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黒板の一番上に手が届かない話

作者: やまなし
掲載日:2018/05/24

「おい、やめろよ! 手が届かないだろっ!」


「へ―んだ。男のくせに私より背が低いのが悪いんだよー、あははっ!」


僕が怒っても彼女は反省する様子も見せず、悪戯っぽい笑みを崩さない。


黒板の上の方、日直である僕の手が届かないところに落書きをして、彼女は満足そうだ。


消せずに歯ぎしりしていると、彼女は目を細めて笑う。


「悔しかったら、早く身長を伸ばすんだね」


「ぐっ……僕だって背が低いのを気にしてるのに」


幼い頃からの腐れ縁。


初めて会った時から、中学生になった今も、彼女が僕を見下ろしている。


「今、140センチだっけ? 小さいねー、まるで女の子みたい」


「140センチじゃない! 150センチだ! 10センチも違うぞ!」


「そうだっけ? どっちにしても私より小さいのは変わらないけどー」


僕の頭に15センチ定規を乗せて、「ほら、こうすれば私より大きいね」と彼女は馬鹿にしてくる。


手で定規を払うと、彼女はさらに目を細めた。


こうやって身長のことでからかわれるのは日常茶飯事だった。


いや、身長のことに限った話ではなく、いつでもどこでも彼女は僕をからかった。


そのたびにいつもむかついて、小さな不満が募っていく。


何度、彼女と距離を取ってやろうと考えたことか。


だけど――


「散々馬鹿にしてるけど、これでも身長は伸びてるんだ。お前なんてすぐに追い越すから!」


「あはは、期待しないで待ってるよ」


彼女の笑顔を見るたびに、不満とは違う、言いようのない感情が胸を塞ぐ。


埋め込まれた種の如く、芽吹きはせずとも確かにあるその想い。


名前のない感情が、彼女の行為をすべて許してしまう。


今だって、声を荒げてはいるもののそこまでの怒りはない。


どうして、こんな気持ちになるのだろう。


一体どうして――


「――どうして」


「え? 何が?」


「あ、いや、えっと……」


思い浮かべていた言葉が、思わず口をついて出てしまった。


今更撤回することもできず、誤魔化すように軌道を変える。


「どうして、お前は僕をからかってくるんだ?」


「えー、そうだなー……」


顎に手を当て、彼女は考え込む。


反応が面白いからとか、そんな返答が来ると思っていた僕は、即答しない彼女を意外に思った。


そんなに大層な理由があるのだろうか。


「私が君をからかう理由……それはね――」


「な、なんだよ……」


じっとこちらを見つめてくる彼女の瞳を見ていられず、思わず視線を逸らす。


すると、フッと息の抜けるような笑い声とともに彼女がチョークを構えた。


「――君の反応が面白いからだああああああっ!」


大きな声を出したと思ったら、彼女は再び、黒板の一番高い位置に文字を書き殴った。


もちろん、僕の手は届かない。


「あああああっ! なにすんだよ! ふざけんな!」


「あはははははっ!」


弾けるようないい笑顔を浮かべながら、彼女は僕から逃げるようにして教室を飛び出した。


追いかけることを試みたが僕よりも彼女のほうが足が速い。


しかも、不意を打たれたせいで完全にスタートが遅れてしまった。


僕が廊下に飛び出した時には、既に彼女の姿は小さくなっていた。


「くっそ! 明日は覚えてやがれ!」


背を向け逃げる彼女に、ありきたりな捨て台詞を吐く。


すると彼女は立ち止まり、くるりとこちらを振り返った。


「私が君をからかう本当の理由、大きくなったらわかるかもねー!」


「はぁ!?」


「あ、でもそれじゃあ、いつまで経っても無理かー!」


「何言ってんだよ! 無理じゃねーし! すぐにお前よりも大きくなるからな!」


「あははははっ、頑張れよー」


それだけ叫ぶと彼女は再び走り出し、廊下の角を曲がってその姿を消した。


「……最後までからかってきやがって」


愚痴をこぼしながら、誰もいない教室に戻る。


遠くから吹奏楽部の演奏が聞えるだけの静かな教室は、先程までの騒がしさも相まってひどく寂しく思える。


傾いた日差しはダウナーな気分を加速させるが、僕はそれを吐き出すように小さくため息を吐いた。


「……ったく、あいつ。何が大きくなったらわかるかもねー、だよ」


自分が大きいからって、馬鹿にするなっての。


とはいえ、確かに大きくならなければできないこともある。


例えば、黒板の高いところに書かれた文字を消すとか。


黒板上端を横断する白い文字の羅列を見上げて、少し億劫になる。


椅子に乗って消すことを思い至り、自分の椅子を取りに戻ろうと考えたその時だった。


「――あれって」


何気なく眺めた、文字の羅列の最後尾。


ほとんどが読み取れないほどに崩れているのに対し、やけに綺麗な文字列が一つ。



『好きな人には意地悪したくなるでしょ?』



うるさいほどに心臓が高鳴っている。


脈打つ音に遮られ、もはや他の音は聞こえない。


のぼせるほど頭に血が上り思考は意味をなさないでいた。


永遠にも似た数秒を過ごし、そして、ようやく僕は自覚する。


ああ、あの名前のない感情の正体は――



手の届かない、消せない想いが、僕の胸の奥で静かに芽吹いた。



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― 新着の感想 ―
[良い点] きゅんとしました!(///∇///) きゅんと! 放課後のヒトコマが尊いです…イイ!
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