイアントラビット・・だな」
師匠はスローイングダガーを取り出し、手渡してくる。
「任せる」
「分かりました」
パーティの期待に応え、一撃必殺でジャイアントラビットを仕留める。
「良し! 次に行くぞ」
「「「はい」」」
僕が先陣をきる事を託され、姉妹が支援、師匠が万が一の備えのフォーメーション。
次々と害獣に接近し、スローイングダガーで倒していく。
「ふぅ・・、これだけ倒せば証拠になるだろう」
「すぐに退却しよう!」
「ヘルトもお疲れ様でした」
三人が一安心する中、僕は自分が犯した失態に気付く。
「マスターズ、申し訳ありません」
「どうした、ヘルト?」
「もう一体、アンノウンが居ます」
「なっ!?」
「「・・えっ!?」」
師匠はその言葉の意味を瞬時に理解し、警戒態勢を取る。
ヒュージラットでもジャイアントラビットでもない草食か雑食系・・
「ネズミ系やウサギ系とは違う他の種は、一気に大型種、上位化になる事がある。それに伴ってテリトリーも広くなる。ヘルト、アンノウンとの距離は?」
「八十歩程です」
事前にサポートさんに確認していた情報を告げる。
「不味いな、上位種であればテリトリー内かもしれん・・」
その言葉の裏付け通りに、アンノウンの害獣が動き始める。
「マスターズ、アンノウンが動きました! こちらに向かっています」
「ちっ! 敵対認定されたぞ!」
木々の間から、害獣の姿が見え始める。
太く丸まった二本の角、分厚い毛で覆われた身体。
「羊・・系か? あの大きさキリングシープか? 皆、あいつの主な攻撃方法は近距離からの頭突きだが、突進力が半端ないぞ」
ネズミ系やウサギ系には小型の種が存在し、それらはすばしっこいのだが、ヒュージラットやジャイアントラビットは大きくなった代償に速度を失った。
しかし元々が大型の羊や鹿、猪、山羊などの種は、大きさはそのままに速度が向上するように成長するか、巨大化して遅くなった速度を補って余りある攻撃力として成長する。
師匠は全員にゆっくり散開を指示する。
キリングシープが、誰を第一の標的にしているか確認するためだ。
四人の動きに合わせて、キリングシープは、エンデを見続けている。
「自分が仕掛けます。マスターズは撤退を!」
三人の内誰かが標的になっている以上、一刻の猶予もならない。
了承を得る前に、キリングシープへと向かって歩き出す。
「待て、ヘルト!」
「ちょっと!?」
「ダメです、行っちゃ!」
三人から悲鳴に似た警告が飛ぶが、無視して害獣に近づく。
よりテリトリーに入り込んだ僕を、攻撃対象に変更したのか、僕の動きに合わせてくる。
三人は下手に動けば、狙いが変わってしまうと分かっており動けずにいた。
さりとて仲間を置いて逃げると言う判断にも迷いがあるようだ。
・・緊急事態と判断・・能力解放・・警告、警告・・魔力不足・・
能力の限定解除・・実施・・『危険予測』『危険回避』・・解放・・
「(サポートさん、感謝!)」
こちらに余裕がないと感じたのだろう、サポートさんの独断で能力の一部が解放された事を告げてくる。
更に一歩踏み込むと、キリングシープがその場で、僅かに身体を後ろに下げる。
「(っ!)」
咄嗟に右に体を投げ出すと、残像を残し、弾丸のような頭突きが繰り出される。
すぐにブレーキを掛けて、体勢の立て直しを始める。
「(あ、あぶねぇ!?)」
先ほど解放された能力の効果だろう、殆ど無意識に交わしていた。
後ろに身体を下げる動作が、力溜め・・頭突きの予備動作だったのだ。
一度攻撃を始めると、他の三人には目もくれず、僕一人をターゲットにして、足早に向かってきて、頭突きの力溜めをしてくる。
それを今度は左に転がりながら交わす。
「(頭突きのタイミング、突進の距離、体勢を立て直す隙・・)」
僕はいきなり右へ走り出す。
キリングシープは釣られて、不十分な体制から駆け出し、頭突きを仕掛けてくる。
スパイク付きの左足で、木の幹を踏み台に、一歩高く駆け上る。
キリングシープは一定の距離を進んで、急制動を掛ける。
隙だらけの首に、降下速度と全体重を逆手に持った剣の切っ先に込め、突き立てる。
両足でキリングシープの身体に乗せ踏ん張り、剣を抜きながら転がり離れる。
ジッとしているキリングシープに、更に一撃をと思った時、その身体がゴロンと倒れた。




