ある始まりの物語
【ある始まりの物語】
髪はボサボサ、かけている眼鏡は汚れ、髭は伸び、目の下には隈、顔色も悪い・・
彼はほんの数日前まで、普通の何処にでも居るサラリーマンであった。
普通に結婚をして、来年には幼稚園に行くと喜ぶ娘も。
夜にも拘らず、家に着くための、最後の横断歩道で二人は出迎えてくれる。
娘が迎えに行きたいと駄々を捏ねたのだろう、手は妻にしっかりと握られている。
妻も娘も私に気づき、手を振ってくるので、自分も手を振って応える。
私達の家族の不幸は、その場に自分たち以外いなかった事・・
危険を知らせる人が誰もおらず、当然、自分たちを庇ってくれるような人もいない。
「・・えっ!?」
確かに歩行者の信号は青だった・・。
妻と娘が横断歩道を歩いてくる。
こちらからも歩き出し、横断歩道の真ん中で合流するはずだった。
目の前を猛スピードで、トラックが通り過ぎるまでは・・
葬儀が終わっても、喪服を脱げず、いや着替えどころか風呂にさえ入る事ができなかった。
時折魂の抜け殻のように、何かを捜し求めるように町にフラッと出る。
しかしあの場所だけは、無意識なのか避けているように・・
少し夜も更けた交差点。
横断歩道で分かれたサラリーマン風の男と、その妻子らしき家族を見つける。
その家族の幸運は、妻子に向かってくる車に気づいた自分の存在だった。
「今度は守る!」
自分の妻と娘にダブらせ、男の方に二人を突き飛ばす・・
目が覚めると真っ白な空間だった。
一瞬病院かと思ったが、自分はベッドの上にいる訳ではなかった。
それよりも、上を向いているのか、下を向いているのか、いや前後左右、自分がどっちを向いているのか。
そもそも横になっているのか、浮いているのかさえ分からない感覚・・
目の前に、突然一人の男性が現れる。
金髪碧眼の壮年の男性、非常に整った容姿をしていた。
「ここは・・? あなたは・・?」
「神の世界と現世の狭間。私はあなたの住んでいた世界の管理者、神と呼ばれる存在」
声は聞く者すべてを惹きつける、美しい声だった。
「神・・? そうか、私は死んだのか・・。っ!? あの家族は!」
「安心しなさい。君の尊い犠牲で守られた」
「そうか・・、良かった」
自分だけ生き延びた事、妻子を守れなかった事から、ほんの少し解放された気持ちになる。
「そう言えば、何故私は此処に居るんだ?」
「私が呼んだのだ」
「呼んだ? 何故?」
「君のような類稀な、犠牲の精神を持つ者を求めている」
「犠牲? 違う・・な。単なる自己満足・・、罪からの逃れる言い訳だ」
夢なのか、本当に死んだのか、神の前だからなのか、本音をさらけ出す。
「それでも、誰かのために動ける存在を求めているんだよ」
「俺はもう良い、満足だ。他を当たってくれ」
それは困った、っと、自称神とやらは、これ見よがしにため息を吐く
「ふむ、では苦しむ人々には、もう少し待ってもらうとしよう」
「苦しむ人々・・、どう言う事だ?」
「こちらとは違う世界で、民衆を束ねる国の長が戦争をして、弱い者が虐げられている」
「・・それで?」
「罰する者を送り出し、国を正そうと考えたのだ」
「待ってもらうって言うのは?」
「君が望まない以上、君の魂は本来向かうべき世界へ送り出だされる。そうなれば、その世界は、他の救うに足る人物の魂が現れるのを待たなくてはならない。それだけの事だ」
神とかほざく存在に怒りを覚える。
「何故すぐに助けない!」
「助ける? 私は何度も警告をしてきた。しかし耳を傾けず、更には罵る。やっと自分達の過ちに気づき、今更祈り助け求めてくる始末。此処で勇者を送ろうとする私を褒めて欲しいぐらいだがね」
「そうかもしれない・・。でもすぐに勇者とやらを送れるんだろう!」
「勇者が力に溺れて、状況をより悪くしても良いなら誰でも・・ね」
「っ!?」
どんなに素晴らしい力も、使う側の心次第で、神にも悪魔にもなるとのたまう。
「・・行く、俺で良いなら行ってやる・・」
「ん? 何か言ったかね」
「行くと言ったんだ! どうせ一度死んでいる身だし、少し・・ほんの少しだけの罪滅ぼしだ! 自己満足の自己欺瞞だがな・・」
「ふむ、本当に良いのかな?」
「勿論」
「分かった。勇者となってもらうとしよう」
神は言う。
人々の祈りが、神や精霊となり、人々の生活を豊かにする世界だったと。
しかし人々は、その神や精霊が、兵器として使える事を知ってしまった。
神や精霊は、魔王となり、人々は滅びる寸前の状態だという。
男は勇者ヘルトととなり、世界に降り立つと、神や精霊、魔王を一旦無に帰し、新たに国を建て、人々を平和に導く王となる。
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公共の高等学校、自分のの教室・・
夕日が差し込む放課後の時間で、僕が書いた小説を、友人の一人に読んでもらう。
ぺら・・ぺら・・とページを捲る度に、友人の感想に期待する。
時折、沈黙に耐え切れず、くせっけの黒髪を弄る。
最後の一ページまで目を通すと、深く息を吐き出す。
「ふーっ・・。始まりが暗い、重い」
「なっ!?」
唐突な一言に黒い眼を見開いて驚く。
「ストーリー性がありきたり。異世界ものは流行なんだろうが・・」
「ぐっ!?」
友人の忌憚の無い意見、酷評を拝聴する。
「如何しろって言うんだよ」
「もう少しオリジナル性?」
「疑問形かよ・・、例えば?」
「そうだな・・ ・・・ ・・・ ・・無いな」
「・・おいおい」
そうだろう。大抵の出てくるアイデアは、既に使われていたり、似たものが存在する。
そういった小説に感化されて書いている僕なら、尚更当たり前だ。
「あとは、設定とか、テンポとか・・」
「その辺は・・追々、な」
文を書くスキルの低さを言い訳をするつもりは無いが、初めての作品なんだと言いたい。
「はぁー・・、どうするかな」
「まあ、頑張れ」
書いた小説の束を受け取ると、丸めて肩をポンポコ叩く。
そのまま帰宅部の二人は、教室を出て、校門の前で別れる。
何時もの通い慣れた道を歩きながら、友人の言葉を考える。
「二番煎じ・・、オリジナル性・・か。でも奇抜すぎるのもなぁ」
好きな作家の、好きな作品の、好きな主人公に自分を置き換える。
少しずつ、こうだったら良いな、ああだったら良いなという気持ちが沸いてくる。
そうやって自分だけの世界やストーリーが生まれて、小説を書いてみた訳だ。
結果としては、その好きな小説の派生となってしまう。
そんなこんなをダラダラと考えていると、少し先に横断歩道が見える。
「・・・ ・・何だ?」
横断歩道の左右に分かれて、サラリーマンとその奥さんと子供が手を振っている。
いやに胸がざわつく・・、肌が粟立つ・・、全身にいやな汗が流れる・・
「ちょっと待て・・、小説と同じ・・? そんな馬鹿な・・」
青信号に変わり、お互いが歩き始める。
その家族は気づいていないのか、トラックが突っ込んでくる。
「またか!」
身体が勝手に動き、奥さんと子供を、サラリーマンの方へと突き飛ばす。
視界の端で、三人の無事を確認しながら、不思議な事を考えていた。
「(何で・・俺、『またか』って思ったんだ?)」
そしてすぐに意識は、暗黒の世界へと落ちていく。
次に意識がはっきりして、目に最初に飛び込んできたのは、真っ白な空間・・
「・・えっ!?」
前後左右上下、どちらを向いても同じ。
いや、向きを変えられているのかさえも分からない。
「こ、ここは・・」
何処に何が触れていると言うような感覚が無いから、立っているのか、寝ているのか、それとも宙に浮いているのか・・
「ま、まさか・・。神の世界と現世の狭間?」
自分の小説の中の世界と合致するワンシーン。
それならばと、キョロキョロと辺りを見回す。
突然目の前に、金髪碧眼を持った、壮年の男性が現れる。
「・・居た。神、なのか?」
「ふむ。私の事を覚えているとはね。これは如何したものか・・」
自分で考えた小説そのままの神なのだが、若干フレンドリーな感じがする。
「そう言えば、君の小説の中の私は、少々冷たすぎじゃないかい? 私と君の仲なのに」
「僕と・・神が知り合い?」
「君が住んでいた世界には、予言、啓示、夢見と言った神からのメッセージとする考え方があったと思うけど?」
「なっ、そんな!? じゃあ、あの小説は僕のアイデアではなくて、神からのメッセージなのか!?」
自分が考えたと思っていた小説が、自分の考えではないという衝撃・・
「当たらずとも遠からず、ってところかな」
「・・どう言う意味?」
「君と会うのは、これで二回目。正確には君の魂となるけどね」
「魂・・?」
「前回の記憶はしっかり、完全に消去したはずだったんだけど・・」
「・・記憶の消去? 完全に?」
「魂に深く深く刻まれてしまったモノは、完全に消去できなかったと言う感じかぁー」
肩を竦め、両手を肩ぐらいまで上げ、お手上げのポーズと困った表情をしている。
「二回目・・、魂・・、記憶の消去・・。まさか・・」
「そのまさか、だよ。高潔なる魂を持ったサラリーマンが、君の前世となる」
「そ・・ん・・な、馬鹿な・・」
嘘と思いながらも、真実であると確信する僕が居る。
色々な考えが頭を駆け巡り、ただ漠然と真実は小説より奇なりと言う言葉が浮かんだ。
一旦全部を脇に退けて、話の流れから、当然の結果を確認する事にする。
「僕は死んだのか?」
「うん、確実にね」
やはり僕の死は夢ではなく、確実な物のようだ。
「前もって言っておくけど、君の住んでいた世界の事は見せられないし、話せないよ?」
「どうして?」
「死者に喜びや悲しみを与えないとか言う崇高な目的ではなくて、純粋に元の世界への干渉が禁じられているから、そうさせないようにの配慮ってやつ」
「うゎー・・」
神のぶっちゃけ話を聞かされるとは思わなかった。
現世を見る事で、そちらに捕らわれ、魂のまま縛られる事が往々にあると言う。
「そっか・・。それで僕はどうなるんだ?」
「・・はぁ? どうなる・・とは?」
「いや、輪廻転生とか、死後の世界とか・・、異世界とか・・」
首を傾げる神様に、僕のこれからの事をちょっとだけ聞きたくなってしまう。
「んー・・、誤解があるようだから、はっきり言っておくね。ここは神の世界と現世の狭間と言う、かなり特別で特殊な場所なんだよ」
「うんうん」
「おいそれとは簡単に来る事が出来る場所ではないんだ」
「そんな感じはする・・」
「しかし旧知の仲と言う事で、私は君の死に際して、話しをしに来ただけなんだ」
「そうか・・・ ・・って、えっ!? ちょ、ちょっと」
話しをしに来ただけと言う言葉に、唖然としてしまう。
「君の言う死後の世界については、その世界世界で取り決められている理に従う。この場所から、『はい、さようなら』をすれば、君は無に帰すかもしれないし、輪廻転生するかもしれないし、死後の世界を彷徨う・・かもしれない」
「そ、そんなぁ・・」
僕が生きていた世界では、確かに多くの宗教があり、多くの死後の話しがあった。
しかしそのどれが正しいかなんて、蘇った人が居ないから分かっていない。
「今の所、私が紹介できるのは、前に行ってもらった世界だけだしね」
「えっ、紹介? ・・前に行った世界って、神と精霊を生み出す世界の事?」
「うん、そうだよ。あの時は助かったよ、初代勇者殿」
「・・僕が、初代・・勇者・・だった」
神は言っていた、魂に刻まれているモノは消せないと。
小説に使ったネタが魂の記憶ならば、確かに自分は初代勇者の魂を持つ事になる。
「じゃあ、そろそろお別れだ。時間切れになるしね」
「・・ええぇ!? 前の世界に行けるんじゃないの?」
今の話の流れから、自分が勇者だった世界へ行ける物と思ってしまっていた。
「何で? 君のお陰、勇者の活躍でそこそこ安定しているんだよ? まあ、再び神や精霊を兵器にって馬鹿な人間は出始めているけど」
「でも、さっき紹介できるって・・」
「それは私の伝手やコネを使えばって話であって・・。うん、本当に時間切れだ。もし次の機会があれば、じゃあ!」
あっさりと話しをぶっちぎって、片手をシュタっと挙げて、別れを告げ始める。
「ま、待ってくれ! せ、せめて僕が・・、死後どうなるかだけでも教えて!」
「ああ、それは無理、絶対ダメ。自分が管理する世界以外の理を話す事は、禁じられているからね」
神様は両手を胸の前で交差させ、バツを作ってみせる。
「じゃ、じゃあ・・、神の伝手とかコネで行ける所に!」
「えっー・・、さっきも言ったけど安定しているから、勇者なんか要らないしぃ」
ここで、はいそうですか、って受け入れる訳には行かない。
「頼む、頼みます、お願いします。先が分からないのは嫌なんです」
「まあ、その気持ちは分からなくもないけど・・」
「お願いします! 何とか前の、神と精霊の世界へ!」
無重力状態だと、こんな感じなのかと思いながら正座をして頭を下げる。
「うーん、ちょっぴり雑念を感じたけど・・。うーん・・、事前策として勇者を送っておいて、何かあれば覚醒させると言うパターンなら・・」
「そ、それで良いです! お願いします!」
「うーん、前回はものすごく世話になったしねぇ・・。此処で無碍に断るのも・・。分かったよ、何とかしてみよう」
「ありがとうございます!」
すごーく、恩着せがましく感じたけど、『やっぱり、ヤメ』は困るので、感謝の言葉を伝える。
「それよりも、今からでこの場所の使用延長の申請って通るのかなぁ・・。ちょっと待ってて。上に許可とってくるから」
そう言うと、神は僕の目の前から姿を消す。
「ふぅー・・、何とか首の皮一枚で繋がったぁ・・」
ここで突然、死後の世界へって言うパターンもあるが、その時はその時である。
何とか僕は、二代目勇者・・候補?として、異世界へのチケットを手に入れられそうだ。