弟子の人形
【弟子の人形】
資料室で現在の情勢を入手した後、翌朝、三人の泊まっている宿屋へと向かう。
そこには既に、師匠が待っていた。
「おはよう、ヘルト」
「おはようございます、師匠」
「大体の事情って言うのは分かったか?」
「はい」
すると顎をしゃくり、ここから見える魔王を指し示す。
「人工生命体とは言え、やらなくちゃいけない旧王都のルールがある」
「魔王を崇めると言う事ですね」
「そうだ。最初は命を繋ぐために魔王を崇めていた。だが不思議な事に、魔王は祈りに答えてくれるような感じがした。いや実際に祈りに答えられた」
それはそうだろう。神や精霊、魔王とは、その人その人の感じ方であり、本来は複合祈祷型事象干渉システムが真の姿だ。
既にシステムが具現しているのであれば、祈りは様々な形となって叶えられる。
「常に魔女に監視されているのは確かだろう。しかし恐怖だけじゃなく祝福も与えるつもりなら、為政者としてはマシな方だ」
領主によっては、奪うだけ奪って領民に何も還元しない者も居ると聞く。
「そして恐怖は俺達だけじゃなく、周りの領主にも与えてはいるが、攻める事は一切ない」
「周りの領主? 王都奪還と言うことですか?」
「いや違う。今この大陸には、王国と魔女国、その他に幾つかの領主国がある」
「領主国?」
「王国が魔女国に敗退してから、王国から独立を宣言した領主達が居たんだ」
「そうでしたか」
そう言えば冒険者ギルドの資料に、離反する領主と言うのが有ったけど、魔女国に付く者と、領主国を建てた者と言うパターンがあったと言う事だ。
「魔女国は我感ぜず、王国は認めずと言った感じでな」
「当然でしょう」
今の情勢を見る限り、義理立てして王国か、圧倒的有利の魔女国に付くべきだろう
しかし何故、独立と言う総スカンを喰らうような事をしたのか。
「ただ噂だけどな」
「噂・・ですか?」
「独立した領主達は、軍神の研究をしていたらしい」
「・・彼らも、土地神や魔王に匹敵する物を持っていると?」
「あくまでもそう言う、な」
「なる程」
禁書にあたる研究をしていた・・
領主といえば有力貴族であり、確たる証拠もなくトホターのように潰す訳には行かない。
いや軍神の噂が本当で、下手に突いて反旗を翻すのを抑えていた可能性もある。
そして独立で済ませているのは、自分の手の内を、魔女国に知られないためだろう。
まあ独立の時点で、王国も魔女国もある程度予想は付いているはずだ。
追加の情報を頭の中で整理していると、師匠が呟く。
「さぁて、あの二人を起こしてくるか・・」
「師匠、二つほど質問をよろしいですか?」
「うん? 何だ?」
「何故マスターズは、王城へと行かれたのですか?」
「ああ」
師匠はしたり顔で頷いている。
「冒険者達は、ギルドからの依頼をこなすだけじゃなく、ダンジョンを探索するんだ」
「ダンジョンですか?」
前回の記憶がないから分からないが、この世界にはダンジョンがあるのか?
「ああ。魔王戦争時代の遺跡、神や精霊を祭った場所が各地に残っている。そこには遺物や財宝が眠っている事があるんだ」
「なる程」
ダンジョンと聞いて摩訶不思議な力で出来た場所を想像したけど、遺跡とか、危険とお宝のある場所ならダンジョンと言えるな。
「いきなりあの二人を、そんな遺跡に放り込む訳にいかんから、訓練として王城に行ったと言う次第だ」
「分かりました」
そう言った練習する機会があるならやっておくべきだろう。
「後一つは何だ?」
「私の目的です」
「・・ん? 目的?」
「アンファ様とエンデ様に弟子入りするのは、教えさせると言う事でよろしいですか?」
「教えさせる? まあ、そう言う事になるか・・」
「承知しました」
師匠は、僕の言葉のニュアンスをいぶかしみながらも、二人を呼びに宿屋に入る。
三人は宿屋の食堂に揃うと、僕に聞いてくる。
僕といえば胸のコアと体の線は青の状態、魔素吸収状態で、右手に赤、オレンジ、黄色と色の変わるコアを持っている。
魔力貯蔵、増幅コアに魔力を補充中と言う事だ。
「ヘルトはご飯食べられないの?」
エンデが、自分達だけ食べているのが申し訳なく思って声をかけてくる。
「多くの人工生命体は、食べる機能はありますが、栄養素として体に取り込む機能を持つタイプは限られています。勿論、例外もありますが」
「で、ヘルトはどっちなのよ!?」
アルファは、結局分からなく結論を聞いていくる。
「栄養素として取り込むことは出来ません」
「つまり食べられるが、無駄になると言う事だな」
「その通りです」
人工生命他の動力源は魔力による物が多い。
魔力は魔素を吸収変換するのだが、食べ物よりも、空気中の方が多く存在するので、そちらからの吸収の方が効率が良い。
「うーん、だとしたら、高性能な魔素吸収コアがあれば良いんじゃないの?」
「どう言う事、お姉ちゃん?」
「ドンドン吸収すれば良い訳だから、貯蔵とか増幅とか不要じゃないかなって思うのよ」
「そうだね・・。その辺どうなのヘルト?」
良く良く考えれて、三つの機能が不要じゃないかと言う結論に達した訳だ。
自分自身も良く分からない事なので、心の中で「うーん」と唸っていると、突然頭の中に情報が流れ込んでくる。
「(あっ!? 補助機能が働いたのか)」
疑問に思った事を、補助機能が答えてくれたようだ。
「冒険者ギルドのランクを使って、例えでお話ししますが、よろしいですか?」
「うん、良いわよ」
「例えば私の身体が、魔力さえ供給されれば、ランクA相当の力があるとします」
「ふむふむ」
「まず魔素吸収コアですが、どれ程高性能であっても、周囲の魔素の量を超えて吸収はできません。ここまでで発揮できる力をランクCとしましょう」
「あっ、そう言う事か」
魔素は空気中にあるとはいえ、場所による違いがあったとしても、濃度は一定である。
過剰に吸収してしまえば、一時的に濃度が薄くなることもありえる。
「貯蔵されている魔力を使えば、ランクB相当の力を得られるとします」
「なる程ね。増幅をすればランクA相当の力まで発揮できると言う訳ね」
「その通りです」
これが三つの機能が存在する理由である。
「今の例はあくまでも力と言うことです。魔力の使用量は、このようにただ立っている、座っているでも細かくは違います。このようにコアに魔力を供給している場合も違い、また実戦闘での魔力使用量は大きく異なり、稼働時間を左右します」
「人間で言う所の食事や疲労に当たるのかな?」
「概ね、その通りです」
魔素の吸収は食事と言えるし、魔力切れは疲労とも言える。
食事の時間の間中、コアに関する情報を共有してしまう。
三人の食事が終わると、冒険者ギルドへと移動し、その日の依頼を受けることにする。
「ヘルト、依頼のルールは覚えてる?」
「はい、自分のランク以上の依頼は受けられない、です」
「そうです。師匠がランクDで、私達がランクEだから、そこまでの依頼は受けられるけど、一応ランクGもしくはFの依頼をやってみましょう」
「分かりました」
ランクGとFで受けられる依頼の違いはない。
きちんと依頼をこなせるかどうか、ギルドに報告できるかどうかと言う信頼の差である。
僕はランクGやFの依頼を探しに行く。ちらりと師匠の方を見て。
「ん? 二人とも、ヘルトに何の依頼をさせるんだ?」
「やはり最初は薬草採取かなぁーって思うんだけど?」
「私達もそこから教わりましたし」
「そうだよな・・。ヘルトにそれを説明したか?」
「ううん、してないよ。如何したの師匠?」
「何か問題でもありましたか?」
「いや、何か引っかかるんだ・・」
流石は師匠、僕が意味ありげに見た事に、違和感を持ってくれたようだ。
「依頼を受けてきました。以来の中で一番、報酬が高かった物です」
「へー、そんなのが・・」
「えっ!? ・・こ、これは」
「うむ、素晴らしい依頼だ。俺は他の依頼を受けてくるから、ヘルトの事を任せたぞ」
僕があえて選んできた依頼は、ドブさらいの仕事である。
二人の少女は、死にそうな顔をしていた。
プッペだった時には、ヘクセが良く確かめもせず、この下水施設の掃除の依頼を取ってきていた。
どの依頼にすると言う説明がなかったので、これを選んだのである。
「この仕事を選ぶとは、ヘルト・・恨むわよ」
「ちゃんと教えなかった私達の責任でもあるよ、お姉ちゃん」
タオルで鼻と口を塞いで、アルファとエンデの声はかなり聞きにくい。
ドブさらいの仕事は、汚物がスムーズに流れるように、定期的な掃除を行うのである。
仕事としては簡単なのだが、とても重要な仕事であり、誰もやりたがらない。
故に冒険者の初心者向けなのに、割と高額な依頼である。
「(僕も失敗したと思ってるよ・・)」
プッペの時には嗅覚が共有されていなかったが、今はバッチリ嗅覚が効いている。
食事の香りは分かっていたはずなのだが、当たり前すぎてすっかり忘れていたのだ。
この仕事に期限はない。決められた範囲を綺麗にするだけである。
手際良くやるも良し、時間を掛けてゆっくりやるも良い。
チェックするのは住人達であり、ギルドへ苦情がダイレクトに伝えられる。
よほど酷い手抜きをしなければ、大抵は感謝されるが。
三人掛りだったので、割と早く依頼を終了させる事ができた。
師匠も依頼を済ませて、宿屋に戻ってきて、夕食を囲む。
「うー、まだ臭いが付いている気がする・・」
「あー、ご飯がこんなに良い香りだ何て・・」
アンファが体の臭いを嗅ぎ、エンデが夕食の香りを楽しんでいる。
「二人とも、良い経験をしたじゃないか」
「師匠、アンファ様と、エンデ様は、ドブさらいをされた事はなかったのですか?」
「そりゃ、女の子だしな。気を使ってやらせてこなかったんだ」
「そうでしたか・・。、ではこの依頼を受けたのは失敗だったのでしょうか?」
「いや俺が出来無かった事をやってくれたんだ。感謝されこそすれ責められる事はない。まったくな」
「「師匠・・」」
二人が恨みがましい声を上げて、苦情を訴えてくるが、師匠は知らん顔である。
翌日、冒険者ギルドで依頼を受ける際、二人から釘を刺される。
「ドブさらいは、もうコリゴリだから・・」
「それ以外の仕事を探してきてね」
「分かりました」
再び師匠の方をチラリと見て、依頼を探しに行く。
「(・・何だ? 何故、俺の方を見てから行くんだ?)」
僕は張り出された依頼を眺めながら、隠された依頼を見つけ出し、二人に見せる。
「しまった! これですか・・」
「あちゃー、確かにこれがあったわね・・」
「ほぉ! 三大ギルド依頼の二つ目を引いてきたか、流石ヘルトだ」
師匠は嬉しそうに頷いて、僕が持って来た依頼書を手にする。
三大ギルド依頼とは・・お使い、失せ物探し、ペット探しである。
お使いは、ギルドからそれぞれの主要な建物へ手紙や荷物を届けるもの。
失せ物探しは、財布などをなくしたと思われる場所へ探しに行くもの。
ペット探しは、居なくなったペットを、いそうな場所へ探しに行くもの。
自分が居る町を知ってもらい、愛着を持ち、長く居てもらうための方法の一つである。
失せ物やペットは偽の情報なので、存在そのものがありえないので、失敗したとしても、きちんと報告できるかを確かめるため、ちょっとだけ難易度が高い。
「俺は今日も別行動するから、ちゃんと見てやれよ?」
「「ぶぅううう・・」」」
師匠は、アンファとエンデの肩をポンポンと叩いて、他の依頼を見に行ってしまう。
「アンファ様、エンデ様、何か問題が?」
「問題はないわ・・」
「そうね・・。問題がないのが、また問題なのです」
ひたすら町の中を駆け回るだけ・・。町の重要な場所が分かり、その上お金がもらえる。
だが、住人の二人にとっては今更感が半端ない。
二人は深々と溜息を吐きながらも、何とか気持ちを切り替えて依頼に付き添う。
「ここがギルドお勧めの宿屋です。そしてマスターズが泊まっている宿です」
「そぉーね・・」
「ではサインをもらってきます」
「いってらっしゃーい」
依頼書にある通り、行った先々でサインをもらっていく。
「ここがギルドお勧めの食堂です」
「はいはい」
「ここがギルドお勧めの武器屋です」
「はーい」
「ここがギルドお勧めの防具屋です」
「そうですかぁー・・」
「ここがぎるどお勧めの道具屋です」
「はぁーい・・」
「ここはギルドお勧めではありませんが、町役場です」
「そうですねー」
「ここがギルドお勧めの待ち合わせスポットの噴水です。でも人が多すぎて探すのが大変で、且つ逸れてしまいそうです」
「そう思うわぁ・・」
一日がかりで全ての場所を回り、サインをもらった後、依頼達成となる。
それぞれが依頼を終えた後、全員が揃った場面で敢えて聞いてみる。
「マスターズ。質問をよろしいですか?」
「何だ、ヘルト?」
「何故ほぼ全ての場所が、ギルドお勧めなのでしょうか?」
「ああ、それはだな・・」
師匠が言いかけて、二人の少女を見て顎で指図する。
僕の教育係に、説明させるのが当たり前と思っての事だろう。
二人はにこやかに、はいはいと説明を始める。
「ギルドの依頼の中には、駆け出し用で、この町に愛着を持ってもらうための依頼として、お手伝いや、失せ物探し、ペット探しと言った依頼があるのよ」
「それが先ほど、師匠が言っていた三大ギルド依頼ですね」
「その通り!」
アンファがうんうんと頷き、エンデが引き継ぐ。
「駆け出しや新人向けなので、お金がない人が多いのね。その人たちを支援する形で、町とか色々なギルドが、安く良質な物を提供する場を用意してくれたの」
「それがお勧めと言う事ですね」
「うん。もちろんランクの高い人向けの武器屋や防具屋、宿屋もあるけど・・、中には、ボッタクリとか、不良品を売りつけてくる人もいるのよ」
「あくまでも自己責任では?」
「もちろん自己責任ではあるんだけど、ギルドお勧めに従っていれば、少なくとも最初の頃からそんな目に遭わなくてすむの」
「なる程」
二人の少女の話の後に、師匠が付け足してくる。
「ギルドが支援していると言う事は、当然の事ながら何かの見返りを考えている」
「普通だと思います」
「ランクに関わらず冒険者達には、長く町に居て欲しい。大小に関わらず、一番金を動かすのは冒険者だからな」
「確かにそうですね」
「折角稼いだ金を、他所の町に持っていかれるよりは、自分の町に落としてもらい、それが自分達の息の掛かった場所であれば尚良い訳だ」
「納得です」
師匠は大丈夫と思ったが、アンファとエンデも、この辺の事情は分かっているようだ。
「ありがとうございます」
「まあ当然の疑問だろうな」
「「うんうん」」
ちゃんと弟子の質問に答えられて、二人は満足そうに頷いている。




